表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
112/371

17 それぞれの狙い


 わざと煽るように<知識の蛇>ハーレムと言ってみたが、アレク捜査官は気にした様子もなく頷いた。


 え、いいのか?ベルタ警備局局長であれば、大猿もありだし、蛇ハーレムすら許されるのだろうか。

 まあ、両方とも違和感ないと言えば、そうかもしれないのだが。違和感も何も感じていないかのようにアレク捜査官が話し始めた。


「デルソレで捕縛した警備の職員や、遺物展示交換会の時に捕縛したヘンリーの取引相手など、<知識の蛇>関係者と思われる者たちはすべて特別隔離所の一つに移動させています。マキナと設計士の助手も特別隔離所に移送完了しましたので、その特別隔離所には蛇ばかり集められている状態ですが、特別な警戒警備体制を敷くにはその方が合理的なのは確かです。

 ただ、局長は警備体制を強化するおつもりもなさそうです。失踪者の捜索のために人員が必要なので、そちらに回す余裕が無いからだと思いますが、ユレスは何か気にかかることでもありましたか?」


「……あることはあるんだが、その前にマイクルレース場の話をしたい。オレに話せないことなら、無理にとは言わないが」


「いえ、お話しますが、あの不審者を見つけても絶対に近づかないでください」


 それはどうしても譲れないらしく強い気迫で言われたが、オレはそんな無謀な真似をする気もない。アレク捜査官と姉御と同等の実力者にオレが敵うわけないだろ。オレは弁えている。


「オレは自分の実力を弁えてるし、越権行為やいらん介入をする気もない。アレク捜査官はゼクスの捜査のために来たのだろうが、会場に何か仕掛けられていることを想定して、会場の点検もしているよな?」


「はい。実は昨日クレア捜査官に依頼して、爆発物が仕掛けられていないかどうか調査に来ていただきましたが、それは知らないのですね?」


「どうせ、オレには言うなとか情報制限したんだろ?姉御は性癖は駄目だが、それ以外は立派に捜査官なので、何も聞いていない。姉御の勤務日程がずれたから、音楽映像撮影会が今日にずれこんだのは聞いた。

 旧世界管理局の捜査官の間でも日程調整してるので、オレの勤務日程もずれた。本来であればオレは明日は勤務なんだが、調整されて個人活動の時間に変更になったがために、ボーディに抵抗できずにマイクルレース場に連れてこられたんだ。不可抗力だと主張する」


「今さら帰れとは言いませんよ。相手が何を仕掛けて来るか分からない状況なので、苛々していたのは申し訳ありませんでした。

 会場を点検した結果、爆発物や危険物の反応も、遺物の反応もありませんでした。クレア捜査官はそういう類のものはなさそうだけど、嫌な感じがするとは言っていました。女の勘なので、何がどうとは言えないそうですが。

 なので、大レース会当日も捜査協力を申し出てくれたのですが、旧世界管理局長の許可が下りず、帰還されました。旧世界管理局長は代わりにあなたを派遣した、ということではないですよね?」


 局長の采配は理性的だし、オレの女装映像を苦渋の顔で封印する原因となった仮面の不審者が来る場所にオレを送り込むような非道な真似もしない。


 だが、ボーディ前局長には甘いので、ボーディがオレを連れてマイクルレース場に行くことにしたのであれば、止めもしなければ、オレをあっさり引き渡す女でもある。


「現局長は、オレを仮面の不審者が来る予定の場所に送り込むような真似はしないが、前局長がお望みのままにする女でもある。

 姉御は旧世界で言うところのハンドルを握らせてはいけない人なんだ。操縦席に座らせたらクラフターで大暴走始めるし、一度マイクルレース場でやらかしてレース出場禁止になっている身だ。

 姉御は妙にしつこくオレたちと一緒に来たがったんだが、アレク捜査官の依頼もあってマイクルレース場の不穏な状況を知っていて心配したからだと思う。だが、大暴走の方も諦めていないと思うので、局長が許可しなかったのは当然だ」


「暴走されるのは困ります。ですが……念のため確認ですが、ユレスは大丈夫ですか?あなたの祖父が最難関コースで優勝していたり、あなたの父親も難関コースで優勝していますよね?」


 さすがアレク捜査官は、マイクルレース場の過去のレース記録までしっかり調べていたのか。オレは身内の話なのに、今日はじめてボーディから聞かされたくらいだぞ。


「実はオレは、今日ボーディに聞かされるまで知らなかった。祖父さんに自然区の旅行に連れ出されていたからクラフターの修理はできるんだが、オレはクラフターの操縦資格すら持ってない。暴走しようとしてもできないから安心していい」


「いえ、あの、どうしてそんな人が、難関コースに出場登録できてしまうんですか。……ああ、なるぼど、ナビゲーター限定で登録すれば資格審査が無いんですか……」


 オレに質問しつつ、オレが分かっていないかもしれないと思って自分で腕輪から調べたらしい。アレク捜査官は即座に頷いて言った。


「あなたは操縦資格がない方がいいと思います」


「オレの周囲と同じ結論に達したようだが、オレは取得する気はある。邪魔されるだけで」


「気遣いと配慮です。難関コースは危険なので、無理だと思ったらすぐに棄権してください。見守っているつもりですが、落ち着いていられなそうです」


「自分のレースに専念しろ」


「最難関コースは、難関コースが終わった後で休憩を挟んでから開始です。時事情報放送は、難関コースからは即座に情報配信しますので、格納庫でも確認可能です。局長はマイクルレース場には来ませんが、時事情報放送で状況を逐次確認するおつもりです。あなたが出場してしまうことも、報告しておきます」


「構わないが、ばばあは止めたり叱ったりしないぞ。やるなら優勝狙いなと煽って時事情報放送の画面の前で待機すると思う。アレク捜査官とゼクスのレースはローゼスが言っていたように盛り上がる展開になりそうだし、普通に楽しみにしているかもな。……もしかしたら、それが狙いか」


 オレは今、仮面からバイザーに切り替えた不審者ゼクスの狙いと、それを利用する気かもしれない警備局長の狙いに気づいてしまったが、後者の方が大問題だった。

 アレク捜査官に話していいものかどうか悩むが、じっとオレを見ているので、尋問される前に話すことにした。


「ゼクスは、囮かもしれない」


「囮、ですか?最難関コースに注意を引き付けておいて、会場内で事件を起こす可能性は十分ありますし、万が一に備えて、本来レースに出場する予定だった特務課の人員をクラフター整備のためという名目で配備してあります。ゼクスが私を釣りだしてコースに引き付けておくための囮でも、特務課で十分対応可能です」


「さすが、警備局は優秀だ。だが、相手が<知識の蛇>なら、それすらも想定内で計画に組み込んで来る。ゼクスは時事情報放送で、わざわざアレク捜査官を挑発したようなものだろ?それでアレク捜査官はマイクルレース場に来たし、警備局の人員も配備した。警備局長も時事情報放送でレース場の様子を確認するとなれば、大レース会当日の警備局の注意を、マイクルレース場に集中させることができる。それが狙いなのかもしれない」


「それは……注意が向かないマイクルレース場以外の場所を狙うと?」


「ゼクスが蛇と協力関係にあるとしたら、どこが狙われると思う?」


「……特別隔離所ですね。なるほど、蛇の仲間を回収するために、警備局の注意を別の場所に引きつけておくための囮ですか」


 アレク捜査官は元は特務班長だし、最近蛇絡みの事件が多いので蛇に詳しい警備局長から話を聞いているのだろう。オレも詰め込み教育されたので、割と蛇に詳しい。


 <知識の蛇>は仲間想いでは無いが、情報の流出を防ぐためか、そう簡単に仲間が増えないがために貴重な人員であるからか、捕まった仲間を回収しに来るし、そのために事件を起こすこともある。

 蛇の構成員が黙秘するのも、助けが来ると信じているからでもあり、助けが来たときに蛇の秘密を喋っていたら、処分対象になりかねないからかもしれない。


「ベルタ警備局長が特別隔離所に蛇の関係者一同を集めて、警備と監視をしやすくしたのは、蛇が仲間を回収しにくることを想定してのことだろう。<知識の蛇>としては一つの場所にまとめてくれた方が回収しやすくて助かるが、相手は手強い鋼の女なので確実に何らかの罠が仕掛けられていると予想する。だからこそ、成功率をあげて挑まねばならないと考えるだろうな」


「そのために三日前の時事情報放送で、ゼクスに私を挑発させた、ということですか」


「ゼクスは元々はプロメテウス工房製クラフターの宣伝か、最難関コースで優勝させるために仕込んでいたのだと思うが、追加任務で囮役として警備局の注意をひきつける役割も請け負ったのかもしれない。

 だが、アレク捜査官は相手の狙い通りになってしまったと思わなくていい。おそらくだが、それがベルタ警備局長の狙い通りでもあるからな」


「え?どういうことですか?」


 説明するかどうか少し悩んだが、一応、説明しておくことにした。

 真面目な捜査官が今からでも特別隔離所の警備体制を強化すべきと考えて手配しそうだが、それはベルタ警備局長の狙いに反することになりそうだし。


「ここから先は、オレの推測に過ぎないし、聞かなかったことにした方がいいかもしれない。

 いいか、蛇を確保し続けていても、どうせ黙秘したままだし、監視と警備に無駄に人員と時間を費やされるだけだ。蛇が回収しに来たらそのまま持って行ってもらった方が、捕らえた蛇にかかる労力を削減できる。

 相次ぐ失踪者は蛇の拠点にいる可能性が高いし、そうでなくても蛇の拠点は把握したい。だから、捕まえた蛇の関係者に発信機を仕込んだ上で蛇に回収して貰って、拠点の場所を突き止める作戦もありかもしれない。

 だが、あえて蛇を逃がすような真似をすると背任だし、<知識の蛇>も警戒する。ならば、蛇の狙いに気づかないことにして、それに乗っかった方がお得だ。警備局の注意をマイクルレース場に引き付けている間に、特別隔離所から仲間を回収する蛇の計画が成功すれば、警戒されることなく発信機ごと持って行ってくれるだろうし。

 警備局としては失態になるが、多少の批判の声などものともしないのが鋼の女だ。陰で厄介払いしつつ得るものがあるなら、むしろ高笑いするかもしれない。

 <知識の蛇>の周到な罠にはまってマイクルレース場に注意と警備の人員を集中させられて、手薄になった特別隔離所を狙われるとは思いもしなかったとか、失踪者が相次いでいて捜索のために激務になっていた警備局は疲労がたまっていたとかいくらでも言いようがある状況だしな」


「……なるほど、あなたが気にかかっていたのは、局長の思惑ですか」


「ばばあは、特別隔離所の警備の増員もしなければ、ゼクスが囮かもしれないということも言わなかったんだろ?必要な情報は開示するし、手配も早いのがベルタ警備局長だ。だが、他に狙いがあるなら、あえていらんことは言わないくらいに弁えた女でもある。そんなわけで、オレは何も気づかなかったことにする」


「分かりました。私も何も聞きませんでした」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ