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小話 追跡する影


 瞬時に訪れた暗転。消された照明が再び点く時、その場に子供たちの姿はなく、立っていたサーカス団員たちの死体が並んでいた。

 死体の円の中心には黒い仮面をつけた男が、剣を血に濡らして立っていた。


 渇いた音が空気を響かせる。

 ――残っているのは団長のウノ。

 血だまりの中で佇む、団員を殺して見せた男を拍手で歓迎していた。


「相変わらず惚れ惚れする手際だ」

「……減らず口も相変わらずだ」

「そうかな? 職業柄、冗長な口ぶりになってしまうからな。――それでどうだ? 新生した、罪もないサーカスの団員を殺した気持ちは」

「サーカス団になって続けている時点で罪はある。勿論、あんな真似を続けるお前にも」


「おお、大義の元に積み重なった屍を、一時は私の手足であった君が一体どうやって裁く? その屍は君が積み上げた物もあるというのに」

「さぁ、どうする? ヨハンシュトラエス」


 大仰にミュージカルを歌うように声を張り上げるウノの胸に迷いなくナイフが投擲された。

 ヨハンシュトラエスと呼ばれた男は続いて投擲するが、ウノは指の間で傷一つ付くことなくナイフを受け止めていた。


「もうその名前は捨てたんだ」

「ではなんと呼べばいい?」

「呼ばなくていい。僕と君はただ殺し殺される他人の間柄。顔も何も知らない他人だ」

「おぉ、冷たい……。なんて冷たいんだヨハンシュトラエス。その冷たさはいつになっても変わらない……」

「その名前で呼ぶなと言っているだろっ!」


 ヨハンシュトラエスは舌打ちをしながら銃をウノ目掛けて撃つ。ゆらり、動いてウノの横を銃弾が掠める。


(この程度ではやっぱり無駄弾か)


 ふざけた様子に反してその実力は計り知れない。大袈裟に驚いてみたりする素振りで攻撃の数々を避けられ、異常なまでに体を曲げて銃弾から避ける。

 そして、一向にウノから攻撃を仕掛ける素振りも無い。

 ――足元を見られているということだ。


 遠距離では勝ち目がないことを確認したヨハンシュトラエスは距離を詰める。

 ダガーを納め、背負っていた鞘から剣を引き抜き、武器を切り替えた。刀身は鉄のものよりやや濁った輝きを返す。


「ほぉ、毒を塗ってあるのか」

「食らってみろよ……っ!」


 下からの切り上げは堅い感触に止められた。

 ――細い三本の爪を持つ鉤爪。服の裾にでも隠していたものか、爪の部分は明らかに剣よりは細いというのに、難無く受け止められている。

 ウノが「ファイヤボール」と唱えた瞬間、火の玉が宙に現れヨハンシュトラエス目掛けて飛ぶ。

 分が悪いのは明らかだ。剣を返せばウノがケタケタ笑い、背後にいくつもの魔術による火の玉を出した。


「ところで、魔術さえ使えば銃なんていらない。そう思わないか?」

「使えないから銃を使ってるんだよ」


 一点に留まれば只の的になる。そう判断してウノから距離を取るのと火の玉がヨハンシュトラエス目掛けて飛ぶのは同時だった。広場を一周しながらウノの足目掛けて銃を撃つも、火の玉によって銃弾は消される。

 ――魔術が使えるのならば取れる戦術の幅も広くなれど、ヨハンシュトラエスは魔術を使う兆しはない。


「そういえば一つ聞きたいんだけど」

「なにかね」

「子供が一人足りない。……どこにやった?」


 弾倉のリロードをすぐに済ませてウノへと撃ち、向かい側からは火の玉が飛ぶ。銃弾と火の玉の応酬の中に場違いな含み笑いが響く。


「悪魔と契約した子供の行方なんて、お前の方がよく知っているんじゃないか」

「させた、の間違いじゃないか。まさかそこまで腐っていたなんてね」


 玉の応酬が終わり、銃を収めたヨハンシュトラエスは剣をウノへ構え、懐から取り出した液体をかけた。

 ――より色濃い、毒。

 ウノは笑みを崩さず鉤爪同士を擦り合わせた。


「それがとっておきかな?」

「あぁ、()()()()()だ」


 ヨハンシュトラエスはその場で力強い踏み込みをした。

 ウノは誘われるがまま、鉤爪を前に突き出したまま地を蹴る。

 刃が届くか、爪が心臓を破るかの攻防。速さによって決着が着く、剥き出しの一騎打ち。


 ――鉤爪の先が胸を抉るよりも先に、ヨハンシュトラエスの刃がウノに降りかかる。

 目下は脳天だ。

 ――察知したウノが咄嗟に左手の鉤爪で軌道を逸らし。


 その逸らした左腕に刃が食い込んだ。

 ウノの動きはがくんと鈍くなり、ヨハンシュトラエスは彼の攻撃を易々と避けた。


「――ッ! ふ、ははははは! コレは私が舐めていたか。なんだこの劇毒は!」

「まだ、まだ喋られるのか……!」


 普通ならば一撃、何も言葉を発さず死ぬ――即効性の毒だ。それを何度も重ね塗り、どこで斬っても同じ効果が得られるようにした。

 だというのに、ウノに絶命する動きはなく、狂ったように笑い続けている。

 もう一撃食らわせようと振った剣は、右手の鉤爪で受け止められた。


「あぁいけない。これは。随分見ない間に成長したようだ。――私の体調が戻ってから、また会おうじゃないか」

「またはない。ここでお前を殺す――!」

「いいや、また会えるさ。『テレポート』」


 テレポート。魔術の中でも扱いの難しいものを詠唱せずに使ったウノの姿が消える。


「待てっ!」


 ヨハンシュトラエスが手を伸ばすも、もうウノの姿は無かった。


「……くそ。クソッ!」


 ギリギリ強く握る拳は血が出ていた。歯も食いしばって出てきた慟哭は悲痛なものだった。



『子供を誘拐しようとした知能ある魔物にブランシュ・ローズ気が付き応戦したが、壊滅した』


 その話は村であっという間に広まった。

 ――それが作り話だと知っているのは、どれぐらいになるのか。


 魔物の襲撃なぞ起こっていないことを知るガラーシュは隣で馬上に跨る姿を見つめた。

 若草色の髪に荒事とは無縁の優しい風貌。

 名をヨナン。ファートプ村で神父を務める青年だ。


 彼を見ても昨晩サーカスを襲撃した張本人だということは結びつかないだろう。

 それほどまでに穏やかな雰囲気の青年だ。


「本当に行くのか」

「あぁ。君の愛娘を戻しに行ってくるよ」


 ガラーシュの娘、イリーガ。

 彼女だけが、崩れ落ちたサーカスの天幕の外に倒れていた子供の中で姿が見えなかった。


「参ったな……。結構、あの子には警戒されてたみたいだ」

「イリーは聡いからな。お前に何かあると薄々分かってたんじゃないか」

「それでも、あの時ばかりは大人しく捕まっていて欲しかったんだけどな……」


 ガラーシュは彼にまつわる話は知らないが、サーカスとは並々ならぬ縁があることを教わっている。

 都会または都会に近い場所での公演では普通だが、こういった小さな村での公演を行うとその村の子供が一人二人誘拐されるという話は彼から聞かされていた。

 ――この村では確実に攫われるだろうから救助にいくとも。


(ただなぁ……。殺しまでするほど、因縁深いものだとは思ってなかったな)


 通りすがりの行商人に魔術の才を見込まれ、都会へ行って学園へ通うも周りのレベルに追いつけず、ドロップアウトして村に帰省してきた。そんな帰りの折、森の中で人が倒れているのを見つけた。

 それがヨナンだった。

 酷い手傷を負い、今の姿から考えられないほど歯を剥き出しにして警戒していた姿は今でも目に浮かぶようだ。


「……少しばかり長くなるけど、絶対イリーガちゃんは戻すよ」

「あぁ、頼む……。だが、もう手遅れだった場合は……」

「そんなことはない。きっと大丈夫、大丈夫だから!」


 イリーガがいないと聞き、取り乱したガラーシュが探しに行こうとしたのを抑えたのはヨナンだった。

 身重の妻イリナもイリーガの失踪で情緒不安定になっている今、家庭を顧みず動ける状態では無いと諭した。

 「ではどうすれば!」と憤りを隠さないガラーシュに、ヨナンは「僕が探す」といった。


「なぁ、ヨナン。お前はなんでそこまで俺たちに、親身になってくれるんだ?」

「なんでって……」

「言っちゃ悪いが、俺はただお前を村に運んだだけだ。そこまでお前の思うような……」

「人ではないって? ガラーシュ、君に僕の心の持ちようを決められる覚えはないよ」


 落ち着かない馬を落ち着かせる為、一度ぐるりと回ったヨナンはガラーシュと目を合わせる。


「君がそれだけと言ったことでも、僕にとっては大事なのさ。それじゃ、行ってくるよ」


 何か言う暇もなくヨナンが馬を駆り去っていく。


「……イリー、ヨナン。どうか無事でいてくれよ」


 イリーガはイリナと結婚して初めて生まれた子供だった。

 子供というのは元気なもので、いくらあやしても泣き続ける。それが両親の寝ている夜にだって関係なく泣くものだからノイローゼ気味になったこともある。

 それでも子供がつかまり立ちをしながら、パパ、ママ、と呼んだ時はこれまでの苦しさが嘘のように吹っ飛んで、子供に愛おしさが出てくる。


 子を愛するということを教えてくれた、大切な子供なのだ。

 ガラーシュは「どうか、あの子を無事に返してください」と神に祈ることしか出来なかった。


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