王の決断 3
ノエルが帰ってから、リスベットは作業場で薬品作りに勤しんでいた。何かしていないといらぬことを考えてしまうので、マルコ用の回復薬を作ることにしたのだ。
早速出来上がった薬をマルコに飲ませてみると、マルコはヴオェーとまるでおっさんのように苦い顔をして鳴いた。リスベットはこれは着ぐるみではないかと一瞬疑った。
それでもマルコはなんとか薬を飲み切った。お陰で少しずつ回復してきて、昼を過ぎた頃には歩けるようになり、夕刻前には食事が喉を通るまでになった。
魔女の妙薬は苦いが効くものだと、リスベットは満足した。マルコは食後また薬を飲んでゲーゲー鳴いていたが、リスベットは素知らぬ顔で薬を飲ませ続けた。まるで毒を盛っているような気分になった。
「すいませーん」
リスベットが夕飯の支度をしようとしたところで、外からマークの声がした。久しぶりの訪問だ。
マークを家の中に入れると、マルコを心配そうに見て、恐る恐る腹を撫でた。マルコは嬉しそうに尾を振っている。
「マルコ君が襲われたと聞きました。元気がありませんが、大丈夫ですか?」
「大丈夫。クラーク卿に治してもらったから」
「それを聞いて安心しました。魔女殿は大丈夫ですか?」
「私はもちろん大丈夫。そっちはどう?」
リスベットはマークを居間の椅子に座らせると、向かいに座った。それからマークは、王宮で会合があって、そこで決定したことを話した。
「ちなみに私は第四騎士団に所属する騎士ですが、これからは魔女殿の様子を見に毎日伺います。連絡係のようなものだと思って下さい」
第四騎士団所属だなんて初めて聞いたとリスベットは思った。
「だけど、シャーロット殿下について行かなくて大丈夫なの?」
「これは国王命令なので。殿下には第四騎士団団長をはじめとする強者がいますし、メイソン卿もいますから安心してください」
しかし、リスベットはそう言われても安心出来なかった。
リスベットとイアンとシャーロットを引き離すのには賛成だが、シャーロットが王宮を離れるのは不安だった。それならばリスベットが一人王都を離れて氷鬼山脈辺りに篭ったほうがマシな気がした。現在氷鬼山脈を管理している宮廷魔導士には大迷惑だろうが。
結局のところ、リスベットは自身の元からシャーロットが離れることに不安を感じているのかもしれない。目の離れた所に行ってしまって、何かあったらと思うと怖いのだ。
「バルティール領まで馬を飛ばしてどのくらい?」
「休憩を挟んで四、五時間程でしょうか」
ならば、魔術を使って飛ばしていけば三時間以内で行けるはずだ。しかし、三時間で間に合えばいいが、間に合わなかった場合どうする。
「何か不安でもおありですか?」
「あるわよそりゃあ。何がどうっていうか、何もかもがよ。邪竜はきっと現れる。だけど、何をどう対策すればいいか分からない。どうやって倒すつもりなの?」
「王都に出現した場合は、山に誘い込んでそこで封じ込めるそうです。結界を敷いて山から出られなくした後、倒します」
「具体的にどうやって倒すのよ?攻撃魔術で死ぬの?剣で斬って油を撒いて火矢を放てば燃え死ぬの?それとも凍らせて斧で一刀両断してその後粉々にする?稲妻を四方から浴びせて感電したところを生き埋めにする?」
「魔女殿は恐ろしい方法ばかり思い付きますね……でも、それらの方法でもやってみないと分かりません。……ですが、神話には倒し方が書かれていましたよね?」
リスベットは神話内容を思い出しながら言った。
「確か、爪で呪いの鎖を断ち切り、髪で邪気を払い、血を飲ませて竜の自我を取り戻し、涙で契約をした……ってやつね。だけど、どうやってやるのよ?」
「……え?魔法使いならばやり方は分かるのでは?」
キョトンとしてマークが言うものだから、リスベットは舌打ちした。
「あのねぇ……魔術が扱えるからって何でも出来るわけないでしょ。魔法使いにも出来ることと出来ないことがあるのよ。マーク、あなた今から私を呪えって言ったら出来る?」
「出来ませんよ。私には魔力はありませんし、やり方も知らないので」
「それは魔法使いも同じよ。魔力はあってもやり方を知らないなら出来ないの。薬を作るにも呪いをかけるにも、魔法使いだって誰かに教わったり調べてみて出来るようになるんだから」
「では、神話に書いてあるように邪竜は倒せないのですか?」
「そもそも神話では邪竜を倒してない。契約しただけでね」
リスベットは考え込む。
爪で呪いの鎖を断ち切る。これはまだやろうと思えば出来る。要は解呪すればいいのだ。
黒く艶やかな髪で邪気を払う。髪をどう使うか分からないが、これも悪魔払いのようなものだろう。
しかし、鮮血を飲ませて竜の自我を取り戻し、零した涙で契約をした。この最後の二つがよく分からない。
血を飲ませて自我を取り戻すというのは、浄化させるということか?それは悪魔払いに近いのだろうか。それとも、本来の神龍の姿に戻すという意味か?だとしたら益々やり方が分からない。マルコーシスを番犬にするのとは訳が違うだろう。
涙で契約するというのが、魔物を使役することと同じならば、一度は魔物を屈服させねばならなくなる。ということは、結局ある程度邪竜を弱らせなければならない。
「何にせよ、邪竜を弱らせなければ契約も何もないわよ」
そうなんですか?とマークは軽い調子で言うものだから、リスベットは目を細めた。
「てっきり私は、魔女殿はイメージで魔術を起こしているのだと思っていました。魔女殿の魔術は、呪文も杖もない変則的なものでしたから」
「変則的?」
「私が知る宮廷魔導士達は、皆同じ呪文を使っていましたから。聞いてみると、魔術学園で習った基本的な魔術をどんどん応用していくらしいのですが、皆大体似たような魔術を使ってました。しかし魔女殿は呪いを解いた時も魔物を倒した時も、今まで私が見たことのないような魔術を使ってましたので、頭で想像したものをそのまま魔術に起こしているのかと思って……」
これには逆にリスベットが驚いた。マークの言っていることは半分は当たっている。
リスベットは基本的な魔術をベースにしているが、頭の中で今まで経験したことやものを引き出してきて思い浮かべ、魔術を込めるのだ。
「確かにマークの言っていることは多少当たっているけど、想像したものをすぐに現実に起こすことは難しい。それも訓練してきたから出来るのよ」
そうなんですか、とマークは真剣な顔で呟いた。
「そもそも魔女殿はなぜ邪竜が現れると言い切れるのですか?」
「そんなものは勘よ」
「勘……」
マークが呆れたようにリスベットを見てきたので、睨み返した。すると、慌てたマークは思い出したように懐に手を入れた。そこから手紙を取り出すと、リスベットに差し出した。
「預ってきました。キーティング卿からの手紙です」
リスベットはすぐに封を切った。手紙には禁術について書かれていた。
神話に描かれた魔物を呼び出すには生贄が必要であること。シャーロットの指輪がすり替えられた可能性があること。そして、王族の側近や使用人の中に犯人がいる可能性が高いこと。しばらくは小山から離れないようにすること等が書かれていた。
そして、なぜかシャーロットの髪飾りを作った鍛冶屋を教えて欲しいと書かれていた。
そして二枚目の手紙には、リスベットとマルコの身体を心配し、また会いに行く。邪竜からは絶対に護るから大丈夫だと書かれていた。
それを読んだリスベットの鼓動が早鐘を打つ。ただの手紙にこんな風になるなんて。悶そうになる心を律し、リスベットは唇を噛み締めて必死で耐えた。
「あの、そんな深刻な手紙だったんですか?」
「え?ああ、いやいや。……禁術について書かれていたの。マーク、ちょっと待ってて。今手紙を書くから届けて欲しいんだけど、大丈夫?」
「私は大丈夫です」
リスベットは誤魔化して立ち上がると、マークにお茶とお菓子を用意してから、自室に行って手紙の返事を書いた。
手紙の内容を了解したことと、マットの店の場所を書いた。そして、ノエルも身体に気を付けて、無理をしないように。いつでも会いに来てくれて構わないと締め括った。
これを書くのに結構な時間を要した。
手紙を持って階下へ行くと、マルコの横腹を撫でていたマークに渡した。それを受け取って立ち上がったマークを、マルコがガッカリしたように見上げている。
「では私はこれで。また明日来ます」
「分かった。ありがとう」
リスベットはマークを送るため玄関に向かった。ブーツの紐を括り直しているマークの背中を見て、その背中が意外に広くてがっしりとしていることに今更気付いた。
よく考えてみれば、この年で騎士になれるだなんて並ではない。戦っているところを今まで見たことがなかったが、マークは案外強いのかもしれない。
「マーク、あなた実は強いの?」
「何ですか急に?それなりに強くなきゃ騎士にはなれませんよ」
「そうなの?」
「そりゃあそうですよ。それに騎士は狭き門なんですよ。並大抵の努力じゃなれません」
「マーク。私はあなたを過小評価していたようね……」
「それは言われなくとも分かってましたけど」
そうか。マークは強かったのか。
リスベットは決めた。
「ねえ、やっぱりマークもシャーロット殿下について行ってよ。ここに様子を見に来るのは、他の誰でもいいから」
振り返ったマークが不思議そうな顔をしている。
「それは……私の口からは何とも。ですが、何か理由がおありですか?」
「ただ殿下が心配なのよ。少しでも信用出来る人を傍に置いておきたいでしょう」
「……実はキーティング卿から、使用人や側近が疑われていることは聞きました。その中に私も含まれています。でも、魔女殿は私を信用してくれるのですか?」
「そんなの当たり前でしょう。むしろ、王宮内であんた以外に信用出来る人なんて、ほんの数人しかいないのよ。だから頼んでるの。本当は私が傍にいてあげたいけど、それだと危険だから」
マークは目を瞬かせた。
「魔女殿がそこまで私を信用してくれているとは思ってもみませんでした。ですが、頼りにしてくれて嬉しいです」
マークは満面の笑みを浮かべると、どんと胸を叩いた。
「分かりました。上にかけ合ってみます。任せてください」
「本当?大丈夫そう?」
「頼み込んでみます。シャーロット殿下のことは私にお任せください」
「そう。……それじゃあ、ちょっと待ってて」
めずらしくもマークが頼もしく見えた。
リスベットは素早く作業場へ戻ると、真鍮の腕輪を持ってきてマークに渡した。
「それ私が魔術を込めたの。マークを守ってくれるから、常に付けておいて」
マークはすぐに腕輪を付けた。それは、少し大きいと思ったが、不思議と付けてみるとしっくり馴染んだ。
「軽いですね。ありがとうございます。では、とりあえずまた明日私がここに来ますので」
「分かった。お願いね」
マークが玄関を開けると、丁度小雨が降ってきたところだった。
「あら、降ってきた」
「もしかしたら梅雨入りかもしれませんね。とはいっても王都に梅雨と言える梅雨はないので、一週間程で終わるでしょうけど」
マークは小走りに馬小屋へ行くと、そのまま馬を走らせて去って行った。リスベットはそれを見送った後も、しばらくその場で雨を眺めていた。
梅雨が明けたらシャーロットはバルティール領へ行ってしまう。慌ただしいスケジュールだが、延期にはならないだろう。
イアンとリスベットと引き離すことで、シャーロットの見た予知夢を回避出来るだろうか。
そうでなければならないが、リスベットは胸騒ぎを抑えられなかった。




