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死と再生 2



 リスベットは魔法陣を展開させた。

 円陣の中心に三日月が浮かび、それを取り囲むように雪の結晶と星が詰まった、まるで雪の舞う夜空のような魔法陣が空中に浮かび上がった。


「あなたに呪いがかかっているとしたら、それはメイソン先生の執着心と言う名の呪いよ。メイソン先生は精神も肉体も亡くなった。ならばあなたの呪いはもう解けるはず」


 静かに語りながら、リスベットは祈るように握り込んだ手を額に当てた。目を閉じて魔術を練り上げている間、邪竜は身動き一つしなかった。

 待ってくれているのかと思った瞬間、唐突に邪竜は尾を振り回してリスベットを攻撃した。マルコーシスが素早く飛び下がって回避すると、空へと飛び上がった。


 ――爪で呪いの鎖を断ち切る。


 邪竜の赤い瞳がリスベットを映していた。挑むような、試すような目をしているのはリスベットなのか邪竜なのか。

 リスベットはマルコーシスを邪竜の頭上へと舞い上がらせると、急降下させた。


「呪いを解いてあげる……!」


 リスベットはマルコーシスの背から、邪竜の横っ面を爪で引っ掻いた。

 爪先に痛みが走った。鋼鉄の鱗に弾かれると思っていたが、爪が折れて血が滲んだだけで済んだ。


 振り下ろした手の中に何かが収まっていた。手のひらを開いて見ると、そこには鎖があった。今までなかったはずなのに、細く長い鎖が邪竜の全身へと巻き付いていた。


「呪いの鎖……」


 リスベットは鎖を両手に取った。鈍く光る鎖の重たく冷たい感触に鳥肌が立った。


 邪竜は大人しくリスベットを見下ろしている。何かを訴えるようなその静かな目を見上げながら、リスベットは鎖に魔術を込めた。

 そして、歯を食いしばって渾身の力を込めて引っぱった。


 鎖にヒビが入ると、バキンと音を立てて千切れ、バラバラになって弾け飛んだ。鎖は光を放ちながら地面へぶつかって砕け散ると、残像を残して消えた。


 邪竜が悲鳴のような叫び声を上げた。

 リスベットは大量の魔力を消費して目眩を覚えながらも、その巨大な竜を見上げた。


 ――呪いは、解けた。


 邪竜が叫び声を上げてよろめくと、ズシンと地面が揺れた。邪竜はよろめきながら頭を振って丘を歩き回っている。

 その間にリスベットは魔術を練り上げた。


 ――黒く艷やかな髪で邪気を払う。


 こんなことならばもっと髪を伸ばしておいたら良かった。

 リスベットはローブの中からナイフを取り出した。それはマットがリスベットにと作ってくれたもので、定期的に磨いていたから切れ味は抜群だ。


 リスベットは鎖骨の下まである黒髪を鷲掴みにすると、躊躇なく襟足からザックリと髪を切り落とした。

 首が寒いくらいにスッキリして、思わずリスベットは苦笑した。マルコーシスが旋回して邪竜の背後へと回った。


 リスベットは髪を掴んだ手の甲を額に押し当てると、魔術を込めた。


 リスベットを見た誰もが童話の魔女のようだと言うが、黒い髪は父親譲りで単なる遺伝だ。それなのに、皆がまるで特別なものを見たように驚いた顔をする。


 前世が日本生まれのリスベットにとって、黒髪黒目は特別なことではない。この世界ではあまり見ないから珍しいというだけで、黒い髪にも目にも魔力がこもっているという訳ではない。


 だからサイモンがなぜ黒髪黒目を重要視したかリスベットには理解出来ないし、これで邪を払えるのかも分からない。

 それでもやるしかない。


「邪を取り払って、本来の龍の姿に戻れ!」


 リスベットは邪竜の頭上から髪をばら撒いた。朝日に照らされて光る黒髪が、邪竜の背にまとわりつくように降り掛かった。


 すると邪竜を覆っていた禍々しい黒い鱗が剥がれ始めた。ボロボロと鱗が地面に落ちていくと、鈍色の青い鱗が現れた。神話の挿絵の青々とした神龍には程遠いが、邪は払えた。


 だが、ここまではいつもやるように解呪し邪を払っただけだ。ここからが本番だ。魔力も少ない中で想像を魔術に起こさなければならない。


 そのまま大人しくしてくれればいいのに、邪竜は苦しみもがくように頭を振り回して羽をばたつかせた。強風が巻き起こり風に煽られて、リスベットとマルコーシスは丘に転がり落ちた。

 マルコーシスは庇うようにリスベットを羽根で包み込む。リスベットは飛ばされないように必死でマルコーシスにしがみついた。


 邪竜は咆哮を上げると光を集め始めた。リスベットは咄嗟に胸のバッジを掴んで身構えた。

 邪竜が炎を吐き出そうと頭を仰け反らせた時、頭上で何かが過ぎった。


 邪竜の口から炎が吐き出された時、それをかき消すような大きな竜巻が現れた。炎を巻き上げた竜巻は、やがて水の塊となってその場で弾けた。


「リスベット先輩!」


 空から現れたのは、大きな鷲の魔物に乗るノエルだった。


「キーティング君!」


 ノエルの乗る鷲が旋回して口から稲妻を吐き出した。雷光が邪竜の背中に突き落とされたが、ダメージを受けた様子はなく、ノエルに気付くと悲鳴を上げた。

 悲鳴は熱風となりノエルを襲ったが、ノエルはそれを難なく防御魔術で跳ね返すと、リスベットの元へと舞い降りた。


 鷲の魔物はノエルを降ろすと再び空へと舞い上がり、邪竜へ攻撃を始めた。邪竜は素早く飛び回る鷲を追い回して尾を振っている。


「大丈夫ですか?!」


 ノエルに顔を覗き込まれて、リスベットは思わずノエルの頬に手を添えた。


 ……来てくれた。


 それだけで涙が込み上げてくる。リスベットの手にノエルの手が添えられて、二人はほんの短い間、互いの目を見つめ合った。


 心が満たされていく。ノエルがここに居てくれるだけで、恐怖が薄れて勇気が湧いてくる。

 リスベットにはそれで充分だった。

 だから、そっと手を離したのに、ノエルは追い縋るようにリスベットの髪に触れた。


「先輩……髪はどうしたんですか?」


「ああ。切ったのよ……って、そんなことよりも村に殿下達がいるの!」


「大丈夫です。私の部下が保護致しました。状況を聞いて部下達の魔物で隣の街へ避難してもらっています。他の村人達も避難するように騎士達に先導してもらっています」


「お祖父様達は?」


「同じく街へ避難させようとしたのですが、まだ村に残っているようです……」


「どうして?!危険なのよ!」


「領主が村人を残して真っ先に逃げることは出来ないと……」


 リスベットは呆けて口を開けた。

 祖父はやはり変わっていなかった。頑固で昔気質で差別的で。

 ……それなのに、誰よりも誇り高くて変な正義感を持っていて、領地を誰よりも大切に想っている。込み上げてくる感情を必死で押し込めて、リスベットは唇をきゅっと噛んだ。


「そう……なら、絶対に護らないとね」


 リスベットは立ち上がった。


「キーティング君、お願いがあるの。私はこれから邪竜を神龍へと転じて契約するから、その間、邪竜の攻撃を防いで欲しいの」


「……それは」


「すでに邪竜の呪と邪は払った。残すところは後二つ。それが出来なきゃラザフォード領は終わりよ」


「ですが……出来るのですか?」


「やって見せる」


「膨大な魔力が必要です」


「それは、大丈夫」


 自分でも不思議なことに、リスベットは大量の魔力を消費して目眩を感じてはいたが、魔力はまだ底をついていなかった。通常ならとっくに底をついていてもおかしくないはずだ。

 サイモンの言うように、黒髪黒目のお陰なのだろうか。それとも身体の一部を捧げたことによって、魔力消費が抑えられているからだろうか。何にせよ、それについて考えている余裕はない。


「私を信じて協力して」


「分かりました……。だけど約束してください」


 ノエルはリスベットの手を取ると引き寄せた。胸の中へと倒れ込んできたリスベットを、閉じ込めるようにきつく抱きしめた。


「全て終わらせたら、あの約束を果たしてください」


「……分かった」


 リスベットはノエルの背に手を回すと、平気なふりをして嘘をついた。互いの顔が見えなくて良かった。こんな顔を見られたら、この手を離したくないと一瞬でバレてしまう。


 これからずっと、居心地のいいこの腕の中にいられたらどんなに幸せだろう。だがそれは叶わない願いだ。リスベットはなんとかノエルの胸を押して身体を引き離した。


「行こう」


「……はい」


 二人は頷き合って空を見上げると、鷲は炎を器用に避けながら攻撃を続けていた。ノエルが指笛を吹いた。


「サリージャ!」


 鷲がノエルの元へと舞い降りると、ノエルはその背に跨って飛び上がった。リスベットもマルコーシスの背に跨って空へと舞い上がった。


 ノエルは丘を取り囲むように防御魔術を掛けると、リスベットとマルコーシスにも防御魔術を張った。リスベットは邪竜の振り回す尾を避けながら、高く飛翔した。


 ――鮮血を飲ませて竜の自我を取り戻した。


 リスベットはローブを捲り上げてナイフを引き抜くと、左手を前に突き出した。真下にいる邪竜が空を仰ぐと、まるで待っていたかのように口を開いた。

 光が集まり炎が吐き出される直前に、ノエルが水の膜を張った。炎はそのまま水に吸収されて煙となって消えた。


 それを合図に、リスベットは魔法陣を展開させると、露わになった手首に垂直にナイフを振り下ろした。ぱっと手首に傷が開いて血が流れ出ると、邪竜の口めがけてボタボタと血が落ちた。固く目を閉じながら、頭の中のイメージを膨らませながら魔術を練り上げた。


 鯉の形の鱗と尾の色は真っ青な空のように。目の色は濃い青。爪は鷹のように鋭く銀色。牙は真っ白で何よりも硬く。角は雄鹿のように凛々しく。胴体は蛇のように長く。羽根も翼もいらない。


 その身体は雲海のように、空を自由に泳ぎ回り、新たな雲を作り出す。高らかな笑い声は雷鳴にも突風にもなる。吐息は春を呼び吹雪を起こす。涙を流せば雨にも雪にもなる。


 前世で見た東洋の龍をイメージして、リスベットは流れる血液に魔力を注ぎ込んだ。


 「内側から、外側から、一度全てを捨てて浄化し、神龍へと生まれ変われ……!!」


 リスベットは手首を掴んで血を流し続けた。これ程大きな竜を転じるのは至難の業だが、絶対にやり遂げないといけない。


 強い意志を、魔力を、血を。

 リスベットは全てを懸けて、祈るように魔術をかけた。


 ボロリ、邪竜の背中から鱗が剥がれ落ちた。それを合図に、次々と全身の鱗が剥がれ落ちる。

 羽根には光の穴が空き、それは焼けるように広がっていくと、口から白い光が放たれた。


 邪竜は光に包まれながら悲鳴を上げると、丘の上に崩れ落ちた。




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