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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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25 特別療養所


 オレとボーディがアレク捜査官の視線から逃げるようにして格納庫に戻ったら、ローゼスがぎゃーぎゃー騒ぎながら出迎えた。


「んもう、なに張り切ってくれちゃってるの!?ご隠居様が孫連れて暴走したら駄目でしょ!アタシ、ご隠居様はレクサ工房の窮地を救うために宣伝目的で出場したって連絡回したのに、まさかの暴挙に出るなんて!?

 何してるんだ、止めろ、何とか止めろ!ってあちこちから通信文が来て腕輪が壊れるかと思ったわ!デルシーの支配人からは、ボーディにお話がありますって伝言されたわよ」


「少しはしゃいでしまっただけではありませんか。皆さん慌て過ぎですよ。ユレスを見習いなさい、この余裕の泰然とした態度がまったく崩れませんでしたからね。少しくらい崩れてくれてもいいのにと思っていました」


「意識がなかったからだ。ワトスンが大慌てでにゃあにゃあ鳴いていたような気がすることしか覚えてない」


「あんた、それ……いえ、そうね、覚えていない方がいいと思うわ。アタシ、レースを見守りつつも、気絶したいって思っていたもの」


 オレは気絶していたのだろうか?


 そうだとしても納得いく状況のようだが、唐突に昏睡したということだったら嫌だな。ボーディも念のためと言いつつ質問をしてきたのに答えたら、少し考えた後に首を振った。


「昏睡ではなさそうですね。わたしがときどき声をかけたら一応反応はありました。それにワトスンの鳴き声は聞こえていたのですよね?

 ユレスが6年間昏睡していたときは、何をしようが無反応でしたし、猫語翻訳用の資料として取得していたワトスンの鳴き声を何度聞かせても、わたしの相棒に無理を言ってにゃあにゃあ言わせても無反応だったのです」


「そうよねぇ。ま、気になるなら、治療官に一度見てもらった方がいいわ。何なら今から遺物管理局に戻りましょ」


「嫌だ。絶対尋問と説教が待っている。行くなら、特別療養所に行きたい。もしかしたら、祖父さんが時事情報放送で大レース会を見ていたかもしれないし」


 ご隠居様は不意打ちを狙うべく情報制限していたので、オレたちが最難関コースに出場することを知っている人は少なかった。

 だが、オレが難関コースに出場することはベルタ警備局長に報告されたし、自然環境課の関係者は知っているので、どこからか情報が伝わる可能性もある。


 特別療養所の治療官に連絡が行って、祖父さんと一緒に時事情報放送を見ていたかもしれない。

 

「うーん、最難関コースのことは伏せておいたけど、難関コースにユレスが出場するってことは、遺物管理局にも報告してあるし、誰かが気を利かせて特別療養所に連絡したってことはありそうね。即時放送だから、もう見ちゃった可能性は確かにあるわ。かつての相棒と孫が、見ていたら心臓止まりそうな危険行為に走ったわけだし、ユーリ捜査官の様子は早めに確認した方がいいわね。ご隠居様はユーリ捜査官のために、こんな暴挙に出たって設定だものね」


「設定ではありませんよ」


「ボーディが楽しく暴走していたのを見てしまうと、久々の最難関コースに燃えてしまって、姉御みたいに暴走したとしか思えないわ!」


「それはともかく、特別療養所に行くのは、わたしも賛成です。ええ、説教回避のためではありません。ユーリ捜査官のためです。ユレス、面会予約をとってください」


 説教回避目的としか思えないご隠居様のお言葉だが、素直に頷いた。


 特別療養所は治療局の管轄する療養所で、今までに確立された治療法が効果がない症状や、特殊だったり滅多にない症例の人が入る治療施設であり、治療方法の研究施設も兼ねている。

 

 オレは治療局には割と不信感があるが、旧世界管理局の治療室に祖父さんを頼むことはできなかった。


 オレは6年間、旧世界管理局の治療室に世話になったが、それはオレが昏睡して動けない状態だったからだ。

 AIにオレの状態の観察を頼んでおいて、異変があったら即座に連絡して貰えれば、人が常に付き添っていなくても十分に対応可能である。


 だが祖父さんは意識不明ではなく、起き上がって動き回ることもできるので、不測の事態や事故が発生しやすく、専門の治療官が常時勤務する特別療養所に入れるしか無かった。


 ベルタ警備局長の調査では特別療養所には蛇の手が入っていないそうだし、通いなれた今となっては職務熱心な精鋭揃いの治療官たちという印象で、一応信頼している。


 一応と言いたくなるのは、祖父さんの状態が珍しい症例なので、研究対象として親身に世話してくれつつ、新たな治療法確立のための実験台にされている面もあるからだ。


 祖父さんの精神状態が回復してくれるなら、オレは別に気にしない。


 ただ、古来の民間伝承にある、悪霊によって精神錯乱状態になった人のために神官が編み込んだ棘の冠を被せていいかと迫られると、一応信頼しているとしか言えなくなる。

 効果は無かったが、ぼんやり状態の祖父さんも棘が痛かったのか、反応はあった。


 特別療養所の警備体制はしっかりしていて面会予約を取らねば入れないが、そういう思いきった治療法を試しているのを目撃されないようにするためではないかと少し疑っていたりする。

 ベルタ警備局長が頻繁に見舞いに来るので、身を慎むようになったと聞いたこともあるし。


 特別療養所の療養者は、自分の症状に悩んだり、治療法がないことで精神的に不安定になりやすく、また重篤な精神異常の人も特別療養所で療養することもあるため、治療官の知らぬところで精神状態に悪影響を与える通信が無いよう通信環境はかなり制限されている。

 アリス事件の現場となった特別教育舎と似たような環境だ。


 基本的に特別療養所の通信室でしか通信ができないし、祖父さんの様子をすぐに知りたければ、担当の治療官を通信室に呼んでもらって様子を見てきてくれるよう依頼するしかない。

 面会予約を取って、直接様子を見に行った方が早かったりもする。


 特別療養所の面会予約画面を見たら、ベルタ警備局長が祖父さんの見舞いに来ていることが分かったが、予約はできなかったし、現在封鎖中と表示された。不穏だ。


「ボーディ、特別療養所が封鎖中だ。警備局長が祖父さんのところに見舞いに行っているので、内部で事件が発生していても鋼の女が制圧しているとは思うが」


「不穏ですね。……ですが、これは治療局が自主判断で封鎖している状態です。色とか表示枠で分かる者にはそれが伝わる仕様です」


「それはそれで不穏じゃない?アリス事件のことを思い出しちゃう。あらやだ、他の治療局の施設も封鎖中の表示になっているわ。ロージーは大丈夫かしら……あら、ロージーったら情報流出は駄目よ」


 情報流出は駄目よと言いつつ、兄想いの妹からの情報によれば、治療局管轄の更生隔離所で事件が発生したらしい。


 更生隔離所は治療局管轄のものと警備局管轄のものがある。


 警備局管轄の更生隔離所は、犯罪や規定違反で捕縛された人が、更生教育を受ける場となっている。

 重大犯罪を犯したり、更生教育では対応不能と判断された場合は、より厳しい指導と罰則的な強制労働が課せられる特別隔離所へ行くことになる。


 治療局の更生隔離所は、精神異常や精神錯乱状態のため、まともな社会生活を送れないと判断された人たちが治療を受けるための場所だ。


 一時的なものだったり社会生活を送るのに支障がない場合は、通常の療養所とか治療所に通えばいい。

 更生隔離所は、精神の異常によって犯罪行為をしたり周囲に迷惑をかけ続ける人たちが、社会から隔離されて治療を受けるために入ることが多い。


 特殊性癖の果ての恨みによってベルタ警備局長を襲撃した狂気の人形師パリラとか、偽証を重ねて冤罪をかけたり、注目を集めたいがためにヨーカーン大劇場占拠事件に貢献してしまったリリアのような人が治療局の更生隔離所に入ることになる。


 精神錯乱状態の人が暴れても対応できる場所なので、デルソレの水中劇場誘拐事件の際に、<色欲>の原液を飲まされて精神錯乱状態になったヒミコも更生隔離所で治療を受けていたはずだ。


 犯罪者や犯罪被害者も入ることが多いので、治療局管轄の更生隔離所は警備局が厳重な警備体制を敷いている。


 事件が発生した更生隔離所も警備局が警備していたが、事件を起こしたのは更生隔離所に勤務する治療局の職員だった。

 療養中だった治療局長の娘のヒミコを無断で連れ出そうとし、見咎めた警備局職員が止めようとしたが、武装した集団が襲撃してきて止めきれずに、ヒミコは連れ去られた。


 別の更生隔離所にも武装集団が襲撃を仕掛けて来たという連絡も回って来たので、警備局に連絡の上、治療局管轄の施設はすべて封鎖中である。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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