8話 under the rose 中
天の乙女というシンデレラっぽい御伽話を題材にしたミュージカルをメインに、ジャグリングにアクロバットに人体切断とかそういった曲芸の演目を織り交ぜつつ進んでいくタイプのものだが……。
そりゃ演技はすごい。人を喜ばせることについてはプロ、でもなんだかちょっと違う。
なんであんなに人体曲げられるのか分からない……じゃないな、違和感。
多分あの身体能力は副次的なもので、本業は多分違う。
むーん、ヨナン先生と同じ感じもするぞ。まさかお前らも夜な夜な毒殺パーティーなんかしてるんじゃないだろうな……?
サーカス団って面白いと同時に人攫いするよなんて話もあったけど……。お前らこの村で騒ぎなんか起こしたら追い出す……俺じゃ追い出せねぇなぁ!
「さぁ、最後の演目となります。――それでは、そこのお嬢さん。どうぞこちらへ!」
一気に視界が眩しくなった。な、なんだ……。
「良かったじゃないイリー!」
「へ、俺?」
「そうよ。ライト当たってるわよ」
「マジ?」
その内に団長のウノがやってきて俺の前に跪いて腕を取る。何勝手に触ってんだよ。
……とは思わん。これはあれだ、全少女が王子に夢に見るあのポーズだ。中身少女じゃないけど。
手を取られてリードされつつ……、う、くっせぇ……。
汗とかそういうんじゃなくて、あのバラだよ。キッツいフローラルな匂いの柔軟剤みたいな……、そんな匂いばっか使ってんじゃないよもう。俺そろそろ倒れそう、倒れないが。
だからって、ちょっと回らせるのやめ、あああ!
中央まで来ると天井にぶら下がった大男……、クアトロに引き渡されて抱き寄せられながらくるくる回ってああああ!
やめろやめろバラを撒くな俺にも匂いがうつるマジでやめろああああ!
やっと下ろされたと思ったら双子に両腕を組まれて地上から天井まで歩かされてあああああ!
中身が零れる! 俺の美少女フェイスから出てはいけない虹色の液体が出てしまうああああああ!
地上に戻ってきたらクッソ怖いイビラルレオンがでろでろになって頭擦りつけてくる。あ、可愛い……。
――でもお前からも柔軟剤の匂いあああああああ!
イビラルレオンとハイタッチする感じのポーズ取って後ろで他の団員が集まってポーズしてる。
やっと、やっと終わった……!
「これにて公演は終いです。参加してくださった小さなお客様ともども、拍手をお願いします!」
な~~~~~に大盛り上がりしてんだよこっちは吐き気がしてくるんだわボケ!
「ありがとうございました」
ウノがそう送り出してやっと俺は客席に戻った。アイツ、仮面の奥からクソウザイウィンクをしている気配がした。
ブランシュ・ローズの演目なんて絶対二度と見ないからな。お前たちの使用する柔軟剤か柔軟剤の分量変わるまで見てやんない。
「凄かったわイリー!」
「どうも……」
くったり項垂れる俺はニナに支えてもらいながらようやくサーカスを出られた。
「あ゛~~~……、空気が美味しい……。自然最高……」
「本当に気分悪くなってたのね」
「……そりゃ、あんな真っ逆さまになって天井歩いてんだから当たり前だよ」
広場に戻って絶賛開かれている野菜の品評会用に用意されている席に座っている。
「やはり、五番ですね……。あのニンジン、足の美脚具合は――天稟のものでしょう」
「おーっと、ヨナン審査員! 五番に熱愛!」
「いえ、貴方は何も分かっていない……。三番、順番の巡り合わせもあってか、神が掛かったあの正三角形のシルエットに美を見いだせないのは節穴……! 三番のトライアングルレンコンこそ至高!」
「負けずとネギル審査員も白熱しております! 野菜品評会~根菜部門~、ただいま絶賛白熱中でございます!」
――時折、野菜は不可思議な形をして採れることがあるだろ?
足のある大根とか、美脚の人参とか。
野菜品評会っていってるけど、実際そういう形の野菜の品評会なだけだからね。相変わらずあの野菜のどこを見てそんな感想が出るんだか……。
ただまぁ、そんな感じで品評会を見てたら気分も回復してきた。顔を上げてから服のポケットからカサリと音がした。
――その正体? なんか分かるよ。さっきの柔軟剤の匂いがよぉ……、するんだよなぁ……。
「手紙……?」
薔薇の……、なんか蝋のついた手紙だ。紙もめちゃ手触り良くて高級感ある。
恐る恐る開くと、『聖ロジエル学園推薦状』とあった。
「なにこれ?」
金の字で書かれた題名から下には何か文面がある。
『貴殿に類稀な力があると見込んでの推薦状です』
『全寮制・入学費等の諸経費全額負担』
『受けていただけるのならブランシュ・ローズまでこの推薦状を』
……?
「なあにそれ?」
「分からん……。ちょっと母さんに聞いてみる」
「あたしもついていっていい?」
「いいよ~」
いや、分かるの。文面は分かる。
聖なんとか学園に招待されてるってのは分かるけど、『どうして招待されているのか』って部分が分かんないんだ。
家の前を通るが、意外と人が入って繁盛していた。
「今忙しそうだから後にしとくわ」
「そう? じゃあ品評会の方戻りましょうよ」
「はいはい。愛しのヨナン先生目当てね」
「そうだけどなにかっ!? ほら行くわよ!」
手紙をしまって図星で顔を赤くしたニナと手を繋いで品評会の方へ戻る。周囲の屋台で美味しそうな食べ物を買って、ニナと品評会の客席に座って喋っていた。
実質去年と変わらん。今年はサーカスがあっただけで、いつもはこんな感じ。後からグレッグとフィルートやら、二人で楽しんでデートをしていたらしいギリスとカイラが合流して喋りまくる。喋りに飽きたらかけっこでも鬼ごっこでもして過ごす。
楽しい祭日は時間が過ぎるのも早く、あっという間に夕方になった。長く続いた品評会も終わり、サーカスの演目もとうに終わって、人の出入りは少なくなっていた。
「じゃあね~!」
「また明日~」
ニナは宿屋の手伝いで早く戻るから先に帰り、カイラはもう時間になったので家から迎えの馬車がやってきて帰り、ギリスたち男三人衆もワイワイ男子同士のノリで帰っていく。
俺はちょっと残るからといって、広場にいた。
なんか辺りから妙な臭いがする。昼間のサーカスみたいなのよりも、もうちょっと血生臭そうな感じで、こっちもこっちで重ったるい。
品評会の屋台の片付けに勤しむ大人達の隙間を縫って臭いのする方に歩いていくと、広場を出て、村を囲う木柵が見える。その向こうには、――サーカス団。
柔軟剤の香りの奥に、もう少し違う重い臭いがする。
いやなんでこんなに臭い嗅ぎ分けられるんだって俺でも不思議に思ってるんだけど、そうとしか言えんのよ。
「おや、イリーガちゃん?」
「ヨナン先生」
げぇ! 暗い場所で話しかけられたくない大人ナンバーワンのヨナン先生!
「サーカス団が気になる?」
「うん。今日の演目凄かったし、なんか変な手紙も貰ったし」
「手紙?」
あれ、なんかここら辺一段気温下がった? 寒気がする……。
なーんてな、やっぱりなんか裏あるじゃないですかヤダー!
「ごめんね。その手紙見せてもらってもいいかな」
「いいよ」
さ、逆らえる訳ねぇ。俺は推薦状をヨナン先生に手渡すと、中身を見たヨナン先生は目を見開かせた。
「……イリーガちゃんは、学園に通ってみたい?」
「学園……って、勉強会のもっと大きい版のやつですよね。色んな場所から子供が集まって、勉強するっていう」
「そう。……でも中にはね、村を出てまで通いたいって子もいる。学園に通えば未来は一気に広がるからね」
「へ~……」
そういや学園に通ってみるっていう道もあるのか。
生まれてから村の外に出たことがない。
聖ロジエル学園を機に、異世界魔術(?)学園ライフを送るのもいいかもしれない。
しかも全寮制・全額負担!
もしかしてこれはいい――。
「でも聖ロジエル学園はやめておきなさい」
「え?」
「この学園だけじゃなく、聖がついたり、天使の名のつく学園は……。多分イリーちゃんには苦痛になると思うよ」
推薦状を返される。見上げるがヨナンの顔は逆光で見えない。
「君は聡い子だから。ただ一時の甘言に乗って道を狭めてしまうのはいけないよ」
いつの間にか体を持たれてサーカス団の方から背を向けていた。
「今日は早く帰りなさい」という優しい声に違和感しかないが……。
振り返っても、ヨナンは困ったように笑うだけだった。
祭も終わって、母さんのご飯も食べて、風呂に入ったら部屋に戻る。
「一時の甘言、かぁ……」
机の上には貰った招待状がある。それを取ってベッドに寝そべる。
……高校受験の時も似たようなことを言われたけど、ヨナン先生のは担任のよりももっと、こう、実感の籠った重みがあった。
ヨナン先生、推薦状貰って入学したら後悔したクチなんかね。それで夜な夜な毒薬を一体……、ナニに使ってんですかね。
――ただ、かなり真剣に忠告されたので、俺も真剣に考えてみることにした。
ヨナン先生の言った通り、学園に行けば未来が広がるというのは本当だ。
学園に行かなければ家業を継いでアイテム屋、冒険者になって一念発起ぐらいの将来だ。
しかし、学園に行けば国のお抱え魔術師になれたり親衛隊に入ったりと、栄転が約束される立場に行く資格を持てるようだ。
そういう話を勉強会や裏技たるファーレン・オンラインからの知識で知っている。
親としたら、……多分学園に行くって言ったら喜ぶと思う。しかも全額負担だし。
前世と違って、学園もとい学校に通うのは絶対じゃない。小・中学校まで義務教育なんて決められていないようだし、学校に行ったがやむを得ず家業を継ぐなんて話もある。
前世とは学校の価値がまったく違う。ただ流れるように教育を受けるのではなく、自身でどうしたいかで教育を受けるか否かを決める。――でも教育の価値はこちらの方が上で、より希少。
試しに学園に行った俺を想像してみる。聖ナントカっつうくらいだから白い制服だろうか。カトリック……、ここじゃ違うと思うけど、そういう感じの宗教学校だとすると……。
ああ駄目だ、急に首絞めてくる男子が入ってくる。やめとこやめとこ。
俺は将来決めるっていうことが苦手だ。受験期に瀕する学生諸君なんかも同意してくれるだろう。
高校受験の時も将来とか大学のことなんか考えず、軽く地元で入れそうな場所を選んだ。
将来の事を考えると頭痛がしそうになるぐらい、俺は逃げているといっても過言ではない。
だが、ここは前世ほど優しい環境ではない。
この村は平和だが、一歩外に出ればスラム街、暗殺、盗みなんてのがわんさかある世界。最近レジも盗まれそうになった、そんなことが易々横行する世界なんだ。
――そんな世界で、俺はどうしたいんだろう。
村に根付いてずっと生きる?
前世を省みて、真っ当に生きる?
転生者っていう権限を生かしてみる?
正直、ワガママを言えるのなら……。
生き死になんてところから離れた場所にいたい、っていうのはあるか。
穏やかに、――今みたいな日々を暮らす。
小さいことで悪態ついては、好きな様に遊んで。
家に帰れば両親がいて、そしていずれは生まれる弟か妹の姉になって。
家業を継いで死ぬ。あ、これいいかも。
んじゃ学園行きは蹴るってことで。
すんなりとこれからのことが決まったので寝ることにした。




