8 優勝の目的
優勝することが目的というオレの発言に、全員が疑問という顔をした。ローゼスが代表で口を開いた。
「えっと、大レース会に参加する以上、優勝することが目的よね?あんたがあえて言うだけの理由はあると思うけど、それだけ言われても分からないから解説よろしく」
「大レース会に、その工房製のクラフターで参加することが宣伝になるのなら、優勝したらもっと注目されるよな?プロメテウス工房が新興の工房なら知名度は低い。一気に知名度を上げるには、マイクルレース場の大レース会で優勝したクラフターとなるのはいい宣伝になる。
プロメテウス工房は最初から難関コースで優勝すべく動いていた。もしかしたら最難関コースも狙っているのかもしれない。レクサ工房製クラフターからプロメテウス工房製クラフターに切り替えたやつは、最難関コースに挑戦したりしないのか?」
「します。そうです、そんな、はじめからそれが狙いで……。調べた限りでは、最難関コースの出場者のうち4人がプロメテウス工房製です。そのうちの誰かが優勝する可能性は十分にあります」
レックスは情報収集はしっかりしていたようだ。だからこそ、バロンがプロメテウス工房製のクラフターで出場することも把握していたし、メイリンにそれを教えた。
レックスとメイリンは互いにもっと情報交換をしておけば良かったと思うが、メイリンは割と直情的で話を聞かない人のようなので、できなかったのかもしれない。
オレは一応話を聞いている。ボーディが丁寧に解説しているのはオレに指導するためなので、聞かなかったら後でお小言が待っている。
「……最難関コースはクラフターの機能も限界まで駆使する難易度ですので、難関コース以上に、最難関コースでクラフターの性能を見せつけて優勝する意義は大きいでしょうね。優勝しなくても、最難関コースでクラフターの性能を見せれば、それだけで人々の目に留まります。
工房長が起死回生の一手として、最難関コースでレクサ工房製クラフターの実力を見せようと考えたのは妥当な判断です。たとえ優勝できずとも、本選に出場しただけでクラフターの性能がそれだけ高いと証明できますし、宣伝の機会が得られますから。時事情報放送で取り上げられるほどの活躍ができれば、生産局にもある程度の実績を示せるでしょう」
「んー、プロメテウス工房が難関コースと最難関コースで優勝狙ったり大々的に宣伝活動したいのは納得だけど、別にレクサ工房を追い詰める必要って無くないかしら?言いづらいけど、落ち目だったわけだし」
言いづらいことをはっきり言ってしまえるのはさすがローゼスだが、自覚はあったのか、レックスもメイリンも怒らずに頷いた。
素直でいいと思うが、だからこそ、騙されるのかもしれない。旧世界に比べて今の世界の人は純真で、人を信じているからかもしれないが。
「旧世界事件では、工房の乗っ取り事件のようなものは結構ある。プロメテウス工房のやり口を聞いていて、旧世界事件のやり口と似ていると思っていた。
新興の工房は、知名度と信頼度が足りていない。それを補うためにに老舗で知名度が高くて実績のある工房を丸ごと取り込むこともある。
標的となった工房の新規技術を封じ、注文を取れなくして、追い込んだところで手を差し伸べるんだ。今まで続いた工房をなくしてしまうより、自分たちの工房と合併して存続してはどうかと。
そうだとしたら、バロンのある意味不誠実な取引も納得できる。プロメテウス工房製のクラフターで優勝しておいて、優勝したらプロメテウス工房製クラフターを捨ててレクサ工房製クラフターに乗り換えて宣伝するのって、プロメテウス工房側としてみれば不愉快だよな?
バロンの立ち位置がどういうものか分からないが、プロメテウス工房が宣伝したいがためにバロンにクラフターを提供したとしたら、そういう行為を禁じることも含めて取引するはずだ。
だが、メイリンとの取引内容をプロメテウス工房も容認してもおかしくない場合もある。レクサ工房を乗っ取るなり、合併するのが目的なら、それまでの間にレクサ工房の名声が地に落ちても困る。評価が高いままでいてくれた方が、プロメテウス工房のその後にも有用だ。
バロンはレクサ工房製クラフターも宣伝するが、同時にプロメテウス工房製クラフターも宣伝して、両方とも素晴らしいし一つの工房として協力してやって行ったらいいのではと言って回ることにしたのかもしれない。
メイリンとの取引内容に、プロメテウス工房製クラフターを宣伝してはいけないというものはなかったよな?」
真っ青になったレックスとメイリンが、がくがくと頷いた。ローゼスがどこか呆れたように言った。
「あんたって本当に事件を引っかけるわね。でもアタシ、納得よ。メイリンには悪いけど、バロンがメイリンと結婚したいがためにここまで仕組んだって考えるより、自然な感じだわ」
「これは指導と思って聞いていただきたいですが、メイリンは素直で純真で直情的なところを自制しないといけませんよ。それは美徳でもありますが、自分も周囲の大事な人たちも追い込むことになりかねません。
バロンがメイリンに結婚を条件にした取引を持ち掛けたのは、やるだけやってみるかくらいの気分だったのかもしれません。思った以上にメイリンとレクサ工房が追い詰められていたので取引が成立しましたが、バロンは、思わぬところで得した気分かもしれませんね」
「あー、そっちの方がありそう。好機は見逃さずつけこんだって印象だもの。運が良かったって感じで、作為的ってほどじゃないから、騙されたとか言いづらい案件よねぇ。でも、確実に優勝できる自信があって話を持ちかけるあたり、せこいわ。結婚宣言したいなら、相棒の実力に頼らず自分の実力で勝ち取ればいいものを」
「相棒の確保も実力の内というのが大レース会の決まりですよ。さて、大体の事情は整理できたと思いますが、なかなかに厄介な状況です。警備局を説得して捜査していただければ、何か犯罪を立証できるものが出てくるかもしれませんが、レックスの技術の盗難については警備局に相談はしたのですか?」
「はい……ただ、証拠が無いし、憶測だけで冤罪をかけてはいけないので、もう少し証言なり証拠を揃えてからまた来るようにと言われました。親切な人だったんですが、言われたようなものを探してみても見つからなくて、アーデル捜査官にもう一度相談しようと思ったときには、捜査課から移動されていたようで」
監視猫が威嚇の姿勢を取った。
オレたちはつくづくアーデルと縁があるらしい。ローゼスがうんざりした顔と声で言った。
「よりにもよって、またあいつなの、あの冤罪捜査官。やだわ、本気で因縁だわ。でもアタシたち以外には親切で有能な捜査官だから、奴が無理だと判定したなら、たぶん立証は無理なのね。うーん困ったわね」
「困難は分割して考えましょう。取りあえず、目標は変わりません。難関コースでバロンを優勝させないことです。それから、大レース会でレクサ工房を宣伝することです」
「分かって言ってるだろうけど、どっちも難易度高い目標よ?」
「なので、手分けしましょう。レクサ工房の宣伝については、わたしが担当します。バロンとダンテの優勝阻止はお任せします。ローゼス、ユレス、やっておしまいなさい!」
「それ、もしかして闇討ちしろって言ってるのかしらぁ?」
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