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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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20 ドルフィー号


 マイクルレース場は半円形の観客席と、そこから大きな楕円状に広がるコースで構成されている。


 観客席の真下には格納庫があり、観客席のどこからも見下ろせる位置にあるラインからレースが始まる。各コースに設定された目標を達成して引き返して来て、ラインを一番先に走り抜けた者が勝者となる。


 難関コースと最難関コースは、コース全体を使用してレースを行うことになるので、同時には行えない。


 難関コースはコース全体をどのように走り抜けるか、どのように行動するかの戦略的な組み立ても順位に大きく影響し、ただ操縦が上手いだけでは上位には入れない。

 緻密なレース展開の組み立てと周囲の状況も織り込んだ戦略的行動もできる出場者の方が有利である。


 コースに設定された目標自体は簡単で、コースのあちこちに設置されたポイントを3つ抜ければいい。


 だが、そこにたどり着くには高度を上手く調整して、多くの障害物を抜けたり超えたり登ったりすり抜けたりしなければならない。

 ナビゲーター役と操縦役の連携が取れないと、安全に抜けるどころか事故で退場することになるし、ときには死亡事故になって、世界から退場することもある。


 アレク捜査官が言う通り、難関コースであっても危険なのだ。


 レース開始前準備が始まりましたと放送があった後、コースの空中にいくつも障害物が浮かんで動き始めた。


 障害物があるので、一直線に飛んで行けばいいとわけでもないし、空中を行くより、あえて地上すれすれを抜けた方が賢明なこともあるそうだ。

 特定地点に出場者のクラフターが到達するごとに障害物が移動したり、増えたりして、混戦になる。そういう点では先に走り抜けた方が有利でもある。



 難関コースの出場者紹介となって、マークがオレの名前どころか自分の名前も言わず、世界研究局自然環境課として熱くドルフィー宣伝をして終えた。会場内のあちこちにドルフィーファンもいるらしく、思ったより歓迎されている。


 あまりにも熱意のある宣伝のせいか、オレたちの動向を窺っていた優勝候補二人だけでなく、他の出場者たちからも、やはり宣伝のための参加であると納得されたようだ。

 競争相手とみなされない方が優勝候補の邪魔をしやすいし、煽ったり妨害されたりする危険度が減るのでいいと思う。


 狙ったわけではないだろうが、こんなドルフィー装備をしたオレたちが、本気で優勝狙うとか考えたくないだろう。

 マークもドルフィーの宣伝はしても、優勝を狙う気は全く無かったしな。だが、今のマークはやる気だった。


 準備するよう指示があったので、クラフターに乗り込んで操縦席に座ったマークは、オレに真剣な顔を向けた。

 うん、止めても無駄なのは分かっている。ドルフィー案件はオレの管轄にされつつも、オレの意見も同意も求められていないからな。


 ローゼスがデルシーの支配人に報告してしまう以上、本当にオレたちが何とかするのが一番平和的な解決法だとは思う。


「ユレスさんの言う通りにしますので、ララのために俺たちのドルフィー号を勝たせてください!」


「ドルフィー号なのか、これ。目的を完全に見失っているが、まあいい。これも世界平和のためだ。

 マークは精神統一して自己暗示でもかけておけ。いいか、障害物は波だ。波が唐突に横から来ることもあるし、他の船の影響で乱れて余波がくることもある。だが、マークなら捌けるな?そこにドルフィーがいるなら」


「もちろんです」


「3つのポイントでドルフィーが待っていると思え。そこの画面にナビゲート情報を表示するから、それに従って泳ぎきれ!」


「イエス、サー!」


 旧世界の軍隊式の敬礼をされたが、リック博士とマークは姉御とも仲がいいので、こういうやり取りでもしたことがあったのだろう。

 命令というか指示に忠実なマークは、開始の合図と共に周囲が一斉に出発しても動かなかった。


 オレが動けと指示していないからだが、見事。


 ドルフィーご案内で培われた技能かもしれない。ドルフィーに会いたければ、オレがいいと言うまで動いてはならないという鉄の掟を遵守させているからな。

 そうしないとデルシー海洋遺跡に入る前に侵入者として排除されるので、最前列で鼻息の荒いリック博士ですら遵守している。


 ドルフィーが待っているとなれば、手を抜かない二人だ、そこに不安はない。


 一向に動かないオレたちのところに大レース会運営側が故障かと聞きに来ようとしたところで、動けと指示を出した。

 いい感じに、コース内が荒れてきたし、ちょうどいいから踏み台にさせて貰う。


 最大加速を指示されたマークは躊躇いも無く踏み込んだが、後はもうマークの腕前に任せる。あと猫。


 子守猫がにゃあにゃあ抗議しながらナビゲーター役として働いているが、オレを無事に戻すために頑張ってくれるのは知っている。

 ドルフィーのためだと何となく分かっているのか、さほど文句も言っていないようなのでいいことにした。


 最後のポイントに到達するときには、バロン・ダンテ組のクラフターを踏み台にさせて貰ったが、怒れるドルフィーファンたちがこれで納得してくれるといいのだが。

 踏み台にされたことに怒り狂ったのか苛烈に追いかけて来たが、マークは見もしなかった。


 子守猫がサービスして、マークの前の画面にララが泳いでる映像を表示したからか、ひたすらララを追いかけていた。

 ラインを超えた瞬間に、ララがよくやるくるくる回転する感じで急制動をかけてクラフターを止めたところまで、よくやったと思う。


 オレは目が回ってクラフターから降りられなくなったので、マークを押し出して、駆けつけて来た取材への対応を任せた。

 クラフターの扉が開いたら物凄い大歓声が飛び込んで来たが、マークは特に気負った様子もなく爽やかに手を振って応じている。


 立派になったなと感慨深く思ったが、時事情報放送の取材に対して、この勝利はララに捧げますと言い切ったあたり、マークはマークであった。

 大レース会運営側がレース・レディとして指名されていないと慌てているが、いつの間にか忍び寄って来たローゼスが、司会役から音声拡大装置を奪って解説した。


「ララっていうのはデルシーで会える、とっても可愛いドルフィーのことよ!でも、海に住む子だから、さすがにこの会場には来れないわ。だから、代わりにデルシー特製のドルフィー型人形に来てもらったの。レース・レディの代わりとして認めてくれないかしら?」


 いつの間に手配していたんだ?というか、こんなの作ったのか。

 巨大なドルフィー型人形を抱えたミヤリとリマが出てきて、マークに花束を渡したが、ミヤリとリマがレース・レディ役で良くないか?なんでここまでして、ドルフィー?


 オレの疑問を余所に、会場はいい感じに盛り上がったから、いいことにした。取り合えず、ドルフィーファンたちの怒りは鎮まったと思いたい。


 当初の目的が完全にどこかに行ってしまっているが、マークが優勝したと同時にメイリンの取引も成立しなくなったので、目的は達成された。

 マークも一応目的を忘れていなかったので、時事情報放送の取材に答えつつ、レクサ工房製クラフターの宣伝もした。少々脚色はあれど、美談になったと思う。


 それからローゼスも当初の目的を忘れていなかったらしい。司会役に了承を貰ったのか、今度は音声拡大装置を借りて話した。


「レース・レディの特例を認めてくださってありがとう!でも、今後は恋人とか結婚相手に限らない方向で配慮してくれてもいいかもって思うわぁ。ちゃんと確認されてると信じたいけど、状況作られて断れないまま無理やり結婚宣言されちゃう場に使われかねないし、そうなると不幸よね。

 マークみたいに、祝って欲しい相手はこの場に来れないこともあるわけだし、子どもとか孫に祝って欲しい人もいていいと思うわ。以前はそうだったって聞いたけどね。とにかく今回はありがとう!おかげでマークもとっても喜んでくれたし、素晴らしいご配慮ね!」


 元優勝候補二人を前にしてローゼスが鮮やかにとどめを刺したが、よりにもよってドルフィー号に負けてしまって茫然としているようなので、手加減してもいいと思う。


 オレはマークを手招きして、さっさと撤退すべくクラフターを動かしてもらった。ローゼスと巨大なドルフィー型人形を担いだミヤリとリマも後を追いかけて来た。


 格納庫に着いたら、レックスが興奮状態で泣きながら出迎えてくれたし、ミヤリとリマも改めて褒め称えてくれたが、主に頑張ったのはマークだから、労わってやってくれ。それから、ドルフィーではない嫁を探すよう何とか説得して欲しい。


 オレはローゼスに格納庫の入り口に連れて行かれた。何か報告か相談でもあるのだろうか。


「すごかったわよ!ええ、アタシ、あんたたちならやってくれると思っていたわ!それでね、あんたは次のレースよ!」


「……は?」


 レースは終わっただろと言う前に、格納庫に笑顔で入って来たボーディがオレを捕まえた。


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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