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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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21 飛び入り出場権


 ローゼスとボーディに連行された先は、一番奥の格納庫だった。


 自然環境課の格納庫に向かっていたときに騒がしかった場所だ。それでボーディが様子を見に行ったが、何か事件でも起こっていたのだろうか。

 バイザーの不審者の件で、アレク捜査官だけでなく警備局特務課も来ているので、事件だとしてもオレの出番は無いはずだが。


 格納庫に入ったら誰もいなかったが、中央に上半分が無い特殊な形状のクラフターが置かれていた。事件ではなさそうだが、嫌な予感がする。


 この特殊なクラフター、いや、旧世界の自動車的なものを、オレは見たことがある。祖父さんがお気に入りの旧世界映画の中で暴走していたものだ。


「……これ、祖父さんが好きな遺物映画に出て来た近未来型自動車というものに似ているな?」


「ええ、それを模して作った特製クラフターですからね。着替えてから説明します」


 ローゼスが外套の中身をこれに着替えろと言って押し付けてきたので、素直に着替えた。実力行使で着替えさせられるよりましだ。

 衝立から出たらボーディもお揃いの服に着替えていたので、もはや穏やかなくらいの諦め気分で確認できる。


「まさかと思いたいが、これで最難関コースに出場するとか、とんでもないことを言い出すつもりか」


「言いだすつもりです。いいですか、ユレス。これも巡りあわせと縁が導いたのです。わたしたちは、ユーリ捜査官とレクサ工房のために最難関コースに出場しますよ」


 旧世界管理局の最後の良心はどこに行ったんだと思うが、一応なけなしの良心があったボーディは、軽く栄養補給しつつオレに巡りあわせと縁を語った。


 難関コースの前にローゼスが言っていたことからある程度察していたが、伝説の年とやらに祖父さんとボーディが優勝したときの特製クラフターは、レクサ工房製だった。

 若かりし日の工房長と祖父さんが、趣味のままに暴走して作り上げた逸品だ。


 祖父さんはレクサ工房をひいきにしていたし、所有するクラフターもレクサ工房製で、父さんもそれに慣れていたから、自然環境課として職務枠で出場するときにレクサ工房製クラフターを選んだ。


 そして暴走した挙句に、親子制覇である。祖父さんはオレには徹底的に隠していたが、当時は大変話題になったし、レースファンはいまだに伝説の年と呼んでいるそうだ。

 知りたくなかったのにボーディがばらした祖父さんの呼び名は暴虐覇王。レースで何があったのか、心の底から知りたくない。

 

 少しだけいい話なのは、祖父さんとボーディが優勝したときにレース・レディとして指名したのは、メイリンだった。当時は3歳の子どもだったので、父親の工房長と一緒に花束を渡してくれたそうだ。


 覚えていなくてもおかしくない年頃だが、もしかしたら、メイリンは覚えていたのかもな。

 成長してからも伝説の年の話は何度も聞いただろうし、だから祖父さんと同じ旧世界管理局の捜査官のオレをすぐに受け入れてくれたのかもしれない。


 ボーディはメイリンを覚えていたので、これも運命の巡りあわせと思って、メイリンとレクサ工房の事情に関わることを決めた。


 ボーディには密かな計画があり、ちょうどいいと判断したのもある。

 ボーディは、このままでは精神崩壊も間近な祖父さんのために、思い切った手段を取ることを検討していたのだ。


 オレを連れて最難関コースに出場するのである。


 オレが祖父さんのようでいて父さんのような変装をしてきたので、それしかないと確信しましたと言ったが、せめてオレに説明すべきだったと思う。


 確かに、マイクルレース場を背景にして、ボーディとオレの映像記録を撮って見せてみたら、祖父さんが在りし日を思い出すかもとは言われていた。

 だが、それがまさかボーディとオレが在りし日の特製クラフターに乗って、最難関コースに挑む映像という意味に解釈できるわけがない。


 危機感から精神が回復するかもしれませんとか言っていたあたりは、少し引っかかっていたが、旧世界管理局の最後の良心を信じていたオレは突っ込まずに流してしまった。


 旧世界管理局の最後の良心は死んだのだ。


 ボーディは、祖父さんのために最後の良心を殺したのですと主張したが、もしかしたら暴虐覇王の在りし日の思い出がボーディの最後の良心を殺したかもしれないので、突っ込まないことにした。


 何故、突然出場できるのかということは突っ込んだが、予選レースを通ったわけでもなく、職務枠でもないのに、特例があった。 

 伝説の年に派手に優勝を決めて、マイクルレース場の宣伝に大きく貢献したとして、祖父さんとボーディに与えられたのが飛び入り出場権だ。


 祖父さんとボーディは優勝の翌年も是非大レース会に出場して欲しいと頼まれたそうだが、旧世界遺跡調査の予定が入っていたのでお断りした。

 そして、前年の感動を再びと思ったのか熱が入り過ぎたのか、翌年の大レース会の最難関コースでは事故が相次いで、しばらく取りやめることになった。


 祖父さんとボーディは翌々年のレースには出場できるよう日程調整すると約束していたが、最難関コースの開催がなくなったので、お詫びと宣伝に大きく貢献してくれた感謝をこめて、職務の都合がつけば当日であっても最難関コースに出場できる権利が贈られた。


 ボーディか祖父さんのどちらかが出場するのであれば、別の相棒と一緒に出場することもできるよう配慮されているが、そのせいでオレを連れて出場するという暴挙が通ってしまった。

 

 オレは読む気も無かったが、マイクルレース場の大レース会規程に載っているそうだ。当日に飛び入り出場というのは、運営側としては迷惑ではないかと思うが、これも宣伝に使っていたらしい。


 最難関コースは10年に一度の開催と決まったとき、人気が下火になることも予想されたが、もしかしたら伝説の優勝者が当日、飛び入り出場するかもしれないという期待感もあって、10年後の最難関コースの年は大いに盛り上がったそうだ。


 今となっては最難関コースは10年に一度で定着しているし、期待感はさしてないと思うが、それでもマイクルレース場は、10年に一度の年にはボーディに招待状と飛び入り出場権はまだ有効ですというお知らせを送ってくる。


 伝説の年に優勝した特製クラフターは、レースファンたちの要望もあったし祖父さんも管理するのが面倒だったので、マイクルレース場に預けていた。

 大レース会などイベントのときに、参考資料的に展示されているそうで、今回も展示されていたものを回収して格納庫に移して、徹夜で整備したのである。


 ボーディがレックスたちのクラフターに乗り込んだのはその手配をするためで、レクサ工房の工房長を呼び出して、出場できるよう整備してくれるなら、最難関コースに出場してレクサ工房の宣伝すると迫った。

 レクサ工房の宣伝はご隠居様が引き受けたわけだが、在りし日のレクサ工房製特製クラフターで最難関コースに飛び入り出場となれば、宣伝効果は絶大だ。だからあんなに余裕だったんだな。


 レックスとメイリンはボーディが最難関コースに出場することは知っていたが、オレを連れて行くことは知らなかったし、心配させたくないからオレには何も言わないようにと口止めされていた。。

 呼ばれて駆けつけて来た工房長も、レックスとメイリンはマークのクラフターに全力を傾けろと指示して、いらんことを言わないように口止めした。


 ボーディはオレの見張りをアレク捜査官に頼んでローゼスと一緒に物資調達に行ったときに、ローゼスには話した。ローセスはオレに何も言わなかったが、いつものことなので裏切られたとも思わない。


 二人が忙しくボーディのクラフターとマイクルレース場を行き来していたのは、難関コース出場のマークとドルフィー号の様子を確認するのに加えて、最難関コースへの出場準備を秘密裏に進めるためであった。


 マイクルレース場の大レース会運営側も突然のことに大迷惑だと思うのだが、総責任者は大のレースファンであり、きっと盛り上がると大喜びで受け入れて全面協力を約束した。

 そして、飛び入り出場のことは、最難関コースの出場者紹介のときまで伏せておく手配もした。


 かくして、すべての状況は整ってしまったのだ。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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