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優しい魔王

 ノート伯爵の別荘を訪ねると、すぐに伯爵夫妻が走り出て迎えた。

 ここまでの道中、特に気になる色情霊は見なかったが、伯爵夫妻の色情霊の態度に疑問を持つ。

 夫婦それぞれ互いの色情霊しかついていないが、その二体ともが、私についているバードの色情霊に酷く怯えている。震え上がって土下座までし始めた。


「バードナー殿下、聖女様、ようこそお越しくださいました。とうとう、御沙汰が決まったのでしょうか」

「沙汰?」


 バードも私も何のことやら分からない。

 そんな私たちの様子に、色情霊たちも本体たちも、頭に疑問符が浮かぶ。


「何が起きているのか、詳しく聞かせてもらいたい」


 バードに冷静に促され、私たちは伯爵夫妻の案内で応接室に落ち着いた。


「殿下は我が家の家宝のことでいらしたのではないのですか?」

「金剛石の短剣について話を聞きに来た」


 お茶を出した執事が下がると、伯爵が恐る恐る尋ねる。

 そして、バードの返答に肩を落とした。


「昨夜遅くいらした使者の方に申し上げた通り、永きに渡り当家に伝わる金剛石の短剣は現在行方知れずでございます」

「使者? それは城からか?」

「はい。エイレイン王家の御紋の入った金の指輪をお持ちでした」

「どのような容貌だったか覚えているか」

「豪奢な金の巻き毛に緑色の輝く瞳の、大変美しい青年でした」


 あの変質者だ。

 この国の貴族なら、王家の紋の指輪など見せられたら疑えはしないが、エイレイン王家の紋を刻んだ身分を証明する物は指輪ではない。

 男性王族は二の腕に嵌める腕輪、女性王族は足首に嵌めている。指輪は簡単に抜き取ることが出来るから、二百年ほど前に廃止された。


「その者は、ノート伯から何を聞き、何を言った?」

「現在家宝が何処にあるものか分からない、先代が長雨による領内各地の土砂崩れや河川の氾濫、農産物の不作等から民を救うために手放してしまったと私が申し上げますと、大層ご立腹され、取り付く島も無く叱責されて出て行かれました」


 この地が長雨に見舞われ被害を受けた事実は資料に残っている。

 資料では、被害の割りに国庫からの支出が少ないと思っていたが、そういう理由か。

 隣を見ると、バードも同じ見解に至ったようだ。


「昨夜ここに来たのは王家の使者を騙る偽物だ。

貴族位に居る者が一番に考えなくてはならないのは、領民の命と生活を守ることだ。そのために家宝をどう使おうが、王家が咎と責めることは無い。陛下も同じ思いだ」


 感激に震えバードを見つめる伯爵夫妻の色情霊たちが、怯えを消し、敬愛の念をもって深々と礼をしている。

 バードのこういうところが凄いと思う。

 どんなに人間が嫌いになっても、王太子の立場に居る限り、王族の責務を果たし、国民を見捨てはしない。

 私の夫は、いい男だ。


「心より感謝申し上げます。

 実は、昨夜、使者を名乗る男が去った後、先代の日記を探し当てまして、家宝の行方を調べております」

「何か分かりそうか?」

「懇意にしていた古美術商に買い取ってもらうと記されていました。遡れば名前や他の手掛かりも分かるかもしれません」


 バードが私を見る。私は頷いた。

 向こうは鍵を手に入れていない。だが、探してはいる。ならば、敵の足取りを掴むために、鍵の所在を知りたい。


「どれくらいで手掛かりは掴めそうだ?」

「明朝までには。部屋を用意させますので、どうか寛いでお待ちください」

「礼を言う」


 私たちは、夫人の案内で木の香りの気持ち良い客室に通された。

 大きな窓から自然光が差し込み、家具も全て木目を活かした素朴な物。リネン類も清潔で、とても居心地が良い。


「変質者は、多分このままじゃ天界には戻れないのを自分でも分かってると思う」

「ハネオが言った罪状の重さの話?」

「うん。ハネオは人間の女性を誘惑して不幸にしたから投獄された。天使にとって我が子を亡くすのは魂の一部を失うことで、この上ない罰。だから釈放されたけど、本来ならば人間の終身刑クラスの罪みたいなんだ。

 どうやら、天界ルールでは、神により下される正当な理由なく天界の力を用いて人間を害する行いは重大な犯罪行為ぽい。

 変質者のしたことは、バードが阻止しなかったら、天界にしか存在しないアイテムで、城下町でも旅人が大勢泊まる宿でも、どれだけの人間が死んでいたか分からない。おまけに、私利私欲で人間の王家の権威を騙り、不必要に人間を脅した」


 息をつくと、バードが続きを引き継いだ。


「形振り構わず僕の首でも土産にしなければ帰れないね」


 狙われているのはバードなのに、慰めるように私を抱き寄せて頭を撫でる。


「たとえ魔王の首を持ち帰っても、罪が軽くはならないのに、誰が言っても信じないんだろうな」

「そうだね。優しいリュカが気に病まないように、」


 バードは私の耳に口づけて、愛の言葉のように囁いた。


「僕が天使に罰を与えよう」


 そのまま温かい手に瞼を下ろされ、私はバードの腕の中で眠りに落ちて行った。

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