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魔導士の夢 3



 崖に降り立つと、マルコーシスがエマを牽制して唸り声を上げた。エマは飛び下がってサイモンの横に並んだ。


「ヨーク君よく来てくれたね。君の到着を待っていたんだよ」


「メイソン先生……」


 リスベットは上空からサイモンを見付けた時、何かの間違いではないかと目を疑った。

 しかし真正面に立って見て、予知夢で見た御者がサイモンだったと分かると、現実であることを認めざるを得なかった。


「あなたの差し金ですか」


 リスベットは声が震えそうになるのを必死で堪えた。


「相変わらず察しがいい。話が早く済むね」


「禁書を持ち出して殿下に呪いをかけたのも、魔物を召喚したのも、ここまで殿下を攫って崖から突き落とそうとしたのも……何もかも、メイソン先生の仕業なんですか?」


 そうだよと静かに告げられて、リスベットは硬く目を閉じた。込み上げてきたのは怒りか悲しみか、そのどちらもか。かき乱れた心のまま、リスベットは問う。


「なぜです……?先生はそんなことをする人ではありません」


 学園に通っている頃の二年と少しの間、サイモンは優しく丁寧に魔術を教えてくれた。


 リスベットの面倒くさがりやな性格を見抜いて、杖を使わずに魔術を使ってみてはどうかと提案してきたのはサイモンだ。

 やって見せると喜んでくれて、人とは違う魔術の練り方――想像や経験したことを引き出す方法――を考えたり、何かあれば相談に乗ってくれた。


 そしてラザフォード家を出て学園を辞めると告げに言った時も、ヨークという名前をくれたではないか。


 ……あれは、何だったの?

 あの優しかった先生は偽物だったというの?


「どうしてそんなことが言えるんだい?私の表面しか知らない君が……私の何を知っているというのかな?」


「先生……」


 リスベットはショックでそれ以上何も言えなくなった。


「ヨーク君。私は君と初めて会った時から考えていたんだよ」


 何を、そう言おうとしたが声は掠れて出てこなかった。


「君を器にして邪竜を召喚し、契約出来ないかとね」


 にこりと微笑んだサイモンに、リスベットの唇がわなわなと震えた。


「まるで童話の中の黒髪黒目の魔女のようだ。……誰もが君を見てそう言うだろう。私も同様だった。君を初めて見た時感動したのを今でも覚えている」


 サイモンはそっと抱えていた書物を開いた。


「さて、と。邪竜を呼び出すには時間がかかるんだ。その話はひとまず置いておこうか。先に生贄を捧げないといけないのでね」


「殿下には手を出させません!!」


 ジョージが叫ぶと、サイモンは首を横に振った。


「何も殿下でなくてもいいんですよ。生贄には、若くて魔力のある生娘ならば誰でもいいんです。高潔なほうが良かったんだが仕方ない。……エマ」


 エマの肩がビクリと跳ねた。顔を強張らせてサイモンを見上げると、サイモンはエマの肩を抱いて囁くように言った。


「配役を代えようか。君に生贄になってもらおう」


「……サイモン先生?……私は魔女の役ではないのですか?」


 引きつった笑みを浮かべたエマに、サイモンはにこりと優しく微笑み返すと、とんと背中を押した。よろよろとエマが前に踏み出した。その足がガクガクと震えていた。


「ヨーク君が王都に帰ってきた時点で、君の役は魔女ではない。生贄でもなかったけれど、こうなってしまっては致し方ない。それに、君は童話の魔女とは似ても似つかないよ」


「そんな……!」


 エマはそれ以上何も言えなかった。サイモンの影から突如として現れた闘牛のような魔物に、背中を押されたからだ。

 エマは前のめりに倒れ込んだ。縋るようにサイモンに振り返ったところを、後ろから突進してきた魔物に突き飛ばされた。


 リスベットは思わずエマに向かって手を伸ばした。しかし、エマはその手を拒むように、胸の前で両手を握り合わせた。そして死を覚悟したように固く目を閉じた。


「エマッ……!」


 エマが崖から落ちていく。リスベットもジョージも見ていることしか出来なかった。


 どん、と地面にぶつかった音がした。その後、谷底に描かれた魔法陣が光り出すと、うねうねと光の線が伸びたり縮んだりし始めた。

 エマの周りを何かが蠢いている。光と影が交錯しながら、それはやがてエマを呑み込んでしまった。


「生贄は受け入れられた。ここから少し時間がかかるんですよ」


 魔法陣の中心が赤く染まり広がっていく。それはまるで血のようだ。だとしたら、エマの血だとリスベットは思った。


 リスベットの隣でジョージが怒りに震えていた。サイモンに向き直ると、ジョージは吠えるように叫んだ。


「なぜですか……?!なぜこんなことが出来るんですか?!」


 エマを突き飛ばした魔物が、ジョージを牽制するように歯を剝いて唸り声を上げた。

 サイモンが魔物を制するように手を掲げると、魔物は静かに後退してサイモンの隣に座った。


「ヨーク君とは仲が良いとは聞いていなかったが、仲直りしたんだねラザフォード君。姉弟は仲が良いほうがいい」


 ジョージも魔術学園を卒業しているので、サイモンを知っているはずだ。ジョージもサイモンがこんなことをするとは思ってもみなかったのだろう。

 目に涙を浮かべてサイモンを睨み付けている。


「先生……質問に答えて下さい」


 震えるジョージの肩に手を添えて、リスベットは静かに聞いた。

 

「私は……長年魔物の研究をしてきた。数多の魔物を倒して契約してきた。大魔導士になる前は国を周り、知らない魔物はないと言える程魔物を見てきた」


 サイモンは書物を掲げた。


「けれども、絶対に手に入れることが出来ない魔物がいる。それは伝承の中に登場する、伝説の魔物だよ」


 サイモンは視線を書物に落とした。それは黒い革のカバーの古びた書物だった。


「幼い頃から夢見た存在。見てみたい。触れてみたい。自分のものにしたい。それは叶わない夢だと思っていたが、叶うかもしれないと分かった時、君達は手を出さずにいられるかい?」


 サイモンは顔を上げると無表情に言った。


「私は夢を叶えたいと、そう思った。だから、夢を叶えるためには手段は選ばないんだ」


 知らない人だと、リスベットは思った。

 夢を語る目の前の男は、リスベットの知っている優しいサイモンではない。全部、偽りだったのだ。


「例え誰かを犠牲にしようとも、私は夢を叶えてみせる」


 真っ黒な夢を抱えた男は、空を仰いで笑った。


 

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