魔女の日常 2
翌日ジョージは朝からやって来た。午後から南部の貴族子息や令嬢が集まるお茶会があるらしく、午前中しか空いてないと言っていたが、しっかり仕事を手伝ってくれた。
しかもジョージは魔術学園で薬学科の成績は常に一番だったらしく、試しに乾燥肌に効く軟膏を作らせると、才能を発揮して上等のものが出来た。これならば充分商品になると褒めると、ジョージは喜んだ。
「そういえば、昨日はきちんとダリアを送り届けたの?」
「それが……あの後グラッドストン侯爵と門前で鉢合わせしまして……というか待ち構えていたといいますか。流れでそのまま夕食をいただくことになったんです」
「ええ?!」
さすがのリスベットもそこまでは想定していなかったので、これには驚いた。
「グラッドストン侯爵のお誘いを断るわけにもいきませんので。緊張しましたが東部の郷土料理は美味しくて、侯爵もとても面白い方で、夫人もお美しいし気遣いがすごくて、楽しい一時を過ごせました」
リスベットは弟の社交性と柔軟性の高さに、ラザフォード領はジョージの代になっても安泰だと、家族の贔屓目で思った。
「ジョージって実はとんでもない男ね。下心がないから受け入れてもらえたのかしら……。あのグラッドストン侯爵がねぇ……」
ダリアの父は娘と妻を溺愛していることで有名だ。
ダリアが戦争に出ることをなんとか影で阻止しようとしたが、結局は娘に押し切られる形で止めることが出来なかった。しかし裏で手を回し、出兵を半年遅らせた上に、娘の部隊を自兵で固めて守らせた。死なせない、怪我をさせない、手を出さないの三カ条が鉄の掟であったという。
そんな娘可愛さで結婚相手を鬼の目で厳選するあまり、ダリアは二十五歳にもなって未だ独身なのだが。
まさかジョージがあの鬼のお眼鏡にかなったのだろうか。これはもしかして、もしかするかもしれない。満月の晩に占いでもしてみるか。
「あの、それでお礼といってはなんですが、侯爵夫人が肌が弱いとおっしゃっていたので、この乾燥に効く塗り薬をお礼に贈りたいのですが……分けてもらってもいいですか?」
「もちろんよ。あなたが作ったんだから全部持っていきなさい。ついでにタウンハウスに飾っておく悪魔除けも一緒にプレゼントしてくれる?あの一族には必要ないかもしれないけど……。どうせだから軟膏はラザフォード産の硝子ケースに入れましょうか。今綺麗に包むわ」
「ありがとうございます」
リスベットはジャコビから仕入れた、小物入れ用の蝶の模様の入ったガラスケースに軟膏を入れると、綺麗にラッピングして悪魔除けと一緒に紙袋に入れた。
ジョージが帰りがけに持って行くというので、リスベットは畑から花を摘んできた。それは真っ赤なダリアの花で、シャーロットが新築祝いにくれた花の種が開花したものなのだが、これも偶然なのか必然なのか……。
リスベットは大輪のダリアの花を摘むと、水揚げをして濡れたガーゼで切り口をくるみ、その上から水が垂れないように厚紙で巻いて、丁寧にラッピングした。
あからさま過ぎないように花は五本だけにして、肌色と茶色の落ち着いたラッピングペーパーに、鮮やかなオレンジ色のリボンで結んだ。それは昨日のダリアのワンピースの色とよく似ていた。
姉が必死で花束を作っているのを、ジョージはなんだか複雑そうに見ていたが、皆さんによろしくと言伝ると、存外嬉しそうに帰って行った。
ジョージは押しに弱いから、ダリアのような気の強い女性に尻に敷かれたほうがいい。
それにダリアは世間知らずなところがあるから、商人や職人、鉱夫達とも仕事のやり取りをしていて庶民の暮らしにも精通している、真面目で社交性のあるジョージが引っ張っていってくれそうだ。
グラッドストン侯爵側から見ても、ジョージならばダリアを守れる強い男だから安心出来るだろう。
お互いに魔術師同士だし、穏やかなジョージと情熱的なダリアはお似合いに思えた。なんだ両家共にウィンウィンの関係じゃないか。
「ふふふ……」
リスベットは一人不敵な笑みを浮かべた。マルコがそれを見て怯えたように耳を下げた。
それからリスベットは昼食を済ませると、急ぎで頼まれていた薬品を持って、グレアムの店へと向かった。
グレアムはこれから薬屋を回らないといけないらしく、店を出るところだった。リスベットは薬品を渡すと、早々にグレアムと別れてマットの工房へと向かった。
工房には先客がいた。濃紺のローブを着たひょろりとした猫背の男が、何やら熱心にマットに語っており、マットはメモを片手に頷いている。
仕事の話だろうか。邪魔するのもなんだし、工房に入って作業をしようと店の奥へ繋がる扉に手をかけた時、マットがリスベットの存在に気付いた。
「おうリスベット!丁度いいところに来たな!」
「マットお疲れ様」
ハッとして振り返った男と目が合ったので、リスベットはペコリと頭を下げた。男の目は長い髪ですぐに隠れてしまって表情はよく見えなかったが、驚いているようだった。
「リスベット・ヨーク……」
弱々しい声で呼ばれて、リスベットもつられて小声ではいと返事をした。
「魔女の……殿下の髪飾りとネックレスに魔術を込めたのはあなたですか……」
「そうですが」
「お初にお目にかかります。私はヘンリー・スプレイグと申します……」
ヘンリーはおずおずと頭を下げた。リスベットもそれに習った。
「はじめまして。リスベット・ヨークです」
「驚くだろうが、この人は大魔導士の一人なんだとよ。俺とリスベットが作ったシャーロット殿下の髪飾りを気に入って、一ヶ月前にわざわざ訪ねて来てくれたんだよ。それから顧客になってくれてな。たまに注文を受けているんだ」
えっ?!と驚くと、ヘンリーは顔を俯けてしまったが、思い出したようにすぐに顔を上げると、目を輝かせて早口に言った。
「あなたとマット殿の作った髪飾りとネックレスは秀逸でした。髪飾りに込められた羽根が生える浮遊の魔術に、ネックレスには危険を察知すると同時に持ち主の魔力を引き出して、その時の危険に合わせた魔術を発動させる複雑な魔術が。あの小さな晶石は高価なものではないように見えましたが、安くてもあれだけの魔力を受け止められるのはなぜなのでしょうか。他にも質問があります。邪竜の一件で魔術が発動された後も、殿下が髪飾りをつけていらっしゃいましたが、現在はどういった魔術を込めてあるのでしょうか?また、発動時の条件についても質問があります……」
「ちょっと!ちょっと待って!!」
矢継ぎ早に感想と質問が繰り出されて、リスベットは息も出来ないかと思った。はじめのもじもじした感じはどこへ行ったのやら、魔道具の話になった途端に別人のようだ。
驚くリスベットを見て、マットが大笑いした。
「ヘンリーは魔道具のこととなると人が変わっちまうんだよ。面白いだろ」
「マット……相手は大魔導士なんだから、スプレイグ卿と呼ばないと」
「俺とヘンリーはもう友人だからいいんだよ。それよりも、ヘンリーも質問は後にしろよ。リスベットも仕事があるからな」
ヘンリーはがっかりしたようだったが、マットが引き出しから晶石を持って来ると、奪い取る勢いでそれを手にした。
「こ、これが魔力を存分に含める晶石ですか?!」
「そりゃ普通の晶石だよ。どこにでもあるやつだ。結局重要なのは、込める側の魔術師の腕だな。技量と魔力と経験値がものをいうんだと思うぜ。後、晶石を加工する職人の腕も重要だ」
「確かにそうですが、こんな安物で……!」
二人はなんだか熱い会話をし始めたので、リスベットはその間にさっさと退散して、いつもの部屋で仕事をすることにした。
ヘンリーに捕まったら時間を取られるのは間違いない。触らぬ神に祟りなし。
その後二時間程でリスベットの作業は終わったのだが、店に戻るとまだヘンリーとマットは熱い議論を交わしていた。
ヘンリーは余程暇なのだろうか?しかしノエルはいつも忙しそうにしているのに。大魔導士によって忙しさの度合いが違うのだろうか。
ともあれ、リスベットは見つからないようにこっそりと工房を抜けだした。
それにしても大魔導士とは個性的な人ばかりが集まっている。まともな人がノエルしかいないのではと思い、ノエルが苦労していることを想像して同情した。
次にリスベットはお茶の時間になると、ダグラスに会うためにドリームキャッチャーを持って王宮へと向かった。今朝早くに、ダグラスからリスベットのドリームキャッチャーが欲しいと折鳩が届いたからだ。
最近やたらと悪魔除けを欲しがる者が増えているが、悪魔が出没しているのだろうか。北部以外であまり悪魔祓いを頼まれたことがないリスベットは、不思議に思った。
青鳳棟の受付でダグラスへの面会を申請すると、オレンジ色の髪の女性魔導士が案内してくれた。もう場所も分かるので一人でいいのだが、外部の人間を野放しにするわけにいかないのだろう。
魔導士は、いつものように腰を振って前を歩いている。リスベットはついて歩いた。
それにしても相変わらずいいお尻をしている。そんなことを考えていると、唐突に魔導士が歩を止めて振り返った。
じろじろ見ていたのがバレたのかとヒヤヒヤしたが、魔導士が口にしたのはノエルのことだった。
「今日はノエルはいません。仕事で出ていますので、帰りに立ち寄っても無駄ですよ」
魔導士は挑戦的に微笑んだ。美しいが、嫉妬が滲み出た意地悪な笑みだ。
突然何を言い出すかと思えば。リスベットは呆れつつも魔導士の真意が分かって頷いた。
「……はい。今日はノートン卿に会ったらすぐに帰ります」
「そうしてください。最近ノエルは忙しくて、夜も遅いんです。部屋に戻ってから私の治癒術で癒やしてあげてはいるんですけど追いつかなくて……。大魔導士も大変ですわね」
にこりと微笑む魔導士の笑みに、リスベットはそうですかと静かに返事をして歩き出した。今度は魔導士がリスベットの背を追いかける格好になった。
つかつかとヒールの音が廊下に響き渡る。その音を聞きながら、この魔導士の挑戦的な態度にどうしたものかと考えを巡らせた。
答えは放っておく、さらりと流せ。それが一番だというのは分かっていたが、売られた喧嘩はたまには買ってもいいかもしれない。いや、ここはやはりだんまりが一番か。
「そういえば噂にお聞きしましたが、シュトックマー家のご長男と再婚なさるとか。おめでとうございます」
再び煽られて、リスベットはダグラスの部屋の前で歩を止めると、魔導士に向き直った。
売られた喧嘩は買わない。無視したほうが後々面倒事にならない。これが正解だとは分かっていた。分かっていたが、リスベットは気付けば口を開いていた。
「失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?私はリスベット・ヨーク。魔法使いをしております」
「メアリー・ハイゼンです。魔術学園の後輩にあたります」
「あらそうでしたか。では魔術師の先輩としてご忠告致しましょう。噂を鵜呑みにしてはいけません。そして恋敵に簡単に名乗ってはいけませんよ。特に、魔力の強い魔女にはね」
にっこりと微笑んで見せると、メアリーの顔は蒼白になった。
「では、案内ありがとうございました。失礼します」
返事も待たずにダグラスの部屋に入って扉を閉めた。必殺言い逃げである。子供の頃は祖父相手によくこの手を使ったものだ。
それにしても、嫉妬に駆られてあんな子供のような挑発を仕掛けてくるとは。メアリーは見た目と違い可愛い人なのかもしれない。
言っておくが、リスベットはもちろんメアリーを呪うつもりはない。そこは安心するようにと、帰り際に言っていくつもりではある。




