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愛しい魔手 1



 翌日。リスベットはシャーロットの授業のために王宮へと訪れていた。


 今更だがシャーロットの授業は、学園がお休みの週末から、週のはじめの学園が終わってからに変更になっている。これはリスベットが週末は仕事で忙しいことから、変えてもらったのだった。


 いつものようにマークが迎えに来てくれたのだが、マークと共に王宮の門を潜るなり、リスベットは嫌な気配を感じて足を止めた。

 キョロキョロと辺りを見渡すリスベットを見て、マークが不思議そうに首を傾げている。


「どうしたのですか?」


「なんだか空気が淀んでない?霧がかかっているような……」


「今日は秋晴れだと聞きましたが」


「そうじゃなくて……」


 昨日来た時はなんともなかったのに、なんだかおかしい。だが、どこがどう変だとは明確に言葉に出来ないから困った。

 王宮に(もや)のような霧のようなものがかかっている気がするのだ。それは目には見えない肌で感じる程度の薄くて細かいもので、なんか変じゃない?としか言いようがないくらいの僅かなもの。


「お疲れなのではありませんか?」


「いや、まあそうなんだけど……」


「目の疲れから霞んで見えることはよくありますよ。舞踏会から一週間しか経っていませんし、あまり無理をしないほうがいいですよ」


「若者に言われてもね……でもありがとう。気を付けるわ」


 リスベットは結局違和感を払拭出来ないまま、東宮へと向かった。廊下を歩いている間もソワソワするリスベットに、マークは怪訝な表情を浮かべながらも、辺りを警戒してくれた。


「魔女殿。まだ何かおかしいですか?」


 うーんと唸るリスベットを見て、マークは騎士団長に報告して見回りをしてくると言ってくれた。なんだかんだ言いつつマークはリスベットを信用してくれている。そのことが嬉しいのと同時に頼もしく感じた。


 マークは騎士に見張りを頼むと、足早に廊下を去って行った。リスベットはその背を見送ると客室へ入った。

 中で待っていたのは女官長だった。シャーロットは今学園から帰ったばかりで着替えているようで、女官長自ら紅茶を入れてお菓子を用意してくれた。今日のお菓子は色とりどりのカップケーキだった。


「あ、このカップケーキはアデラさんのお手製ですか?」


「いえ違います。今日はアデラはお休みをいただいております。ヨーク殿の授業にも出席……いえ同席出来ないと連絡がありました」


「どうかしたんですか?」


「体調が優れないようですね」


「大丈夫なんでしょうか?」


「すぐに治ると思うのでご心配なさらず」


「そうですか」


 最近夜はめっきり涼しくなってきたし、夏バテが今頃やって来たのだろうか。早く治るといいのだが。なんてことを考えていると、シャーロットがサラとジャンを連れてやって来た。


「先生!舞踏会で倒れたとお聞きしましたが、もう大丈夫ですの?」


「はい。すっかり元気になりましたよ。ご心配おかけしました」


「それならよかったわ……無理に誘ったのが悪かったって、両陛下と反省していたんです。ごめんなさい先生」


 しょんぼりしたシャーロットに、リスベットは微笑んで見せた。


「大丈夫ですよ。反省しているようなので、ついでに言っておきますと、あのドレスは何なのですか?十四歳がデザインするようなドレスではありせんよ!背中は開いてるしぴったりしすぎだし足は丸見えだし!」


 それを聞いたシャーロットがにっと笑った。


「いやですわ。あのくらいで何を言ってるのかしら。私は先生に似合うドレスを必死で考えたんですのよ。私のデザイン料は高いんですからね。でも……そこまで言うなら今度はもっと清楚なドレスに致しますわね。白いウェディングドレスなどいかが?」


「結婚の予定はございませんので結構です」


「あらそれは残念ですわ」


 シャーロットはどうやらいつもの調子を取り戻したらしい。


「……それで、先生。私のお願いを覚えておいでですか?」


 恐る恐る上目遣いで聞いたシャーロットが、突然もじもじしだした。どうやらミカエルと話をして欲しいと頼んだことを言っているらしいが、リスベットはとぼけてみせた。


「あら何のことでしたっけ?」


「んもう!先生!」


「冗談ですよ。ミカエル殿下の件でしょう?とても優しそうないい方に思えましたよ。シャーロット殿下と一緒に踊っている姿は楽しそうでしたし、お似合いでしたよ」


 それを聞いたシャーロットは頬を赤らめた。


「私にあれこれ聞くよりも、陛下ときちんとお話したらいかがですか?きっとシャーロット殿下の気持ちを考えて、いいようにしてくれますよ」


 そうかしらと言いつつも、シャーロットは真面目に頷いた。


「さて。では今日の授業は予定を変更して悪魔除けを作りますね」


「悪魔除け……」


 それを聞いたシャーロットとジャンの表情が僅かに強張ったのを、リスベットは見逃さなかった。


「ええ。これから冬に向けて日照時間が少なくなってくると、悪魔が出没しやすくなるんですよ。まあスピネルでは北部や西部海岸、中央の北の方にしか出ませんがね」


「そうね……」


 あれだけ機嫌が良かったのに、シャーロットは声のトーンを落として呟いた。

 やはり悪魔関連で何かあったのか。国が対処しているようだが、大事なのだろうか。リスベットは外部の人間だから力になれないが、悪魔除けを飾ることで少しでもシャーロット達の助けになればと思った。


 その日リスベットはダリアに切ってもらった紅つるを使って、シャーロットとジャンやサラ、女官長にも手伝ってもらい、ドリームキャッチャーを十個作った。

 出来上がったドリームキャッチャーはシャーロットの寝室と、男女それぞれの使用人寮の入り口、両陛下、王子達の寝室に吊り下げてもらうことになった。それから西宮にも飾ってもらうんだと、シャーロットは頬を赤らめていた。



 授業を終えて客室を出ると、マークが待っていた。第四騎士団長に連絡して、王宮の見回りをしているので安心するようにと言われて、リスベットはほっとして礼を言った。そのまま青鳳棟へ向かおうとすると、マークが入り口まで送ってくれるというので、それに甘えることにした。


 東庭園に出ると、すでに日が暮れて辺りは薄暗くなり、空には白い月が浮かんでいた。

 今日はなんだか日が落ちるのが早い気がする。おまけに王宮を取り巻く空気はまだ淀んでいて、リスベットは嫌な予感がして足を早めた。


 青鳳棟の受付前でマークと別れると、受付へと向かった。

 ノエルへ会うために申請を出すと、中からメアリーが出て来た。昨日の今日なので、メアリーはリスベットを怯えながらも睨み付けると、案内しますと言って立ち上がった。メアリーに連れられて書斎までの道のりを歩いていると、メアリーがちらとリスベットを見やって口を開いた。


「昨日のアレは冗談が過ぎると思います」


 さもリスベットが悪いと咎めるように言うものだから、リスベットは首を傾げてみせた。


「あら何の話ですか?私物覚えが悪いもので、今朝の朝食も思い出せないんです。何のことだか分かりませんけど、自分のことを棚に上げて人を責めるのはよくありませんよ」


「なっ……!」


 リスベットが絶句するメアリーににこりと微笑むと、メアリーはわなわなと唇を震わせて、言葉を発することが出来ないようだった。


 どうやらメアリーは嫌味を言うことは出来ても、反論されたら対応出来ない小物のようだ。ダグラスやヴェロニカ、祖父のような曲者揃いを相手にしているリスベットには物足りない相手だった。リスベットは話題を変えることにした。


「そんなことよりも、今日は王宮内に違和感を感じませんか?何か変わったことなどありましたか?」


 メアリーも魔女だから第六感を持っているかもしれない。何か異変を感じていないか聞いてみたが、不機嫌を丸出しにしたメアリーは、感じませんと怒気を含ませて言い切った。

 リスベットはがっかりしながらも、やはり自分だけしか違和感を感じていないのだと思うと、それはそれで気味が悪く思った。もしかしたら、王宮内で生活しているからこそ、変化に気付いてないのかもしれない。これは早いところノエルやヴェロニカ、ダグラスに相談したほうがいいかもしれない。


「あ、着きました。ありがとうございました。では!」


 メアリーの相手をするのが面倒になったリスベットは、ノエルの書斎のドアをいきなり開けると、するりと中へ入り込んだ。外からメアリーが批難する声が聞こえたが、リスベットの知ったことではない。


「やれやれ……」


 息を吐いたところで、ノックをしていなかったことに気付いて、慌てて部屋の中からノックした。すると、はいとノエルの声が真後ろから聞こえてきて、予想外のことに肩が跳ねた。


 更にドアノブにかけていた手を掴まれて驚いて振り返ろうとすると、背後から抱きしめられた。片手で扉の鍵を締められ、その手が腰からお腹へと回される。ノエルの顎がリスベットの肩に乗せられたところで、リスベットは完全に固まってしまった。


「リスベット……待っていましたよ」


「の、ノエル……!」


「名前で呼んでくれて嬉しいです」


 ノエルの両手が腰に回され、身体が密着した状態で耳元で囁かれて、リスベットの心音はノエルに聞こえてしまうのではないかというくらい煩く鳴り響いた。体温は急上昇し、足は今にも震えそうだ。


「あ、あの……」


「リスベット……」


「何で、呼び捨てなの?なんだか……」


 ――そうだ。なんだかいつもと違う。

 いつものノエルが発する柔らかくて温かみのある声ではない。回された腕も冷たくて、響く声に熱がこもっていない。


 いつものノエルではない。

 だとしたら、背後のこの男は誰だというのだ?


「ノエル……?」


 リスベットはノエルの腕を解いて振り返った。真正面からノエルの顔を見据えると、ノエルはにこりと微笑んで、リスベットの顔の真横に手を付いた。ぐっと顔を寄せられて、瞳を覗き込んでくる。

 背中に扉がぶつかり、目の前にはノエルの顔。挟まれて身動きが取れなくなったリスベットは、微笑むノエルの顔を見上げて息を止めた。


「リスベットとずっと呼んでみたかったんです。ずっとずっと触れたかった」


 ノエルの手がリスベットの頬に添えられた。冷たい手だった。ノエルの体温ではない。リスベットはノエルの手を振り払った。


「リスベット、なぜ?」


 ノエルが傷付いた表情を浮かべている。リスベットは睨み付けるようにノエルを見上げて、指を鳴らした。直後、ノエルに向かって金色の光の矢が放たれた。

 ノエルがぱっと飛び下がって矢を避けると、光の矢は書斎の中を駆け抜けて、壁にぶつかって金の火の粉を撒き散らして消えた。机の上に積み上がっていた書類が散らばり、衝撃で本棚から本が落下した。

 ノエルは静かに佇み、散らばった書類に視線を落とした。


「あなたは……誰?」


 リスベットが問いかけると、ノエルはゆっくりとリスベットを見上げて、美しい微笑を作ってみせた。




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