12 取引条件
話が途切れたので、青茶を頼んだ。そろそろ食事も終わりでいいだろう。
ただ、ローゼスが不満そうな視線を寄越して来た。
「……なあに、もう帰るつもりって分かりやす過ぎるわよ」
「酒の肴に話を聞いてやると言ったが、酒はもう十分堪能した。言っただろ、オレは面倒事に関わるつもりもなければ、本職の捜査官の仕事を邪魔するつもりもない。弁えろと本職の捜査官に何度も言われている身だからな。
ただ、アーデル捜査官が、これで引き下がるような人でないことはよく分かってる。ここで放り出したところでしつこく追いかけて来るか、また冤罪かけてオレを特別隔離房に放りこんででも、妹の冤罪とやらを晴らそうとするだろ。本当に面倒事は嫌なんだ。
だから、取引条件を提示するくらいはしておく。警備局が保有するアリス事件の全資料をオレに開示する許可を取って来い。
それ以外は認めないし、交渉にも応じない。警備局長の承認付きの正式許可以外は受け付けない。これ以上話すこともなければ謝罪も懇願も受け付けない。許可を得るまでオレの前に現れるな」
ボーディがお帰りのご案内のために人を呼んだが、アーデル捜査官は無言のまま背を向けて去って行った。
ここで、ひと悶着おこしてくれても良かったんだが、なかなかに理性的だな。あくまでも毅然とした後ろ姿が消えたところでローゼスが呆れたように言った。
「あらやだ、温情かけてあげちゃうの?」
「温情かけてやれと圧力かけて来たのは、ボーディとローゼスだと思うが?アレク班長は途中からその気がなくなったようだが」
「警備局に所属する者の一人として、あなたにそれを要求するのは無礼以外の何物でもないと思います。それでも一応はアーデル捜査官への配慮として、私見くらいは語るつもりはありましたが、それも必要ありませんでしたか」
「あら、せっかくだから語ってちょうだいよ。アレク班長は現場にいたわけだし、リリアのことどう思った?内通者だと思うかしら?」
「現場の状況を警備局長からある程度聞いていたのであれば、ユレス捜査官も彼女が内通者ではないと判断したと考えています。助けてと泣き叫び、不規則な言動を繰り返していたせいか、過激派が最初の犠牲者に選んだのはリリアです。
不愉快なことを語りたくありませんが、犯人たちは成功すると思いもしなかったホールを封鎖して占拠という状況が成立したので、調子に乗ってハーレムの真似ごと、つまり性犯罪をする方向で暴走していました。
過激派は、内通者だと確信してリリアを選んだのだと思います。大げさに騒いで恐怖を煽って、それが交渉相手に伝われば譲歩せざるを得なくなると見込んで、むしろ彼らの手助けをしていると考えたのではないでしょうか。
性犯罪的な行為に及んでも、内通者であるなら仲間であるし、後々さほどの問題にならないと見込んだのかもしれませんが、リリアは大暴れしていましたし、私の目からは本気の抵抗をしているようにしか見えませんでした。おかげで、過激派の注意が引きつけられていたので、制圧しやすかったとも言えます」
「オレではなく警備局長が、この馬鹿な小娘が内通者ってことはないねと言っていたぞ。オレは誰のことか興味も無かったが、たぶん、リリアのことを言ってたんだろ。あの食えないばばあは、リリアが内通者であるという一点においては冤罪であると判断したから、二人をオレのところに寄越したのだろうな。オレに対するばばあの用件としては、本物の内通者を見つけろ、だ。アレク班長もいいように使われたな」
アリス事件の全資料の開示許可は、確実に下りる。ばばあの依頼にオレが応じる対価として。
アーデル捜査官にはああ言ったのは、食えないばばあは、許可を出し渋ってアーデル捜査官に説教するなり、最後の指導をするつもりだと分かったからだ。
警備局長の幾重もの企みにアレク班長は巻き添えにされたようなものだし、いくら職場の上司であっても、あのばばあに抗議してもいいと思うが、アレク班長は穏やかな笑顔で首を振った。
「そうでもありません。私も同じ件で依頼したい状況ですから。リリアが内通者でないとしたら、占拠事件の現場にいた者の中の誰かが内通者ということになります。いくら不測の事態が重なったとしても、内部情報を逐次流さない限り、あのような鮮やかな封鎖は不可能です。
選考会の選考対象者は、内通者から除外して考える方が妥当でしょう。よほど自信がある方ならばともかく、選考を重ねてあの場に至る者が誰かを想定することは難しい。特に今回はいつもとは違う選考基準で選考したようですので、なおさらです。そうすると、選考委員会の面々が怪しくなってきますし、姉も内通者疑惑から逃れられません」
「あ、なるほどねー。アレク班長もある意味当事者だし、マリア・ディーバもそうよね。ユレスが本当の内通者を見つけてくれるなら、自動的に疑いが晴れるってことね。もしかして、捜査官に相談したいことってそのことだったのかしら」
「いえ、それとはまた別件なのですが、姉の周囲が少々不穏になっていまして。妊娠しているのに、占拠事件もあって、さらに内通者探しの対象にもなるので、これ以上の負担をかけたくありません。それから、黒猫さんの補佐が無ければ姉の身も無事であったとは思えませんし、表向きは私一人が動いたことになったとしても、ユレス捜査官も褒賞を受け取る権利があると思っています。
だから、提案です。本当の内通者を見つけていただく対価として、私が得た褒賞を受け取っていただけませんか?
私は世界管理機構に褒賞としてアリス・ノートを要求します。警備局長から、あなたがアリス事件について調べていることを伺いました。それから、あなたは私から何も欲しがらないだろうが、褒賞としてあなたが欲しがるものを申請して入手することはできるだろうと。私の選択は……合っていますか?」
占拠事件のときも姉の身を案じて焦ってもいいだろうに、終始冷静に指示通りに着実にこなしていったので、見た目から判断するよりずっと胆力があると思っていたが、自信なさげにオレの反応を窺われるとは思ってもいなかった。
「先に回答が提示されているのに、聞く意味あるのか?」
「これでも悩みました。あなたがアーデル捜査官にアリス事件の資料の開示許可を要求したので、実は少し焦っていました」
「え、どうしてよ?アリス・ノートで合ってるって確信するところじゃないかしら?」
「事件の情報の方を重視しているのかと思ったんです。アリス事件関連の物品で、世界管理機構が保有しているものはそれなりにあります。一番有名なものはアリス・ノートですが、事件に直接的な関わりのないものとされていますから」
「……アリス・ノートで合っている。だが、要求が通るかどうかわからないし、無理をしなくていい。アレク班長の依頼したいことは、警備局長の依頼と重複するからなおさらだ。あのばばあがオレに依頼して来た方が先だから、無駄に気を回さないでいい。
それから、先払いで言っておくが、アレク班長もマリア・ディーバも内通者ではない。はっきり言ってしまえば、オレは内通者が誰か分かったし、だからこそめんどくさいんだがな」
ここまで読んでくれてありがとうございました。