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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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26 気づかなかったこと


 気づかなかったことにしたが、警備局が<知識の蛇>専用にした特別隔離所ではなく、治療局の更生隔離所が襲撃されたのは予想外だった。

 ただ、ヒミコが連れて行かれたというのは、魔性の美少女がそれだけ大人気なのだなと妙に納得してしまった。


 未分化型のオレには魔性の美少女の魅力が分からないだけなのだろう。治療局長の娘というだけでなく、何らかの事情があって狙われるのかもしれないが、ヒミコ関係の情報はアレク捜査官が情報制限をかけているのか、オレのところには来ないので推測できない。


 取りあえず、この件に関してはオレは気づかなかったことにしたし、ヒミコ狙いで治療局の更生隔離所が襲撃されることは想定していなかったので、本当に気づかなかったのだ。


「んー、事件はマイクルレース場以外で起こっていたのね。つまり、ゼクスはこっちにアレク捜査官とか警備局の目をひきつけるための囮役だったのかしら。ねえ、どう思う?……ってあんた、その顔は予測していたわね」


「違う。オレは何も気づかなかった」


「……なるほど?警備局長もそれくらいのことは予測されるのではないかと思いますが、あえて、通信環境が制限される特別療養所にお見舞いに行っていたとなれば、ユレスと同じく何も気づかなかったことにしたいのですね?」


「本当に、更生隔離所のことは気づかなかった」


「それ、更生隔離所以外のことは気づいてたってことでしょ!って、あら、お客さんがって……あらぁ、これはお断りできないわね」


 アレク捜査官がお話がありますと来たので、格納庫の入り口で出迎えたローゼスはあっさり通したし、ご隠居様も観念したのか潔く迎え入れた。


「ええ、わかっております。わたしたちのレース出場の連絡の不備のせいで、警備局の警備体制にも影響を与えたのですね?もちろんお話はお聞きします」


「はい。ですが、今は別件を優先します」


 言いながら、警備局製の防音装置を起動したので、ローゼスが先に口を開いた。


「えっと、もしかして、治療局の更生隔離所で起こった事件のことかしら?ちょっと小耳にはさんだんだけど、武装集団に襲撃されたとか、ヒミコが連れて行かれたとかそういう?」


「ご存じでしたか。そちらだけでなく、<知識の蛇>関係者を集めた特別隔離所も襲撃され、蛇が脱走しました。手引きしたのはアーデルです」


「……」


 こっちは気づいていたが、気づかなかったことにしたし、アレク捜査官は何も聞かなかったことにしたが、解説しておいたわけだからそんな目で見なくてもいいだろ!


「ねーえ、ユレス。黙秘してもいいこと無いわよ?」


「そうですね。ただ、わたしには何となく状況が分かった気もしますし、気づかなかったと主張するユレスを追い詰めてはいけませんよ、ローゼス。

 クレア捜査官は蛇は捕まえておいても何の役に立たないから、武器にして使う方が賢くない?と常々主張していましたし、ユーリ捜査官も蛇を捕まえたら引き渡すより捨ててくる方が親切と言っていたのを、わたしも容認していた身ですからね。ええ、厄介払いした方が楽なこともあります」


「それ、答えを言ってるようなものじゃないかしら。でも、分かったわ、アタシも何も気づかなかったし、知らなーい。ユレスも更生隔離所の方は本当に予想もしてなかったんだろうしね。

 そう言えばロージーが、ヒミコが更生隔離所で男を誘惑しまくって騒ぎを起こすって同期の女の子が切れてるのを宥めて来たとか言ってたことがあるし、騒動の原因となる魔性の美少女だから、厄介な子がいなくなったって、ほっとしてる人はいるかもね」


「激務続きの警備局長が<菩提樹>に愚痴りにくるのですが、ヒミコからはろくな事情聴取もできないし、治療局長がうるさく口出ししてくるのだとか。しかも、アレク捜査官相手なら事情聴取を受けると親子そろって言っているそうですね?」


 アレク捜査官の機嫌が悪くなりそうな話題を振らないで欲しい。だが、意外にあっさりと答えが返って来た。


「一度だけ事情聴取しましたが、ろくな証言を得られず、そのまま見合いさせられそうになりましたので、即座に引き上げました。背任になるようなことは言えませんが、ほっとする気持ちは分かります。

 ところで、リリアのことはご存じなかったのですか?別の更生隔離所も襲撃され、リリアが連れて行かれました。アーデルはリリアを更生隔離所から解放することと引き換えに、特別隔離所から蛇を脱走させる手伝いをしたものと推測しています」


「あらぁ、ありそう。最愛の妹のリリアが絡んだ瞬間に、優秀なアーデル捜査官は駄目な冤罪捜査官になるし、蛇の側についても納得しちゃうわ」


「そうだな。アーデルらしい」


「ユレスは危機感を持つべきです。あなたを敵視しているアーデルが蛇の側についたのですよ?アーデルは、ユレス捜査官が旧世界管理局の黒猫であることだけでなく、アリス事件の関係者であることも知っています。危険度が各段に上がりました」


「確かに厄介よねぇ。にしても、警備局長は蛇ばかり集めた特別隔離所に、わざわざアーデルを配置してたのぉ?」


 ローゼスがオレをちらりと見たが、さすがにそこまでは知らない。

 ばばあには何らかの計画があるとは思うが、オレが知る必要のないことは言わない人だからな。


 だが、オレの身が各段に危険になるのに何も言わない人ではないので、おそらく問題はないと思うのだが、今のアレク捜査官は苛立っているし気配が怖いので言いづらい。

 どういう意図があるのかは、ばばあに聞かないと分からないし。


 アレク捜査官が少しため息をついてから言った。


「何を思ってのことかは早急に局長に確認したいのですが、現在は封鎖中の特別療養所にいらっしゃるので、連絡が大変取りづらくなっています」


「そうですね。特別療養所はごく一部でしか通信ができないような環境になっていますから、各施設の襲撃の情報を即座に得ることも難しいですし、対応についての指示も後手に回ってしまいますしね」


 鋼の女はそこまで考えて采配するから、怖い女でもある。


 ボーディ前局長には、ばれているが、あえて通信環境が制限される特別療養所にいる祖父さんの見舞いに行って、事態に気づけない状況を作るくらいはする。

 アレク捜査官がオレが難関コースに出場することを局長に報告すると言っていたし、祖父さんが反応するかもしれないから一緒に時事情報放送を見ることにしたとかいくらでも言える状況だ。使わないわけがない。


 特別療養所であっても、ヨーカーン大劇場占拠事件のときのように直通の特製通信機なら問題なく通信可能だし、あのときは特別療養所の通信室から指揮を執っていたわけなので、やりようはいくらでもある。


 だが、特別療養所は職務に対応できない理由を都合よく主張できる場所でもある。


 見舞った相手の容体が急に悪化して、通信に応じられる状況でなかったと言うことができるからな。

 いかに警備局長であれ、長年の友人を見捨てて職務を優先するよう要求したら、個人の人生をないがしろにしたとして、人権問題になる。


 そこまで考えたところで、自分でも思わぬくらいに動揺した。


 祖父さんは……大丈夫だろうか。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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