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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第七章 神人と黒猫
123/371

1 精神体

第七章開始。いろいろひっくり返ります。



 そのケモノは、眠っている間に世界が滅ぶと告げた。



◇◇◇旧世界管理局遺物管理課捜査官日誌◇◇◇

63410714 0800 ユレス・フォル・エイレ捜査官、捜査官席に待機開始。

63410714 0803 ユレス・フォル・エイレ捜査官、第三研究室において、旧世界事件捜査開始。

63410714 1200 ユレス・フォル・エイレ捜査官、捜査官席に帰還、勤務終了。




 日誌登録をして捜査官室を出た後、局長室に向かった。


 局長というより、前局長に相談したいことがある。

 二人ともオレの報告を待っていたので、早速本題に入った。


「進捗状況はどうです?」


「順調だと思うが、オレの精神の方が限界を迎えつつある」


「弱気になってはいけませんよ。ええ、ユレスが追い詰められつつあるのは、局長から聞いていますけれどね」


「そろそろボーディ前局長か、ベルタ警備局長か、ジェフ博士と交代してもいいと思う。祖父さんがあんなにやらかして来たなんて、自白を聞かされるオレの精神がもたないぞ!」


「頑張って自白を引き出しつつ、記憶も孫が生まれたところまで引き出すのです!そのあたりから自重してくれるようになるので、落ち着いて聞ける内容になるはずですよ」


「もう、孫生まれなくて良くないか?今なら現役第一線で活躍していた、ユーリ捜査官のままだぞ、たぶん」


「良くありません。孫が生まれて孫が昏睡した後で、現役復帰したユーリ捜査官が得た情報が必要なのです!」


「そこに辿り着くまであと何十年だよ……」


 先行きが遠すぎる。オレにお茶を入れてくれた局長が、呆れた顔で言った。


「そういう変装しちゃうからだよ」


「オレは変装させられたのだと主張する」


 現在のオレは、マイクルレース場での変装を継続中である。


 趣味で変装しているわけではなく、理由があってのことだ。

 そうでなければ、新たな伝説を作ったとして、何度も時事情報放送で放送された姿に変装するわけがない。



 音楽映像撮影会に向かうクラフターの中で、オレが祖父さんの外套を着ていたがために、祖父さんっぽい姿に変装のようなことをさせられて遊ばれていたわけだが、撮影会の場所で落ち合ったボーディは、オレの姿を見て父さんを思い出した。


 そして、マイクルレース場の最難関コースに、オレを連れて出場すると決めた。


 人は、見覚えのある見た目や形から連想して、過去の記憶を呼び起こす。思い出の品や、久しぶりに会った友人の姿、在りし日に聞いた歌、そういうものは、当時の記憶を世界から呼び起こし、引き出し、再構成するきっかけとなる。



 世界進化論によれば、世界で生じた事象のすべては、世界に刻まれる。


 ありとあらゆる経験、記憶、概念、思考、感情といったものすべてが世界に蓄積されて残るのだ。

 誰にも見られずに為した悪行も、誰にも知られたくない秘密であっても、すべて世界に記録される。


 だから、悪意と憎悪と欺瞞と矛盾と悲哀に満ちた経験が蓄積され過ぎた旧世界は、表面上はそれを取り繕って隠そうが、崩壊するしか無かった。


 人に認識されずとも、それは世界に認識されている。


 世界に蓄積されたあらゆる情報は、世界が終わって新たな世界が再び構成されるときの糧となる。

 そして、再構成された新たな世界は、その世界で起こるあらゆる事象を再び記録し始めるのだ。


 人の存在の核である魂は、世界を体験するための器である人の体に入り、様々な経験を得て魂が進化するための糧とする。

 魂は人生体験を多く重ねるほどに進化し、人の体も世界の中で世代を重ねるごとに進化する。


 代を重ねるごとに、人の体の血統的特徴も能力も多様になっていくので、魂が世界で新たな人生体験をするとき、以前の人生と全く同じ容貌で同じような人生体験をすることは無い。


 だが、一つの人生体験を経ても、魂が大きく変化や進化することは稀である。

 ゆえに全く同じではないが、似たような人生体験を繰り返すことになりがちなので、人生体験の場である世界には、常に変化や新しいものが必要となる。


 魂の個性や特質を強く反映する精神体の在り方が似通ったものになっても、世界に新たな概念や物品、新たな関係性が生じていれば、人の精神は新しい経験や知識を得ることができる。


 魂が世界で人生を体験するために構成するのが、精神体である。

 魂の器として得た人の体と人の魂との相互作用によって、その体で人生経験をするための精神活動の基盤として、思考や判断、記憶の主体として、精神体が構成される。


 人の自己認識や主体性の基盤が精神体であり、人生経験を積むことは精神体を成長させ発達させていくことと同じことだ。

 人の進化を担うのは、存在の基盤である魂ではなく、様々な精神活動の場である精神体だとされている。


 魂は、精神体の活動の成果を受け取って少しづつ変化し、進化していくし、人の体も精神体の影響を受けて変化し、進化していく。


 人の体は精神体に大きく影響を受けて不調になったり、不具合を生じさせることもあるし、精神体が発達したり変化したことで容貌が変わったり、体の性別の表現に齟齬が出て来ることもある。


 人生300年を超えると、新たな経験もなく精神体の成長が無くなる人が多い。そうなると、精神は疲弊してその体で人生を続ける意欲を失い、新たな人生への欲求が強くなる。


 衝撃的な人生体験や、歪んだ経験を積み重ねて来た結果として、精神に異常をきたすこともある。


 軽度であれば専門の治療官の指導や教育によって治療可能であるが、重度なものになると、人としての精神活動もできず、体は生きているが人生体験はできないような状態にもなる。

 その状態は、精神崩壊、精神体の死として認識される。

 


 祖父さんの精神体は、記憶や概念といった精神活動を構成する要素がばらばらになっている状態だったが、ばらばらになったもの自体は歪んだり壊れたりはしていないという珍しい症例だった。


 健全な精神体の状態を、整備されて万全の状態で利用可能なクラフターに例えるならば、祖父さんの状態はクラフターが個別の部品にまで完全に分解されて散らばっている状態だ。


 精神異常の場合は、部品が破損したり重要な制御機構が壊れていてクラフターが動作不良を起こすが、動かすことはできる状態だ。

 精神崩壊の場合は、クラフターとして機能しないくらいに各部品が壊れて修復不能になっているか、大きく損傷している状態である。


 祖父さんはまともな精神活動ができる状態では無かったが、完全に部品が揃っていれば完全なクラフターを組み立てられるように、精神機能を再度組み立て直せるかもしれない状態だった。


 クラフターの基礎構造に各部品を取り付けていくように、精神体の核となるものが再構成されたら、それを基盤として精神の各要素を結合して、精神体を再構成できる可能性が示されたのだ。


 問題は、その核となるものをどうやって再構成するかである。


 最後の身内であり孫であるオレを見ると、核を構成している部品が集合して再構成されやすい状態になるようだが、それが上手く組み合わされない限りは再構成できない。


 二月ほど前から、祖父さんはオレにもあまり反応しない状態、つまり、核の再構成の望みも薄くなるような状態になっていたので、オレは祖父さんが精神崩壊と判定されるときは近いと覚悟していた。


 祖父さんの見舞いに来る長い付き合いの人々もそれが分かっていたし、精神崩壊に至るなら、その前に最後の賭けに出るべきだと思っていたはずだ。祖父さんの周囲には、最後にやれる限りのことはやってしまえという考え方の人が多いからな。


 だからボーディは、オレと一緒にマイクルレース場の最難関コースに出場して、祖父さんが精神体の核を再構成できるよう、大きく記憶を揺さぶって衝撃を与えてみることにした。暴挙である。


 ボーディは、勢い余って優勝してしまいましたが、後悔はしていませんと穏やかな顔で語ったが、前局長に甘い現局長ですら、反省しろと突っ込んだ。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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