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王女の契約 2



「あなたは何が不満なのかしら?」


 東宮の客室にて。リスベットの向かい側に座った少女は、鈴の鳴るような声で聞いた。


 銀に近い金髪を複雑に編み込み、まっすぐ切り揃えられた前髪の下には、大きな碧い目。つんとした鼻に、薄紅の唇。それら全てが絶妙なバランスに配置された顔をした美少女。それがこの国の王女、シャーロットだった。


 齢十三とは思えないほどの落ち着きぶりと謎の貫禄を持ち合わせた王女には、兄が三人いる。

 第一王子、第二王子、第三王子ときて、一番末の唯一の王女がシャーロットだった。


「国民の税金を使って勝手に私の家を建て直すだなんて、聞いておりません」


 リスベットが憮然とした態度を取っても、シャーロットはどこ吹く風で気にした様子がない。一ヶ月前に呪い殺されそうになったとは、とても思えなかった。


「あなたに何の相談もなく、勝手に家を取り壊して建て直してしまったことは謝るわ。ごめんなさい……。だけど、私はあなたのためを想ってしたつもりなの。それに私、あんなあちこち穴の空いた家に今まであなたが住んでいただなんて、今でも信じられないわ」


 謝罪したと見せかけて軽くディスってくるな、とリスベットは思った。


「家を見に行ったんですか?わざわざ?」


「ええ。興味がありましたもの。見てみて驚きましたわ。よくもあの状態で放っておけましたわね。冬でしたらあなたは凍死してるんじゃなくて?」


「今は春ですから。そんなことよりも、あんな立派な家には住めません」


「なぜ?言っておくけれど、あれは私が稼いだお金で購入したものであって、国民の税金を使ってはおりません」


「え、ええ?」


「私の趣味はレース編みなんですの。四歳の頃から続けていたら、いつしかその趣味が凝りに凝って評判になりまして。それでレースの編み図を考えたり、ドレスのデザインをする事業を密かに立ち上げたんですの。それで稼いだお金であの家を建てたのです」


 だからあなたが心配するようなことは何もありません。ピシャリと言われて、リスベットは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「しかし、それこそ殿下にお金を出して頂くわけにはいきません。恐れ多いです」


「なぜ?私はあなたに命を救って頂いたのよ?一国の王女の命と一軒家を天秤で測ってみたら?私の命の方が圧倒的に重いわよ。測りが壊れてしまうくらいにね。そう考えると、一軒家なんて安いものじゃないの」


「人の命と一軒家を比べないでください」


「それに、恐れ多いだなんて言うけれど、あなたは勝手に私の日記を読んだじゃないの。そっちの方が遥かに恐れ多い行為よ」


 そこまで言われたら、リスベットはもう何も言えなかった。十三歳に口で言い負かされる三十路ってなんなんだよと、リスベットは内心舌打ちした。


 そんなぐうの音も出ないでいるリスベットに、シャーロットの横で気配を消して控えていた秘書官が口を挟んだ。


「失礼ですが殿下、私の発言をお許しくださいますか?」


「何かしら?」


「ヨーク殿はタダ同然であの新築に住むのが心苦しいのです。そうですね?」


 にこりと微笑んだ秘書官は、ジャン・タイラーと名乗って丁寧に挨拶した。

 ジャンはまだ二十代前半と見られる青年だった。暗い茶色の短髪をきっちりと分け、中性的な顔をしている。


「その通りです」


「だから、タダではありませんわ。お礼なんですから」


「しかし殿下。平民にとって、人生で一番高い買い物は、一軒家と言っても過言ではありません。誰もがマイホームを夢見て、そして借金をして家を手に入れるのです。そして背負った借金を、何十年もかけて払っていくのです。もちろんそれだけ高いものですから、一生家を買えずに賃貸で暮らす者もいますし、住み込みで働く者達はそもそも自分の家はありません」


「そんなことは私にだって分かっているわ」


「それに、殿下がいくらお礼だから気にするなと言っても、もらう方は気にするものなのです。殿下の気遣いは、充分ヨーク殿に伝わっていると思います。ですが、ありがたいと思う以上に、ヨーク殿は申し訳なく思ってしまうのです。……ですね?」


「その通りです!!」


 ジャンはにこりと微笑む。リスベットは強力な助っ人を得て、急に元気になった。反対に、シャーロットは眉を下げて困り顔になる。


「だけど……それじゃあどうしろと言うのよ?」


 そう言われると、リスベットも返答に詰まってしまう。

 リスベットは、シャーロットが税金を使って勝手に家を建て替えたと思って腹を立て、その勢いでここまでやって来ただけであった。

 どうしたらいいのかなんて、リスベットにはわからなかった。


「そこで、私から提案があります」


 ここで再びジャンが助け舟を出した。


「何かしら?」


「殿下がヨーク殿から、月々家賃を頂いてはいかがでしょう?もちろん、あの家のお金を丸々払うのではヨーク殿にあまりにも負担になりますし、そもそも本人が建て替えを希望したわけでもないので、多額の請求をする訳には参りません。元々あの家はお礼なのですから、本来は家賃は頂けませんので。というわけで、家賃の設定は貧民街のアパートメントの平均的な値段にして、支払いには期限を設けます」


「いつまでかしら?」


「殿下が成人する二十歳まで。もし殿下が成人までに嫁ぐことになった場合は、結婚するまででいかがでしょうか?」


「すると、最低でも七年間は家賃を支払って貰うことになるわね。長すぎないかしら?」


「家賃は破格の値段に設定しますので、さほど負担にはならないかと思います。ヨーク殿はどう思われますか?これで少しはヨーク殿の肩の荷も降りるのではないかと思うのですが」


「その提案、喜んでお受け致します!」


 タダでもらうとなると、なんだか借りができたようで嫌だったのだが、家賃を払うというのならば、何かあったとしても家賃は払ってますからと突っぱねることが出来る。

 リスベットは心の中でジャンに感謝した。なんて気の利いた秘書官なのだろう。


「では、早速契約書を書きましょうか」


 用意してきますと言ってジャンが部屋を後にした瞬間、シャーロットが思いついたように手を叩いた。


「そうだわ!毎月家賃を払うならば、月のはじめに直接私の所まで持って来てくださる?」


「それはまあ、いいですけど……」


 リスベットは嫌な予感がした。シャーロットはキラキラと目を輝かせている。


「そしてそのついでに、私に占術を教えてくださいませ!」


 リスベットの嫌な予感は的中した。


「な、なぜですか?」


「私前から占術には興味がありましたし、予知夢を見たこともあるの。それに私も王族。魔術は多少は扱えますし、センスもあると思いますの。自分の身を守るためにも覚えていて損はありませんわ」


「それならば宮廷魔導士の方に頼めばよろしいのでは?殿下ならば優秀な家庭教師をおつけすることも可能でしょう」


「私にかかった呪いも解けない方々に家庭教師を頼めと?」


「たまたまあの時はいらっしゃらなかっただけですよ」


「そうね。確かにノートン卿も帰国してはいるけれど、彼は忙しい身ですからお手を煩わせるわけにはいかないわ。それに、私はあなたに教えてもらいたいのよ。もちろん月謝は払いますわ」


「しかし……」


 言い淀むリスベットを見て、シャーロットはニヤリと何かを企む笑みを浮かべた。


「……そうね。ではこれは、日記を勝手に覗いた罰として命じるわ。リスベット・ヨーク。私に占術を教えなさい!」


 シャーロットはピシリと人差し指を突きつけて、満足げに微笑む。

 それを言われたら最後。リスベットは、はいと言うしかなかった。


 それにしても、家賃を払いに行って占術を教えて月謝をもらって帰るって、お金を上げてそのままそれをどうぞと返されるようなものでは?


 リスベットはもう何しに来たのかわからなくなって、ジャンの持ってきた書類にサインをすると、逃げるように部屋を後にした。


 


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