5話 店番は大変
おひさしぶりです
ひー、ふー、みー、と倉庫の棚にある瓶を数えていく。うん、前より減ってる。
「父さん、傷薬と解毒薬の在庫が減ってきたよー」
「おぉそうか。今の内に買っておくぞ。その間、店番頼めるか」
「任せて!」
同じく倉庫の中にいる父さんに声を掛けるとそう返ってきた。
俺はただいま絶賛、お家の手伝い中である。
俺の家は村の中で唯一のアイテム屋を営んでいる。ほら、RPGとかで必ず一件はある家。そんなポジションにいるのだ。
勉強会以外の時間はたまに手伝いをしている。大体二人が急用でいない時の店番とか、こうして倉庫の在庫確認とかがメイン。
いやー、美少女フェイスなんでニコニコ笑っていればよく人が来ては物を買ってくれるのはありがたい。売り上げがいいとお小遣い奮発してもらえるし、うへへ。
父さんも薬を買いに森の魔女さんとこへ行ってるし、母さんは今井戸端会議中だから悠々と過ごせている。帳簿をぼちぼち付けていると、ドアに付けられたベルがカランカランと鳴った。
「いらっしゃいま……せぇー!」
やっべ! 詰まりそうになったけど無理矢理出した。
――なんでこういう時に限ってヨナンが来るんだ!?
確かに常連ではあるけども! 急に来るのは心臓に悪いんだが!
「おや、今日はイリーガちゃんが店番かい? ガラーシュさんはいるかな?」
「父さんなら今出かけてます。なにか御用があるなら伝えておきますよ」
ガラーシュというのは今世での父の名前だ。父さん案件なら伝言しておこうというのに、何やらヨナンは困った顔をしていた。
「メモ要りますか?」
「……じゃあお願いしようかな」
俺の手元にメモトレイがあるのでカウンター前に置くと、やってきたヨナンがサラサラと何かを書いていた。内容は見えなかった。ヨナンは書き終えたメモを一枚破り取って畳んで渡してきた。
「イリーちゃんなら大丈夫だと思うけど、中身は見ないでガラーシュさんに渡してくれるかな?」
「分かりましたー」
絶対見よ。
そんな本音は心の内に隠し、笑顔でヨナンの書いたメモ用紙を近くにあった文鎮の下に置いた。
「それじゃ、店番頑張ってね」
「はーい!」
元気よく手を振って、側に置いた帳簿――を開くフリをしてメモを拝借。
ケッケッケッ、今日こそツラの皮を暴く時だぜぇ。
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・フラワーポズン(いつもの調合で)×5
・ポズン×10(もう少し毒素強めの調合でお願い)×30
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メモをそっとしまった。
俺は見ていない。毒デバフ系に必要な素材が羅列し、あまつさえ父がその調合を行い融通している証拠など見ていない。
やっぱり怪しかったヨナン……先生。なにか気に障ることをしたら毒殺される可能性が浮上したな。俺は見ていない、見てなんかいないし理解もしていないんだ……。うっ、記憶よ薄れてゆけ……!
解説すると、フラワーポズンというのは毒を持ったフェフラという花を調合することによって生まれる毒で、華やかな匂いに反して即効性の毒を持つのが特徴だ。クエスト『王子暗殺』にてこの毒の調合を頼まれたプレイヤーは依頼主である妾のフルエラさんに渡し、彼女はエギンとは真反対にあるカリアット国の第四王子を毒殺する……。その毒殺時の描写に華やかな匂いと即効性の毒について触れられていた。
ちなみに暗殺はファーレン・オンラインの登竜門とも呼べるクエストだ。これに慣れていかないと各階層ごとの酷いクエストに耐えられない。
話が脱線しちゃったな。フラワーポズンは調合素材を特定されているが、ポズンは素材関係なく毒素材全般を指すものだが、転生したここでは事細かく指定されている。
ので、このポズンは多分父さんブレンドの毒のことだ。
それを三十個も必要って、ナニしてんですかね。
俺はこの事実を胸に深く、深くしまって店番を続けた。何人かの応対があった後、扉が開いてベルの音が鳴る。
現れたのは俺と同年代の男子。よくお世話になってるパン屋の息子、フィルートだった。
「いらっしゃいませー」
「あ、イリーガ。今日店番なんだね」
「そうなんだよ~。早く外行って遊びたいのにな~」
俺を含め、同年代or年の近い子供は六人。
俺、ニナ、ギリス。
よく俺に突っかかってくるカイラと、ギリスの取り巻き男子のグレッグ、目の前にいるフィルート。
年の順で言えば俺・カイラ・ギリス・フィルート、そっから一つ下がグレッグとニナだ。
だからこの六人で何かと集まってすることも多い。
「大変だよね、店番」
「まーね。でもやってないと俺たちが生活できなくなるし、仕方なく頑張ってるよ」
なんだフィルートその目は。何故そんな驚いたような目で見つめるんだお前は。
「イリーガはすごいなぁ。僕、そこまで考えてなかったよ」
「えー? フツウだよフツー。父さん母さんたちが頑張ってるから俺たちがのびのびと暮らせてるんだし」
「……いやぁ、やっぱすごいや」
フィルートは品物の棚から傷薬と包帯、パン用の材料らしいハーブなどを取ってカウンターに戻ってきたなりそう言った。……やっべ、ちょっと子供らしくなかったかも。なんか大人びただけで転生者疑惑かかることちょっと忘れてた。
……そういやフィルートって一時期そういう話あったよな。で、結局認定はされずに地頭がいいってだけで、それでなんかガックシしてたけど。
別にいいだろそれで、転生者なんかほいほいいていいもんじゃないだろ。
「買い物はこれだけか? 今なら薬草類サービスしとくぜ?」
「うーん……、そう、だなぁ。じゃあ二束ください」
「毎度アリ~!」
営業トーク成功~。
薬草とかはたまに村にやって来る冒険者共が勝手に千切っていってしまう(後に制裁されるが)ので、そういう人気商品とか勘定がちょっと難しくなるものとかはカウンターの方に置いてあるのだ。
席を立って薬草二束を取りに戻るとフィルートの位置は変わらず、俺の姿を目で追っている。
「はい。傷薬50ルルック、包帯25ルルック、ヌアヌハーブ一束23ルルック、薬草二束10ルルックで、合計108ルルック」
「これで足りる?」
そう言ってフィルートは木製のキャッシュトレイに金貨と銀貨を一枚ずつ乗せた。
金の計算はかなり簡単で、金貨が百円=ここでいう100ルルック、銀貨が十円=10ルルックに相当する。
転生前の感覚からすると「あの百円が金貨……?」というところに引っ掛かるがそれも慣れた。
以上のことを踏まえてフィルートが出した金は110円となり、2円のつりが必要だ。
如何にもアンティークチックなレジからドロワーを引き出して二枚の銅貨を取り出した。これは一円に相当する。
「つりな。一応自分でも金額確かめろよ」
「うん、二円……だね。大丈夫、いつもありがとう」
渡した後に買ってきた商品を詰める。しかしプラスチック袋ではなく、持ち手も無いタイプの……あれ、抱えて持ち運ぶ紙袋のタイプ。うーん、この。
詰め終わった紙袋を笑顔のフィルートに渡すとヤツは去っていった。
これで一息と思いきやまた扉が開く。
「いらっしゃいませー」
厳つい顔だが、村では見ない顔ぶれ。恐らくこの村に寄ってきた冒険者の一人だ。
ファーレン・オンラインはよくあるゲームのお約束通りに冒険者という職業があって、それは基本協会や組合やらが出す依頼をこなすというもの。その中にお決まりの薬草採取・魔物討伐がある。ちなみに、プレイヤーも冒険者の一人として活動することから始まる。
……ので、男は冒険者だとアタリをつけたのだが。
入ってきた男は無言のままカウンターまでずいずいやってきた。
「なにか御用でも?」
無言。何言っても口を堅く閉ざしたままカウンター前まで来ると。
――俺の横にあったレジを持って逃げた。
「ドロボー!!!」
俺も急いで追いかけるが、足の長さとか諸々が関係して男との距離が縮まらない!
「ドロボー! レジ返せ!」
こんな時は大声で叫ぶに限る!
俺の可憐なボイスで叫ぶと、村の大人たちが血相変えて男の行方を追ってくれる。
「おい待てコラ待ちやがれ!」
「子供が店番の時に盗むなんざふてぇ野郎だ!」
「殺せ!」
いいぞ殺せ! いや、それはいかんだろ……。
全力疾走虚しく体力が切れてぜーはー言ってる間に、ドロボーが一瞬何故か立ち止まって、その隙を狙って土建屋の筋肉ムキムキおじちゃんがドロボーを凄まじい威力のエルボーでとっちめてくれた。
あんなの受けたら誰も無事じゃすまないが、ドロボーにかける慈悲は無い。
地面に転がりピクピク気持ち悪い痙攣を起こしながら、土建屋のおじちゃんが宙に浮いて落ちてきたレジを難無く受け止めていた。すげぇ。
「嬢ちゃん大丈夫か?」
「な、なんとか……。ありがとうベベイおじちゃん!」
「いいってことよ」
ベベイおじちゃんからレジを受け取るとわしゃわしゃ撫でられた。さっき男をぶちのめしたとは思えんほど優しい力加減だ。
――しっかし、良かった俺の家計を担う大事な家族が無事で!
中身もちゃんと確認。よし、小銭も盗まれてはいないようだ。
「泥棒はこっちで交番に突き出しておくから安心しな」
「何から何までありがとうございます!」
ちゃんと頭を下げて、後のことは大人にお任せした。男が足蹴にされていても仕方ないことなので同情しない、悔むがいいわ。
周囲の人に大変だったねぇと声を掛けられながら重いレジを運んで店に戻ってきた。
「お手伝いしようか?」と言われたけど流石にそこまで迷惑かけられんので遠慮したが、しなきゃ良かった~。
なんて考えている場合では無かった。
店の真ん中に、目を三角にした父さんがいた。
「イリーガ! 店の扉をあけっぱなしにするなんて……!」
「だってさっき急にレジ盗まれたんだよ! それ追いかけてたから……」
「あー……、それは仕方なかったな。ごめん、父さんが悪かった。怖かったなイリーガ」
爆速でお許しをもらった。
俺からレジを受け取ってカウンターに置くと父さんが抱っこしてきた。背をぽんぽんと叩かれるとちょっと安心する。
「お、イリーガ重くなってきたな」
「下ろして!」
「はははは! 冗談だよ! 父ちゃんはイリーが何歳になっても抱っこ出来るから安心するんだぞ~」
「もう!」
いくら元は男とはいえ、今は女の子なんだぞ。デリカシーの無い言葉には怒ります。
こうしてややアクシデントがあったとはいえ、店番を遂行出来た。いつもなら盗まれることなく終われるだけどな~!
抱っこでぶるんぶるん回されていたら、あ、と思い出したことがある。
「父さん。父さん当てにヨナン先生からメモ預かってる」
「何……?」
カウンター裏の引き出しにあると伝えれば父さんは例の毒物調合依頼メモを見て難しい顔をした。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。さーて、そろそろ母さんも買い出しから帰って料理の準備中だ。手伝ってこい、イリー」
「はーい」
元気よく返事をしてカウンターの裏――、自宅へと戻った。
○
村に一つだけあるアイテム屋の扉を、路地裏から見つめるフードの影があった。
「……ようやく見つけたぞ」
その呟きは夕方に向けて騒がしくなる家々の喧騒によってかき消された。




