嫌なフラグ
王都はまだ私たちの結婚を祝う祭の最中で、城下町には出掛けられない。
少なくとも、外国からの観光客や要人が帰るまでは人前に姿を見せない方がいいだろう。
私はバードの執務室でオレンジピールをブレンドした紅茶を淹れて、書類の横に置いた。
「ありがとう、リュカ。もう仕事は終わったよ」
「早いな」
「記憶がはっきり戻ったからね。人間の王太子の仕事なんて片手間だね」
ふふっ、と笑ってバードが紅茶を飲む。
魔王の記憶が戻る前から、人間としては過ぎるほどに有能だったのだが。人知を超えた何かがあるんだろうな。
「ねぇ、リュカ。祭が終わった後に、短いけど、まとまった休暇を取っているんだ。二人で旅行に行かない?」
「行きたい!」
魅力的な提案に身を乗り出すと、バードは満足そうに私の頭を撫でた。
「何処に行きたい? リュカの希望を聞くよ」
「出張じゃない旅行なんて初めてだから何処でも嬉しい」
「じゃあ、外国は近い内に公務で行く予定もあるし、今回は国内にしようか。城下町を散策してから王都を出て南端の湖を目指そう。湖の近くに大きな果樹園もあるよ」
「果樹園!」
目を輝かせる私をバードは「可愛い」と繰り返しながら撫でる。
バードが私を膝に乗せた辺りで、ノックも無くハネオが入って来た。
「リュカー。気になる話が、って睨まないで魔王!」
ハネオは羽根を収納して、ズルズルの衣装から普通の服に着替えている。
「人間みたいな格好してる。ハネオのくせに」
「天界の衣はズルズルで動きにくいから着替えたんだよ。イチャつく邪魔しに来たわけじゃないから話聞けよ」
仕方無いからバードの膝に乗ったまま話すように促した。
「天使仲間から連絡があったんだけどな、ちょっとタチの良くない奴が、地上に紛れ込んでるかもしれない」
「タチの良くない奴?」
「天使なんだがな。えらいナルシストで、まぁたしかに綺麗なんだが、自分より美しい奴が大嫌いで喧嘩を吹っかけ回って謹慎中だったんだ。で、謹慎明けても仕事に来ないから同僚が迎えに行ったら屋敷はもぬけの殻。天界内を捜索しても見つからない。多分地上に居るんじゃないかと」
天界にはマトモな奴は存在しないんだろうか。
「ただのナルシストの家出なら放置で良くない?」
首を捻って私が言うと、ハネオは渋面を作って頭を振った。
「喧嘩っ早いくせに腕っぷしは弱いから、あいつ陰険なんだよ。喧嘩に負けると闇討ちしたり罠を仕掛けたり毒を盛ったり面倒臭い」
「よく謹慎で済んでるな」
「天使間でしか問題を起こしてないからな。けど、地上に来て同じようなことをすれば大騒動になるだろうよ」
「ソレもう神の仕事じゃないの?」
うんざりと顔を顰めると、ハネオが私を指差す。
「リュカ、神様じゃん」
「変な認定するな!」
「神様成分しか入ってなくて、成長して神格上がったら他に言い様ないぞ?」
うぐぅ。唸る私を膝から降ろし、バードが一瞬でハネオの背後に回った。
「イッテェ!! なんだ動き見えなかったぞ!」
「へぇ、結構良い手触りだね。リュカ、冬になる前に羽毛の寝具を揃えようか」
「えぇ?! 俺の羽根?! 収納してたのに?!」
「収納先に手を突っ込んで毟っただけだよ。ベッドのサイズに合わせた掛け布団と枕二人分に足りるくらい収穫できるかな」
「助けてリュカ!!」
バードの掌に、光線の加減で色合いを変える不思議な羽根がある。
天使の羽根の布団と枕か。いいな。でも今は留守番要員に行動不能になられても困る。
「欲しいけど今すぐじゃなくていいよ。留守番要員には万全でいてほしい」
「ん。わかった。リュカ、そのナルシスト、どうする?」
ハネオを解放したバードは、もう一度私を抱えて座った。
「何処にいるかも分からないのに、どうしようも無いよ。エイレインで問題を起こさなければ、私たちが処理する仕事でもないし」
「そうだね。じゃあ食堂にお昼を食べに行こうか」
「え?! 人間界ご飯! 俺も行く!」
バードに冷たい視線を向けられる程度は慣れたのか、ハネオが先導するように扉を開ける。
「羽毛でベッドマットも作ってやろうかな」
バードの呟きは私にしか聞こえていないようだった。




