変質者の目的
「リュカ、少し予定を変更してもいいかな?」
朝食後に宿を出て、街道を抜け、森の脇の小川で馬に水を飲ませる休憩中、バードが申し訳なさそうに言った。
「いいよ。どうする?」
「本当は日の高い内に着く、酪農の盛んな町へ連れて行きたかったんだけど。森を突っ切ってノート伯爵領に入る」
すぐ脇の森を抜ければノート伯爵領の端の町に着く。
林業が盛んで、丸太小屋の集落は観光スポットになっていたはず。
「丸太小屋の町?」
「うん。ノート伯爵の別荘があるんだ。伯爵は領地にいる間は其処に滞在していることが多い」
「伯爵に用?」
「うん。鍵の在り処が気になってね」
馬が水を飲み終えたので、森の向こうヘ進路を取り出発した。
「放っておこうかと思ったけど、この先ずっと付きまとわれそうだし。リュカも泊まってる宿を燃やそうとしたから放置できない」
「あぁ、あの変質者か」
馬上で言葉を交わすとバードが小さく笑う。
「リュカにかかれば天使も形無しだね。あの変質者は、僕の外見を傷つけたいみたいだから、毒薬、炎、の次は」
「刃物。聖剣伝説か」
「正解」
どの国にもある御伽話の一つとして、エイレインには、湖に眠る聖剣伝説、がある。
深く透明な湖の底に眠る不思議な剣。神の時代に創られたその剣は、闇を切り裂き魔を滅する。
ただし、これは人間が知ってる御伽話。
実際は、神の時代ではなく、魔力が地上にもあった時代に、人間の魔法使いが魔物を隷属させるために作り出した魔剣だ。
と言っても、剣が魔物の精神に干渉できるわけではない。
魔物特有の自己修復能力を奪うために、魔物の骨やら牙やら目玉やら鱗やらを使って作った、見た目からして大変禍々しい剣である。
魔物以外の生き物に対しては、まぁ普通に切れる剣だ。
人間はコレを腕のいい剣士に与え、魔物を痛めつけて脅し、隷属させ戦争に使った。
神は魔王を殺して魔物たちを封印すると同時に、この魔剣も人間の手が届かない湖の底に隠した。いや、そこは隠すんじゃなく廃棄しとけよ神。
「湖底の台座から外すための鍵が、ノート伯爵家に伝わる金剛石の短剣なんだ」
「鍵の方が魔剣より切れ味良さそうだね」
「僕もそう思う」
ポクポクと、のんびり馬は森の中を行く。
「変質者は、魔王を傷つけるのに相応しそうなビックリ・アイテムを使いたいみたいだから。聖剣に目を着けるだろうなぁと」
「だねー。誰にも迷惑かけずに一人で空回ってればいいのに、トンデモ・アイテムを使うから、毎回ほんのり無関係な方向にも危険が及びかけてるよね」
「天使が人間を害するのを魔王の僕が未然に防いでいるんだよね」
つくづく人間て騙されてるよなぁ。
天使が清らかとか、神様が祈るだけで助けてくれるとか。
「ちょっとハネオと通信する。新しい天使間情報があるかもしれないし」
バードが頷くのを見て、私はペンダントの石を握った。
「ハネオ」
『どうした?』
「昨日泊まった宿に、くるくる金髪で緑色の目をした変質者が現れて、変なポーズでバードに絡んだ挙げ句、火属性の時限石を宿に仕掛けた」
『うげ。間違いなくあいつだ。時限石まで持ち出したのか。秘薬に時限石じゃあ罪状重過ぎて見合う懲罰無いぞ』
「新しい情報ある?」
『ヤツの同僚から話を聞いた。謹慎前に荒れてたのは、中々昇進できない悩みかららしい』
同僚とか昇進とか。どうも一般的なキラキラしい天使のイメージから遠い単語だ。
『あいつ、年は俺と同じくらいだけど、まだ高位になれないんだ。だから知識を俺らレベルに与えられてなくて同年代の天使と話が合わないのが悩みだったらしい』
「それで自暴自棄になって魔王に絡んでいると?」
『というより、一気に手柄を立てて昇進する気かも』
「魔王討伐は手柄?」
『あいつのその辺の知識は、まだ人間並みだからなー』
たしかに、神も、魔王の世界滅亡は阻止したがってたと思うけど、倒す気は無かったな。というか、神でも倒せないって言ってた。
私はペンダントを服の中にしまうと、バードに聞いたことを伝えた。
「なるほど。昇進のためと個人的な八つ当たりで、あわよくば僕を亡き者にしようとしているんだね。天使じゃ数日間殺すことすら無理なのにね」
「そうなんだ」
「僕が本気で避けたら、まず攻撃が当たらない」
なんかリアルに想像できた。
あの変質者がバードにかすり傷すら付けられる気がしない。
蹄の立てる音が変わり、前方に目をやると、森の終わりまで来ていた。
遠くに丸太小屋の集落が見える。
私たちは森を抜けると馬の足を早め、ノート伯爵の別荘を目指して駆け出した。




