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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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14 壮大な計画


「アレク捜査官は、ゼクスにしろ、失踪者たちにしろ、何を仕掛けて来るか分からなくて、色々考えてしまっているのだと思う。だから、失踪者たちについて、オレの推測を話してみようと思う」


「え?無関係ではありませんが、悩んでいるのはまた別のことですが」


「職務熱心なのはいいが、思いつめるな。今は失踪者についてのオレの話を聞いてくれ。

 まず失踪者は、共通の意思表示をしている。自主的に職務も放棄して行方をくらませた以上、世界管理機構の管理下を脱するというか、世界管理機構を離れて戻るつもりは無い」


「それは……確かにそうですね。戻って来たとしても当然事情聴取されますし、何らかの事件に関わっている可能性もありますので、何もなかったように元の生活に戻ることはできません」


「そうだな。世界管理機構はすべてを管理したがるし、その管理下から逃れることを許さない。オレとしては、だからこそ、逃れたくなるのだと思うが」


 世界管理機構は、旧世界の過ちを繰り返さないようしっかりとした社会制度と生活基盤を整えた。その恩恵は大きく、基本的な生活が保障され、個人活動のための時間も十分に確保される。芸術や研究活動も盛んになって、人と世界の進化に大きく貢献した。ようでいて、弊害もある。


 その状態を維持するために、人々の精神の安定のために、旧世界の過ちを繰り返さないようにと様々な理由をつけて、世界管理機構は規制や規定で制限し、枠組みを作り、人々がその範疇から逸脱しないよう監視して来た。


 それは、個人の自由を奪うことでもある。


 旧世界管理局の職員には監視役までつく。監視猫が逃がさないとでも言うようにオレにすり寄って、にゃあと鳴いたので撫でておいた。


「ユレスも、逃れたいと思ったことがあるのですね?」


「旧世界管理局の職員には監視役がつくし、めんどくさいことが多い。世界管理機構の規制がすべて正しいわけではないし、人権倫理委員会が何度それを指摘しても、どうにもならないところはどうにもならない。

 制度上、管理するためには画一的な規定が必要になるのは理解できるが、同時にそれは人を制限する枷となり、成長と進化を妨害するものでもある。そこから逃れたいと思うのは、先に進もうとする人の精神にとって当然の欲求だと思う」


「失踪者は、当然の欲求に従ったと?」


「欲求だけで飛び出してもどうにもならないことくらい、考えずとも分かる。人はそれだけ世界管理機構に依存して生活しているからな。だから、しっかりした目的と計画が必要だ。

 失踪者は大きく分けると、蛇の関係者、復古会、ヘンリー一族という区分になる。全員がそうではないだろうが、あえてその3つを取りあげると、ある程度の共通項が見えて来る。

 どれも自分の理想の王国が欲しい人たちだが、それを自力で実現できない人たちでもある。個別に解説してみるが……」


 <知識の蛇>は何度か国を滅ぼしている。<色欲>の元となった薬をばらまいて滅ぼしたこともあるが、<色欲>を使って国の中枢に入り込んで国全体を操るか乗っ取ろうとして、結果的に国を滅ぼしたこともある。

 あらゆる行為を是としてくれる蛇の理想の国は、あらゆる行為を是とするがゆえに内側から食い破られて崩壊するしかない。


 <知識の蛇>がその思想を追求できるのは、世界管理機構のしっかりした生活基盤と社会制度があってのことだ。崩壊した生活環境では、知識の探求や研究をする以前にやることが山ほどある。

 酷い矛盾だが、<知識の蛇>にこそ世界管理機構が必要だが、その厳しい規制があるがために、蛇の思想に従って活動すると捕縛対象となる。

 

 <知識の蛇>がその思想に従って自由に活動するためには、世界管理機構ほど厳しい規制のかからない新たな国を作るしかないが、蛇の思想で国を作ると即座に崩壊するので、不毛なことになる。


 復古会は真面目に理想の王国の在り方を模索して目指しているが、実現力が無い。理想の社会制度を叫んでも、それを可能とする生活基盤を復古会が用意できるわけではなく、世界管理機構に訴えて社会制度を変えるよう働きかけるしかない。

 だが、世界管理機構は一部の者たちの理想に従うような不公平なことはしないので、復古会の掲げる理想が世界管理機構の下で実現されることはない。


 ヘンリーは、ヘンリー宮殿という狭い範囲内で、ヘンリーの理想とするハーレム王国を実現したかもしれないが、ごく小さな箱庭でしかない。

 その箱庭は、世界管理機構が提供する物資と制度を上手く利用して、ぎりぎりのところをすり抜けて濫用したがために作ることができた借り物の王国だ。


「それぞれ自分の望む理想の王国が欲しくても、世界管理機構の整った生活基盤と社会制度の下でごく一部を実現できるだけだ。理想の王国には程遠い。だが、協力し合って目指すべく手を組んだというのはどうだ?」


「方向性が違い過ぎる人たちが、同時期に失踪する理由が分かりませんでしたが、復讐のために手を組んで襲撃計画を立てるのではなく、世界管理機構を離れて、協力して理想の王国づくりをするためだったということですか?」


「その方が、前向きで建設的だと思う。だが、壮大な計画過ぎるし、そもそも実現可能なのかという話になるから、世界管理機構を離れて、理想の王国をつくる計画があるという前提で、検討してみる」


 理想の王国と表現したが、一人の指導者を頂点とする国の形態を目指しているかどうかは分からない。ただ、この世界の歴史においては、王国という国の形態が一般的だったので、暫定的にそう呼ぶことにした。


 これだけ壮大な計画を遂行するには、指導者か取りまとめをする立場の人は必要だし、それは<知識の蛇>ではないと推測する。

 蛇は国を滅ぼすことはできても、国を作ることはできない。<知識の蛇>の犯罪行為すら是とする思想で、まともな社会制度が作れるわけがないからだ。


 ただ、新たな王国を作るためには、世界管理機構と同等以上の知識や技術力を保有する<知識の蛇>の参加は必要だ。王国として成立するだけの実力が無ければ、ただの理想を叫ぶだけの集団になってしまう。


 新しく理想の王国をつくることは、<知識の蛇>の思想にも合致するはずだ。あらゆる経験は人の進化に繋がる貴重な機会と考えるのが蛇なので、滅多にない貴重な経験となるし、世界管理機構の厳しい規制から逃れて自由に研究もできるようになるのであれば、むしろ歓迎するだろう。


 王国としての体裁と規模を維持するためには、新たな王国の住民となる賛同者と協力者を集めなければならない。

 世界管理機構に反抗する計画でもあるので、相手を見極めて話さねばならないし、長期計画であると思われる。


 思想がはっきりしていて統一されている団体であれば、まとめて引き込みやすい。団体ごと協力者にしたり、賛同を得ている可能性が高いが、復古会とヘンリー一族はその類だろう。

 もしかしたら、復古会が計画者かもしれないが、壮大な理想の王国計画を計画できるほどの実力者がいるのかどうか悩ましい。もしいたのであれば、ヨーカーン大劇場占拠事件では、もう少しましな采配をしていたと思う。


 工房や大農場を丸ごと引き入れるのは、王国の今後にも有用だ。


 例えば、プロメテウス工房が理想の王国計画の協力者か<知識の蛇>である場合、レクサ工房を丸ごと手に入れれば、多くの人材だけでなく技術も新たな王国に持って行ける。


 レクサ工房の娘を嫁に欲しがる大農場主のバロンを支援することで計画に引き込むことができたら、食料生産に長けた集団を丸ごと王国に迎え入れることができる。


 もちろん所属するすべての人が従うわけは無いだろうが、農場主や工房長を確保すれば、ついてくる人はそれなりにいるはずだ。


 計画を進めるためには、新たな王国の拠点となる土地も必要だ。


 王国の住民が生活できて、工房を設置したり、農場を作る場所が無ければ王国として成立しない。

 生活区のいずれかを秘密裏に確保済みであるか、これから占拠する可能性もあるが、長期計画を遂行しているとしたら、すでにどこかに拠点としている場所があると考えられる。


 <知識の蛇>が理想の王国計画の当初からの協力者であるならば、蛇の拠点を利用していると考えるのが妥当だ。

 <知識の蛇>は、知識や旧世界の遺物を保管したり、研究する場所とするために、それなりの規模の拠点か生活区のようなものを確保していると旧世界管理局は想定しているし、警備局も同様のはずだ。


 オレの話を黙って聞いていたアレク捜査官に視線をやったら、頷いて話し始めた。


「<知識の蛇>の拠点を叩くべく、何度も調査部隊を派遣したり、捕縛した蛇の構成員を尋問していますが、黙秘し続けるのが基本の蛇からろくな手がかりは得られていません。拠点の場所を絶対に言わないように黙秘が原則なのかもしれないと思ったこともあります。

 <知識の蛇>が関わっている失踪者たち、もしかしたらそれ以外の失踪者についても、行方が掴めない以上、蛇の拠点に連れて行かれたか逃げ込んだのだろうというのが、局長の見解です」


「拠点に逃げ込んだのではなく、理想の王国づくりに着手したのかもしれないというのがオレの推測だ。<知識の蛇>には拠点と技術と知識がある。蛇が収集して来た膨大な知識と技術力があれば、それなりの生活基盤を整えるくらいできるはずだ。

 ただ、何でもありの蛇がまともな社会制度を作れるわけが無いし、安定した王国の運営も無理だと思うが、壮大な理想の王国計画の他の協力者に任せたら、なんとかできるかもしれない」


 アレク捜査官が、溜息をつきながら頷いた。


「実現して欲しくありませんが、あなたの話を聞いていると、できそうな気がしてきます。よくこんな壮大な計画を思いつきますね」


「オレが思いついたわけじゃない。ところで、<知識の蛇>がデルソレの水中劇場ごと多くの人を誘拐をする目的について、以前話したときには保留したよな?」


「はい。誘拐事件だけで終わらず、何か壮大な計画に繋がるのではないかと推測はされていましたが、まさか、壮大な計画というのが理想の王国計画ということですか?」


「王国を成立させるためには、多くの住民が必要だ。協力者や賛同者だけでは足りない分を誘拐して王国に移住させるべく、壮大な大規模誘拐事件を計画したのかもしれない」


「え?」


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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