魔女への招待状 3
シャーロットは久しぶりの学園を満喫すると、馬車に乗ってアデラと一緒に王宮へと帰ってきた。東宮に戻るなりリスベットが来ていると知らされて、まだ授業の日ではないのに会いに来てくれたことに喜んで客間まで向かった。
しかしリスベットは機嫌が悪かった。この顔には見覚えがある。勝手に家を新築した時と同じ顔をしている。
シャーロットは知らぬふりをしてにこやかにリスベットに挨拶をした。
「先生ご機嫌よう」
「ご機嫌よう殿下」
「何かありまして?」
白々しくも聞いてみると、リスベットは眉根を寄せた。
「舞踏会には出ませんからね」
いきなりの直球だ。シャーロットは怯まず打ち返した。
「もうドレスはデザイン画を書いてお針子に渡しました。手遅れですわ」
「な、何で私に相談もなく決めてしまうんですか?!大体サイズは分かるんですか?」
「私はドレスに関してはプロですの。サイズならば見れば大体分かりますわ。それに、聞けば先生は舞踏会には出席してくれないでしょう?」
「当たり前です!聞いても聞かれなくても出席しません!」
「どうしてですの?私の社交界デビューも兼ねてますのよ?弟子の晴れ姿を見るのは師匠の役目でしょう?」
「そんなお役目聞いたことがございません。殿下の晴れ姿はジャン殿に絵でも描いてもらって見ることにします。それに私は貴族が集まるああいう場に出たくないんです。そもそも私は貴族ではありませんし」
「ジャンは壊滅的に絵が下手ですわよ。それに先生は貴族の出じゃありませんか。貴族でなくとも商人や画家に楽人の方々も出席しますわよ」
「農民が出ようが旅人が出ようが私は出席しません」
「……先生は頑固なところがラザフォードのお祖父様そっくりですわね……。文句があるならばお父様におっしゃってくださいね。そもそも私が決めたわけではありませんの。両陛下が、勲章を受け取らないのならばせめて舞踏会で楽しんで欲しいと決めたことですのに、それを無下にするのですか?」
「む、むげ……」
両陛下の名前を出した途端リスベットの勢いが失墜した。
「先生があまりに無欲だから、皆必死であれこれ考えたというのに……。それに、この舞踏会に先生がジョージ殿と出席してくださったら、ラザフォード家の噂を払拭出来ますわよ。ラザフォード家は長年、長女を追い出した非道な家として貴族の間では囁かれてきましたから」
「ひ、ひどう……」
「そうですわ。極悪非道の一族が長女と和解したと知らしめる為にも、姉弟の円満アピールをするのです!」
「アピール……」
リスベットはそれきり黙り込んだ。すっかり勢いをなくして、目を閉じ腕を組んで考え込んでいる。
シャーロットがうまく丸め込むことが出来たと確信したところで、アデラが入ってきてお茶とお菓子を出した。お菓子はジャムやチョコが入った花や星の形をした可愛らしいクッキーだ。
「さ、お茶とお菓子を頂きましょう。可愛らしいクッキーですわね!」
「私が昨日作りました……」
ボソリとアデラが言った。
「まあ!アデラの手作りですのね?早速頂きましょう!」
シャーロットはザラメ糖の乗った星型のクッキーを選んで食べた。見た目はもちろん、甘すぎずサックリとしていて味も食感もシャーロットの好みドンピシャだ。
「美味しいわ!アデラ!お茶を入れるのも上手だしすごいのね!」
シャーロットが絶賛すると、アデラはいえ、と小声で言って顔を伏せた。心なしかを頬が少し赤らんだ気がする。
それを見たリスベットもクッキーに手を伸ばした。桜色の花形のクッキーを手に取ると、一口で食べてしまう。
頬を膨らませてボリボリ食べるリスベットを見て、本当にあの厳そかなラザフォード家の長女なのかと疑いたくなった。
確かに紅茶を飲んだり挨拶をする時の所作は美しいのだが、言動が全体的に粗雑なのだ。そんなところがリスベットのいいところではあるのだが。
「お、美味しい!アデラさんは天才ね!」
ふるふるとアデラが首を横に振った。リスベットはいいえ天才よ!と絶賛すると、クッキーを次々と口に入れる。
なんとか機嫌が直ったようで安心した。シャーロットは話題を変えようと話を振った。
「ところでリスベット先生。先生もラザフォード家を出るまでは婚約者がいたとお聞きしました」
「誰から?」
「ジョージ殿からですわ」
「あいつ……。婚約者といっても私の場合はただの数合わせですので、あくまで候補。永遠にスタメンになれないベンチを温めるだけの要員です」
「スタメン?」
シャーロットは聞き慣れない言葉に首を傾げた。リスベットは少々慌てた様子で手を振った。
「いいえ……。実質ただの名ばかりの婚約者だったというだけです」
「では先生はラザフォード家にあのままいたら誰か別の方を婚約者に据えられていたのですか?」
「それはどうですかね……。私にラザフォード家の血が流れていないことは周知の事実でしたから。祖父には色々考えがあったようですが、私は家を出るつもりでしたし、政略結婚なんてするつもりはありませんでした」
「そうなの……」
シャーロットはがっかりした。リスベットならば少しはシャーロットの気持ちを分かってくれるのではと期待したのだが。
「あら。殿下もいよいよ婚約者の選定に入ったのですか?」
「そうなんですの……」
口ごもったシャーロットを見てリスベットは察したようだった。
「殿下は王族ですから政略結婚は免れませんが、気持ちが追いついていないのですね?」
「私も国のためならば、誰に嫁ごうと決められた相手と婚姻を結ぶことは覚悟しております。……いえ、していたはずでした。でもいざ婚約者候補が出来たとなると……。しかもその内の一人が苦手な侯爵子息だと思うと……憂鬱で」
「苦手な貴族……。まさか鈴虫についての恋文を送り付けてくるような方ですか?」
「鈴虫……?いいえ。そのようなことはありませんが、何ですの?その鈴虫とは……」
キョトンとしたシャーロットに、いやいやとリスベットは手を振った。
「お気になさらず。まあともあれ、相手が苦手ですか……。他の候補者の方はどうです?」
「それが……」
シャーロットはミカエルについて聞かされた話をした。リスベットは紅茶を飲み干すと、なるほどと頷いた。
「殿下。かつて敵国だった国へ婿養子に入るということは、ものすごい覚悟がいることだと思いますよ。殿下がルベライトへ一人嫁ぐことを想像してみたら分かるでしょう?」
「そうですわね……」
「恐らくどちらが嫁ぐにしても、付き添う従者は数が限られてきますし、信用を得るまでかなりの時間がかかるでしょう。わざわざミカエル殿下が留学しに来たのもこの国に馴染んでおく為でしょうし、殿下にミカエル殿下の人となりを知ってもらう為でもあるでしょう」
「そうよね。並々ならぬ覚悟で来ているのかもしれないわ」
「殿下はミカエル殿下とお会いしてみてどんな風に感じられたのですか?生理的に無理だとか性格に難ありだとか思われましたか?」
「いいえ。とても優しくて人当たりのいい方だと思いましたわ」
「ならばミカエル殿下と結婚したほうがこの国の為にも殿下の為にもなりそうですけどね。お会いしてみないと何とも言えませんが」
「ですから、リスベット先生には舞踏会でミカエル殿下と会って話してみて欲しいんですの。それで少しはミカエル殿下の人となりが分かるんじゃないかと……」
懇願するように上目遣いで言うと、リスベットは短い髪をぐしゃぐしゃと撫でた後、諦めたように息を吐き出して、椅子の背もたれに背中を預けた。
「ああ……まあ……分かりましたよ。観念しました」
それを聞いてシャーロットはぱっと顔を輝かせた。リスベットが傍にいてくれるのならば心強い。憂鬱だった気持ちが吹き飛んでいった。
シャーロットが一人はしゃいでいると、リスベットは考え込むように言った。
「それにしても、留学するには中途半端な時期のようにも思いますけど。来るならば一年生の頃から来たほうがもっと良かったんですけどね。急な方針だったんですかね?」
そこでシャーロットは、スピネルに来たのには他にも理由があったことを思い出した。それを伝えると、リスベットは真剣な顔付きになった。
「もしかしたらそちらの理由のほうが重要案件なのかもしれないですね。一度きちんとお話されたほうがいいでしょう」
「そうですわね。そうさせて頂きますわ」
それでお茶会はお開きとなった。
リスベットの出席を勝ち取ったシャーロットが意気揚々と回廊を歩いていると、珍しくもアデラから話しかけてきた。
「殿下……次のヨーク殿の授業はいつあるのですか?」
「来週の初めよ。それがどうかして?」
「私も……同席してもよろしいですか?」
「もちろんいいけど、何か気になることでもおあり?アデラもリスベット先生の授業を受けたいの?」
「少々興味がありまして……傍で控えているだけでもいいので」
「アデラは魔法使いになるのが夢なんですものね?もちろんいいわよ」
「ありがとうございます……」
ボソリと言ったアデラの表情は心なしか喜んでいるように見えた。
まだ数日しか一緒にいないが、アデラの表情の変化に気付けるようになってきたことが嬉しかった。
このまま仲良くなれたらいいと、シャーロットはアデラに笑いかけた。




