7話 under the rose 上
長いので三分割+αです
鎖に繋がれた獣がいる。
そいつ、今は大人しいが、俺にとって一番嫌なことを知っていて、俺にとって一番不都合なことばかり思い返す困ったちゃんだ。
誤魔化したことを知っていて、俺自身嫌な記憶の扉の鍵を持つヤツだ。
姿は獣でも、時によっては高校生――死ぬ前の俺になったり、美少女プリチーフェイスの俺になったりする。
対面すればいつでも眠っている姿が目を開けて言う。いつだって鍵をチラつかせてニヤニヤ笑う。
「本当に鍵をかけたままでいいのか」って。
扉は開けられて困るから鍵を掛ける。
鍵のある金庫に貴重品を入れておけば盗まれない。
そういうのと同じだ。
普通に困るから、必要ないから鍵をかけているんだよ俺は。
死んだ時に開きかけた扉は閉め、開きかけた金庫は再度施錠をする。
ただそれだけだ。
○
クソみてーな夢を見て目覚めは最悪だが、今日は待ちに待った収穫祭。ニナとサーカスを見に行くと言ったら、母さんが服とか用意してやってきてあれこれ着せ替え人形にされた。
その後、母さんの手が俺の長い髪をよく分からん手つきでシュババババとセットしてくれた。
あれ……、俺の右側に三つ編み作って団子みたいな形の髪型にしてくれた。最後は母さんセレクトの藤色のリボンで結ばれてフィニッシュ。
「よし、可愛く出来た。さ、今日は折角可愛らしい恰好してるんだからがに股で歩いたりしちゃダメよ」
「キヲツケマス」
「お金はこれまでイリーちゃんの店番の手腕を信じて500ルルック。あんまり無駄遣いしちゃダメよ」
「分かってる~」
そわそわとした気持ちが抑えられず体が動く。そんな俺の様子に母さんが気付いてくすりと笑う。
「知らない人にどこかへ連れてかれそうになったらすぐ逃げるのよ」
「うん」
「イリーちゃん自身も知らない人にあんまり近付かないこと」
「うん」
「分かった?」
「分かった!」
「それじゃあ……、行ってらっしゃい!」
母さんに見送られて家を出た。この日の為に家がたくさん飾り付けられて、いつもとは違う華やかな雰囲気が身を包む。
「イリー!」
「ニナ! おはよ!」
「おはよう! 可愛いじゃないの、お母さんにやってもらったの?」
「うん」
いつもと違ってパーフェクツに可愛い俺の姿で早々と察せられるぐらいに女子力低いことが露呈している。悲しくなんてない。
「ニナのは自分で? すっごく可愛いじゃん」
「乙女のタシナミよ! 今度イリーにも教えたげる」
今日のニナはいつもより一段可愛い服に、両サイドを俺にはよく分からない技術で丸めたツインテールの髪型をしている。よく分からんばかりだけど、とにかく可愛い。
ニナと仲良く手を繋ぎながら歩いていると、大人たちも着飾っているのが見えた。見ない顔……、冒険者か旅行者たちの姿もあって、街道が賑やか。なんか前の年より賑やかな気がする。
住宅街を抜けたら広場に出る。そこじゃ村で取れた野菜を売ってるとことか、そんな野菜を加工した食べ歩き商品とかも売ってる。
「あ、そっか。サーカスもあるから人が来てるんだ!」
「ブランシュ・ローズの人気……、すさまじいわ!」
二人して衝撃を受けていると突然ニナがびくりと固まった。あ、う、と顔が一気に赤くなった。
げげげ。この反応は……。
「やぁ、ニナちゃん、イリーちゃん。二人ともおめかししてお出かけかな?」
「よ、ヨナン先生……。お、おはようございまひゅ!」
「朝から元気な挨拶。良いことだね」
「はうっ……」
くらりと倒れそうになったニナの背を咄嗟に支えた。
「ニナしっかり! サーカス見るんでしょ!」
「はぅ……。そうだったわ……。でもヨナン先生まぶしい……」
重症でしょ。
じーっと恨めし気な目で見ればヨナン先生は困った顔で笑うだけだ。こんにゃろう。
「これからサーカスを見に行くんだ?」
「そ、そうです……。ハッ……! あ、あの! ヨナン先生も一緒に……!」
「ごめんね、今年は野菜審査員に選ばれたから行けないかな。でも、お誘いは嬉しいよ。ありがとうね、ニナちゃん」
「そ、うですか……」
ヨナン先生と別れてサーカスが開かれる村から少し出た平原まで来ると、人の数が段違い。
でもニナは「はぁ~~~~」と魂をいつまでも抜けた顔をしていた。
「仕方ないって。子供は暇でも大人は忙しいんだし」
「分かってるわよぉ~。でもうぅ、悲しい……」
重症だろ。一体何がニナをそこまで駆り立てるんだ。怖いな恋心ってヤツァ……。
「お、字汚い女じゃん。お前もサーカス見に来てんのかよ」
「ぶち殺すぞクソガキ」
「お~お~、こえ~」
おっといけない。今日は大人しく過ごすんだ俺。だから、震える拳よ、鎮まり給え……!
コホン。俺たちの後からやってきたのはギリス率いる同年代男子組共。
ギリスの他には取り巻きのグレッグ、パン屋息子のフィルートがいる。
「なによあんたらまで一緒なの? 最悪」
「そーだそーだ。こんなのいつもと変わらん面子だろーが」
「――あら、騒がしいと思ったら貴方たちで……」
そこにカイラもやってきた。俺たちなんて比にならんほどおめかししてやがるぜ。
だがギリスを目に入れた途端、言葉が途切れてしまった。
「爺や」
「なんでしょう、お嬢様」
「予定変更よ。わたくしはこの者たちと見ます」
「かしこまりました」
「え? 特等席で見るんじゃなかったの?」
「うるさいですわね……。わたくしがそうしたかったから付き合ってあげるだけですわ」
振り向いたカイラは俺の指摘に心底イヤそうに眉を顰めた。なんなんだよもう。
「結局いつもの六人になりやしたね」
「まぁ、いいんじゃないか」
なんだかんだ別行動取っても毎回収穫祭は六人で過ごしてるような気がする。
去年も一昨年も、サーカスこそ無かったが祭りは一緒にはしゃいでいた。
流れで集まったパーティーメンバーでサーカスへ入る為の列に並ぶ。大勢で話していると待ち時間なんてあっという間だ。
入り口前、俺たちと同じか少し上ぐらいの背丈の二人組の双子がいる。白い薔薇の仮面をつけている……、ということはサーカス団のメンバーだ。
「可愛いお嬢さん、これどうぞ!」
「あ、ありがとう?」
ショートカットの少女に渡されたのはサーカス団を象徴する白い薔薇だった。あれかな、風船代わりみたいな……、ああいう子供サービスみたいなもの?
にしても香りキッツ。ちょっと気持ち悪いわ。まだハーブの方がマシだぜ。
やや顔から離れたところに薔薇を持ってサーカス内に入る。
広い天幕の中には半円に席が設置されており、人がぎゅうぎゅう詰まっていた。一番外側にある小綺麗な椅子は貴族専用席みたいなもんだから、より近くで見られるテント内部に近い椅子を選ぶが、六人連続で座れる訳じゃなかった。
四つ連続で開いていて、五つ離れた先で二つの席が空いている。
最初俺とニナが二人席の方へ行こうとしたが、「じゃ、僕たちこっちで見るから」とフィルートとグレッグが座ってしまった。
おいおい、これは一体……。
四人の面々、ニナ、カイラ、困惑しているギリスを見回すとニナに手を掴まれた。
「あたしたちこっち座るね」
あれよあれよと、ニナ・俺・カイラ・ギリスの順で座ることになった。
カイラがそっと席を俺から離すのをいいことに俺はニナに顔を近付けた。
「なんだよニナ、強引じゃないか」
「……呆れたわイリー。カイラの様子をよーく見てなさい」
「なんだよもう……」
渋々カイラを見つめてみる。あいつは俺のことは眼中になく、何度もちらちらと隣の――ギリスを見ていた。
「もしかして」
「そうよ。ほんとニブチンなんだから」
無言で交わされた頷き。――そう、カイラは明らかにギリスのことを意識しているということ。
なんなら俺から離れたのではなく、ギリスに近付くために席を移動させていたかもしれない。いや、確実にそうだ。
なんとなく分かる、分かるぞ。カイラの纏う桃色の――、恋の波動!
その時、俺に電流走る。
つんつんカイラをつつけば、嫌そうな顔をしてこちらを向く。
「このバラあげるぜ」
「貴方からの物など要りませんわ」
「え~、実はブランシュローズが配るバラって、身に着けた人を一段綺麗に見せるっていう話があるんだけど知らないのかな~」
「……!」
嘘 だ よ。
でも美人がバラで着飾ったら綺麗になるのは本当だ。
「し、しかし……!」
「やる」
なんだか葛藤しているカイラにバラを押し付けた。棘などは無いので安心。
無理矢理渡せば嫌々受け取った。ふん。
「ほら、頑張れよ~」
「く、ぐ……! 今回は貸しにしておきますからね……!」
顔を赤くしてカイラはバラを髪に挿した。魅力倍増しになったことを確認してから俺はニナの方に席を近付けた。
「やるじゃない」
「おうよ」
ニナと固いハイタッチの後、握手。
「……あれ、カイラ。バラなんてつけてたのか? めっちゃ綺麗じゃん」
「えぇ、そうでしょう? まぁ言われ慣れていますが、貴方の言葉は、貴方の言葉としてちゃんと受け止めてあげます」
「なにそれ」
あいつ……、しれっと女性の容姿を褒めるモテ男必須スキルなんかいつの間に……?
おかしいな、ファーレン・オンラインにはそんなスキルないんだが……。
「でもいいの?」
「なにが?」
「あのバラとても綺麗だったじゃない」
「いいのいいの。匂いきっついし、頭痛くなってきたところ」
「? 爽やかな良い匂いじゃない」
????
俺とニナをまじまじ見つめ合うが、まぁいいかと流した。価値観の違いってことで。
臨時恋のキューピッドをした後はサーカスだ、サーカス。
ニナと話していると辺りが一気に暗くなった。周りの思い思いにしていた話し声も静まった後で、パと天幕の中心にスポットライトが当てられた。
そこには入り口の団員と同じく、白い薔薇の仮面をした男性が恭しく礼をした。
「レディースエン、ジェントルメン!」
「本日はお集まりいただき誠にありがとうございます!」
――ところで、この世界には魔術があることをご存知だろうか。
唱えれば水や炎の槍を出したりできる、魔術師なんて枠組みもあるぐらいだ。
俺のいるところではそこまで普及はしていないようだが、都会や魔術都市なんてところじゃ魔術を生活に利用しているようだ。確かゲームの方でもそういうフィールドがあったな~と、ぼんやり思い出せる。
「さてさて、本日もご挨拶前の確認です。魔術に心得のある方は軽い魔術を使ってみてください」
なにそれ? 確認?
ニナも分からないようできょとんとした顔をしている。「火の玉よ、手に集え」……なんていう魔術の詠唱っぽい声が響くが、言葉通りの火の玉なんて出てこない。
それに口笛吹いたり、騒めいている。
「サーカスの胆は魔術無き芸。どうやら無事に魔法封じが発動しているようで何よりでございます」
一斉に、バーッと拍手の音がした。
あー……、そっか! そういえば魔術使えるんだった!
そりゃ、人体切断とか火吹き芸とか、魔術使えたら簡単に出来るし、面白くないよな。あえての縛りプレイってことね、いいじゃん。
「それでは団員の紹介に移らせて頂きます」
「まずは団長のウノと申します。見知っている方もそうでない方も、どうぞよろしくお願いしますね」
意気揚々として声を張り上げ、礼をする男性――ウノに拍手が送られる。
そして、続々とウノの横にスポットライトが当たり、複雑なポーズで立つ二つの姿を浮かび上がらせる。やはり白い薔薇の仮面をつけている。
「こちらがドゥーノ、トレ。ポチっとな」
ウノが彼らの背中を押すと石像のように固まっていた彼らぬるっと動き出し、頭を下げる。
スタチューという芸だったか。ドゥーノたちに当てられたスポットライトが移動すると、天幕の上にいる団員を照らす。
「クアトロ! チンクエ! セイ! セッテ!」
声を掛けられた順に大男、細長い男性、先程の双子の少女たちがくるくると美しく体を曲げて降りてくる。
天幕の高さは結構ある。にも関わらず四人は難無く、音もなく着地した。
これだけでも「おおぉ」と観客から声が上がる。
「オット! ノーヴェ!」
中央の広場に繋がる天幕から凶悪な顔をしたライオン……、かなり強い筈の魔物イビラルレオンの背に乗って男女が飛び出した。男性、女性と降りて礼をする。中にいる冒険者なんかは分かるのか、「嘘だろ……」みたいな声が聞こえてきた。俺もそう思う、だってあいつ二階層の魔物じゃん……。
「ディエチ、ウディチ、ドーディチ!」
横に三人並んだ男性が、棒やシルクハットやら皿やらボールやらをジャグリングさせながら入ってきた。
す、すげぇ……。物が浮いている一瞬の隙に人が入れ替わってる……。
広場まで来るとジャグリングを止め、それぞれお辞儀をした。
「以上、私を含めました十二名によるブランシュ・ローズの演目、是非お愉しみください!」




