12 バイザーの不審者
裏事情や踏み込んだ話をしていい人ばかりになったので、ボーディのクラフター内で、アレク捜査官が警備局製防音装置を起動した。
アレク捜査官の話を聞く前に、すでに動き始めている事態の報告をしてしまうことにして、ローゼスがマークたちの事情からオレが難関コースに出場することになったことまで話したら、アレク捜査官が険しい顔をして、ボーディが喜んだ。
「ものぐさなユレスがよくぞ決意しましたね。ええ、これも運命の巡りあわせです。自然環境課とレクサ工房の窮地を両方とも救おうとは、立派になりました」
「……危険なことはやめていただきたいのですが?優勝は狙わず妨害行為に徹するにしても、難関コースは出場するだけで危険なコースです」
「それでも人工のレース用コースですから、自然の地形より各段に安全ですよ。ユレスは幼い頃から自然の地形でのレースに慣れ親しんでいた経験者と言ってもいいくらいです。それに、引き際は間違えませんから、怪我をする前に棄権することは信じていいです」
「そうだな。マークもドルフィー以外のために命かける気は無いし、レックスとメイリンもオレたちを危険な目に合わせてまで助かりたいと思わないだろ」
「はい、だからこそ、わたしは手助けすることにしたのです。それに、アレク捜査官がマイクルレース場に来た用件とも無関係ではないようですし、これも巡りあわせでしょう」
「あら、そんな踏み込んだ話までしていたの?」
「いいえ?プロメテウス工房について訴えたら、アレク捜査官が大変興味を示して、わたしたちの話を全部聞いて調査の手配もしてくださった理由はそういうことだと思ったくらいですよ。レックスとメイリンは抜きでお互いに踏み込んだ話をしたかったので、ローゼスの配慮は助かりました」
「ふふん、さすがアタシ。じゃあ、アレク捜査官の話はまだ聞いてないのね?アタシ、お茶を淹れるわ」
ローゼスが手際よくお茶を配ったところで、アレク捜査官の話が始まった。
アレク捜査官、いや、特務課のアレク班長は最難関コースに職務枠での出場が決まっていたそうだ。最難関コースは10年に一度のレースだし危険度が高いので、特務課としてコース設定にも協力していた。
具体的に言えば、特務課の参加予定者が最難関コースを走ってみての安全性確認である。アレク班長は何度か協力してコースは無事に設定された。
その後、最難関コースの予選レースが開催されて、本選出場者の名簿ができた頃には、アレク班長は捜査課に移動して捜査官になっていたので、出場者は後任の特務班長になった。
だが、大レース会運営側は当初の予定どおりアレク班長に出場して欲しいと依頼して来た。ローゼスが英雄に大会を盛り上げて欲しかったのねと言ったが、アレク捜査官が嫌そうな顔をしたのでそうなのかもしれない。
アレク捜査官は、特務課枠なのでと主張して回避した。はずであったが、事情が変わったのは三日前のことだった。
時事情報放送でマイクルレース場の大レース会の事前特集が組まれて、同意が得られた出場者の取材映像も放送されたが、その中に気になる男がいたそうだ。何故かオレを見ながら言うことには、仮面の不審者の中身だと。……ん?
アレク捜査官だけでなく、ボーディとローゼスもオレを見ているが、聞かなくても分かるだろ。
「見てない」
「あんたね、少しは時事情報放送も見なさいって何度言わせるつもりよ!」
「そういうのはローゼスに任せた。仮面のない不審者については、姉御と一緒にオレから事情聴取して似顔絵作ってただろ」
仮面のない不審者に出会ったことは、誰にどこまで言うべきか悩ましかったが、取りあえず仮面の不審者に会っている姉御には話した。
姉御は似顔絵を描かせるためにローゼスを呼び出したので、この二人は知っているし、ボーディの反応からして、局長とボーディも似顔絵を見ているに違いない。ボーディは少し首をかしげておっとりと言った。
「わたしもその特集は見ましたが、似顔絵に似た人はいましたかね。似顔絵はローゼスが描いただけあって、ローセスの趣味だと思いましたが」
「それ、ユレスに言ってちょうだい。アタシは証言そのままに描いたわ!というか、まとまな似顔絵にならないくらい酷い証言だったから、アタシの好みで埋めるしかないじゃないのよ!」
「仮面の印象が強すぎた。仮面被ってくれればすぐに分かるんだが」
「それ、誰だって分かると思うわよ!えー、どの男かしら?」
ローゼスは時事情報放送の総合情報から特集映像を選択して展開していたが、アレク捜査官が少し先に進めたところで一点を指した。情報バイザーで顔を隠しているので、いまいち特徴がつかみづらい。
だが、音声も流れたら分かった気がする。軽い感じなのに、言っていることは結構挑発的だ。
意気込みを聞かれて、警備局の英雄さんが出てきても負ける気はないと言っているが、英雄さんの言い方でさすがに分かった。
「……よく分かったな」
「私としては何故あなたが分からないのかと言いたいです。この男はゼクスと名乗っています。プロメテウス工房に依頼されて、今回のレースに参加したそうです」
レースには公称での参加も可能なため、ゼクスという名が本名かどうかは分からない。
出場前に闇討ちされてレースに出場できなかった事件があったらしく、出場者に対する事前の妨害行為を防ぐために、身元情報を伏せる措置も取られている。
堂々と本名で出場する人も当然いるし、バロンとダンテはそうなので、闇討ちしようと思えばできてしまう。
ローゼスは割と本気で闇討ちする気だったので、マークが出場することになっていて本当に良かった。
それはともかく、プロメテウス工房が本格的に胡散臭くなってきたな。
「わーお、ここで繋がって来ちゃうわけぇ?なるほど、そりゃ、真剣にプロメテウス工房の話を聞いてくれるわけね」
「なるほど。もしかしたら、このバイザーの不審者が最難関コースの優勝候補なのかもしれませんね。アレク捜査官とクレア捜査官と対等にやり合えるとなれば、操縦者としての実力も高い可能性は十分あります。
最難関コースは制限なしの特製クラフターを使用できますが、それを使いこなせるだけの実力者を出場させて、本気で優勝狙ってきていると考えてもよいでしょう」
特製クラフター?
口に出さなかったものの、顔を見ただけでオレが分かっていないのを見抜いたボーディが解説してくれたことによれば、最難関コースだけは、規定規格を超えた特製クラフターを使用してレースに出場していいことになっているそうだ。
レクサ工房の工房長が起死回生の一手としてあえて最難関コースを選んだものそのためで、規定規格では出せない性能を示すには最難関コースを選ぶしかなかった。
最難関コースは、あらゆる制限抜きの最高性能を特製クラフターに組み込むことができるので、クラフターの研究者や技術者たちが自分の作品をお披露目する最高の機会となる。
警備局特務課の場合、レースに参加することによって最新技術を実体験して、犯罪的に使用された場合の対応について検討したり、規制をかけるか否かの検討ができるし、特務課の設備更新を図るいい機会となるらしい。
「特務課は常に緊急事態に備えてクラフターに最新技術を組み込んでいますが、技術は常に進歩します。レース出場はいい経験となるのですが、あの男が出場するとなれば、何を仕掛けてくるか分かりませんので、私が出場することにしました。捜査対象者が出場するということで特務課に了解を貰って、局長命令も出ています」
「わーお、明日はものすごく盛り上がりそうだけど、警戒も必要ね。仮面、いえバイザーの不審者は姉御の担当だけど、姉御が来たら暴走事故が起きるから、アタシたちもできる限り協力するわ。ボーディったらここまで読んでいたの?」
「それこそまさかですし、警戒度を引き上げました。アレク捜査官の実力は分かっていますが、お一人で立ち向かうのは危険だと思いますよ?」
「一人?」
「ええ。先ほどレックスたちと一緒にお話していたときに、お一人で出場すると言っていたのです」
オレたちはさっき、マーク一人では無理だからオレが一緒に難関コースに出場してほしいという話をしていたわけだが、いくらアレク捜査官でもあの不審者相手に危険ではないのか?
オレの視線にアレク捜査官が真剣な顔を向けて来た。
「ゼクスが仕掛けてきたときに相棒を庇う余裕がないと判断して、レースには一人で出場することにしました。ゼクスも相棒が見つからなかったら一人で出場すると言っていましたよ」
ローゼスが時事情報放送の映像の続きを流したら確かに言っていた。
「あらやだ、自信家な発言ね。見つからなかったらと言いつつ、最初から一人で出場するつもりじゃないかしら」
「そうですね。相棒を用意してくる可能性も考えていますが、私はゼクスは一人で出場すると予想しています」
「……アレク捜査官と不審者は意気投合していたから、分かり合えるのかもしれないが、油断は」
「あの不審者と意気投合したとしても、互いを始末したいという一点のみです。ゼクスが出場するので、ユレスには絶対にマイクルレース場に近づいて欲しくなかったのに、突然来るし、しかも難関コースに出場すると言うし」
「不可抗力だ。文句ならオレを連れて来たご隠居様に言ってくれ」
「アレク捜査官のお気遣いはありがたく思いますが、もはや今さらです。幸いにも変装していますので、なるようになると割り切って、この変装のまま大レース会を乗り切りましょう」
「……見る人が見たらわかりますよ、それ」
「仕方ないわね、もっと念入りに変装しましょ。ボーディ、アタシたちも物資調達に行くわよ。マークたちの様子も見に行かないと」
「そうですね。ユレスはここにいなさいね。不完全な変装でうろうろするものではありません」
「私が見張らせていただきます」
「お願いね!なるべく早く戻るわ!」
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