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遺物管理局捜査官日誌  作者: 黒ノ寝子
第六章 隠居と黒猫
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5 ご隠居様の世直し旅


 マイクルレース場の大レース会は明日だが、クラフターで会場まで行って今夜はこのクラフターに泊まるそうだ。


 マイクルレース場には宿泊施設もあるが、宿泊可能室数はそれほど多くないので、大レース会前日は基本的に予約が取れない。それから、大レース会当日の転送装置はものすごく混雑する。

 大レース会を楽しみにするレースファンは、個人でクラフターを所有している人がほとんどなので、クラフターでマイクルレース場に行ってクラフター内に泊まって翌日の大レース会に備えるらしい。


 快適に泊まれるよう工夫しましたとボーディが言うので、クラフターの操縦室の後ろの扉を開けて後部に移動したら、本当に快適空間だった。 


 これは、旧世界でキャンピングカーと呼ばれていたものだな。拘り派のボーディは旧世界映画に出て来たものを真似て作ったのかもしれない。

 寝台にもなるソファの上には、ドルフィー型人形が大・小・添い寝用まで揃っていた。早速発見したローゼスが飛びついた。


「きゃあ、可愛い!ドルフィー型人形がもうできたのね!あら、いい手触り。アタシも注文しようかしら」


「まだお披露目前ですが、情報がすでに洩れていて予約殺到しているようですよ。わたしは、デルシーの支配人からいただいたのです。ドルフィーのためにも、ユレスがもう少し成人としての交流ができるよう指導して欲しいと」


「……」


 マイクルレース場に行くことにしたが、いらんお説教や指導まで受け入れたわけではない。咄嗟に逃走経路を探したのが分かりやすかったのか、ローゼスがオレの首に腕を回して来た。


「ユレス、走行中のクラフターからは飛び出すことができない設計になってることくらい知ってるでしょ」


「旧世界映画的には、窓部分を蹴破って逃げるとかあるだろ」


「何であんたに一番向いてない冒険活劇系の発想しちゃうわけぇ?配役考えなさいよね!」


「隠居した元局長と、体は男で心は乙女と、未分化型引きこもりという特殊な組み合わせは、いくら想像力に溢れた旧世界映画でも無いはずだ!」


「いーえ、あるはずよ、きっと!じゃあ、専門家に聞いてみるわ。あんたは指導でも受けてなさい」


 抵抗虚しく、オレばボーディとローゼスの間に座らされて、子どもの保護用の安全装置までつけられた。さっそくボーディが指導を始めたのを聞き流していたら、両側からお小言が降って来た。

 幸いにも、ローゼスのところに遺物映画専門官と呼ばれていたりする同僚からの返答が来たので、うやむやにしてそっちの話題に流すことにした。


「それで、あったのか?」


「かするのはあるけど、ぴったりっていうのは今後の発見に期待ってところね。取りあえずお勧めされたのは、ご隠居が二人のお供を連れて世直しの旅をするものよ。お子様なユレスでも大丈夫な勧善懲悪ものだけど、お色気は少し入って来るから、ちょうどいいんじゃないかって」


「ああ、あれですか。荒っぽい立ち回りも見せ場に入って来るのが問題ですが、そこはローゼスに頑張ってもらえばいいですね」


「えー、台詞はちゃんと、ローゼス、ユレス、やっておしまいなさい!って言って欲しいわ。それで、ユレスはご隠居様の護衛として残るって設定ね」


「ご隠居様の方がオレより強いと思うんだが」


「そりゃ、ご隠居様が最大の見せ場を仕切るんだから、当り前じゃないのよ。ん?あら、あれ、何かしら」


 前方に移動用クラフターが停止しているのが見えたが、斜めに傾いて地面にめり込んでいるようなので、事故と見た方がいいか。だが、クラフターの外に出ている男女は喧嘩しているようだし、事件の可能性も否定しきれない。


 一応、自分のために言っておいた。


「ローゼスがオレがクラフターに乗って移動していたら事件を引っかけるとか言っていたが、オレのせいではないからな。フラグを立てたのはローゼスだ!」


「あんたはいるだけでフラグ効果ってことを主張していたのよ!というか、こういう会話をしていたら更なるフラグが立つわ、無かったことにするのよ!」


 ボーディがクラフターの速度を落としつつ言った。


「ローゼス、ユレス、助けて差し上げなさい」


「やっておしまいなさいって言われなくて、ほっとしたわ」


 ボーディは旧世界管理局の最後の良心だから、それは無いだろ。



 クラフターから降りてローゼスが事情を聞いている間に、オレはクラフターの事故現場の検証をすることにした。旧世界管理局所属とはいえ、一応捜査官資格があると提示したら、二人とも快く応じてくれた。

 ある意味、珍しい。普通の人は、警備局以外に捜査官がいることに対してまず驚くのだが。ボーディは穏やかな顔で見守っているが、何か知っていそうな気もする。


 突然、助けて差し上げなさいと言い出したことも含めて、後で聞いた方がいいな。


 男は老舗のクラフター工房の技術者のレックスで、斬新な設計を認められて工房に弟子入りしたが、クラフターを操縦する才能は致命的に無く、制限解除試験も二回落ちて三回目にようやく通ったそうだ。

 ローゼスが、こんなに難易度の低い場所で事故を起こせるのも一種の才能だわと言ったが、何か隠しているような様子でもある。


 女はメイリンと名乗ったが、オレは知らなかったが、ボーディとローゼスは分かったらしい。指導の続きをするような顔でボーディが話したところによれば、それなりに名前が知られている歌手だった。

 メイリンの自己紹介では、老舗のクラフター工房レクサの工房長の娘で、レクサ工房製クラフターを宣伝するために歌手をしているそうだ。


 マイクルレース場の一角には、クラフターの展示と注文受付をできる場もあり、ふたりはレクサ工房の宣伝のためにマイクルレース場に来ていた。

 だが、その場で少々揉め事があり、二人は頭を冷やすためにクラフターに乗って自然区に出て、個人的な話もしていたところ、レックスが操縦を誤って事故を起こしてしまった。


 ということだが、裏事情があるのが分かりやす過ぎて、ローゼスが突っ込んだ。


「んもう、すっきりしないわね!?絶対他にも事情があるでしょ!もしかしたら事件絡みだったりしないかしら。ユレス、どうなの!?」


 オレは一応事故か事件かの現場検証も兼ねて、二人が乗って来たクラフターの状態も調べていたが、クラフターに問題は無かった。


「クラフターに細工された形跡もないし、内部の動作機構も正常だ。クラフターに問題はない。単純な操作誤りによる事故だが、こんなつんのめるように派手にめり込むとか、事故を起こすつもりで大胆に操作しないと無理だな。もしくは、ローゼスが突然オレの首を絞めて来た場合とか」


「アタシはそんな事故原因になりそうなことしないわよ!ってことはつまり、レックスがわざとやったか、メイリンがレックスの首絞めたってことぉ?」


 聞き方が直接的過ぎるぞ。


 観念した二人が白状したところによれば、クラフターの中で二人は喧嘩をしていたが、事件に繋がるようなものではなく、痴話げんかだった。


 実は二人とも互いに片思いしていたのに告げられずにいて、レックスがとうとう告白して、メイリンも自分もそうだと告白したのはいいが、言うのが遅すぎる、もっと早く言ってくれればと、ついクラフター操縦中なのを忘れてレックスを揺さぶったがゆえに、事故が起きた。


 なるほど、と思えど、更に裏事情がありそうだとしか思えない。互いに告白し合って両想いになったのに、何故喧嘩するんだ。

 確実に裏事情が絡んでいるに違いないが、思いっきり面倒事に突っ込むことになる予感しかしないので、オレは関わりたくない。


 黙って様子を見守っていたご隠居様が、レックスたちのクラフターを眺めながらオレに言った。


「ユレスはクラフターの操縦資格はありませんが、クラフターの修理技能は仕込まれましたよね」


「ボーディのクラフターでちょっと牽引して起こしてから、再起動すれば走行可能だし、修理は必要ないと思う」


 祖父さんの旅行に連れ回されていたオレは、移動用クラフターにそれなりに慣れている。事故では無いが、ときどき不具合が発生したりするクラフターの点検や修理技能は祖父さんに教えられた。

 だが、クラフターの操縦資格が取得できない成長期の頃だったので、操縦までは教えられなかった。


 あの頃は気づかなかったが、祖父さんのクラフターはレクサ工房製だったのかもしれない。レックスのクラフターは当然のごとくレクサ工房製の刻印があるが、内部の動作機構が祖父さんのクラフターによく似ている。


「ええ。お手伝いをするのはそれだけで十分かもしれませんが……これも何かの縁です。お二人とも、よろしければわたしたちに事情を全て話してみませんか?いらぬお節介かもしれませんが、長老会に所属する隠居の身として助言できることがあるかもしれませんよ?」


 ご隠居様は、世直し旅でもしてみたいのだろうか?


ここまで読んでくれてありがとうございました。

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