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二十八歳、終戦 2



 終戦が告げられてから一ヶ月。

 千楼渓谷からは順に兵士が撤退していき、残ったマシュウ班とダリのいる分隊は、最後の馬車で前線から離れることとなった。


 丸三年間戦った地を離れると思うと、嬉しいはずなのに、なんだか素直に喜べない。複雑な気持ちだった。


 出発の前日。

 リスベットは夕焼けを見るために、岩の塔へと登った。真っ赤な夕陽によって照らされた千楼渓谷の、光と影の織り成すコントラストは絶景だった。

 確かにここは神聖な地だ。そんな場所で戦争をして、自分達は罰が当たるかもしれない。


「ここにいたんだね」


 振り返ると、いつの間にかダリがいた。ダリはリスベットの隣に座った。


「いよいよ明日だね」


 終戦から一ヶ月。戦死した仲間の遺体の捜索や、遺品の仕分け、生き残った兵士と戦死した兵士の名簿の作成などで、お互いにバタバタしていて顔を合わせる機会が少なかった。

 ようやくゆっくり会えたと思ったら、出発前日だった。


「長いような短いような……変な感覚だ。リースは丸三年間前線で戦ってきたんだ。長かったろう?」


「どうかな……振り返ってみると、すごく短かったような気もするよ」


「そうか……」


 二人はしばらくの間並んで夕陽を眺めていたが、ふいにダリが言った。


「前に戦争が終わったら話したいことがあると言っていたのを覚えてるか?」


「もちろん覚えてるよ」


「その話なんだけど、リースは驚くかもしれない」


 ダリは緊張した面持ちでリスベットを見た。その表情を見て、リスベットは気付いた。ダリが何を言いたいのか、全て理解した。


「ダリが何を話そうとしているのか、分かったよ」


「……えっ?」


「ダリ、君と私はきっと同じだ」


 ダリの大きな目が更に大きくなった。リスベットはその目に写った自分の顔を見て苦笑した。どこからどう見ても、男だ。


「それは……」


「思えば、初めて会った時から、ダリからは不思議な安心感を感じていたんだ。波長が同じなのかなって思ってたけど、ようやく分かったよ」


 リスベットは夕陽を背に、立ち上がった。


「ダリ。もう戦争は終わったんだ。本来の姿に戻ってもいいんじゃないかと、私は思う」


「リース……そう、か。……そうだったの」


 ダリは脱力したように肩を下ろすと、長い長い息を吐き出した。そして、すっくと立ち上がると、リスベットに強い眼差しを向けた。


「腕輪があってもなくても、私は戦争に参加していた。ここは私達にとって、とても大事な神聖な場所だから。自分の手でなんとしても守りたかったんだ。私はね、東部のグラッドストン侯爵の一人娘なんだ」


 東西南北中央にそれぞれ領地を持つ五大侯爵家の内の一つ、グラッドストン侯爵家は、東部の中央に位置する枯四山の麓から千楼渓谷までの、広大な領地を有している。


 五百年前に先住民族と東部の侯爵家が血縁を結んだことによって領地を広げたと言われているが、その頃から今に至るまで、侯爵家と先住民族の末裔の仲は良好関係が続いている。


 現在に至っては、グラッドストン侯爵家よりも先住民族の血のほうが濃かったのか、グラッドストン家の外見は、瞳の色が緑色という点を除いて、ほぼ先住民族と同じである。


「侯爵令嬢なのに、魔法使い?」


「侯爵令嬢が魔術を扱えるっていうのが正しいかしらね。でもね、先住民族のほとんどは魔術の素養があるのよ。火の神の加護があるからね」


 リスベットはシャリゼを思い浮かべた。元から素養があったから、あんなにも早く魔術を習得したのか。


「東部の先住民族は興味深いな」


「奥が深いわよ」


 ふふっとダリは笑った。


「……名前を聞いてもいい?」


 リスベットが聞くと、ダリは短く頷いた。


「ダリア・グラッドストン。それが私の名前よ」


 ダリの腕の中から腕輪が浮かび上がると、銀色の光が全身を包み込んだ。リスベットは目を開けていられなくなって、瞼を閉じた。

 光が収まって目を開けると、そこには若い女が立っていた。


 豊かな長い赤毛は、まるでラドゥーの尾のようにくるくると巻かれている。真緑色の大きな目はつり目がち。勝ち気で派手な雰囲気の美女。それがダリアだった。


「ダリア……そうか。派手でしっくりくる名前だ」


「リースも、本当の姿を見せて」


 リスベットは笑って、自身の腕に触れた。


「リスベット・ヨーク」


 そこから腕輪が浮かび上がると、銀色の光がリスベットを覆い隠した。光が収まり目を開けると、驚いた顔のダリアと目が合った。


「黒髪黒目の魔女だなんて、まるで童話の魔女みたいね」


 ダリアは笑ったが、その目には涙が浮かんでいた。リスベットもなんだか泣きたくなった。


 長い間自分ではないリースという男になって戦って、随分色々なものを失った気がする。

 ダリアもまた、侯爵令嬢に関わらず男になって戦争に参加するだなんて、過酷な道を選んだものだ。度胸はあるが、苦しくなかったはずがない。


 大切なものを守るためとはいえ、他人になって人を殺して、仲間を失って、何度も自分を見失いそうになった。

 ダリアの苦しみを、リスベットは誰よりも理解出来る。そしてまた、リスベットの苦しみを、ダリアは理解してくれるだろう。


「だけど、リスベット。あなた本当の男にしか見えなかったわよ」


 リスベットは頬をかいた。確かに自分でもそう思う。いっそ男になったほうが性に合っているのではと思ったくらいだ。


「元から雑な性格だからね。慣れるのは早かったし、あんまり男になっても不自由しなかったかも」


 それを聞いてダリアは吹き出すと、けらけらと声を上げて笑った。リスベットも釣られて笑った。


 こんなにも可笑しくて楽しいと思える日が来るなんて、戦時中は想像も出来なかった。

 けれど、その戦争があったからこそ、こうしてダリアと出会えたのだ。失うばかりではなかった。得たものもたくさんあった。


 リスベットは可笑しくて涙が出る程笑った。ダリアもまた泣き笑いをして、そして二人で抱き合った。


「会えてよかった」


「私も。ダリアがいたからここまで生きてこれた」


 ダリアだけではない。マシュウ班の皆や、一緒に戦った味方の兵士達、怪我の治療をしてくれたエドガーや治癒師達。心が病みそうになると話を聞いてくれた神官。色々な人の助けがあったから生き延びることが出来た。


「私もよ。……ところでリスベット。この後旅に出るならば、まずは東部を見て回らない?私の領地に来て欲しいの。火の神もきっとリスベットを歓迎するわよ」


「それはありがたいな。さすがにクタクタだから、しばらくちゃんとしたベッドで眠りたかったんだ。それに、枯四山も見てみたかったし。お言葉に甘えようかな」


「うちのベッドは最高級よ。それに、枯四山なら私が案内するわ。火口を見に行きましょう」


「ダリア。君も大概侯爵令嬢らしくないね。山登りするなんて、じゃじゃ馬姫だ」


「あら。東部ではこのくらいが普通よ」


 ダリアはくすくすと笑った。陽だまりのような温かい笑顔だった。


「他にもたくさん聞きたいことはあるけれど、時間はたっぷりあるわ。さあ行きましょう。私の仲間は父に雇われた兵士ばかりだから私の正体を知っているけれど、あなたの仲間はきっと驚くわよ」


 なるほど。リスベットはダリアの分隊の兵士達の態度を思い出して納得した。だから妙に気を使っているような、上官に対するような態度だったわけだ。


「さあ」


 ダリアが手を差し出した。リスベットはその手を取ると、岩の塔から飛び降りた。着地して二人で走り出す。その先に、仲間達が待っている。


「あ、あんた達どこから現れたんだ?」


「なぜ女性がこんな所にいる?」


 目を丸くするマシュウ達を見て、リスベットとダリアはニヤリと笑った。


「リースと、ダリだよ」


 一同のぽかんとした顔を見て、リスベットとダリアは声を上げて笑った。夕焼け色の千楼渓谷に、驚きの声と笑い声がいつまでも響き渡った。



 ――その後、リスベットは放浪の旅へ出た。


 手始めに東部のグラッドストン領へ行き、そこで半年ゆっくり過ごした後、北部から西部へ行き、中央の田舎を周り、二年かけて王都へとやって来た。


 そして、そろそろ居を構えようと、ダグラスの家を借りることになったわけだ。

 初めて廃家同然のダグラスの家を見上げた時、リスベットは思わず笑った。


「これはひどいボロ屋だ。だけどまあ、岩場で寝るわけでもなし、屋根もあるんだからまあいいか」


 戦場での経験が、元からガサツだったリスベットを、更にガサツにさせたのは確実だった。


「さてと、ドラム缶にお湯でも沸かして風呂に入ってみるか」


 ――そして物語は冒頭へ戻る。


 

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