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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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6 二人の事情


 二人をボーディのクラフターに招待して、ソファに座って話を聞くことになった。というより、ボーディーとローゼスが二人から聞き出した。


 オレは飲み物くらいは用意して操縦室に退避しようとしたが、ドルフィー型人形の置いてあるソファに座って話は聞いておけという無言の圧力に屈した。



 老舗のクラフター工房であるレクサは窮地に立たされていた。

 レクサ工房は、生産局の研究開発拠点に認定されていたが、近々その認定が取り消されるかもしれないそうだ。


 生産局は世界の8割近くの人々が職務に就いていて、職務内容も多岐にわたる。生産局には、生産する品々の研究開発を行っている研究施設もあるが、個人や団体が独自に技術開発や研究開発することも奨励している。

 申請して生産局の承認を受けるか、もしくは生産局に指定された場合、研究開発拠点として認定され、世界管理局が生産局の職務の場として、人員を配分する対象となる。


 研究開発拠点の側から人材を指名して、当人の了承が得られれば職務として勤務できるようにもなるそうで、レックスが弟子入りしたと言っているのは、工房長がレックスを指名して、職務としても個人活動としても工房に出入りできるようにしたという意味だった。


 研究開発拠点の認定が取り消された場合、職務として勤務することはできないし、レックスが同種の職務に就いた場合でも、技術の不正な移転を防ぐために、個人活動でレクサ工房に出入りすることも規制される。

 新たな職場で開発中の技術を別の工房に勝手に流用されかねない状況になるし、それが公開前の技術だった場合、本当の開発者でなく、盗み出した者が開発した技術として公開される不正が起こりかねないので、当然の措置だとは思う。


 レックスの話では、レクサ工房はその被害にあったそうだ。


 世界管理局から職務指定されて来た新人が、レックスが開発した新規技術を盗んで職務に来なくなったが、世界管理局に訴えても証拠がないとして取り合ってもらえなかった。


 そして、半年ほど前にプロメテウス工房という新興の工房で、レックスが開発した技術をさらに進化させたような技術が公表された。


 レクサ工房は、30年ほど前から、クラフター関係技術の更新や新規開発もなく、生産局に提出する報告書の中身も薄かったがために、研究開発拠点の認定の継続が危ぶまれていた。


 10年ほど前からは、レックスの技術開発の進捗状況を報告することによって持ち直していたが、それが盗まれた挙句に他の工房がさらに発展した技術を公開した状況である。

 

 レックスの技術だと主張しても、先に、より進んだ技術として公表されてしまった以上、盗用を疑われるのはレクサ工房側となりかねない。かといって、新たな技術開発を今からやっても間に合わない。


 そして、生産局は増えすぎた研究開発拠点の整理に着手したらしく、レクサ工房は実績に欠けるとして、認定の取り消し対象となった。何らかの実績を報告できなければ、取り消しが確定する。


 この窮地を脱する起死回生の一手として工房長が思いついたのが、マイクルレース場の大レース会で、10年に一度開催される最難関コースでレクサ工房の実力を見せることであった。

 工房中が必死になって、クラフターを改造して整備して予選レースに臨んだが、当日になって依頼していた操縦者がすっぽかした。仕方なく工房長が自ら操縦して予選に臨んだが、大破ではないが、大きく破損して退場となった。


「えっと、アタシ、なんかもう聞いていて痛々しくなって来たけど、そのすっぽかした操縦者って何かやむにやまれる事情でもあったのかしら?」


「それが……そんな依頼受けていないと言われてしまって。メイリンは裏切られたって言うんですが」


「だって、あいつ、プロメテウス工房製のクラフターを乗り回していたのよ!?絶対、プロメテウス工房が手を回したのよ!」


「んー、でもそういうのって確実な証拠がないと言い掛かりつけた感じになっちゃうわよね。性能が気に入って入手したって言われればそれまでだし」


「そうなんです……」


 メイリンは証拠を探すと言い張ったそうだが、メイリンの父親である工房長が止めた。工房長は予選レースで負った怪我は一応治ったが、精神的衝撃のせいか気弱になって、もう工房は終わりにしてもいいと言い出した。

 だが、メイリンは諦めないで最後までやれることをやりたいと主張したので、長年の職員も同意してレクサ工房製クラフターを宣伝して回ったが、新規技術が使用されているわけでもないので、注文は一つも取れなかった。


 さらには、今まで、レクサ工房製のクラフターで大レース会に出場していた人たちが、プロメテウス工房のクラフターで出場することにしたから、レクサ工房の宣伝はできないと連絡して来た。

 一時期レクサ工房製のクラフターでレースに出るのが流行っていたらしく、レクサ工房側も個別に改装や整備を請け負う代わりに、レクサ工房製と分かるような刻印を入れてレースに出場して宣伝してもらう取引をしていたそうだ。


 最難関コースの予選に出場したレクサ工房製のクラフターが破損したので、技術力に不安を感じたからという言い分もあったが、メイリンが言うところによれば、プロメテウス工房のクラフターが煽って来たからそうなったとのことで、すべてプロメテウス工房の陰謀だと主張している。


「んー、確かに胡散臭いけど、公式レースの予選だから、ちゃんと公平な審判がいただろうし、最難関の場合って操縦者の技量も問われるから、操縦者の責任って言われて終わりね。予定していた操縦者がすっぽかしたのも含めて罠だったとしても、上手く言い逃れされそう」


「そうですね。しかも、大レース会でレクサ工房を宣伝することも封じてきましたか」


「それだけなら、まだ良かったんですが……」


 レクサ工房としては、やるだけやったが相手は完全にレクサ工房を潰しにかかってきているのも分かって、大レース会の会場で最後に宣伝して、それでも無理だったら潔く諦めることで同意されていたそうだ。


 だが、メイリンは諦めず、バロンという男と取引をした。


 バロンは前々から歌手メイリンのファンで結婚を申し込んできていた男であるが、傲慢でしつこく、メイリンは好みでないので断り続けていた。


 バロンは大レース会の難関コースの常連であるが、優勝経験は一度もない。だがメイリンに、自分は今回は優勝する自信があるから、結婚しよう、そうしたら、レクサ工房の窮地を助けてやると持ち掛けて来たそうだ。

 メイリンは葛藤した果てに、難関コースで優勝してレクサ工房製のクラフターに乗って宣伝をすることを条件に、結婚を受け入れることにした。


 そして、先ほどレクサ工房のクラフターを展示している場にバロンがやってきてメイリンに念押ししたので、レックスは初めてその事態を知った。

 メイリンもその場で初めて知った事実があるのだが、バロンは大レース会にプロメテウス工房製のクラフターで出場するというものだった。


 メイリンは取引する前にその点は確認するか、レクサ工房製のクラフターで出場して優勝するよう迫れば良かったのではないかというあたりは、ローゼスがすかさず突っ込んだ。

 だが、バロンはレクサ工房製のクラフターに今から慣れても間に合わないとか、優勝できなければ意味がないので万全の状態で挑みたいと突っぱねたらしい。


 優勝しないと結婚しないと言うのであれば、優勝するまではどこのクラフターに乗っていてもいいはずだというのは、割と正当な主張でもある。

 だが、ここまでレクサ工房を追い詰めるプロメテウス工房製クラフターで出場するあたり、バロンもプロメテウス工房側と考えてもいいのかもしれない。


「うわー、なんかもう、完全に罠にはめに来てる感じがするけど、思いっきりはまっちゃったわけね。しかも状況も整えてきてるから、逃げられなくないかしら」


「そうですね。もしや、メイリンはレース・レディに?」


 涙目になりながらメイリンが頷いたが、また知らない単語が出てきた。特に興味もないので流そうと思ったら、ご隠居様の視線がこちらを向いた。


「ユレス、これも指導の範疇なので、ちゃんと話に参加しなさいね。レース・レディについて解説してあげますから」


 ……もしやご隠居様は、世直しの旅が目的ではなく、オレへの指導のための事例にするために二人の事情を聞くことにしたのだろうか?


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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