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聖女の奇跡

 途中で馬を替えながら、私とバードは休みなくエイレイン南端の町へと駆けた。

 元から人間じゃなかった私と人間を辞めたバードは、その気になれば食事も休憩も必要無い。

 目指すのは南端の町の湖、ラフク湖。人間たちが聖剣と呼ぶ魔剣が隠された場所。


 ケインが鍵となる短剣を持って旅立つことを神に命じられたなら、向かった先は聖剣の台座だ。

 そして、一発逆転で天界に返り咲きたい変質者も、伝説を頼りに其処にいるだろう。


 昼夜問わず駆け続け、三度目の太陽が高くなる頃、ラフク湖最寄りの集落で私たちは足を止めた。


 異様な空気。

 家屋のある辺りには人の気配は無く、しんとしている。

 気配を辿り、『ラフク湖畔の果樹園ヘようこそ』の大きな看板の向こうで、意気消沈と項垂れる人の群れを見つけた。


 今が収穫最盛期であるはずの広大な果樹園。その敷地の全ての植物が、色を失った大地の上で、無残にも枯れ果てている。


 馬を降り、人々に近づくと、彼らは力なく「聖女様」と呟き道を開けた。


「何が、ありましたか?」


 問うと少しばかり身なりの立派な壮年男性が暗い顔で説明する。


「金色の髪の天使様が現れて、魔王を斃すから湖の聖剣を取って来いと言いました。伝説は聞いたことがありますが、本当に聖剣が存在するとは誰も思っていません。それに、あの深い湖の底になんて、人間に潜ることなど不可能です。そう申し上げたら、魔王の配下めと罵られ、天使様が消えた後で、見る見る果樹園がこの有り様に」


 男性が話す間に果樹園の敷地内で何かを探していたバードが、拳大の黒い石を手に戻って来た。


「バード。皆を安全な場所ヘ避難させてくれる? 聖女としての仕事をするから」


 表情を消し頼む私に黙って頷き、バードは私に注目する人々を果樹園の外へと誘導する。

 人の気配が遠退き、しばらくすると、バードだけが静かに近づいて来た。


「土属性の時限石、とか?」

「うん。この辺の土から生命を奪うために使ったみたい。機能を壊した。もう、ただの石だよ」

「そう」


 私は大地に跪き、両手の平を地面に着ける。


「大地に、奪われた生命を与える」


 自分が人間の聖女だと思っていた時には、やったことなど無い。

 出来ると考えたことすら無い。

 でも、今ならそれが私には出来ることを、私は知っている。

 天界の神に祈る必要も頼る必要も無い。

 私が、与える。ただ、それだけでいい。

 奪われるべくして奪われたのではない生命を、私は新たに与えることが出来る。


 緑が甦り、木々に潤いが戻る。

 葉がサワサワと繁り揺れ、蕾は花ヘ、花は小さな実ヘ、果実は大きく育ち、再び生命の息吹が辺りに満ち溢れた。


「リュカ、もう大丈夫だよ。ちゃんと皆、生き返った」


 バードの手を借りて立ち上がり、私は苦く笑う。


「これは聖女の力じゃないな」

「人間を言いくるめるのは、魔王の僕の仕事だね」


 ニッコリ笑ってそう言われ、後のフォローは頼りになる魔王に任せた。



 馬が通るには細い道を、私とバードはラフク湖に向けて歩く。


「集落の人が天使と認識していたということは、変質者は羽根を出したんだな」

「うん。羽根もあったし浮かんでたらしいよ。

 あ、さっきのリュカの起こした奇跡だけど。リュカにしかできないことで、今回のでリュカの寿命は半分になったから二度とできないって言っておいた。話が広まればリュカが他国に攫われる恐れがあるから、他言無用を厳命したよ」


 それっぽい話にまとめるバードの手腕がありがたい。

 実際は不老不死だから何かやって寿命が減ることは無いし、疲れてもいないけど、人間には内緒だ。


「変質者も、やっぱりもう狂ってるのかな」

「どうかな。ハネオの話だと、天使としても結構な年齢のはずなのに、未だに伝説や魔王についての知識は人間並みらしいから、最初から何かが欠けていたのかもね」

「ハネオ、そんな話したっけ?」

「変質者はハネオと同年代なんでしょ? 僕の魔王としての記憶にハネオがいるから。ハネオは前回僕が死んだ時には、もう高位天使だったよ」

「え、知り合いだったんだ」

「まぁね」


 千年以上前に何かがあったからハネオはバードを怖がるのだろうか。


 それからは無言で、くねくねと曲がる道を往き、私たちは、


 かつて湖があったと思しき巨大な穴、


 に到達した。

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― 新着の感想 ―
タグが前回の「神様がひどい」⇒今回「神がクソ」になっていたのに、とっても納得(≧Д≦) よく女神様に捨てられないな
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