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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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22 隠居と孫


 10年に一度の最難関コースのレースは、難関コースが終わった後で長めの休憩時間をとった後に始まる。

 難関コースの開催によって荒れたコースの整備が必要であるのと、最難関コース用の障害物などの設定をし直す必要があるからだ。


 整備と設定に時間がかかるので、休憩が終わった後、各出場者の紹介と簡単な取材が入ってからレースが始まることになる。


 レクサ工房の工房長が最難関コースに拘ったのは、上位に入らなくとも、この取材の時にレクサ工房の宣伝ができるからだ。プロメテウス工房も、この機会に宣伝してくれるよう出場者に依頼しているかもしれない。


 出場者はレース・レディに向けたメッセージを言ったり、恋人とか結婚相手募集中のようなことを言って大会を盛り上げるのが一般的らしく、クラフターの宣伝しかしないのも無粋と思われるようだが。


 ご隠居様の予想では、プロメテウス工房に蛇が関わっていた場合、出場者を通して、世界管理機構か警備局あたりに何らかの要求のような発言をするかもしれないとのことだった。


 仮面の不審者であったゼクスの場合、姉御が追いかけ回したし、<天使の歌声>を旧世界管理局が回収しているので、旧世界管理局に脅しか要求か何らかのメッセージを送って来る可能性は十分に考えられる。



 オレたちは飛び入り出場なので、出場者紹介は一番最後である。


 ボーディ前局長としては、<知識の蛇>が最難関コースで何かを仕掛ける計画であった場合の、不意打ち効果も狙っているそうだ。

 蛇は想定外に弱いので、突然、前の旧世界管理局長が最難関コースに出場するとなったら、動揺したり勘繰って混乱するはずという発想は分かる。


 だが、オレは気づいてしまった。


 最難関コースには、ゼクスが出場する。

 オレは絶対近づくなとアレク捜査官が何度も念押ししたが、それを無視して最難関コースに出場するとなったら、警備局の緊急時の対応方針が狂ったり問題が発生したりしないのだろうか。


「……ところで、関係者はどこまで知っているんだ?」


「情報漏洩を防ぐために、大レース会の総責任者と信頼できる少数の方たちとレクサ工房とわたしとローゼスくらいに情報を制限しました」


「そうね、アレク捜査官が知ったら絶対に止めにかかってくるだろうから、言うんじゃありませんってボーディに言われて仕方なく」


「……つまり、オレたちが出場することは、アレク捜査官にも、その他関係者にも不意打ちだろ!?」


「ご隠居様の命令だから仕方ないのよ!アタシ、良心からデルシーの支配人には報告しようかと思ったんだけど、ご隠居様が言ってはいけませんって止めるんだもの!」


「すべては、ユーリ捜査官のためです」


 ご隠居様の最後の良心は、きっと暴虐覇王に殺されたのだ。その復讐なのか、本当に祖父さんの精神機能回復のためかは取りあえず考えないことにして、違うことを確認した。


「オレは蛇に恨まれている身だし、変装してはいるが、さして効果ない変装になっているようだし、旧世界管理局の黒猫とばれると後々めんどくさいぞ。まさか、本名で出場者登録はしていないよな?」


「もちろん、そこは全力で隠蔽したわ!運営側も配慮してくれて、ボーディとユレスの情報は極限まで制限しているし、出場者登録も芸名でしてあるの。隠居と孫よ」


「思いっきりそのままだと思うんだが!?」


 伝説の年とやらが有名なら、当然祖父さんの相棒のボーディも有名なのだろうし、レースファンは見たらすぐに分かるのだろう。

 かつての相棒の代わりにオレが出場するとしても、祖父さんの外套を着ているし、その芸名だとオレは祖父さんの孫だと主張しているとしか思えない。


「蛇はそのまま過ぎるとかえって勘繰って裏読みしてくるものですよ。それにレースファンの方たちには、わたしがかつての相棒の孫と共に出場したというだけでご満足いただけると思います。何事か企んでいるかもしれない<知識の蛇>を動揺させつつ、レクサ工房製クラフターの宣伝をするくらいの気楽さで参りましょう。

 ユーリ捜査官が時事情報放送でわたしたちの姿を見て、精神が回復してくれればよいのですが、こればかりはやってみなければわかりませんからね」


「やらないよりやった方がいいのは分かっている。だが、優勝狙うような無茶はしないぞ。ボーディが前回優勝したときは、祖父さんが操縦していたんじゃないのか?」


 クラフターの操縦資格が無いオレはナビゲーター役限定になるので、ボーディが操縦するしかない。ご隠居様はおっとりと頷いた。


「ええ、わたしがナビゲーター役でしたが、最難関コースですと、不測の事態には交代することも良くあります。わたしは操縦もそれなりにこなせますから、安心していいですよ。それに、今回は隠居と孫で出場するのですよ?暴虐覇王とは違うのです。優勝を狙う必要など皆無です」


「そうよ。孫連れて暴走するご隠居様なんて、誰も見たくないと思うわ。ん?あら、入場が始まるわね。会場の様子も見ていたほうがいいわよ」


 最難関コースは、一組ずつ入場しては出場者紹介と時事情報放送から取材されることになるので、オレたちは最後に呼ばれるまで待機だ。


 ローゼスが格納庫の壁に設置されている時事情報放送の画面を展開したら、最初の出場者の取材が始まっていた。


 のんびりしている時間はなさそうなので、万が一に備えてクラフターの点検をして構造を把握しておく。ある意味予想通りだが、変形機能まであった。


 ボーディが楽し気に解説した。


「これは二人で同時にボタンを押さねば変形できないのです。最終手段には、そういう制限をつけるのが旧世界的美学だったようですね」


「美学としか言いようのない無駄機能だと思うわ。ま、アタシは嫌いじゃないけど。ボーディったら拘り派だものねぇ」


「わたしではなくユーリ捜査官の拘りですよ。正確には相棒のホームズです」


「あら、そうなの?アタシ、名探偵とは結構お喋りしたけど、そういうお遊び好きだとは思っていなかったわ」


 祖父さんの相棒のAIはホームズ。旧世界の有名な小説では名探偵という役の名前だからか、捜査とか捜索向きの技能を持っているからか、名探偵と呼ばれることが多い。

 警備局長の優秀な協力者であった祖父さんは、相棒のAIホームズの技能を使って協力することが多かったので、名探偵と呼ばれていた。


 子守猫ワトスンの、ワトスンという名は、旧世界小説の名探偵ホームズの相棒の名前だったりする。

 旧世界人は有名な小説の登場人物の名前をAIに設定することも割とあるのだが、祖父と孫の相棒がホームズとワトスンというのはなかなか珍しい一致だ。


 ホームズは集めた情報から鋭く見通して推測したり、高度な予測演算を得意としていたので、名探偵と呼ばれるにふさわしい実力だった。

 祖父さんがオレを旅行に連れ回している間、ホームズがオレの話し相手もしてくれていたので、オレの話し方とか思考はホームズの影響が大きい。


 ホームズは、どんな会話からでも小さな手がかりを見つけて情報を構築するし、経験記憶が多ければ多いほど精度が高いと言って、多くの人と会話することを好んだ。お喋り大好きなローゼスは、いい話し相手だったのだと思う。


「ホームズには遊び心的美学があったとは思う。ワトスンのにゃあを名探偵の実力で翻訳してくれと頼んでみたら、いいかね、猫はにゃあと鳴くものだ、そこに無粋な解釈はいらない、これが美学だって言っていた」


「それ、さすがの名探偵も翻訳不能だったってことじゃないかしら。割と謎々のような言い回しで、誤魔化すことがあったと思うわ」


「そうですね。ホームズは謎めいたところがあるあたり、ある意味ワトスンに似ていると思いましたよ」


「そう?どんな謎でもすっぱり解決する名探偵だと思っていたわ」


「確かに名探偵ですが、ナイン・エスの技能を解析して使用できたあたり、通常のAIの能力を大きく超えています。ユーリ捜査官のあの精神状態も、ホームズの何らかの干渉があってのことかもしれないと思ったこともありますが、不明です」


「それ言うならユレスもじゃない。ワトスンが干渉して、6年間昏睡していた可能性も否定できないって治療官が悩んでいるわけだし。そういう意味では確かに、ホームズもワトスンも謎めいているわね」


「そうですね。ただ、わたしはホームズもワトスンもマスターを害することはしないと信じています。根拠を示せるわけではありませんが、そう信じると決めたのです」


「オレもそれは信じている。ん?」


 時事情報放送の画面が次の出場者紹介に移った。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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