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9話 under the rose 下


 ――体感じゃ寝てからすぐに。

 俺はぱっちり目が覚めた。隣の両親も寝息が聞こえるぐらい安眠しているというのに、窓の外側からぺたぺた音がする。裸足で地面歩いているような音だ。


「なんだこれ……」


 窓を開けて確認したら、――二軒隣の家からニナが出て、広場の方へ向かっていた。

 姿は寝間着だ。ふら、ふら、と頼りない歩き方をしている。

 更に住宅街の奥まったところから二人、姿が見える。あれはギリスとグレッグ。

 ――だったら?


「フィルートまで……?」


 俺のいる家より広場に続く道に近い場所にパン屋があるが、そこから見えるフィルートの背も歩いている。


「なんだ、なんなんだ……?」


 俺は靴を履くと、足音を立てず部屋を出てて一階へ降りる。施錠された扉の鍵を開けてから、持ってきた鍵で閉じる。


「ニナっ!」


 ニナの歩く速度は遅く、走れば追いつけた。


「なにやってんだよ。家に……」


 肩を掴んでもニナはこちらを向かない。それになんだか嫌な予感がして、強く掴んでニナを振り向かせた。

 見えたのは、――光の無い目。ぼんやりとした青い目はいつまでも俺を見ずに、――挙句の果てに俺の手を振り払って走っていった。


「……なんだ?」


 横からギリスとグレッグが歩いて俺を追い抜かす。

 ――異常だ。

 いつも俺の顔を見れば悪態の一つは吐くクソガキのギリスも、グレッグも、どいつも俺の方を見ずに真っ先に広場の方向へ向かっている。そいつらも焦点の合わない目をしている。

 俺は急いで家に戻って両親の部屋に入った。


「父さん! 母さん! ニナたちが変なんだ! 夜中なのにどっか行こうとして、違う、反応が薄いんだ!」


 強く揺さぶる。ぐわんぐわん首が揺れているにも関わらず父さんは起きない。母さんも起きない。

 少し覚悟を決めて……、父さんの頬を叩いてみた。――ごめん父さん!


「起き、ない……」


 覚悟虚しく、父さんはすやすやと穏やかな寝顔のまま寝ている。


「…………おかしい、といえば」


 夕方、サーカス団の方からの妙な臭い。

 広場の方に向かうニナたち。


 ……その広場の先には?


「やっぱり……?」


 呟いてみたが、ほぼ確信のようなものだった。

 あそこには何かあるんだ。……何かが。

 父さんたち、大人を頼ろうにも起きない。他の家の扉をバンバン叩いて起こせるかも分からない。

 ――いつも寝起きの良い父さんがここまでして起きないってのは、異常だ。


「……考えろ、何か」


 ――脳裏にチラつく、鍵。

 それを振り払う。


「……行ってみよう」


 ――ここは用意を整えてから行くことにした。

 寝間着から動きやすい服に着替えて、傷薬を鞄に詰めて、いざという時の為の剣も持っていく。父さん用のは背丈が足りなくて引きずっちゃうので、持ち運びやすい果物ナイフを拝借した。

 急いで最後尾らしいギリスたちを追いかける。歩いて、入っていく先は――。


「やっぱり、サーカス団!」


 サーカスの天幕周辺は魔物除けの火が炊かれている。夕方見た時は閉じられていた筈のサーカスの入り口が開いている。

 そこにギリスとグレッグが入っていく。


 ――ここに入ったら、どうなるんだ?


 今更ながらに心臓が激しく脈を打っている。

 一体、サーカス団が何の用で子供たちを集めているんだ。

 考えられるのは誘拐だ。確か、サーカス団は子供を攫って団員にするとか、そういう話があったのを今になって思い出した。

 ……怖い。もしもサーカス団が本当に、誘拐をしようとしているのならきっと俺だって例外じゃない。


「――ッ、行くっきゃねぇ!」


 俺も意を決して、サーカスの天幕へと入る。心臓はさっきより騒がしいけど押さえつける。

 目に昼間の時のような明かりが入る。

 ニナたちが異常なら、サーカスの中身はもっと異様だった。



 演目を披露していた中央に、一人。


 男性の背に無数の剣が突き立てられていた。



 ニナたちは迷わず、その血だまりの上に立っている。男を囲う様にして並んでいる。

 昼間見えた舞台は男性を中心にして広間一面に血が満ちていた。どっぷりと、柔軟剤の匂いを消すような重たい臭い。

 ――夕方、違和感を感じた臭いの正体だと察した。察してしまった。

 胃の中からせり上げる物を咄嗟に手で抑えた。痛い、胃がムカムカして、血の臭いがする。


「本日のメインも登場したようだね」


 背中に、そして上から男の声がした。咄嗟に振り向けば白い薔薇の仮面――、ウノと名乗っていた人物だった。


「君にはちょっと手伝ってもらいたいことがあってね」

「な、なに……」


 距離を取ろうにも相手の方がずずいと詰めてきて、あっという間に手を掴まれてしまった。

 ――その手は血がついてた。


「ひっ」

「大丈夫。怖がらないで。このメモに書いてあることを、君が読んでくれればすぐに離そう」

「い、今離せや! それでニナたちを元に戻せ!」

「ああ。すぐにでもメモを読んでくれたらそうしよう。――ちなみに、読まなければ」


 パチン。ウノが指を鳴らすと、ニナ達の首元に剣が現れ……、いや、剣を持ったサーカスの団員たちが現れた。


「卑怯な……!」

「読めばいいだけさ。さぁ、早く!」


 妙な熱気を持ったウノにメモを押し付けられる。

 ち、畜生……! この卑怯者め!

 ……でも、メモの内容を言えば、ニナたちを開放してくれるんだよな。

 さっさと言っちまおう。そう思ってメモに目を落とせば――。


「……え?」


 信じられない単語があった。


「ほら、早く言わないと……」


 つつ、とニナの首元に剣が迫る。それを見たら勝手に口は動いた。


「な、ナンジ()水に宿りしサイカ(災禍)アクマ(悪魔)


「名を、ヒドロヴァール」


 ちらりとウノを窺う。仮面を被っていても分かる、この男は何かに興奮している。

 恐らく、俺の年を考えて読めるようにカタカナとひらがなの混ざったメモの文言は……。


「わ、()が名の元にケイヤク(契約)ムス()ばん……」

「や、めろ……!」


 言い切ると、俺と――串刺しにされている男との間に繋がりを感じた。

そのことに気が付いた男から制止の声が出た。だが、すぐに側の団員に突き刺されて、痛みに声を上げる。



「ヒドロヴァールよ」


「やめてくれ!」


「ソロアネストの首を差し出せ」



 倒れたまま、男……ヒドロヴァールの腕が前に出される。それで、伏せていた顔が見える。

 意思にそぐわない動きをする体に顔を歪めて、涙すら流していた。

 腕から指先。そこに魔力が集まるのを感じた。多分、空間魔術だと思われる。


 そうして出てきたのは箱だ。……人の首が入っていそうな大きさのあるもので、厳重に縛られている。


「嫌だ、やめろ、やめてくれ……!」


 ヒドロヴァールの引き攣る声は、震える指が添えられると魔術で施された施錠を外していく。


 ――ヒドロヴァールというのは『ファーレン・オンライン』内にいる、悪魔の一柱だ。

 恐らく、俺はそいつと今、契約をした。

 正直あの優男があのヒドロヴァールなのかという疑惑はあるが、どうにも雰囲気は似ている。


 それはともかく。――契約をすれば、悪魔は契約主の命令には逆らえない。

 だから、ヒドロヴァールは嫌がっているが、ソロアネストという人物の首を差し出そうとしている。……こっちの、ソロアネストについては分からない。

 箱の蓋が開けられた。囲うサーカスの団員が中身を覗いて、取り出した。


「ありました! 特徴と一緒ですよ!」


 取り出された首は、最初に長い耳が見えた。エルフの特徴だ。

 それも基本的な特徴とされる真っ白な肌ではなく、褐色肌のもの。

 黒々とした艶やかな髪に、ところどころ入り混じった赤い髪。

 目は、閉じられていて分からない。

 ――純然たる人の生首。


「これが荷物か」

「早く持っていきましょう」

「汚らわしい悪魔と契約をした少女はいかがしましょう」

「決まっているだろ」


 でも、どこかで見覚えのある色合いだ。そんな珍しくもないカラーリング。特にゲームの中じゃあれより奇抜な色なんてうじゃうじゃあるのに。


 ――俺は、この生首の人物を知っている?


「綺麗にしなければ」


 目の前に剣の切っ先が突き付けられて――、照明が消えた。


「なんだッ!?」


 よく分からないがこれは好機じゃないのか?

 ――全部ひっくり返す為の。


 ニナが傷付けられそうになった時のパニックが治まって、頭に浮かんでいた考えが過ぎる。

 大体子供を集団誘拐する奴らが言葉通り助けてくれる筈ない。現に俺は強制された文言を言ったが、しれっと殺されそうになった。お前らが契約させといて汚物呼ばわりって、どんな教育してるんですかね……。


 幸いにもなんだか夜目は利く方だ。今の内に――っておわああああ!

 目の前に黒い物体が迫って咄嗟にしゃがんだ。なんなんだ、俺はニナたちを連れて早くここから……。

 って、いないんですけど!

 どうしよう想定外だ。何故かニナたちの姿が消えてしまった。


「っ、ぐ、おのれ……」


 今も倒れたままのヒドロヴァールが立ち上がろうとして体に力を入れているのが見えた。




 ―― ゆるふわ戦士『おかげで八門悪魔の魔導書ゲッツできました!』 ――




 ある時のチャット画面が浮かぶ。あの時、フレンドのSIKA焼肉定食さんと一緒に狩って、初めてドロップした八門(はちかど)悪魔と呼ばれる、悪魔の中でも強い悪魔たち。

 その一柱こそ、ヒドロヴァール。

 八門の中でも最弱と言われながらも使い続けてた、思い入れのある悪魔だ。


 ――俺がこのまま、転生者として発覚せず生きていくなら見捨てるしかない。


 だが、どうにも見捨てきれない。……というか見捨てたくないんだな。

 思い入れか、今の生活を取るか。……もう分かっているが。


 ――おっしゃ。いっちょ罪滅ぼしついでにやったるか。


 俺は真っ先に首を持っている少女に近付いて、その首を奪取した。あっけなく取れてビックリ!


「あっ! 首が!」


 首、そして地面に倒れているヒドロヴァールを掴んだ。


「なんだきさッ……!」




 ――イメージを涌かせる。




 扉。

 その前に立つ自分。

 扉を開ける為に、首元に掛けられた鍵。


(今だけだ。一回開けたらもう一度閉めて施錠する)


 転生者とバレたくない。だったらその為には何が必要か。


 ――決まってる。転生者特有の力を使わないよう封じること。


 俺は優秀なので自己暗示で封じることが出来た。アイテムボックスで魔導書(グリモア)が無かったことを確認してから一切力なんて使っていない。

 でも、今だけは使う。


 手元を離れた鍵は手にある。俺は躊躇いなく鍵を目の前の鍵穴にぶっ刺した。

 開けた扉の先には――、今朝からこんにちはクソ獣。


(――『テレポート』!)


 飛び出た獣に腕を噛まれるのと、魔術を使うのは同時だった。

 痛くはないけど痛みを感じる。ここまでくると凄まじい想像力だ。


 ……自画自賛もほどほどに。

 魔術を唱えた先、俺たちは真っ暗なサーカスの天幕の中から、夜空がはっきりと見える場所に景色が変わった。

 綺麗、なんて思ったのも束の間。俺たちは上空にいた。

 言っておくが、重力はある。つまり落ちる。

 そして眼下には――森。ザリザリ枝を引っかけながら俺たちは落ちた。


「ぐふうっ!」

「うぐっ!」


 俺は地面に体を打ちつけ、ヒドロヴァールは太い枝に引っ掛かって半端な位置にぶら下がっている。

 首は……、なんで俺と一緒に落ちた筈なのに無傷なの?


「っ……う、ソロ、ア、ネストさま……」

「く、首は無事……だぞ!」

「そうか……」


 言葉を聞いてヒドロヴァールから力が抜けた……。ってヤバイやつなんじゃない!?

 おいおい、死なせんよ。俺に禁じ手使わせといてリタイアは無い。


(ということでもう一度だけ)


 開けた瞬間ガブーとかぶりつく獣にも慣れたものだ。「いい加減にしろよお前」なんて呟きが聞こえた気がするが聞こえないね。所詮暗示で見ている化物なのだ。

 アイテムボックスから全っ然使ってない全回復できるエリクサーをヒドロヴァールにぶっかけた。みるみるうちに体に活力が戻って、ヒドロヴァールは体を揺らして枝から離れ、綺麗な着地を披露した。


「おぉ……」

「この程度容易い……、ではなく! お前先程は私に一体何をかけた! 傷が一瞬で治る薬なんぞどこから――!」

「まーまー、そこんとこオフレコ……。口閉じて。夜中の森で大声なんざ襲ってくれって言わんばかりじゃん」

「む……」


 大声で詰め寄ってくるものだから宥めると、意外とすんなり聞いてくれた。


「ほい、首さん。大事なんでしょ」

「――っ。何故返す?」

「いや普通に生首持ち歩くとか正気じゃないから」


 俺が首を渡すとヒドロヴァールは驚きながらも受け取った。その手つきはすごく優しいものだ。


「……ふん。貴様には分からんだろうな、ソロアネスト様の偉大さを」


 ――ピキキン。なんか話聞く姿勢を取ったら長話に付き合わされる予感。


「分からん分からん。俺は普通の生活がしたいんだ……ってことで、なんか結ばされた契約っていうのも解消したいんだけどどうすればいい?」


 秘儀、会話逸らし。それなりに相手にも関心のある話題を出して興味をこちらに寄せる……!


「お前が死ねば解消できる」

「死ねば? 結構簡単……は? 今なんつった?」

「悪魔の契約は基本、契約者が魂を賭けて行われるものだ。あの時、お前は強制的ではあるがそれを行った」

「…………グワー!」


 俺は倒れた。突然の行動にヒドロヴァールが目を見開いている。

 のっそりと起きる。


「……これで死んだことにならん?」

「ならないぞ愚か者め」

「うそん……。いやいや待てよ、契約っつっても俺が何食わぬ顔で村に戻ればワンチャン」

「……しばらく奴らはお前の村に滞在するだろう。その際、お前が戻ればどうなるか、愚か者でも分かるか?」


 悪魔と契約した悪い子は消してあげないと☆

 みたいなことほざいていたことから考えると……。


「契約解消=死亡……っすかね」

「正解だ。……しかし好都合だ。おいクソガキ、契約ついでに私に協力しろ」

「イヤっすね」

「はぁ!?」


 優男ヒドロヴァールはまた声を荒げた。胸倉掴んで――、ちょっとお前股下お化けかよぉ!

 俺空飛んでる~! ぐらいの高さまで持ち上げられ、足がぶらぶら揺れている。


「ならば何故先程は助けた!? 私を見捨て、逃げれば良かっただろう!」

「そりゃ……、一回きりの手助け切符だ。悪魔だからって理由かは知らんが、串刺しにされて、無理矢理契約されて、涙流しながら大事な首を出してたお前が哀れに見えたからだよ」

「哀れ……だと? この餓鬼……」


 ヒドロヴァールの纏う空気が変わる。重たく、やや水気を含んだもの。

 恐らく殺気ってやつだ。この世界に来てから初めてこんな真っ向からの殺意を受ける。

 震える筈の心は震えない。ちょっと肌が静電気に触れた程度の刺激。


「そもそもお前に協力って、何するんだよ。俺見知らぬヤツと二人旅とかイヤだぞ?」

「ソロアネスト様の復活には手が必要だ。喜べ、お前はその偉大な功績を手伝うことが出来るのだ」

「あのさぁ……。俺とお前、今決定的な価値観の違いが出てるのが分からないか?」

「分かっている」


 一人で話を進めるタイプ? うっ、俺こいつ苦手ッス……!

 盛大に顔をニガニガ歪めると、ようやく下ろしてもらった。


「私が求めるのは同門とソロアネスト様の復活だ。その為ならなんだってするさ、……あぁ。惜しくない、惜しくはない!」


 最後は叫ぶように、ヒドロヴァールが俺の前で――土下座をした。がっつん。盛大な音と衝撃が地面からした。


「協力してくれ……。この、通り、だ……」


 みしみしと地面が割れている。凄まじい力を入れているのが目に見えて分かる。消え入りそうな声で、――心底から嫌だけど俺に頭を下げている。


 少し話しただけでも分かる。こいつは気位の高い男だ。

 そんな男が、こうまでして頭を下げている。……紙面と現物は明らかに違うが、そういう読み取る力は衰えている訳じゃない。


「私は……、なんとしでても、仲間と、ソロアネスト様を、取り戻すと誓ったんだ……」


 天を仰いだ。さっきまで張り詰めさせていた殺気も霧散している。

 ――俺の決めたドキドキ平凡村人ライフに早速亀裂が入ろうとしている。ちょっと泥沼に踏み出しても戻れるだろと思ったら結構根深かった。足取られて動けない状態。

 だが沼に落としたのは思い出のある悪魔でもなく、俺の判断。

 自業自得……!


「あーーーーー…………」


 長ーく声を出すとびくり、と男の体が反応した。


「頭、上げてくれ」


 と言ったがヒドロヴァールは頭を上げない。この野郎……、良い根性持ってんじゃないか。

 流石俺が愛用した悪魔だ。


「お前の目的は、仲間とさっきの生首の復活なんだな?」

「生首ではない! ソロアネスト様と呼べ!」

「はいはい、ソロアネスト様ね。そいつらを復活させる手筈は整ってるのか?」

「ある……。だが、ここでは話せん」

「オーケイ。それなら構わん。――協力してやる。だが、そいつらを復活させたら俺は村に戻らせてもらう」


 その頃になって頭をばっと上げた。こいつさっきから「信じられん」みたいな顔ばっかりしてんな。


「いい、のか……?」

「あぁ。お前の無様に地べたに這いつくばって助けを乞う姿に心打たれ……、違うな、惚れた」

「なんだと貴様……」


 ふらりと立ち上がるが、擦れた額に赤い目と締まりの無い姿だ。

 さっきから鍵がチラチラ目に入ってうっとおしいがお前を使う場面など無い! ……と思う。

 父さんと母さんには申し訳ないけど、ま、二人目いるなら大丈夫でしょーよ。


「俺は見ての通り、ちょっとばかし賢いだけの子供だ。戦力には期待するなよ?」

「……お前、転生者ではないのか?」

「よく言われるけど違うんだな、これが。ソウジュクってヤツ」

「ふん……。契約した時点で目的の七割は達成できた。これで私に力が戻って……、戻っていない?」


 ノーモーションでヒドロヴァールが手を翳す。

 ぽん。水の玉が出て、向かい側にある木にぶつけようとしたが、数メートル移動した先でべしゃりと地面に落ちた。


「……なんか仰々しい契約の文言の割にはしょぼい魔法だなぁ、おい。水の災禍司りし悪魔さんよぉ」

「違う! これは一度死んだせいで能力の大幅が下がっているだけだ!」

「マ? 悪魔ってそういう生態なの?」

「――普段なら無い。悪魔に死の概念など無いが……、やられた相手が相手だ。……チッ、復活以前の問題になったか」


 鼻がムズムズして……、へっぷし!

 やっべー、くしゃみ出ちゃったよ。この一瞬だけ感覚が鈍るの、スッゲー苦手なんだよな。


「一先ずは、野営の準備を整えるか」

「そうしてくれ……。というか、今更になって眠気が……。ふぁ……ッ!」


 なんだか話の緊張の切れ間が訪れたせいか、体が凄い重たい、眠い。


 寝るわ――――。



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