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十五歳の旅立ち 1



 リスベットは無事に魔術学園に合格することが出来た。ちなみにジャコビはすれすれ合格だったが、二人は同じクラスになった。


 リスベットは入学してからというもの、順風満帆な学園生活を送っていた。

 男女共に友人が出来たし、表向き楚々とした伯爵令嬢なので、特にトラブルも起こらない。

 一つ上の学年のシドとは、数合わせの婚約者候補のまま、適度な距離を保っている。


 授業の進行にも遅れることなく、落第すれすれなのは治癒術の授業のみ。こちらは、かすり傷もちょっとした打撲も治すことが出来なかった。

 こればかりは優秀なリスベットでもどうすることも出来ない。治癒の力がゼロの代わりに、他の魔術は大体のことはこなすことが出来たので、治癒術の先生には、筆記試験で点数を稼いで、実技はどうにか目を瞑ってもらった。


 二年になると仲の良い後輩が出来た。

 占術の授業で一緒になったノエルは、よく質問をしてくる勉強熱心な生徒だった。

 ノエルは首席で合格したイケメンということもあって、初めは苦手意識があったけれど、次第に素を出すくらい仲良くなることが出来た。ノエルはリスベットの後をついて歩く、雛鳥のようで可愛かった。


 問題は何もない。魔女になるために様々なことを吸収する楽しい毎日だった。

 しかし、平和は続かないものだ。


 ――三年になって晩夏のことだった。


 社交シーズンで王都のタウンハウスに滞在していた祖父に、ある日突然呼び出された。

 そして、リスベットの実の父親だという男に引き合わされた。背の高い、黒髪黒目のぱっちりとした二重に、鼻筋の通った中々の男前だった。


 男とは顔を合わせただけで、一言も会話はしなかった。ただ顔を見て、ああ似てると思っただけで終了した。それは恐らくあちらも同じだろう。


 その後別室で男と父との話し合いがなされたようだったが、リスベットは祖父母と母と一緒の部屋に取り残されてどうしようかと思った。息苦しい。この部屋だけ酸素がないような気がした。


「お前の父親だそうだ」


 ソファにふんぞり返っている、しかめっ面の祖父が言った。その横で祖母は微動だにしない。母は俯いて硬直したまま立っている。リスベットもまた、立ったまま動かなかった。


「……そうですか」


「黒髪黒目の平民だ。王宮でコック見習いをしていたそうだ」


「……そうですか」


「王宮で働いていたそこの母親と付き合っていて、結婚した後も付き合いはあったそうだ」


「……そうですか」


「つまりお前は不貞の末に出来た子だ」


 さすがに、そうですかと答えるのは憚られた。今に祖父が怒りを爆発させるのは目に見えていた。


「その男が何をしに来たのか分かるか?」


 間違ってもリスベットを引き取りにきたのではないだろう。どうせ金銭の要求でもしに来たのだろう。


「お前が不貞の子だとバラされたくなかったら、金を出せ。だ、そうだ」


 やっぱりね。

 リスベットは何も答えずに祖父を見据えた。

 それで?お金を出すつもりですか?いくら出すんですか?そう言ってやろうかと思ったが、取っ組み合いの喧嘩になったらリスベットが圧勝してしまうので、止めておいた。


「そんな馬鹿げた要求をしてくるようなクズが、お前の父親だそうだ」


「子供は親を選べませんわ」


「生意気を言うな!!この平民が!!」


 祖父の平手打ちが飛んできた。リスベットは甘んじてそれを受けてやった。

 そんな老人の平手打ちなんて、効くわけ無いでしょう。痛くも痒くもないわ。


 しかし、意に反して頬は熱を持った。

 リスベットはジロリと祖父を見上げた。祖父は一瞬怯んだ顔をしたが、すぐに怒りを思い出して叫んだ。


「ラザフォード家の血が流れていない者は、この家には必要がない!!」


 お前もだ!と祖父は母を睨み付けた。母は肩をびくつかせて、怯えた表情で祖父と私を見比べた。祖母もまた祖父の剣幕に黙って固まっていた。


「娘を連れてこのまま一緒に出て行くか、後継の息子のために身を粉にしてこの家に尽くすか、どちらか選べ!」


 母が弟を選ぶことは分かっていた。だから、返事を聞いたってどうってことはない。そう思っていた。


「生涯かけてラザフォード家に尽くします」


 頭を下げた母を見て、リスベットは分かりきっていたはずなのに、動揺してしまった。

 ハッキリと自分が捨てられた瞬間を目の当たりにして、ショックを受けない子供がいるだろうか。例え精神が大人だとしても、リスベットは傷付いていた。


 それでも、リスベットはそれを決して表には出さなかった。必死で内側に押し留めた。ここにいる誰にも、心の内を見せるつもりはなかった。


 リスベットは母と祖母を見やった。

 この二人はいつだって祖父の言いなりだ。ラザフォード家の女は皆弱いのか。一歩下がって男を立てるいい女を気取っているのか。そして自分の意見も言わず、言われたことに従って黙って震えている。そうすることしか出来ない。


 ――私は嫌だ。そんな人生は絶対に送りたくない。


「そういうわけで、ラザフォード家から出ていけ」


「承知致しました」


「お前には一ヶ月猶予をやる。しばらく生活出来るように金はやる。準備が出来次第出て行け」


「承知致しました」


 リスベットは気丈に振る舞った。それが、祖父から唯一習ったことだった。


 ――貴族たるものいついかなる時も、気丈に振る舞え。相手に弱みを見せて付け込まれるな。みっともない姿を見せてラザフォードの家名に泥を塗るな――


 それは、北部の辺境伯の婚約者候補になった頃に言われた言葉だった。


 リスベットは見事なカーテシーをした後、祖父に微笑んで見せた。そして、迷いない真っ直ぐな目で挑んだ。


「喜んでそのようにさせて頂きますわ」


 祖父の目が大きく見開かれる。

 リスベットは勝利を確信した。祖父とは血が繋がっていないけれど、血の繋がりがある実の息子より、孫のジョージより、誰よりも祖父に似ているのはリスベットだということを、突き付けてやった瞬間だった。


「それでは私はこれで失礼させて頂きます」


 さようなら。もう二度と会うこともないでしょう。


 ぽかんと口を開けた祖父。祖母もまた私を珍獣でも見るような目で見ている。

 そして母は私と目が合うと、いつものように目を逸らした。最後までそうやって実の娘から逃げるのね。


 リスベットの脳裏に前世の母との記憶が過ぎった。お金がなくても毎日楽しくて、母からはたくさんの愛情をもらった。同じ母親なのに、こんなにも違う。

 

 急に悔しくなって、リスベットは母の前で歩を止めた。そして、怯えるようにして目を合わせた母に、にこりと微笑んで見せた。


「今まで大変お世話になりました。私を産んでくださったこと、心より感謝申し上げます」


 それは半分は本心であり、もう半分は育児放棄してきた母へ責任を問う言葉でもあった。

 リスベットは母の反応を見ることなく、部屋を後にした。これで思い残す事は何もなかった。


 これからは誰にも縛られずに生きるのだ。

 それこそリスベットには、ラザフォード家が必要なかった。




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