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青褪めた月 2



 シャーロットは馬車でバルティール領へと向かっていた。


 道中ずっと車窓から外の景色を眺めていたが、頭に入って来なかった。ため息ばかり出てしまう。

 シャーロットの手には、リスベットからの手紙が握られている。もう何度も読み返したそれは、所々しわが入っている。


「殿下、ご気分はいかがですか?」


「大丈夫よ」


 シャーロットの向かいにはエマとサラが並んで座っている。いつになく静かなシャーロットに、二人は心配そうに顔を見合わせると、結局黙りこんだ。


 シャーロットは手にした手紙を見下ろした。

 そこには、髪飾りとネックレスを手放さないように。リスベットのことは心配しないように。くれぐれも身体に気を付けるように。そして、宿題を忘れないようにと書かれていた。


 けれど、何をどう気を付ければいいのかシャーロットには分からなかった。

 リスベットが傍にいてくれたらいいのに。ただそれだけで安心出来るのに。

 兄のレオポルドに会えるのは嬉しいが、見舞いを兼ねた避暑のためにバルティール領へ行かされるわけではないと、きちんと理解している。


 だが、なぜリスベットと引き離されるのか。リスベットの周囲に魔物が出現しているのは分かっているが、その魔物を倒してきたのもノエルとリスベットだ。ならば傍にいたって、二人がいれば倒してくれるはず。

 シャーロットのためを思ってしてくれているのだろうが、シャーロットは内心納得していなかった。


 大人達はいつだって、シャーロットの意思を無視して話を進めてしまう。子供だからと庇護されても、一つも嬉しくない。

 早く大人になりたい。そして、リスベットの言うような強かで優しく逞しい女性になりたい。そうしたら、皆シャーロットの話を聞いてくれるのに。


 王都を離れて景色が田舎の田園風景に変わっていくのを、シャーロットは静かに眺めていた。


 王都から休憩を挟んで四時間半。バルティール領は思ったよりも近かった。

 シャーロットは幼少の頃に来たきりだったので、どんな所かはあまり覚えていなかったが、小高い丘に森が広がり、南には大河が流れる緑豊かな土地だった。


 王族の御用邸は、森と丘を挟んだ丁度真ん中に建っていた。コの字型の建物に周囲は林と見事な薔薇園に挟まれており、裏手には小さな池がある。涼しくて空気が美味しい。避暑にはうってつけの場所だ。


 シャーロットが門前で馬車から降りると、レオポルドと使用人達が出迎えてくれた。


 久しぶりに見るレオポルドは、以前よりも顔色が悪く痩せているように見えた。

 レオポルドは肩まである銀に近い金髪を編み込み、透き通るような青い瞳をしている、シャーロットに良く似た美少年だった。


 レオポルドは瞳を輝かせて駆け寄ってくると、シャーロットを抱きしめてポンポンと背中を叩いて離れた。


「シャーロット久しぶりだね。元気だったかい?」


「お兄様お久しぶりです。私は元気ですけど、お兄様は顔色が悪いですわ。お身体の調子が悪いのですか?」


「最近調子が良かったんだけど、昨日からちょっとね。でもシャーロットの顔を見たら良くなったよ」


 それを聞いてシャーロットは笑顔になった。レオポルドも心底嬉しそうに笑っている。


「さあ中へ。案内するよ」


 レオポルドに連れられて、シャーロットは邸の中へと踏み入れた。その後をサラとエマ、マーク等護衛が続く。


 中は外観同様豪奢な造りだった。レオポルドはシャーロットを王族専用の寝室へ案内すると、サロンへと向かった。すでに用意されていたお茶を二人で飲んで、近況を話し合っている内に、レオポルドの顔色も段々と良くなってきた。シャーロットはホッとした。


「王都では大変だったみたいだね。昨日メイソン卿から色々聞いたよ。ここなら結界も敷かれているし騎士団も魔導士もいるから、安心して過ごせばいいよ」


 サイモンは昨日の内に魔導士を引き連れて一足先に到着していた。それから今日まで、周囲に結界を敷いて回っていたらしい。

 邸のあちこちには騎士が配置されており、厳重な警備が敷かれている。シャーロット自身はリスベットと共に作った髪飾りとネックレスを片時も離すことなく、今日も身につけている。


「この邸はどこに行っても人だかりが出来てるから、何かあっても大丈夫そうね」


 皮肉たっぷりに言うと、レオポルドは目を丸くした。


「少し見ない内に、シャーロットもそんなことを言うようになったんだね」


「ええ。私は強かな淑女を目指しておりますから」


 レオポルドはポカンとした後、くつくつと笑った。


「なんだか頼もしいな」


 レオポルドは昔から心優しい少年だった。好奇心旺盛で気の強いシャーロットと比べると、レオポルドは物静かで大人しく、線が細く見かけも中性的なので、まるで女の子のようだった。

 病弱なこともあって成長期なのに背も低いから、今でもドレスを着たら女の子に間違われてしまいそうだ。


 シャーロットは、そんなレオポルドのことが大好きだった。レオポルドはシャーロットの話をきちんと聞いてくれるし、いつも気遣ってくれる。病弱なのに自分のことよりもシャーロットを優先してくれた。

 だから、シャーロットはレオポルドの役に立ちたいと思う。優しくしてくれた分、それ以上にレオポルドの助けになりたかった。


「お兄様も、早く元気になって王宮に帰って来てくださいね。私が守って差し上げますから」


「そんなことを妹から言われるとはね。早く元気になって強くならなくちゃ、シャーロットに負けてしまいそうだ」


 シャーロットとレオポルドは声を上げて笑い合った。


 その日、シャーロットを歓迎する晩餐会が開かれた。

 バルティール領の領主や、共に御用邸へと来た魔導士や騎士も出席し、バルティールの郷土料理を中心としたご馳走を囲み、楽しい夜を過ごした。



 ――そしてその夜、シャーロットは夢を見た。


 シャーロットは、ガタガタと馬車が揺れる音で目が覚めた。車窓から外を眺めると、辺りは薄暗く青白い月が浮かんでいた。夜明け前のようだった。


 遠くの方に山が見えた。二こぶの山に、麓には森と小さな丘が見える。馬車は山の方へと向けて走っている。


 その麓に、小さな村が見えた。馬車が村へと入っていくと、ある一角に、背の高い教会があった。ステンドグラスが嵌め込まれたきらびやかな窓が幾つも並び、屋根の上には星と月が矢の先についた変わった形をした風見鶏がある。

 よく見ると、ステンドグラスにも大小様々な星と三日月が描かれている。王宮にも同じようなステンドグラスの窓があったことを思い出した。


 馬車は村を抜けて湖の横を通り、山へ向かって走り続ける。

 シャーロットは急に嫌な予感がした。

 そこには行きたくない。行ったらいけないと強く思った。しかし馬車は止まってくれない。


「馬車を止めて!降ろして!!」


 叫ぶと、すぐに返事があった。


「なりません」


 その声は、歪んでいた。男とも女ともつかないひしゃげた声は、凍る程冷たい。シャーロットは息を飲んだ。


 誰……?この声は。

 誰と一緒に馬車に乗っているの?


 シャーロットは唐突にリスベットの存在を思い出した。リスベットに教えてもらった、夢の中で予知夢だと気付いた時の対処方法が頭に浮かぶ。

 髪に手をやると、そこには髪飾りが確かにあった。大丈夫。リスベットに言われた通りにやればいいんだと、自分に言い聞かせて深呼吸した。


 そしてシャーロットは手のひらを広げて、その手に反対の指で文字を書き込んで、叫んだ。


「まやかしならば目覚めよ!夢ならば真実を映し出せ!」


 馬車の中が光で満たされる。そして、向かい側に座る見慣れた顔を見つけた。ハッとして呼吸をするのも忘れた。

 虚ろな青い目がこちらに向けられたが、その目はシャーロットを捉えておらず、灰がかって濁っていた。


「お兄様……」


「シャーロット、座れ」


 反論を許さない高圧的な口調で言われて、シャーロットは汗ばんだ手でドレスを握りしめた。そして、自身が白いドレスを着ていることに気が付いた。

 その横で、白い百合のブーケを持つ手が視界に入った。はっと横を見れば、薄く微笑むエマが、ブーケを膝の上に乗せて座っていた。


「殿下。ご気分はいかがですか?」


 シャーロットは舌が痺れたように、言葉を発することが出来なかった。


 エマ。なぜ、あなたがそれを持っているの?



「――ッエマ!!」


 悲鳴を上げるように叫び声を上げたシャーロットは、身を起こして身体を強張らせた。

 

 たった今夢から目が覚めたはずだった。

 それなのに、ガタガタと音がしている。馬車の中にいることに気付いて、目を見開いて車窓に目をやった。

 薄暗い空に青白い月が浮いていた。二こぶの山が遠くの方に見えて、息が止まるかと思った。


「殿下。いかがなされましたか?」


 ゆっくりと横を見れば、エマが心配そうに見ている。


「え、エマ……わ、わたくし……」


 混乱して言葉が見つからない。

 今のは確かに予知夢だった。だけどあれは、どういう意味?そして、今ここは現実の世界よね?だとしたら、なぜ馬車に乗っているの?


 シャーロットは答えを探すように視線を彷徨わせた。そして、青い瞳と視線がぶつかった。


「どうした?シャーロット」


 それは低く無機質な声だった。いつもの優しさは欠片もない。向かい側に座っていたのは、レオポルドだった。


 レオポルドの目が、灰がかった濁った色に変わっていた。その目の奥には、ゆらゆらと青い炎が揺れている。シャーロットの顔が驚愕に変わった。


 シャーロットはぎゅっとドレスを握りしめた。そして自身が白いドレスを着ていることに気付いた。エマの手には白い百合のブーケが。


 ついさっき見た夢が正夢になったのだ。

 シャーロットは青褪めた。晩餐会の夜、寝室に戻ってからの記憶がなかった。攫われたのだと直感的に思った。

 

「どこへ、行くの……」


 震える声で聞くと、エマがにこりと微笑んだ。


「ラザフォード領の双斧山ですわ。殿下の助けが必要なのです」


「助け……?」


「左様でございます。物語を進めるには、殿下の清らかな魂が必要なのです。殿下、共に邪竜を起こしに行きましょうね」


 エマはパチンと指を鳴らした。シャーロットは、急に眠気を覚えて目を開けていられなくなった。意識を手放す直前に思い浮かんだのは、リスベットの顔だった。


 ――先生。助けて……。


 

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