10 遺物捜査官
さすがに、ボーディとローゼスも唖然とした顔をして、アーデル捜査官を眺めていた。
アーデル捜査官とは意志疎通以前の問題だと分かってはいたはずだが。
「ねーえ、ボーディ。警備局の倫理規範と言うか人権認識ってどうなっているのかしら。遺物管理局だけは人権が適用されないし、無視していいって通達でも出てるの?」
「まさか。警備局長はアーデル捜査官限定で倫理規範が機能していないと言っていましたよ。なるほど、意味深な言い方をしていましたが、アーデル捜査官の解任もありえるというか、解任するつもりですね。ユレスに謝罪して誠意ある態度をとれるのであらば猶予期間を続行するにしても、それすらできなければ即座に解任の予定でしょう。
さすがにこれは無理です。捜査官としての最低限の機密と礼儀が守れないようでは先はありません。誰が聞き耳を立てているか分からない状態で、警備局長に黒猫さんのことまで持ち出すとはね。
アレク班長、だからこそ警備局長はわたしたちにも情報開示を指示したと考えておかれるといいでしょう。つまり、旧世界管理局として正式抗議して事態を公表することもありえます。旧世界管理局の職員は、警備局が勝手に権限振りかざして使っていい、便利な道具ではありませんから」
「私はそう理解しているつもりでいますが、アーデル捜査官の態度に関しては、おっしゃる通りです。立ち聞きしていることが警備局長に気づかれたので私が出ていって、黒猫さんが旧世界管理局の捜査官なのかを尋ねたところ、アーデル捜査官の方が詳しく話してくれた上に、呼び出す手配をするから、私から捜査に協力するように権限使ってくれないかと頼み込まれました。
もちろんお断りしましたが、私たちを局長室に入れて話に同席していた警備局長は、大きくため息をついた後に、私たち二人で<菩提樹>に出向くよう手配すると言ってくださって、こちらに伺った次第です」
アレク班長がオレというか、警備局長の協力者である黒猫に用事があるのは、褒賞を渡したいがためと聞いたが、そこまで熱心に関わろうとしなければ、ばばあに難易度高い任務を押し付けられることも無かったのにと思う。
アレク班長はアーデル捜査官と違って、ずっと誠実な態度を崩さないので、そういう人柄と見込んで、警備局長が旧世界管理局との関係改善のために送り込むことにしたのだろうとも思うが。
アーデル捜査官との関係改善は無理だと思う。ローゼスはいっそ、穏やかなくらいの顔で言った。
「アタシ、ある意味感心しちゃった。そういう経緯で来ておきながら、あの態度だったの?というかボーディが門前払いしたとか言ってなかったかしら?」
「ええ、そうですよ。警備局長に直接訴える前に、安易な手法も試してみたし<菩提樹>にも来たのでしょうが、上手く行かずに警備局長に直談判しに行ったのでしょう。
警備局との交渉の結果、正式な警備局任務である証明書が無い限りは、旧世界管理局の職員個人あての呼び出しはすべて却下されるように規定を変更しておいてよかったです。たとえ同僚である警備局の職員であっても、旧世界管理局警備担当の方は問答無用で追い払ってくださいますからね」
「アタシも警備局だからってだけで、嫌ったりしないわよ。警備局長も意地悪よね。アタシたちの事情も経緯も全部知ってるのに、よりにもよってこれと一緒に行かせるなんて。アレク班長は同行断っても良かったんじゃないのぉ?」
「実は私は、捜査課というか、捜査官に個人的に意見を聞きたいことがありましたので、同行を了承する代わりに相談に乗ってもらうことになっていました」
「それ、別の人に頼んだ方が良かったかもねぇ。ま、アーデル捜査官は妹とアタシたちが絡まない限りは優秀って評価は間違っていないと思うのよ。ユレスと違って、まっとうな技術と才能と情熱に基づいてお仕事してるし」
「ユレス捜査官も優秀な捜査官だと思います。ですが、不勉強で申し訳ないのですが、遺物捜査官とは?それに、旧世界管理局に捜査官が在籍しているのは何故かと、今ごろになって疑問に思いました」
「あら、じゃあ、息抜きがてら教えてあげる。ボーディ、凍り酒ちょうだいよ、そろそろ追加報酬が必要よ」
「良いですよ。アレク班長とはなかなか楽しくお酒を頂けそうですので、サービスいたしましょう」
酒に加えて料理も追加で運ばれてきたが、アーデル捜査官は完全に置物になっている。
いっそ追い返した方が親切だと思うものの、ボーディとローゼスは耐えきれるかどうかで覚悟をはかっているようだし、アーデル捜査官も堪え切れれば要求が通せる可能性があると見込んで、耐え忍ぶつもりだろう。
だが、オレは関わりたくない。膝の上の監視猫がにゃあと鳴いたので転がしてじゃらして、話には関与しない態度を貫いた。
視線を感じて顔をあげたら、アレク班長が黒い子猫を眺めていた。猫、好きなのかもな。動いているし、気になるのは分かる。
「その子、AI-ASでしたか、この世界で開発された新型AIと認識していますが、AIの黒猫さんと同じ姿をしているせいか、どうしても同一視してしまいます」
「こっちは旧世界で言うところの愛玩動物なみの思考能力しかないし、登録された行動様式しか許されないが、アレク班長が見た黒猫さんの方も、基本的にはこっちと同じようなことしかしない。いらんことしない分、監視猫の方が可愛いかもな」
「そういうことを言うと拗ねちゃうわよ。AIはね、疑似精神体と言われるくらいには矜持とか信念みたいのがあるのよねー。感情とか意思はないことになってるけど、感情の無い思考とか、意志のない思考っていうのもあり得なくないかしら。
だからアタシは、思考だけと言われるAIも存在の一種って思ってそう扱っちゃうのよ。それ言うと、周囲のみならずAIたちからも否定されるんだけど。でもAIたちは皆すっごく個性的だったり、機能も性格も行動様式も特徴的で同じ子なんていないから、本当は魂的なものがあるんじゃないかって思っちゃうけど」
「AIには学習機能があるし、経験積めば積むほどに更新されて行くから、同じものになれるわけもない。そういうあたりは人と同じだとは思う。オレの仕事は、だからこそときにめんどくさいわけだが。
遺物捜査官というのは、使えないガラクタという意味を込めてアーデル捜査官がつけた別称であって正式名称では無いが、割と分かりやすい名称だと思う。オレの他に二名いるが、旧世界管理局所属の捜査官という意味が分かりやすいので、これはこれでいいかもしれないという意見で一致した。
なお、アーデル捜査官のことはオレたちは冤罪捜査官と呼んでいるので、お互いさまで悪口を言いあってるくらいで流して構わない。警備局捜査課の捜査官としては、オレたちも捜査官に属するのが大変気に喰わないのは理解できるくらいに職務内容が違う。
オレたちは、旧世界の犯罪事件についてのみ捜査権限がある。今の世界で遺物を用いたか、遺物が原因で起こった事件についての捜査は警備局捜査課の範疇だ。結論から言えば、オレたちがまっとうに捜査活動などできるわけもないし、する意味もないわけだ。旧世界の事件の犯人を特定したところで、捕縛できるはずもない」
自分が教えてあげると言ったせいか、ローゼスが続きを引き取った。
「だからと言って無意味じゃないのよ。世界各地で見つかる遺物の中にはね、当然旧世界の制度においても犯罪的な物品とか犯罪事件の証拠とか、犯罪に使用されるものとかそういう類のものも見つかっちゃうわけよ。
どういうものか分からないと管理もできないから、捜査官の出番なのよね。アタシが知ってる実例を言うと、旧世界の遺跡から、綺麗な黄金の女神像が見つかったんだけど、その裏面にべったりと血痕らしきものがこびりついてるのが分析で分かったのよ。
そういうのは捜査官のところに持ち込まれて、どういう風に被害者を殺害したとか、犯人の特徴とか犯行の状況の推測とかしてもらうの。旧世界の事件だから、相棒のAIに旧世界のこととか確認しながらでないと捜査できないから、旧世界管理局の職員がやるしかないのよねー。
捜査結果として、単なる芸術品であり、とっさの犯行において使用されただけで、初めから殺害用武器として作られたわけではないって報告書を貰ったら、ようやく一般社会に遺物の美しい芸術品として紹介できるようになるわ」
「そういう事例は滅多にないが。現在までの情報の蓄積したデータベースはかなり充実しているので、新しく見つかった遺物は、初期分析と照合だけで、大体の判定は可能になっている。
ときにデータベースで不一致だったり、部分一致したものの詳細不明という物品が出た場合も捜査官に回って来て、それが旧世界においてどういう機能を果たしていたのか、何の目的で作られたものなのか、というあたりを調査して報告書を作成することになる。
仕事があるといえば、大体がこちらだが、新しい旧世界遺跡が発見されない限りろくに仕事は無いし、旧世界遺跡が発見されたとしても、データベースで事足りるものが大半ということもある。アーデル捜査官の言ったとおり、日誌に特段の変事なしと登録するだけの仕事と言われればその通り」
「そこは怒っていいところだと思うわぁ。ユレスは警備局捜査課の対象事件の真犯人の特定も何度もしてあげてるのに、捜査官的技能と能力が無いって言うのは侮辱よねー。
AIに適合しちゃったから仕方ないけど、そうじゃ無かったら、ユレスは警備局捜査課で超一流捜査官やってたんじゃないかって思うもの。アタシ、それもアーデル捜査官がユレスを目の敵にする理由だと思ってるわ。
十分自覚あるはずよね?じゃなかったら、可愛いくて可憐で最高の妹にかけられた冤罪なんて、優秀な警備局捜査課の捜査官である、アーデル捜査官がさっさと晴らしていたわけだし。無能な自分には無理だったから、ユレスに縋ろうって考えるくらいには、認めていないとおかしい話だものねぇ」
ここまで読んでくれてありがとうございました。