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二十五歳、開戦の狼煙 2



 運の悪いことに、リスベットは東部の前線へと派遣された。


 東部は火の神が住むと言われているスピネル唯一の活火山である枯四山(かしざん)を中心に、東の国境には千楼渓谷(せんろうけいこく)と呼ばれる巨大な渓谷がある。


 渓谷といっても川はない。川は干上がり風雨の浸食によって地面が削り取られたことによって、岩の塔が立ち並ぶ巨岩の景色が生まれたのだ。

 そこはまるで岩の迷宮で、東部では神の住処として神聖視されている土地でもある。


 そこが戦場と化した。

 開戦から終戦まで最前線の地となってしまったのは、国境だからとしか言いようがない。

 両国共に攻めるには難所だが、守るには適した場所と言える。無数に出来た自然の洞窟や岩の塔は身を隠すのに最適で、それは敵も同じ。抜けようとすると待ち伏せに会う。


 この難所に配置された時点で、リスベットはここが激戦地となり、終戦までこの地を離れることは無理だと悟った。

 実際に千楼渓谷はスピネル国内で、両国共に最も死者を多く出した戦地となった。


 千楼渓谷に指揮を取るために配属された名のある騎士や魔導士が、何人も命を落とした。やがて、そこに召集がかかれば生きて帰ることは難しいと周知されるようになった。

 よってこの戦地からは、西部海岸の戦いで名を馳せた、ノエルのような英雄は出ていない。しかし英雄とは呼ばれなくとも、終戦まで戦い続け、強く生き延びた者は幾人もいる。



 ◆ ◆ ◆



 開戦と同時に戦場に出ることが決まったリスベットは、十二人一組の分隊に振り分けられた。

 魔法使いで戦闘に長けていると判断され、隊の後方から援護し、攻撃防御共に任されることになった。


 リスベットの分隊には、魔法使いが一人しかいなかったが、リスベットは治療術は使えないと申請してある。

 そこで、薬屋のグレアムが配属された。グレアムは王都の出身で、親子で薬問屋を営んでいたため、怪我の応急処置や簡単な治癒術なら使うことが出来た。


 他には、千楼渓谷に詳しい地元出身のシャリゼ。

 シャリゼは、千楼渓谷から枯四山を火の神の土地として崇めていた、先住民族の血を受け継いでいる。その末裔の殆どが、赤毛に赤茶色の目をした特徴を持っていて、シャリゼも同様に長い赤毛に大きな赤茶色の目をしていた。

 背格好は小柄で痩せ型。戦闘の経験はないが、千楼渓谷をよく知り、健脚で体力がある二十歳の青年だ。


 次に王都出身のマット。

 マットは鍛冶屋を営み、様々な武器を扱うことが出来る筋骨隆々な三十五歳。まるで熊のような見た目通りパワーがあり、戦争経験はないが数多の魔物討伐の経験があり、サバイバル知識もあった。


 そして、騎士団の新米騎士のオリー。

 オリーは十八歳になったばかりで、東部の国境警備に配属されていたところ、開戦して千楼渓谷の前線に送り出された。戦闘経験は少ないが、体幹がしっかりとしていて、槍を使うのが得意だ。


 同じように、国境警備として配属されていた四十歳の騎士のマシュウ。

 マシュウは治療術と戦闘魔術を使うことが出来る戦闘経験豊富なベテランで、分隊の指揮を任されていた。中肉中背でバランスがよく、騎士仲間からも一目置かれていた。


 他にも六名、二十代から五十代までの王都から来た騎士や平民が分隊にいた。しかし、彼らは開戦から一ヶ月もしない内に命を落とした。

 騎士として戦闘経験があるにも関わらず、それでも死ぬのか。リスベットは開戦と同時に、戦争の過酷さを思い知った。


 開戦から一ヶ月経過した夜、マシュウから召集がかかった。野営地のテント内で、マシュウは言った。


「先程総指揮官から通達があった。分隊は基本的に十二人で一分隊だが、今の六人のまま班とする。ということだ……」


「それはどういった理由で?」


 グレアムが言った。


「開戦してまだ一ヶ月だが、欠員が多くて補ってる余裕がないそうだ。それに、うちの班には希少な魔法使いがいる。それだけで戦力があるとみなされ、少数精鋭でいくことになった。そういうわけで、この先どうやって戦っていけばいいのか話し合おう。……マット。何か意見はあるか?」


 マットは腕を組んだ。そして、少し考えた後に言った。


「俺は大人数で動くのは苦手だから、少数のほうがやり易くていい。戦争とは人と人の固まりがぶつかり合うものだから、少人数がいいだなんて言ってられないのは分かるがな」


「僕は……自分が先頭に立って戦っていきたいです。たった一ヶ月でたくさんの仲間を失いました。同じ班だけじゃない。国境警備隊にいた仲間も半分はいつの間にかいなくなってました。だから……死んでいった仲間のためにも、少しでも役に立ちたいです」


 オリーは膝を抱え、涙ぐみながらも言い切った。隣に座っていたシャリゼが背中を擦ってやると、オリーは顔を上げて涙を拭った。

 マシュウはリスベットを見やった。


「リースはどう思う?」


「私はこの二週間戦ってみて、戦争がいかに過酷なものか思い知らされました。私は魔物討伐の経験はありますが、その殆どが個人対魔物でしたから、班の後方から援護しながら攻撃するのがこれ程難しいのかと……地理の問題もあります。狭くて動きにくいので、防御攻撃共に魔術をかけにくいのです」


「確かに無数の岩壁に囲まれ視界が狭く、動きも制限される。守りは容易いが攻めるには難所だな」


 グレアムが言った。これにはシャリゼも頷いた。リスベットは続ける。


「私は後方から援護しながら攻撃も出来ます。ですが、人が多いと攻撃する時に味方まで巻き込んでしまう可能性があって躊躇してしまうのです」


「そうだな。それに経験ある騎士がいても、まとまって戦っていなかったら意味がない。皆動きが散漫で連携が取れていないんだ。それは嫌というほど分かった。我々は地の利を活かして連携を取って戦っていかないと、この先生き残っていけないだろう」


 マシュウは一同を見渡した。


「戦闘のプロも素人も関係ない。同じ班になった以上、生き抜く為に協力して戦おう」


 それからというもの、マシュウ班は目を見張る程成長を見せた。個で戦うのではなく、それぞれ足りないところを補い合い、助け合いながら戦う。入り組んだ地形を活かして敵を誘い込み、そこで討つ。一致団結して様々なやり方で敵を倒していった。


 中でも、シャリゼは実戦の中でめきめきと成長した。その上、魔術の才能があると見たリスベットは、戦いの合間に魔術を教えた。

 シャリゼは驚異的なスピードで魔術を習得していき、基本的な攻撃魔術と治療術まで使えるようになった。


 これは班にとって大きかった。

 しかし、そのせいで総指揮官の目に止まり、マシュウ班は最前線へと押し出されることになった。


 最前線の地は過酷だった。


 リスベットは魔法使いであるが故、皆を守るために魔術を駆使し、たくさんの敵を殺した。

 いくら戦争だとはいえ、初めて人を殺めてしまった。そんな自分が信じられなかった。

 だが、打ちのめされている場合ではなかった。容赦なく敵は襲い掛かってくる。考える前にやらなければいけない。


 魔物討伐とは違う。人の叫び声や泣き声を聞く度に、体の内側で悲鳴が上がった。

 それでもリスベットは逃げなかった。弱音を吐く自分を許せなかったからだ。


 そして、戦いはどんどん激しくなっていった。


 開戦から半年が経とうとしていた頃、前線の指揮を取っていた第二騎士団の団長が戦死した。同じく王宮から派遣されていた、名のある宮廷魔導士も戦死した。この二人の死をきっかけに、形勢が不利になった。


 これを挽回するために、少数精鋭で敵陣へと切り込み、後から総攻撃を仕掛けるという無謀な策が決行されることとなった。その先陣の中に、マシュウ班が組み込まれていた。


 リスベットは、いよいよ死を覚悟しなければならなくなった。


 『では、また明日』

 『また会おう。きっと会えるよ』

 『また会えることを楽しみにしておる』


 そう何度も約束してきて、まだ誰とも再会出来ていない。戦争が終われば、約束を果たす日が来るのだろうか。そもそも戦争は終わるのだろうか。


 答えは出ないまま、決行の狼煙が上がった。



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