9 不穏な予感
レックスのクラフターを牽引して引きあげて、再起動したら無事に走行可能になった。
そして、お供二人に無茶振りしたご隠居様は、レクサ工房の宣伝についてレックスとメイリンと相談するべく、レックスたちのクラフターに乗り込んで出立した。
ボーディーのクラフターをローゼスが操縦して後を追いつつ、ローゼスがオレに無茶振りして来た。
「いいこと、ユレス。アタシに闇討ちさせたく無ければ、何か考えてちょうだい!」
「ローゼス、いっそ闇討ちの方が楽だと考えているな?」
「そうよ!アタシにはダンテをやる理由があるわ!」
「オレまで共犯に巻き込むな。正攻法で行くとしたら、バロン・ダンテ組を超えて優勝できる人材を見つけて支援するか、その組を邪魔して他の誰かを優勝させてくれる協力者を見つけるしかないが、両方とも困難だな」
「そうなのよねぇ。出場者は確定しちゃってるから、今からねじ込むのは無理だし。ボーディったら無茶振りして!」
オレは難関コースの出場者名簿を確認しているが、オレが見たところで、見知らぬ名前ばかりでさっぱり分からない。分かるのは職務参加枠の警備局警備課とか世界研究局自然環境課だけだ。
自然環境課はいまだに難関コースに職務枠で出場しているようだが、切れて優勝してしまった父さんはもういないし、新人が出るなら期待するのは無茶振りなのは分かる。だが、可能性があるとしたらここしかない。
「ローゼス、職務枠は出場者の名前が表示されないのか?」
「そうよ。職務で強制参加だけど、職務で不測の事態が急遽発生して、予定の人が出場できないこともあるでしょ?だから、職務に支障のない範囲で適任者を出場させてくれってことになってるから、職場名だけ表示されてるのよね。出場者は当日でも変更可能だったと思うわ。
だから、実力は未知数とも言えるわね。あんたのお父さんのように優勝できる人材がいるとしたらその枠かもしれないけど、滅多にないと思うわ。
職務枠は予選レースも免除なの。本気の人材投入してこられたら予選なんて軽く突破されるからこそ、予選免除されるわけだけど、レースを盛り上げて欲しいけど本気で優勝取りに行かれても困るからこそ、予選免除するから手加減してねって思惑ね。
だからねー、難関コースの優勝経験がある職員をねじ込もうとしても、大レース会運営側が却下すると思うわ。あんたのお父さんは無名の新人だったからいけたのよ」
「そうか……。取りあえず、未知数に託して誰が出場するかの情報収集くらいはしてみる」
「え?ユレスったら、なんて立派になったのって言いかけたけど、そう言えばあんたって、警備局と自然環境課なら情報収集できたわね。大物ばかりと直通通信できるわけだし」
腕輪の通信機能は便利だが、制限が多い。勤務時間中は職場を経由して、誰からの通信文でも受け取ることになるが、個人活動時間は互いに承認し合った相手との通信文しか交わすことは無い。
そうでなかったら、歌姫マリア・ディーバとか有名な人気者は膨大な数の通信文を受け取って大変なことになるしな。
アレク捜査官も大変そうだし、職務で人助けした相手から勤務中にお礼の通信も来ているようだが、そういうのは職場で制限かけてお断りすることもできる。
職務に無関係な通信に邪魔されて、職務に関わる重大な通信の確認が遅れたら問題だしな。
個人的に承認している相手は優先的に通信が表示されるので、オレからの通信はすぐに確認できると言われて互いに承認し合っているが、オレたちは顔を合わせる度に一緒に事件に突っ込んでいるので、通信して連絡したことはほとんどない。
引きこもりのオレが個人的に承認して通信先を登録している相手は少ないが、何故か大物とか有名な人ばかりが登録されている。
オレから頼んだわけではなく、相手が承認しろと圧力かけて来て断れなかっただけでもある。相手は基本的にオレの同意など求めていないのだ。
そのうちの一人である、自然環境課のリック博士に通信したら即座に返信が来た。
「ローゼス、自然環境課はマークが出るぞ」
「え?あら、そう言えば、マークも成人したばっかりだから、新人だったわね。リック博士の助手をずっとやってたから、新人って認識が薄かったわ。んー、マークなら優勝に拘りは無さそうだし、協力してくれるかもしれないわね」
「警備局に頼むよりいいと思う。警戒されずに済む」
「……ねえ、さっきは聞けなかったけど、プロメテウス工房って、蛇だと思う?」
「ボーディは確信していると思う。<知識の蛇>は旧世界も研究対象だし、旧世界事件を参考にして事件を計画することも多い。だからこそ警備局は蛇が起こした事件について、旧世界事件に通じている旧世界管理局の捜査官に協力依頼をする。プロメテウス工房に蛇が絡んでいるなら、用意周到な計画も突然の技術開発も、むしろ納得がいく」
「そうよねぇ。だから、ボーディも関わることにしたのかしらって思うけど、なんか事故っている現場を見たときから、関わる気があった感じがするのよね」
「オレもそう感じたし、後で確認しようとは思っていた。だが、今はご隠居様の任務をこなすしかない」
「そうね。それで、マークの相棒は?」
「リック博士の返信は、マークが出場する、ちょっと待て、また連絡するから!で終わっていたので、連絡待ち」
オレはリック博士に事情を伝えていないと言うより、オレは今マイクルレース場に向かっているが、明日の大レース会に自然環境課の枠で出場するのは誰かを聞いただけである。
リック博士にオレから連絡するのは非常に珍しいので、何かあったかくらいは突っ込んで来ると思ったのだが、何となく、リック博士かマークの側でも何かあったような予感がする。
オレは断じて事件を引っかけたり、突っ込んで行こうとしているわけではないのに、何故だ。
リック博士からの返信が来て、予感が確信に変わった。
「……ローゼス、オレは断じて事件を引っかけていないと主張する」
「いきなり不穏なことを言わないでちょうだい!まさか、マークに何かあったの!?すでにマイクルレース場で事件発生していたとか!?」
「フラグを立てるな。リック博士の通信文をそのまま読み上げると、マークを助けてやってくれ。出迎えに行くように伝えたから、後は現地でマークから聞いてくれ。じゃ、忙しいから、後よろしく。だそうだ」
「っく、どう解釈しても不穏ね!?何なのよ、何が起こっているのよ……!」
遠くに、マイクルレース場と思われる建築物が見えて来たが、どこか不穏な空気を纏っているかのように思える。
徐々に近づいていくと、建物周辺にたくさんの移動用クラフターが止まっているのが見えた。そこに至る前に門があって、警備局が検問か入場受付をしているのが見えたところで気づいた。
「ローゼス」
「やめて、何も言わないで。すでにフラグは量産されているのよ。これ以上増やす必要は無いわ!」
「フラグを減らした方がいいかという話だ。オレは今変装中だが、この恰好で警備局の検問通るのはまずいかのではないかと今頃気づいた」
「本当に今さらね!?大レース会が楽しみでお洒落したとか、適当に言えばいいだけだからいいのよ!顔見知りの警備局職員でない限り、不審に思ったりもしないわよ」
「……だったら、不審に思われるかもしれない」
「え、何でよ。……わーお、やだ、もはや事件確定って感じね」
門の詰所のようなところから、目立つ華やかな容貌の捜査官が出て来たところだった。まだ距離があるのに、事件の気配でも察知したのか、その視線がこちらを向いた。
ここまで読んでくれてありがとうございました。