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命の恩人 1



 週が開けて学園から帰ってきたシャーロットは、時間が惜しいので制服のまま東宮の客間へ向かった。中に入るとリスベットは授業の準備をして待っていた。

 机の上には色とりどりの短冊が並べて置いてある。今日はどんな授業をするのだろう。わくわくしながら席に着いた。


「ご機嫌よう先生」


「ご機嫌よう殿下」


「今日の授業はアデラもご一緒してもよろしいかしら?」


「ええ。もちろん。せっかくだからアデラさんも座ってください」


「で、でも……私は授業料は払えません……」


 それを聞いたリスベットは瞬きをした後、にこりと破顔した。


「そんなものはいりませんよ。ただ立ってるのもなんだから座るのを勧めただけで、アデラさんは暇でしょうから眺めていればいいのです。たまに私が話を振るかもしれませんが、その時は殿下の前なので失礼のないように答えてください。ね?」


「は、はい……」


 俯いたアデラにも、リスベットの意図が分かったようだ。ありがとうございますと聞き取れない程小さな声で呟いた。


 その日の授業は短冊の裏側に描かれている絵柄を当てるゲームをして遊んだ。これは予知と勘を鋭くするための訓練だそうだが、遊びと言っていい程楽しかった。


 十二種類の花が描かれた短冊は全部で四十八枚。一枚めくって出た絵柄と同じ絵柄の短冊を四枚揃えていく。一度外したらシャッフルされ、当てたら次々引っくり返していけるというルールだが、シャーロットはこれに苦戦した。

 一度だけ百合の花の短冊を四枚引き当てた以外は、全てシャッフルされてしまった。


 アデラも試しにやってみると、驚いたことに二十四枚連続で引き当てた。リスベットは勘が鋭いと言ってアデラを褒めた。


「百合の花の短冊を引きたいのならば、百合の匂いや感触、色や形を思い浮かべながら、手をかざしてください」


 リスベットがお手本を見せると、リスベットは全ての短冊を見事引き当てた。


「簡単に言うけど難しいわね。だってただの短冊なんですもの……」


「ただの短冊じゃありません……」


 アデラが小声で呟いた。


「花の気配を写してあります……」


「その通りです。ただ絵が描かれているわけではないんですよ。これは相手の気配や魔力を探る訓練でもあるんです。相手の嫌な気配を察知して逃げるのに役に立ちますからね」


 宿題にしましょうと言ってリスベットは短冊を片付けると、シャーロットに渡した。

 そこでタイミングよくサラが紅茶とお菓子を持ってやって来たので、リスベットも一緒にお茶をしていくことになった。


 今日は王都の有名なケーキ屋のバームクーヘンだった。しっとりして甘すぎないところが人気で、シャーロットの好物だった。リスベットも美味しいと食べている。


 ふとシャーロットはここ最近あった様々なことをリスベットに相談しようと思った。

 中でも悪魔の絵画の話をしたかったのだが、口外してはならないと言われているため、ローワンと婚約解消することになった経緯を話した。


「ローワン様は普段から身勝手というか、一方的に自分の話をするばかりで。こちらの話を全然聞いてくれませんのよ。それで自分の気持ちを押し付けてくるものだから、ついカッとなってしまって……」


 黙ってシャーロットの話を聞いていたリスベットは、紅茶を飲むと口を開いた。


「なるほど……。ですが殿下。殿下だってローワン様の話を聞いてないのではありませんか?」


「えっ?」


 まさかそんなことを言われるとは思っていなかったシャーロットは、驚きのあまり言葉が出て来なかった。リスベットならば、当然のように肯定してくれると思っていたのだ。


「つまらない話だからといって話を聞き流していたのでしょう?」


「そ、そうですけど……」


「ローワン様は殿下がつまらなそうにしているから盛り上げようと必死でお話していたのではありませんか?」


 そうだったんだろうか?

 シャーロットには分からなくて黙り込んだ。


「気になる相手や好意を持つ相手の婚約者候補になっていると知ったら、普通なら舞い上がるでしょう。嬉しくなって話しかける。でも何を話していいのか分からないから自分の話をして。だけど殿下はつまらなそうにしているから、その気まずい空気を払拭しようと更に話すわけです」


 可愛いじゃないですか、とリスベットは微笑んだ。


「殿下のことが好きだから舞い上がって空回ってるんですよ。手紙や話の内容が面白くないのは仕方がありませんよ。ローワン様はまだ十四歳なんですから。そのくらいの歳の男子はそんなものです。女子のほうがずっとませているんですから。ミカエル様は王族ですから、幼少期からきちんとした教育を受けてきたので、女性の扱いも心得ているでしょう。二人を比べてはかわいそうですよ」


「で、ですけど……」


「それに自分勝手なローワン様を許せないというのも分かりますが、王女だからこそそのくらい軽く流してあげないとなりません。相手の矜持をバキバキにへし折るのではなくて、男性を立ててあげることも必要です」


 シャーロットは唇を突き出して、でもと呟いたきり何も言えなくなった。

 確かにリスベットの言うことには一理ある。ローワンの子供じみた振る舞いに怒ったものの、それを流せなかったシャーロットも子供だったのだ。


「殿下ならば好きな相手を喜ばそうと思って空回った後、嫉妬を剥き出しにした挙句に振られたらどうします?」


「……ショックで悲しいし恥ずかしいわ」


 シャーロットは頭の中で、ミカエルに婚約者候補として認めていないと言われた自身を想像して胸を痛めた。


 想像しただけでショックなのに、面と向かって言われたらもっと辛いわよね……。


「でしょう?少しはローワン様のお気持ちが分かりましたか?」


「……そうね。私も相手のことを考えずに失礼な態度を取ってしまいましたわ……」


「相手のことを思いやってあげないとなりませんね」


「ローワン様は落ち込んでいらっしゃるかもしれないわ……」


 シャーロットは急に申し訳ない気持ちになった。


「では、ローワン様に手紙でも書いてみたらどうですか?返事をしていないのでしょう?」


「一体何を書いたらいいのかしら?」


「今シャーロット様がおっしゃったことをそのまま書けばいいじゃないですか」


「……そうですわね。私も言葉が過ぎたこと、ローワン様のことを考えなかったことを謝ってみます」


「それがいいですね。婚約者候補からは外れてしまったけど、よき友人にはなれるんじゃないですか?」


 そうかしら。どちらにせよ苦手であることに変わりはないのだけど。

 とにかくシャーロットは謝罪の手紙を書くことに決めて、サラにシンプルな便箋を用意するように頼んだ。


 お茶を飲み終えたリスベットがそろそろ帰るというので、シャーロットも東宮の入り口まで見送ることにした。

 廊下を出ると、丁度ジャンがルベライトの侍従とノエルを伴ってやって来た。


 ミカエルの手紙を持ってきたのかもしれない。シャーロットは思わず駆け出しそうになって、リスベットがいることを思い出して留まった。侍従はシャーロットに気付くとにこりと微笑んだ。


「殿下。いいところへ行き会いました」


 綺麗な会釈をして立ち止まった侍従は、懐から手紙を取り出した。シャーロットはそれを見て頬を染めた。


「まあ!」


「殿下からのお手紙をお持ち致しました。受け取って頂けますか?」


「もちろんよ!」


 シャーロットは舞い上がって、飛び跳ねる勢いで手紙を受け取った。今すぐ読みたいくらいだ。

 喜ぶシャーロットを見て、リスベットがニヤニヤと笑っている。ジャンも同じような顔をしていて、シャーロットは思わずリスベットの腕を叩いた。


「リスベット先生!何かおっしゃりたいことが?」


「いいえ。とんでもありません。殿下は早く手紙を読みたいでしょうから、私はこちらで失礼させて頂きます」


「では私がお送り致します」


 ノエルが言った。シャーロットは首を傾げた。


「キーティング卿は用事があったのではないの?」


「ヨーク殿に用があったので、授業が終わる頃合いを見図って迎えに来たのです」


「そうだったの。ではリスベット先生をお願いしますわね」


「承知致しました。では失礼致します」


「ではまた来週」


 またと挨拶を交わしてリスベットとノエルが歩き出した瞬間、リスベットが突然腕を掴まれて後退した。えっと声を上げてリスベットが振り返ると、掴んだのはルベライトの侍従だった。二人の視線が交わる。


「リスベット……ヨーク……?」


 喉の奥から絞り出したような声で、ルベライトの侍従が目を見開いて言った。リスベットの腕を掴んだ手がぶるぶると震えている。


「リスベット・ヨーク……!」


 今度ははっきりと大きな声で言った。リスベットの肩がビクリと跳ねた。


「はい……」


 恐る恐る返事をしたリスベットに、侍従は泣きそうに顔を歪めた後、リスベットを思い切り抱きしめた。

 呆然とそれを見守る一同と、驚きのあまり硬直するリスベット。侍従の口から嗚咽が漏れ、訴えるように叫んだ。


「リスベット・ヨーク!!姿は変われど私は覚えております!!」


「は……?だ、誰……?」


 困惑するリスベットに、侍従が身を離してリスベットの両肩をがっしりと掴むと言った。


「レーツェンです!レーツェン・ランドシーアですよ!千楼渓谷の戦場であなたに命を救われたルベライトの兵士です!!」


 リスベットは目を丸くした後、レーツェンの顔を穴が開くほど見て、はっと短い息を吐いた。


「……呪いが解けたのね。生きていて……よかったわ。無事に家に帰れたのね?」


 懐かしそうに目を細めて微笑んだリスベットを見て、堪え切れなくなったレーツェンは、その場に泣き崩れてしまった。大の大人が大声を上げてむせび泣いている。


 一同はどうしていいのか分からなかった。

 唯一リスベットがレーツェンの背中を撫でてやったが、撫でれば撫でる程大声で泣くものだから、しばらくして手を離した。そして助けを求めるように周囲を見渡したが、どうしたら泣き止むか誰も答えを知らなかった。


 レーツェンがそんな調子なので、ジャンが西宮まで助けを求めに行くと、ルベライトの侍女が迎えに来て、呆れ顔で引きずって行った。レーツェンは最後まで泣いたままだった。


 シャーロットはなんだかドッと疲れてしまって、自室に戻るとミカエルの手紙を読むとそのまま寝てしまった。


 それにしても、さっきのアレは何だったのかしら?


 その日、シャーロットはローワンに泣いて謝罪される夢を見た。寝起きは悪かったが、シャーロットはきちんとローワンに謝罪の手紙を書いて、ジャンに届けるようにお願いして学園へと向かった。




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