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魔女は不敵に笑う 2



 王宮へと一人帰還したノエルは、中央棟にある客室へと通された。するとそこには、ミカエルとレーツェン、その後ろにシエナが控えており、向かい側にイザベラとシャーロット、その後ろにアデラが控え、上座にジェフリーが座って待っていた。


 膝を折ろうとするノエルを制して、ジェフリーはまずはノエルに労りの言葉をかけると席に着くように言った。着席してお茶が用意されると、ジェフリーが謝辞の言葉を述べた。


 ノエルはリスベットから預かっていた手紙をジェフリーに渡した。手紙を読んだジェフリーはふうっと息を吐くと、ノエルに困ったように微笑んだ。


「なるほど……ヨーク殿は来ませんか」


「申し訳ありません。なんでもただならぬ用事があるとかで……」


「用事があってもなくても先生なら来なかったと思いますわ。とっても面倒くさがり屋なんですもの」


 と、シャーロットも呆れたように言ったが、どこか嬉しげでもある。


「ヨーク殿は報奨を提案してもまた拒否するかもしれないな。キーティング卿はどうだね?何か欲しいものはあるかね?」


「私は悪魔に取り憑かれて迷惑をかけた身です。大魔導士として恥ずかしく、降格も覚悟しております。むしろ辞めろと言われても致し方ないと思っております」


 きっぱりと言ったノエルに、ジェフリーのほうが驚き慌てふためいた。


「それはならん!キーティング卿に辞められでもしたらこの国はおしまいだ!それだけは拒否する!」


「陛下落ち着いてくださいませ」


 イザベラの言葉にジェフリーは小さくため息を吐いた。やけに疲れた様子に、ノエルのほうが心配になるくらいである。


「まあ報奨の件は置いておこう。悪魔は見事祓えたことだが、まだルベライトから絵画を持ち込んだ賊がこちらに残っておる。黒麒棟で治療を受け療養していたが、体調が戻ったとのことで、ルベライトへと戻ることになった」


「賊は我々が神官と共にルベライトへと連れて帰ります。帰国したらすぐに賊は裁判にかけられて正当な裁きを受けることになります」


 今まで黙っていたミカエルが言った。


「ミカエル殿下もご一緒されるのですか?」


 シャーロットが聞くと、ミカエルはしっかりと頷いた。


「私は留学中の身ですが、元々は賊と絵画を取り戻すべくスピネルへと派遣されたのです。それに今回の件はスピネルの皆様から多大なる支援をしていただき、見事悪魔を祓ってもらいました。本国に詳細を説明して、改めて国からの謝罪とお礼をせねばなりません」


「すぐに戻ってきますか?」


「大丈夫です。一月もあれば戻りますよ」


「約束ですわよ?」


「もちろんです」


 見つめ合って微笑み合う二人の若々しくも甘ったるい空気は、ジェフリーの激しい咳で破られた。シャーロットはムッとしてジェフリーを睨み付けていたが、ジェフリーは気を取り直して言った。


「ミカエル殿下。我々はかつては敵国として争った長い歴史がある。しかし我が国は、これからは手を取り合って共に助け合う、友としてルベライトと長い歴史を作っていきたいと思っている。帰国した際には、そんなこちらの気持ちをしっかりと伝えて欲しい。頼んでもよろしいかな?」


「もちろんです。承りました」


 それからミカエルからもノエルに謝罪と礼の言葉がかけられて、その場の茶会はお開きとなった。

 ノエルはジェフリーとイザベラ、ミカエル達が退室した後で、残っているアデラへと声をかけた。


 アデラはまずノエルの心配をしてから、悪魔の気配がなくなっていることを確かめるように全身に目を走らせて、大丈夫だと判断するとほっと息を吐いた。


「アデラには迷惑をかけてしまった。私と一緒にいて邪気に当てられたのではないか?」


 ノエルに問われて、アデラはふるふると首を横に振った。


「少しだけ。でも私は大丈夫です……むしろ早く気付けなくてごめんなさい。仮面舞踏会から帰って、教会で会った時に少しだけ違和感を感じていたんです。でも、キーティング卿はお疲れのようだったから、それが原因かと思ってしまいました……。キーティング卿が悪魔に取り憑かれてしまったのは、私のせいでもあるんです……」


「アデラが気にする必要はない。それに、アデラには本当に助けられた。力になってくれてありがとう」


 ノエルが微笑むと、アデラはこくりと頷いた。


「キーティング卿がご無事で本当に良かったです……それに、ヨーク殿も……。キーティング卿は、ヨーク殿とうまくいったんですね」


 見透かすような目で言われて、ノエルは一瞬言葉に詰まったが、ああと頷いた。


「アデラ、君は鋭いな。いい魔女になるよ」


「魔女でなくとも顔を見れば分かります……」


 そう言われたら返す言葉がなくて、ノエルは困って笑うしかなかった。



 客室を出たノエルは黒麒棟へと向かうと、エドガーを訪ねた。エドガーは丁度昼休憩に入るというので、黒麒棟の食堂で一緒に昼ご飯を食べることにした。


 ノエルは早速悪魔に取り憑かれた経緯を説明すると、エドガーは厳しい表情で言った。


「誰も気付けないほど強力な悪魔か……。一目見てみたかったようなそうでないような……」


 牧師を父に持つエドガーは、進学する時に神官になるか治癒師になるか迷って、結果治癒師への道を進むことになったのだが、エドガーは神力も持っているために悪魔祓いも出来る。チャラチャラした性格に反して中々有能である。


「それにしても、リース殿は相変わらずすごいな……神を説得する魔女だなんて未だかつて聞いたことがない。ノエル、お前もしかしたらとんでもない人の恋人になっちまったんじゃないか?」


 からかい口調でエドガーが言うものだから、ノエルは苦笑した。


「ともあれ二人がようやく収まるところに収まってくれて俺も安心したよ。あ、そうだ。メアリーが俺の所まで来て、ノエルは大丈夫かって聞いてきてな。すごく心配してたぞ」


 メアリーのことはリスベットからも話に聞いていた。悪魔に取り憑かれたノエルがリスベットを襲った時に居合わせて、ダグラスに助けを求めに行ってくれたことや、後日ノエルを心配してリスベットの家にまで様子を聞きに来たことも。


「ノエルを忘れられないのかもな」


「メアリーとはきちんと話をしようと思ってる」


「リース殿はメアリーとのことは知ってるのか?」


「記憶の中まで私を取り戻しに来た時に知ったようだ。リスベットは過去のことをどうこう言う程子供じゃないが、きちんとケリをつけるように言われたよ」


「そうか。それならいい。これで俺の心配事も一つ減った」


 それに一ついい報告があるんだと、エドガーはニヤリと笑った。


「昇格が決まったんだよ。来月から私は宮廷治癒師長補佐だ!」


「それは……すごいな」


「なんだよ?あまり驚いてないな」


「エドガーの腕が確かなのは知っているからな。いずれ昇格するとは思ってた。おめでとう」


 照れたエドガーは笑って背中を叩いた。今度奢ると約束をして別れたノエルは、その足で青鳳棟へと向かった。


 受付を覗くとメアリーの姿はなかった。所在を受付にいた新人魔導士に聞くと、昼休憩からまだ戻って来ていないという。

 ノエルは少し考えた後、裏庭へと向かった。すると楓の木の下にある長いベンチに、一人腰掛けて本を読んでいるメアリーがいた。


 メアリーはあの派手な見た目からして意外にも読書家である。頭も良くてルックスもいい。男受けがよくて女からの評判は悪い。学生の頃から今に至るまでそれは変わらない。


 ノエルの知るメアリーは、男を誑かしておしゃれをして派手な遊びを好む表の顔と、読書を嗜み、ノエルのことを心配する愛情深い裏の顔を併せ持つ。……弱い女だと思う。


 だからこそノエルは戦時中でメアリーに寄りかかった。弱い人間同士身体を寄せれば立っていられると思った。

 けれど、互いに体重をかければかける程、共に歩いて行くのは到底無理だと悟った。


「メアリー……」


 ノエルに呼ばれてぱっと顔を上げたメアリーが、目を大きくして泣き出しそうな顔で駆け出した。

 メアリーがノエルの胸に飛び込んでくると、香水の香りが漂ってきた。それは昔から変わらないメアリーの香りで、女を強く思わせた。


「ノエル!心配したのよ!!」


 わっと泣き出したメアリーの背を、ノエルはそっと撫でた。その瞬間、メアリーがぱっと身体を引き離すと、驚きに満ちた瞳で見上げてきた。そして穏やかな表情のノエルを認めるなり、息を呑んだ。


「無事に戻って来れてよかったわ……。本当に心配したから」


「驚かせて、心配かけてすまなかった」


「いいのよ……ノエルが無事なら。だけど、ノエルがそんな風に私に優しくするってことは……」


 言いかけて、メアリーは唇を引き結ぶと、半歩下がって力なく首を振った。


「何を言いに来たのか、予想はついてるわ。だからね……私から話をさせて欲しいの」


 ノエルは黙って頷いた。メアリーはしばし考え込むように沈黙していたが、覚悟を決めたように小さく息を吸い込むと、口を開いた。


「私ね、戦時中に別れを告げられた時は絶望したと同時に、利用して悪かったと謝るノエルを、誠実な人だと更に好きになったの。……結婚してからもノエルのことを想ってたわ。……だけどいつだって、ノエルにはあの人しか映ってないのね。……今も昔も。だから最後に言わせて」


 メアリーは真剣な眼差しでノエルに言った。


 「ノエル。あなたのことがずっと前から好きだった。学生の頃から今に至るまで。遊びじゃなかった。本気だったってことを、知っておいて欲しいの」


 真っ直ぐに、逃げずに言ったメアリーは涙を浮かべながらも、強い目をしていた。弱いと思っていたのは間違いだった。本気でぶつかってきた相手には、本気で返さなければならない。


「メアリーの気持ちには応えられない。だが、戦時中、弱った私を慰めて癒やしてくれたのは紛れもなくメアリーで、本気だったのもちゃんと分かってる。感謝してる。……ありがとう」


 堪えきれずにボロボロと大粒の涙を流したメアリーは、それでも気丈に微笑んでみせた。今度はノエルはハンカチを差し出しただけで、メアリーに触れなかった。

 メアリーは泣き止むと、最後にノエルの肩を叩いて言った。


「ノエル。あなた、あんな気の強い人を恋人にするなんて、きっと苦労するわよ。私にしておけばよかったと泣き寝入りしても、もう慰めてあげないから」


 このハンカチはもらうわねと言い捨てて、メアリーは精一杯背筋を伸ばしてつかつかと靴音を立てて去っていった。

 その小さな背中を見送ったノエルは、苦笑してベンチに背中を預けると、目を閉じた。



 

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