あたたかい夢
「ハネオ」
『え? 魔王? なんで?!』
「ん? お前でも知らないのか。まぁいい。天使を一匹、近い内に消滅させる。後始末は天界でやれ」
『うわ。消滅かよ。力奪って地上に転生より重いじゃねーか』
暖かい場所で、私は私を守る気配に包まれながら、眠りの中を彷徨っていた。
「いいか。リュカに甘えず天界で始末をつけろ。消滅までは地上でしてやる」
『はぁー。わかったよ。あっちの神様とは話したくないから天使長あたりに言っとくわ』
「お前の後釜は誰だ?」
『やっぱ覚えてたのか。あの時、俺もあの場に居たもんな』
夢現に聞き慣れた声がするが、瞼が重くて開かない。
「かなり性格は変わったな」
『あんたが死んでる間、こっちも色々あったんだよ』
「色々あってロリコンになったのか」
『ちげーよ。もう嫁とか考えてねーし』
「にしては随分とリュカに肩入れしているな」
ふわふわ。ゆらゆら。眠りの底に引き戻されそうだ。
『神々の庭の花を見ていてわかったんだ。リュカは俺の娘を殺したんじゃない。魂の穢れ切った娘を、赦して、浄化して、救ってくれていた。俺は愛せなかった娘に渡すはずだった俺の愛を全て、リュカにやりたい』
大好きな温もりと匂い。少しずつ意識が覚醒していく。
「今のお前に天界は似合わないな」
『褒め言葉だ』
くつくつと潜めた男たちの笑い声。
ふと意識が浮上し瞼の拘束が解けた気がした。
「おはよう、リュカ。よく眠れた?」
目の前に、金の睫毛に縁取られた、私を甘やかす青く澄んだ瞳がある。
今朝も目覚めて一番に綺麗なものを見た。
「おはよう、バード。なんだか、よく覚えてないけど。いい夢を見た気がする」
「そう。よかったね」
私の髪を梳いて撫でながら、バードがゆったりと微笑む。
「すごく、あたたかい気持ちになるような。そんな夢」
「うん」
バードは優しいキスを額にくれて、そっと私を抱き起こした。
「身支度をして食堂に降りようか。ノート伯の報告を聞こう」
私はバードの頬にキスをしてベッドから降りる。
眩しいほどの朝の光の中、昨日まで自分の中に巣食っていた仄暗い何かが消えているのを感じた。
食堂に行くと、既に伯爵夫妻の姿があった。
ノート伯は目の下に隈を作っていたが、清々しい表情で瞳には力が漲っている。
「先代が家宝を売った相手が判りました」
私たちが着席すると、しっかりした口調で話し始める。
「当時、名を馳せた目利きの古物商で、名はケイン・マクレガー。商売で成功してかなりの資産を有していましたが、先代の心に共感し、全財産をもって当家の家宝を買い取ってくれたそうです」
ノート伯は、金剛石の短剣と引き換えに無一文になったケインに、全領民の恩人として長く逗留を勧めたが、彼は落ち着くのはまだ性に合わないと旅に出た。
数年間は手紙のやり取りがあり、ケインのその後の様子が知れる。
旅先でとある山村に立ち寄ったケインは、村の大人が殆ど流行病で亡くなっているのを見て、孤児たちだけで越冬させるのは忍びないと、単身領主に窮状を訴えに行った。
唯一の財産である金剛石の短剣を差し出し、これと引き換えに村の子供たちを助けてくれと領主に言うと、一介の旅人が持つには過ぎる品だと見咎められた。
しかし、短剣を手に入れた経緯を話し、先代ノート伯の手紙を見せると、領主はいたく感心し、村を助ける代わりに、金剛石の短剣など要らないから、娘と結婚して自分の跡を継いでくれと要求した。
ケインは領主の話を受け入れ、ダンテ子爵家の婿養子になった。
「先代が保管していた日記と手紙でわかったのは、ここまでです」
伯爵が話し終えると、バードが納得した様子で頷いた。
「十分だ。手間をかけさせた。すぐに出立する。世話になったな」
労われ、ノート伯爵も安堵の色を浮かべ満足げだ。
ダンテ子爵家の当主の名は、ケインではない。まだ年若い青年のはず。年齢的にはケインの息子と考えても不自然さは無い。
「リュカ。ダンテ子爵に話を聞きに行こう」
バードと共に馬に乗り、私はノート伯爵領を後にした。




