24 世直し旅の終わり
ラインに着いて準備をするように指示されて、各出場者がクラフターに乗り込み始めたが、隠居と孫の乗る特製クラフターは特に注目されている。
二人乗りぎりぎりの小型仕様に加えて、上半分が無いし、見た目重視の工芸品のような形状は他のクラフターとは明らかに違う。
だからこそ、参考資料として展示されていたのだろうし、100年以上前のクラフターだが他にない斬新なデザインにも見える。
そう、100年以上前のクラフターなのだ。
移動用クラフターの技術開発と進歩は早く、30年も経てば追いつけないくらいに性能差が広がると言われている。
いくら特製クラフターでも、100年以上前のクラフターは時代遅れもいいところなのだが、ボーディに呼び出されたレクサ工房の工房長は、最難関コースの予選に出場して破損したレクサ工房製クラフターの部品をありったけ取り寄せて徹夜で整備した。
レクサ工房の存続をかけた起死回生の一手を打つにあたって、工房長は在りし日の伝説のレースを思い返し、最難関コースで優勝した特製クラフターの次世代型をイメージして、特製クラフターを作り上げたのだった。
尖った性能過ぎて工房長には扱い切れず、予選出場したクラフターの外装は大きく破損したが、中の部品や装置類の大半は無事だったらしい。
レクサ工房が総力をあげて整備した結果、オレたちが今乗っている在りし日の特製クラフターの中の装置類は、一新されて最新型になっている。
もはや整備ではなく改造だと思うが、変形機能を残すために外装はそのままなので、見た目は100年以上前と同じだ。
趣味に走った100年以上前のレクサ工房製特製クラフターに乗った気楽なご隠居様が、大レース会を盛り上げるために賑やかし担当として出場したという風情でもあるが、クラフターの性能は今の時代にも通用するくらいに尖ったものになっているはずだ。
ご隠居様がおっとりと言った。
「取りあえず観覧席にご挨拶して回りつつ、様子見します。レクサ工房製クラフターの宣伝になりますからね。まずは気楽に観光気分で参りましょう」
「観光は即座に作戦行動に切り替わったりするのが、祖父さんだったんだが」
合図と共に他の出場者はすごい勢いで飛び出して行ったが、ボーディとオレはのんびり出発した。
ご隠居様は、観覧席から立ち上がって手を振る熱狂的なファンに手を振り返してサービスしている。
ついでに時事情報放送の映像記録係にも手を振っている。祖父さんにオレたちの映像を見せて、精神機能の回復を狙うという目的で出場したわけだしな。
時事情報放送が気を利かせたのか、伝説のレースを知るレースファンか、大レース会運営側の手配なのか、コース各所の映像を観覧席に表示する画面の一つが切り替わって、伝説のレースの映像記録が流れ始めた。
感想は言いたくないし、オレは何も見ていない。ただ、確かに今オレたちが乗っているクラフターと同じものが映っていた。
ご隠居様も在りし日の映像を見て、ようやくコースの方へクラフターを向けた。
オレたちがご挨拶回りをしている間に、最難関コースはものすごい状況になっていた。
時事情報放送は、事故なのか自爆なのかで半数以上脱落している最難関コースの状況を見かねて、過去の伝説のレースを放送して誤魔化そうとしたのかもしれない。
オレはナビゲーター役としてコースの状況を追っていたが、アレク捜査官とゼクスのクラフターが先頭を争いつつ、互いの妨害行為にいそしんでいたがために、巻き添えになったり、煽りを喰らった他の出場者が次々にひっくり返って退場して行った。
熾烈な争いの最中、ゼクスのクラフターが変形までした。プロメテウス工房にも拘り派の趣味人がいるのかもしれない。
アレク捜査官のクラフターも特務課が性能を上乗せしたせいか、ついて行っているし見事にやり返していたが、周辺被害はまったく考えていないようだ。
最難関コースといえど、旧世界で言うところの最後に立っていた人が勝利者的なルールではなく、7つのチェックポイントを抜ければいいだけの単純なルールだが、あの二人は、チェックポイント通過よりも互いを潰すことを優先しているようだ。
ゼクスの狙いは、アレク捜査官と真っ向勝負することだったのかもしれない。
囮役としてマイクルレース場に警備局の注意を引き付ける役もあるかもしれないが、アレク捜査官と何の規制もなく正面からやり合える場を求めていた可能性も否定できない。
ローゼスも、堂々とアーデルを痛めつける機会があったら、全力で乗っかってやるわとか言っていたことがあるし。
ゼクスはプロメテウス工房に依頼されただけあって、プロメテウス工房製クラフターの性能を存分に見せつけて宣伝する仕事もしっかりこなしている。
競う相手がいるからこそ性能を最大限発揮できるわけなので、そのためにゼクスと同等の実力者のアレク捜査官をわざわざ引っ張り出したということもあり得るか。
<知識の蛇>が背後にいるとしたら、大レース会で警備局の英雄様を真っ向から潰して示威する目的もあるかもしれない。
クラフターの規格規制も無制限になるのが最難関コースなので、特製クラフターの性能で上回れば、操縦者の実力が同等であっても勝てる見込みが高くなる。だが、特務課の尽力のおかげか、両者のクラフターの性能も同等に見える。
アレク捜査官とゼクスは、どちらが勝ってもおかしくない勝負をしている。
それを眺めてご隠居様がおっとりと言った。
「なかなか良い勝負をしていますね。ところで、ユレス。わたしたちは一応の目的は果たしたのですが、ひとつ、心残りがあるのです」
とても不穏な予感がした。オレが頑なに目を向けないでいると、ご隠居様は勝手に話し続けた。
「ほら、マイクルレース場に来る途中で、わたしたちは隠居と二人のお供として行くことになったでしょう?だから、名場面では決め台詞を言おうと思っていたのです。アレク捜査官がこれだけ頑張ってくださるのでしたら、アレク捜査官、不届きな不審者をやっておしまいなさいと言っておくべきでした」
「それ、レース開始前に思い出せよ。言っている余裕は無かったし、アレク捜査官に近づいたら、オレたちは強制退場させられるだけだったと思うが」
「分かっています。だから、こうなったら、やるしかありません」
「……何をと聞きたくない」
「これは美学です、様式美ですよ。ご隠居が最大の見せ場を仕切るのが、あの旧世界映画の主題なのです。若造どもを潰し合わせるより、隠居の実力を見せつけて牽制する方が良いでしょう。ユレス、やってしまいますよ!」
ローゼスが変なフラグを立てるから!
後で絶対文句言ってやる。どうせ、オレが抵抗しようがご隠居様はやる気だ。
二人で同時にボタンを押さねばならない仕様とか、無駄に凝った設定つけた変形機能を起動させたら、コースの熾烈な戦いに夢中でいいはずの観客が歓声を上げた。
空中に浮きあがりつつゆっくりと変形していくという、無駄な手間暇かけた仕様は、あの混沌としたコースでやっていたら即座に退場になるので、観客席前でやるしかない。
変形に合わせて、オレたちの頭上に屋根というか保護障壁が展開されて来たところで、ご隠居様が言った。
「かっ飛ばします」
その後、オレの意識は途切れた。子守猫がにゃあにゃあ叫んでいた気がするが、ふと気づいた時には、ボーディが取材に答えている声が聞こえた。
「ええ、隠居としてお若い方たちに少々お手本を示さねばならないと思ってのことでしたが、在りし日を思い出して、つい夢中になってしまいました」
会場に展開された大画面には、優勝は隠居と孫と大きく表示されている。
何があったのか記憶がないし、知りたくもない。取りあえず、ボーディが姉御の同類なのは確定だ。操縦席に座らせてはいけない人種だったのだ。
ご隠居様はクラフターを出て、花束を掲げて取材に応じているところだが、このままクラフターから締め出した方がいいかもしれない。
オレが動いた気配を察知したのか、オレの動きを視線だけで封じつつ、ご隠居様は話し続けた。
「暴虐覇王?とんでもない、あれは在りし日の相棒のことですよ。わたしがあのえぐい操縦にどれだけ振り回されたことか。レクサ工房の特注品だけあって、素晴らしい性能すぎました。レクサ工房の小さいお子さんに花束をいただいた後でようやく意識が戻ったくらいです。
少し我儘を言って、急遽レース・レディを指名させていただきましたが、前回優勝したときは、とても小さいお子さんだったメイリンから花束をいただいたのです。再び花束をいただけて嬉しいですよ。
いらぬ誤解をされないように言っておきますが、優勝したことをいいことに結婚を迫ろうなどと恥知らずなことは一切考えておりません。結婚相手をかけて勝負するとか熱く盛り上がるのはわかるのですけれどね、在りし日の思い出との心温まる交流も、世界には必要だと思うのですよ」
うん、さすがご隠居様はそっちの目的も見失っていなかったんだな。
在りし日のレクサ工房製クラフターに乗って、最難関コースで優勝したので、宣伝効果は莫大だろうし、レクサ工房の実績としても十分と認められるはずだ。
ついでに、メイリンとのいい話も披露して、バロンがいらんちょっかい出してくることも封じた。バロンは難関コースで優勝できなかったし、メイリンとの結婚話が蒸し返されることも無いはずだ。
最大の見せ場を経て、ご隠居様の世直し旅は無事に終わったのだ。
アレク捜査官とゼクスの戦いは、僅差でアレク捜査官が制して二位になっていた。オレたちの次に取材を受けるためにすぐ近くにいるが、今は怖くてそちらを見れない。
祖父さんは一つの旅が終わっても次の旅が始まるだけと言っていたことがあるが、オレたちにはこれから関係者一同の尋問と説教に満ちた苦難の旅路が待っている予感がする。
ここまで読んでくれてありがとうございました。