悪役令嬢とか関係なく、今度こそ一位になってみせる!
書きたくなって書きました。急いで書いたので、設定ガバガバです。お手柔らかに。
「ご機嫌よう、特待生殿」
「‥‥‥マリオネット様、ご機嫌よう」
王立貴族学園、ここは名前の通り貴族子女が教養を学ぶために集う学園。
その学園の中庭で、今まさに二人の華がぶつかり合おうとしていた。
一人目の華は、冬の気候のように冷たい雪色の髪を持つ公爵令嬢。名をマリオネットという。
二人目の華は、春のような優しい桜色の髪を持つ特待生。名をリーナという。
二人には、それぞれ従うように取り巻きがついていた。
マリオネットには、女の。
リーナには、男の。
周りに与える印象も、状況も真逆の二人が、こんな風に衝突するのには訳があった。
数年前──
衝突の理由は、まだ二人が学園へ入学する前に遡る必要がある。
マリオネットは、物心ついた頃にある一つの記憶を思い出した。
それは、前世の記憶である。そして、己の顔を鏡で見て前世でプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢に転生したことを悟った。
その瞬間、マリオネットは膝から崩れ落ちた。
バッドエンド確定の悪役令嬢に転生したからだろうか? いや、そうではない。
「営業成績、一位取れずに死んだとか‥‥‥あり得ない」
そう、マリオネットは、いや正しくはマリオネットに転生した女はそんな柔な性格はしてなかった。
女は、前世で男社会とも言われていた某自動車メーカーの営業を担っていた。大層仕事ができ、上司からの覚えも良かったが、彼女の営業成績はいつも二位だった。
常に一位の男にどうしても勝てなかったのである。女は、野心家で一位になるために多少強引な手も使った。
だが、男はその上をいきいつまで経っても女は勝てなかった。二人の熱いバトルは、社内でも名物になっており密かにどちらが、一位を取るのか賭けているものさえいた。
死んだ理由は、思い出せないが己の記憶に営業成績一位という文字がない以上、自分は一位になれずに死んだのだろう、と妙な確信を女は抱いていた。
「私が一位を取らずに死んだなんて、あり得ない。あり得ちゃいけない」
マリオネットは、崩れ落ちたまま髪を掻き上げた。その顔は、幼な子とは思えないほどの闘志に満ち溢れていた。
「死んだのは仕方ない‥‥‥でも、一位を取れなかったことは許せない。こうなったら、この世界で一位を目指すしかない」
この日から、マリオネットの一位を目指す生活が始まった。
この世界で営業職に就いていないマリオネットが目指す一位、それはまだ婚約者の決まっていない王太子の婚約者の座に収まること。そして、行く行くは王妃になり、この国の女の中で一番尊い身分になること。
それ即ち、この国の一位だとマリオネットは考えた。
「何がなんでも、一位になってやる」
腹の底から出た低い声は、まるで何かを恨んでいるようだ。いや、正にマリオネットは恨んでいるのだ、前世で一位を取れなかった自分自身を。そして、転生したこの国で腹いせのように一位を取ることを決意した。最早、彼女には乙女ゲームの悪役令嬢なんてことは頭の片隅にもなかったのである。
決意したマリオネットの行動は、早かった。公爵だったことも味方して、父に請えば直ぐに王太子の婚約者候補に入れてくれてもらえた。
しかし、そこは流石、権力者。
婚約者候補は、マリオネットの他にもわんさかいた。マリオネットは、父に候補には入れたが婚約者になれるかはわからないと言われた。
娘を溺愛する父が言うのだから、それは本当のことだろう。あまりにも直球に言われたマリオネットは、俯き体を震わせた。
武者震いである。
マリオネット、十歳、初めての武者震いである。
周りは、泣いていると思ってそっと離れていったが、これは武者震いだ。マリオネットは、前世の頃から困難なら困難なほど燃えるタイプであった。
他の候補者たちに勝つために、マリオネットは公爵令嬢という権力を、それはもう存分に使って王太子を調べ上げた。王太子の好きなもの嫌いなもの、その他もろもろ‥‥‥そして、前世の営業技術とその美しい顔を惜しみなく使って見事に王太子の婚約者という地位を射止めたのだ。
婚活も営業も、人の懐に入るという点では同じだ。マリオネットが、苦手なはずがない。そんなマリオネットの前に、他の候補者たちなどいないも同然であった。
だが、婚約者になれたからといって、それで終わりというわけではない。乙女ゲームのように、こうしてお姫様は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたしと終わらないのが現実である。婚約者に決定すればやることが山ほどあり、その一つが勉学だ。王妃になるためには、それなりの知識が必要なのである。当たり前だ、一国を動かすのだから。
わかってはいるが、遊び盛りの子供に己の時間のほぼ全てを使って勉強しろ、と言うことは普通の子供には難しかった。
そう、普通なら、マリオネットは生憎普通ではなかった。そもそも、前世の記憶があるというだけで普通の御令嬢とは、かけ離れていたのだ。
その影響もあり、マリオネットは勉学を自主的に取り組んだ。父母は、娘が無理しているのではないかと心配していたが、それは杞憂だ。
何故ならマリオネットは、苦になんて一切感じていなかったから。寧ろ、この勉学を完璧にこなせば王妃になれるのかと闘志に打ち震えていたくらいだ。
こうして、学園へ入学する十五歳の頃には周りから完全無欠の公爵令嬢と呼ばれるようになっていた。
学園に入学して、一月は平和であった。同じ歳のため一緒に入学した王太子との関係も良好であり、勉学もついていけないということなどなかった。
周りの御令嬢の婚約者が、寝取られたとかなかったとかいう話なら聞いたが、それだけの話だ。マリオネットには、関係ない。
そう思っていたのだが、平和な学園生活に陰りが見え始めたのは直ぐなことだった。ここ一週間、王太子に会えていないと嫌な予感がしたマリオネットが聞いたのは、王太子が例の御令嬢と仲を深めているらしいという噂だ。
例の御令嬢とは、この学園唯一の平民にして特待生であるリーナのことであった。そして、彼女はゲームのヒロインでもあるため、マリオネットはそれなりに警戒もしていた。がしかし、リーナがどんな手を使ったかは知らないが、王太子と仲を深めているらしい。
マリオネットは、王太子を特別愛しているわけではない。だが、王太子の婚約者という座は王妃になるためには絶対に必要なツールであるのだ。その便利なツールを尻軽令嬢にみすみす手渡すなんて‥‥‥神が許してもマリオネットが許さない。
久々の獲物にマリオネットは、闘志を燃やした。敵は、早々に潰すに限る。
マリオネットは、直ぐにリーナに会うための準備を整えた。リーナを調べ上げたその過程で、悲しい哉王太子が彼女と仲を深めていることが事実と確信してしまったのだ。
その噂を聞いた他の令嬢‥‥‥即ちリーナに婚約者を寝取られた令嬢は、喜んでマリオネットに加勢した。
話が非常に長くなったが、こうして二人の華が衝突し合うに至ったのである。
先制攻撃をしたのは、マリオネットであった。
「ご機嫌よう、特待生殿」
マリオネットの取り巻き御令嬢は、くすくすと態とらしく笑う。この学園で、特待生というのは頭の良さだけが取り柄の平民ということを示すのだ。余裕そうな笑みを浮かべながらも、マリオネットは内心王太子がリーナの取り巻きにいないことにホッとしていた。
攻撃をしたのがマリオネットならば、それを受け止めたのはリーナだ。
「‥‥‥マリオネット様、ご機嫌よう」
瞳を潤ませながらも、懸命に挨拶を返す姿はリーナの周りの男たちにそれはそれは響いただろう。
だが、マリオネットは確信していた。
見た目通りの気の弱い御令嬢は、他人の婚約者を何人も寝取らないと。この女には、裏の顔がきっとある。悔しいことに、リーナを調べ尽くしても他人の婚約者を寝取ったということ以外弱点になり得そうなことはひとつも出てこなかったのである。だから、これはマリオネットの完全なる勘であった。
今だって、取り巻きの男はマリオネットの背後に自身の婚約者がいるにも関わらず、リーナを気遣っている。マリオネットの背後の誰かが舌打ちをした。それを受けても、リーナは平然と男たちの優しさを享受していた。
「日の高いうちから、お盛んなことですわね。それとも、特待生殿にはそういった常識はないのかしら」
「なっ!? この方達は、大切なお友達です。いくらマリオネット様でも、私の大切な友達を蔑むことは許しませんっ!」
マリオネットの後ろの御令嬢のひとりが、顔を真っ赤にしてリーナに噛みつこうとしたのをマリオネットは視線ひとつで黙らせる。
今は、私と特待生殿の試合だと。
「そうでしたのね! 私、てっきり皆様はお友達以上の関係ではないかと勘違いしておりましたわ。そうですか、そうですか、特待生殿はお友達を夜中に呼び寄せて、部屋で嬌声をあげる遊びをしていると‥‥‥とても、楽しそうですわね。王太子殿下のことも是非仲間に入れて欲しいわ」
馬鹿を言うな、お前の調べはついているんだぞ。それから、王太子には近づくな。マリオネットの言葉からは、それらの意味合いがふんだんに現れていた。
マリオネットの意味深な微笑みに、何故だかリーナの周りの男たちの方が頬を染めた。それとは反対にリーナ自身は、全く気にしている様子はなかった。手強い。
「酷い!? そんな根も葉もない噂を本当に信じていらっしゃるのですか?」
「あら、火のないところに煙は立ちませんのよ」
二人は、お互いに見つめ合い、どちらからも目を逸らさなかった。二人の間に青い炎が燃え上がる。
沈黙を破ったのは、マリオネットが先だった。ふっ、と余裕の笑みを見せて持っていた扇子で口元を覆い隠した。
「特待生殿が、何をしようが構いませんけど、あまりハメを外しすぎると、後でご自分に返ってきますわよ」
「ご忠告痛み入ります。でも、私はハメなんて外していませんのでご心配なく。話がそれで終わりなら失礼いたします」
綺麗なカーテシーを決めて、颯爽と歩くリーナの後ろ姿を見ながらマリオネットは思う。
真逆、こんなところに来て乙女ゲームに再び興じるとは思わなかった。つまるところ、王太子が己から離れないようにマリオネットはこれまで以上に王太子に己を惚れさせなければならないのだ。
「立ち直れない程、潰して差し上げますわ」
この先の計画を立てて、マリオネットは獰猛に微笑んだ。その笑みは、さながら肉食獣のようで周りの貴族子女を存分に震え上がらせたとか。
何度も言うようだが、マリオネットは困難であれば困難なだけ燃えるタイプであったのだ。
─────────────────────
夜中になるとリーナの部屋で、嬌声が上がるという噂が立ったのはいつの頃だっただろうか。まぁ、そんなことはどうでもいいか。
リーナは、椅子に深く腰掛けて考えを巡らせる。
「はうっ」
椅子から声がした‥‥‥もう一度言うが、椅子から声がしたのだ。
リーナが椅子のように腰をかけていたのは、椅子ではなく四つん這いになっている男であった。女のような気持ち良さそうな声に、リーナは眉を顰める。次いで、男の尻を思い切り引っ叩いた。また、うんっ! というだらしのない声が響いた。
「椅子は、話なんてしないけど」
「す、すみません。女王様」
リーナがまた尻を叩く。
「だから、椅子は話しちゃダメだって言ってるでしょう」
意図を理解した男は、今度は話さず頷いた。
そう、皆んなが、マリオネットすらリーナのものと思っていた嬌声、あれ実は周りの男たちのものであったのだ。リーナの言う通り、彼女は男と一線は超えていなかった。
よく見ると、リーナが今まさに使っているものは、全て人間の男であった。
リーナが座っている椅子も、足置きも、背もたれも、机も、全て男が代わりを果たしていた。ひとりだけ、何もせずに只正座しているだけのものもいたが、兎に角確認できるだけでこの部屋には五人の男がいる。それも、先程まで取り巻きとして彼女の周りにいた男ばかり。先程と違うことといえば、皆んなうっとりとした表情を浮かべていることだろうか。
リーナは、足置きとして使っている男の上で、足を振り下ろしながら考える。
先程のマリオネットとかいう悪役令嬢、あれは中々よかった。
ここまで言われれば、お気づきの方もいるだろう。そう、リーナも転生者だったのだ。
リーナに転生した女は、前世で所謂SMクラブの女王様であった。元々、Sっ気の強かった女は、クラブではNo. 1の人気を誇っていた。死んだ理由は思い出せないが、前世を思い出した時、女は虐げる相手が居らず禁断症状を起こしたものだ。
そして、女は虐げる相手を探した。男でも女でも構わない。兎に角、自分の欲求を満たす相手を探し求めた。だが、誰でもいいと言うわけではない。女は殊更、Mっ気の全くない相手をMに目覚めさせて虐げることを前世の頃から好んでいた。
相手の気が強ければ強いほど、プライドが高ければ高いほど好ましい。それが、女の、リーナの考えであった。
だが、リーナの周りには幸か不幸か、気の弱い優しい人間しかいなかった。そこで、リーナは考えた。そういえば、乙女ゲームでは特待生として王立貴族学園に通うんだっけか。そこにだったら、気が強くプライドの高い攻略対象たちが確定でいるじゃないか。
正直、学校に興味はないが貴族子女が平民の己に許しを請う姿は、想像しただけでも愉快だ。
リーナは、そんな不埒な理由で死ぬほど勉強したのであった。
勉強の成果もあり、リーナは無事に王立貴族学園に入学することができた。しかし、そこでリーナは拍子抜けしてしまう。僅か一ヶ月で、粗方の攻略対象をMに目覚めさせてしまったからだ。正直に言って、もっと長期的に楽しむつもりであったリーナはがっかりした。
こうして、夜に呼びつけてある程度の欲求は満たしているが、それだけだ。足りない、足りるはずがない。もう少し抵抗してくれることを期待していたのに、本当に期待外れだ。
抵抗されれば、されるだけ堕とした時の快楽が伴うと言うのに。
だが、とここでリーナは満面の笑みを浮かべる。
今日、新たな獲物が、のこのこと自ら現れた。悪役令嬢マリオネット、彼女のことは完全にノーマークだった。何故って乙女ゲームのマリオネットは、気が弱い方でヒロインに嫌がらせをしながらも罪悪感に苛まれいつも枕を濡らしているような令嬢だったからだ。
だが、今日目の前に現れたマリオネットは、ゲームとは別人であった。
「もしかして、あの子も転生者なのかしら」
どっちでもいいか。どうせ自分が虐げることに変わりはない。
思い出しただけでも、ゾクゾクする。ピンと張った背筋に、曲がることを許さないと言わんばかりの雪色の髪。自信に満ちた笑顔も、これから許しを請う泣き顔にすると思うと、より一層好ましい。
だが中でも一番唆るのは、あの目だ。
あの意志の強い目を見るだけで、プライドが高いことが一目でわかる。
「ねぇ、マリオネット令嬢の調べはついた?」
リーナの発言に心得たように、床に只正座していた男が一枚の紙を手渡す。
「あら、ありがとう」
マリオネットの経歴が書かれている紙を見て、リーナはまた笑みを深める。
やっぱり、己の見立て通りだ。マリオネットは、完全無欠の公爵令嬢と呼ばれており、生まれてからこの学園に来るまで目立った失敗などは見受けられない。人生で、躓いたことがない人物は躓いた時に酷く弱い。
あのプライドの高いマリオネットの男を取ったら、どんな風に堕ちてくれるだろうか。だって、王太子と少し話しただけで、今まで関わろうとしてこなかったマリオネットが宣戦布告に鴨がネギを背負って来るかのごとく現れたのだ。
リーナは、またあの目を思い出す。あの自信に満ちた目は、一ミリもリーナに王太子を取られるなんて考えていないだろう。
だから尚更良い。
そういうプライドが高く、己が負けることなど考えていない者を堕とせるとこまで堕とすことがリーナの喜びだ。
王太子を堕とすことは、リスクがあるばかりで得がない。おまけに温厚な王太子は全くリーナの好みじゃない。
だから、関わるのは辞めようと思っていたが、マリオネットの所有物であるのなら話は別だ。
マリオネットのものは、全てを奪って堕とせるとこまで堕としてから虐げる。きっと、彼女はリーナが望むままに最後の最後まで抵抗してくれるだろう。
想像するだけでリーナの機嫌は良くなった。方針が決まったリーナは机──としている男──からティーカップを手に取る。
そのまま口元へ持っていく、
──振りをして床に座っていた、マリオネットの経歴を調べ上げた男に頭の上から紅茶をぶっ掛けた。まだ、熱々の紅茶は男に掛かっても尚、湯気を立てていた。
「あっ! あぁっ! ありがとうございます、女王様!」
「ふふっ、マリオネット令嬢の経歴を調べてくれたお礼よ」
紅茶をかけられた男は、あまりの快感に気を飛ばした。この男、ついこの間までは俺様系の攻略対象者だった。確か、騎士団長の息子だとかなんとか、こんな姿を父親が見たら別の意味で気を飛ばすだろう。
リーナは、その男にマリオネットを重ねた。
きっと、マリオネットがそんな姿になったら楽しいだろうなと。
手に持っていたティーカップを床に落とす。
カツンと軽々しい音が部屋に鳴り響いた。
「絶対に私の操り人形にしてみせるわ、マリオネット」
リーナは、マリオネットが跪く姿を想像して狡猾に笑った。それは、まるで蛇のように鋭い眼差しだった。
リーナもまた抵抗されれば、されるほど燃えるタイプだったのである。
強い女と強い女が、ぶつかり合うのが最高に好きです。