魔女の日常 1
毛生え薬の生産に加えて悪魔除けの発注まで増え、通常業務の薬品と魔道具の仕事もあるために、リスベットはてんてこまいだった。これは誰かの手を借りるしかない。そう思い、ダリアに助けを求めた。
侯爵令嬢としてタウンハウスを拠点に、連日お茶会や夜会に出席しているダリアに手紙を飛ばしたのは昨夜。するとダリアは今日は空いてるからと早速手伝いに来てくれたのだ。
早朝からやって来たダリアは、鮮やかなオレンジ色のワンピースを着ていた。舞踏会の時とは違って、ハイネックにロングスカート、茶色いコルセットにハイカットのヒールのブーツを履き、白いレースの手袋に、前世では女優帽と呼ばれるようなどでかい帽子を被り、ネックレスに腕輪をし、白い日傘まで差している。
髪はくるくると綺麗に巻かれていて、化粧もばっちりだ。どうやら小山の麓まで、侯爵家の馬車で送ってもらったらしい。
あんなガタガタの道を馬車で通るなよ。ラドゥーがいるだろ。どこのご令嬢だ。いや五大侯爵家グラッドストンのご令嬢なんだが、今日は仕事の手伝いに来てもらったのであって、茶会を開くために呼んだのではない。こんな綺麗な格好で何しに来たんだと、寝不足なこともあって半ギレになると、ダリアは眉を下げて素直に謝った。
「だって、薬品作りなんてしたことがないんですもの……分からないわよ」
これだから生粋のご令嬢は……。
リスベットは魔女の仕事について簡単に説明すると、ダリアにはシャツにスラックスに着替えてもらった。どでかい胸のせいでシャツのボタンがはち切れそうになっていたが、知ったこっちゃない。
その上からエプロンを着せてあげた。驚いたことにダリアはエプロンをしたことがないそうで、紐の通し方さえ分からないらしい。生粋のお嬢様である。こんな調子でよくも男になって戦争に参加できたなと、心中でツッコんだところで、早速作業を手伝ってもらうことにした。
ダリアにはまずは薬品のろ過をしてもらうことにした。それに慣れてきたところで、取ってきた草花を茎と花、葉に分ける作業をしてもらい、それが終わるとつるの枝と、綿と麻を混ぜて作った紐を、延々同じ長さに切るという、とてつもなく地味な作業のエンドレスをさせた。
そしてリスベットの毛生え薬の精製がようやく一区切りついたところで、昼ご飯にすることにした。
戦争中は朝から晩まで魔術を駆使して戦闘に参加しても疲れを見せなかったダリアが、慣れない作業にさすがに疲れを見せた。しかしお喋りをしながら作業するダリアは、始終楽しげだった。
ダリアは生粋の侯爵令嬢なので、料理は出来ない。リスベットがミートソースパスタとコンソメスープ、サラダとオムレツを作ると、意外にも好評で、家庭の味を気に入ってすべての料理をぺろりと平らげてしまった。
デザートのプディングと紅茶を飲みながら、ダリアは満足げに微笑んだ。
「私魔女の仕事ってしたことがなかったんだけど、いいものね。何もかも珍しくて楽しいわ!」
ダリアにはほとんど雑用しかさせていないのだが、そう言ってくれてリスベットは内心ホッとした。文句を言われても仕方ない程、面倒な作業ばかりやらせていたのだが、気付いていないようだった。
「私はこれまで戦闘や火の神にまつわる魔術の勉強しかしてこなかったから、こういう作業は初めてなのよ。楽しいわね!」
グラッドストン領は東部の広大な土地を有しており、千楼渓谷や枯四山には魔物が多く出没する。北部も同様で、魔物に対処出来るように幼い頃から学童や教会、小児学校等で戦闘の訓練が行われる。
貴族の子息令嬢ともなれば、魔力のある者も多いために家庭教師をつけられて、徹底した訓練が施されると聞いた。
おまけに東部には、枯四山に住む火の神の守護を受けた魔力を持つ者が多い。グラッドストン家や先住民族の血の濃い者をはじめに、信心深い者にも強い魔力を与えられると信じられてきた。
東部ではそういった魔力を持つ者達は、基本的な魔術の訓練を受けることが出来るように領地から支援される。お陰で過去に何人も魔術師を排出してきた。ヴェロニカがその筆頭である。
そもそも実際に火の神がいるのかというと、ダリアはいると断言する。リスベットも戦後グラッドストン家でお世話になった時に、枯四山を登って火口を覗いてみたが、神の姿こそ見えなかったが、確かに尋常ではない偉大な力を感じることが出来た。
そのせいかどうかは分からないが、東部には魔物は多いが、悪魔はほとんど出ない。北部では特に冬になると悪魔の気配を感じることが多かったが、東部では気配すら感じなかった。火の神が悪魔を寄せ付けないのだろうか。
そんなことを考えていると、ダリアが聞いた。
「ところで私は何を作るための作業をしていたのかしら?」
「悪魔除けだよ。ドリームキャッチャーというやつね。東部ではほとんど目にしたことがないな」
ドリームキャッチャーは前世にも存在した。驚いたことに、用途も形もよく似ている。前世では悪夢を吸い取り防いでくれるといわれていたはずだが、こちらの世界では、邪気を吸い取り悪魔を祓ってくれるとされている。
地方によって形は様々で、動物の形をしていたり太陽だったり星だったりするが、どれも吊るしておくものだ。
リスベットお手製のものは、パクリといっちゃなんだが、前世のドリームキャッチャーと同じ形だ。
紅づるを丸くして蜘蛛の巣のように糸を張り巡らせ、下部には鳥の羽を下げる。これを玄関や枕元に吊るしているだけで悪魔除けになり、悪魔が入ってこれないのだ。
効果は上々で、麓の村ではほとんどの家がリスベットのドリームキャッチャーを下げていた。お陰で悪魔の出没がなくなったと好評だった。
「ねえ。どうしてグラッドストン領には悪魔が出ないの?」
「火の神の守護があるからよ。それに悪魔は日の光が苦手でしょう。東部は一年を通して日照時間が長いからね」
「火の神ってすごいのね……」
「そりゃあそうよ。偉大な神様だもの」
「神様と崇められる存在はあちこちにたくさんいるのに、どうして東部の火の神ばかり民に魔力を授けたり守護を与えたりしてくれるの?」
「そんなの神の存在を疑わずに、長年信心深く尽くしてきたからに決まってるじゃないの!」
そんなものかなとリスベットは思った。
「でも北部の氷鬼山脈だって、鬼が住むと言われているじゃない。あちらは民に鬼が試練を与えるといわれているけれど、鬼も神様も似たようなものだと思うのよね」
東部の火の神とは少し違うが、北部には氷鬼山脈を神聖視し崇める山岳信仰が根付いている。
氷鬼山脈には鬼が住むといわれていて、北部の子供達は悪さをすると氷鬼山脈の鬼が来るぞと躾けられてきた。
「そんなものかなあ……。南部にはこれといってそういうのはなかったけど」
「あるじゃないの。童話の魔女の伝説が」
「それとこれとはまた違うよ」
実際に頼子は神様ではなくて陰陽師だし。
とまあおしゃべりはこの辺りにして、リスベットとダリアは午後からは悪魔除けの制作へと勤しんだ。
ダリアの助けもあって、リスベットの作業ははかどった。午前中に毛生え薬は注文分は完成し、少しだが在庫も出来た。グレアムへの納品分の薬品は来月分まで出来たし、午後からは制作した悪魔除けも形に出来た。後は魔術を込めるだけなので、明日には完成するはずだ。
「……助かった!ダリアありがとう!」
「助けになれて良かったわ!」
「本当に良かった!」
二人で万歳三唱して喜びを分かち合っていると、外からマルコのわふわふ鳴く声がした。誰か来たようなので外の様子を見に行くと、ジョージがマルコの背中を撫でていた。
「姉上!こんな時間にすみません!手伝いに来ました!」
ジョージは背筋を伸ばしてまるで騎士のように言ったが、すでに日は暮れようとしている。
「こんな日暮れに来て!もう手伝いなら明日にしてよ!」
ジョージの顔を見るなり、突然スイッチの入ったリスベットは怒り出した。
ジョージにも再三手伝いに来るように、嫌がらせのように手紙を送り続けていたのだが、ジョージは社交があるので中々来れなかった。
自分が困るとすぐに助けを求めに来る癖に、リスベットが助けを求めても来ないだなんて薄情な。社交といっても、貴族子息が狩りをしたり釣りをしたり高級娼館へ行ったりするくだらないやつでしょう。仕事があるって断りなさいよ。次に何かあっても絶対に助けてやらないからね。分かったわね。
つらつらと怒りを吐き出す姉に、口を挟むのは得策でないと知るジョージは、黙って説教を聞き入れていた。
「リスベット。そのくらいにしたらどう?あなたストレスが溜まってるのよ。今日はもうゆっくりお風呂に入ってご飯を食べてやすみなさい」
「だ、ダリア嬢!」
突然家の奥から現れたダリアに、ジョージは驚いて顔を赤くした。いつの間に着替えたのか、ダリアは来た時のワンピース姿だった。
「私はもうお暇するわ。そうだ。ジョージ卿に送っていただこうかしら?」
「申し訳ありません。私は今日は馬車ではないのです……実は使役する魔物に乗ってきております」
「あら。じゃあ私も魔物に乗せてくださらない?送ってちょうだい」
「送っていきなさいよ。ジョージ」
「しかし……」
「安心しなさいよ。ダリアも魔女だから魔物には慣れてる。あ、人に見られないように帰りなさいよ。じゃあジョージ、明日は朝から来なさいよ。手伝ってもらうことは山程あるからね。それじゃあダリア今日はありがとう!」
「ダリア嬢が、魔女?!姉上それはどういう……」
「本人に聞きなさいよ。おやすみ」
驚くジョージを尻目に問答無用で玄関の扉を閉めると、リスベットはダリアに言われた通りにさっさと風呂を沸かしに行った。
その日は久しぶりにゆっくりとお風呂に入ってご飯を食べて、深い眠りに着くことが出来た。




