童話の魔女と魔物 1
リスベットは、翌日から朝起きる時間を少し早めた。採取を兼ねた山登りも三日に一度にまとめてすることにして、一度に精製する薬品の量を増やして在庫をためるようにした。
そして魔道具に魔術をかけるのは、午後から街に降りた時にマットの工房でさせてもらうようにした。これで運ぶ手間が省ける。
すると格段に仕事の効率が上がったが、薬品の注文が増えた今、薬品を納品するのに手間がかかる。リスベットは馬を持っていないし、液体の薬品は全てガラス瓶に入っているために重量があるので運ぶのが大変なのだ。
ノエルのような時空間の魔術がかかった軽くて中身が広い鞄があればいいのだが、あれはとんでもない値段がする。貴族や大金持ちか宮廷魔導士でも、大魔導士クラスしか持てない代物だ。リスベットには手が届かない。
使役している魔物を馬に変えて運ぶことも考えたが、マルコの変わりようを見ると少々不安で躊躇ってしまう。
ワープしたりどこでもドアのような魔法を使えたらと試してみたこともあったが、出来ないものは出来ない。
そこでリスベットは、何か方法はないかとグレアムに相談してみた。
「それなら牛乳配達をしてるサミュエルに頼むか。うちの店から近いし。まあ代わりにリスベットが牛乳を頼まないといけなくなるが。もちろん多少の送料はかかる」
「届けてもらえるならそれでいいわ」
リスベットの家まで牛乳を届けてもらい、帰りに薬品を乗せてグレアムの所まで届けてもらえないか、グレアムと一緒に市場の乳製品を扱うサミュエルのお店に行って聞いてみた。
「いいよ。そっちの方に毎週月曜日に配達があるんだよ。ついでに行けるから、その日にしてくれるとありがたいんだけど」
快活に言ったのは二十代半ばの赤毛の青年だった。彼がサミュエルで、両親と妹と共に家族でお店をしているらしく、彼は配達を担当しているそうだ。
「いつでも結構ですよ。本当にありがたいわ」
「それなら月払いになるけどいいかな?配達代も頂くことになるけど」
「大丈夫です」
早速来週から配達をお願いすることにした。サミュエルと契約を交わすと、リスベットはグレアムにお礼を言って店の前で別れた。
これで効率がよくなった。週末にシャーロットの元へ授業へ行っても仕事に支障は出ないだろう。
それからしばらくして満月の晩に、リスベットは失せ物捜しの占いをすることにした。
本来失くしたものがどこにあるかを探り出す占いだが、今回は猿の魔物の挿絵が載った本を探るので、失せ物とは少し違う。それでもやってみるかと、リスベットは山麓にある湖へとやって来た。
空にはまん丸の琥珀色の月が浮いている。雲が薄くかかっているので、雲の切れ間を待った。やがて雲が風に流されて月が姿を現す。月の光で湖が青く照らされ、湖面にくっきりとした月影が浮かんだ。
リスベットは心の中に猿の魔物を思い描くと、持っていたユーカリの葉を湖面に浮かべた。葉はすいすいと湖面を移動して月影へと進んで行くと、丸い影の上でピタリと止まった。
「失せ物はどこにある?」
湖面の月影に投げかけると、ゆらりと葉が動き出した。丸い月影の南の方へと進んで行くと、そこで止まった。
「南部か……ということはラザフォード家か」
月影の南で止まったということは、南部のラザフォード家を示したに違いなかった。
「同じ物がどこかにないかな?」
問いかけると、再び葉は動き出す。すると今度は月影の真ん中で止まった。
「王都……?王宮の図書館に同じ物があるのかな?それともダグラス先生の書物?前者なら北、後者なら南へ」
今度は葉は北に止まった。ということは王宮の図書館に猿の魔物が載った書物があるのだ。
ふいに月影が消えた。薄く大きな雲が満月を覆っていた。
失せ物占いはここまでか。しかし収穫はあった。リスベットは湖を後にした。
翌日リスベットは授業をするために、マークの迎えで王宮に赴いていた。
王宮に着くといつものように身分証明書の提示があると思ったが、門番に顔を覚えられたのかあっさり通過出来た。しかしリスベットは門番に一応言った。
「魔女に化けた魔物かもしれないですよ」
「大丈夫です。魔物はそんなこと言いませんので」
あっさりと返されて、リスベットは苦笑した。その後スムーズに東宮の客室まで行くことができた。
客室にはいつもの面子が揃っていた。エマにジャン、女官長にノエルだ。しかし、今日はノエルと女官長は挨拶を済ませると仕事があると言って退室してしまった。代わりにマークと中年の騎士が扉の前に控えている。
「リスベット先生。魔術の家庭教師になってくださったこと、本当にありがとうございます」
今日のシャーロットは表情が明るい。リスベットは安心した。
「私色々考えたの。もしも魔物が出たらどうするかを」
「どうなさいますか?」
「私も戦います」
「あらまあ……戦力になりますかね?」
意地悪に言うとシャーロットは頬を膨らませた後、なりますわ!と断言した。
「今はダメでも、強くなってみせます。ですから先生。ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いしますわ」
「承知しました。では早速授業を始めましょうか」
「はいっ!」
シャーロットは元気よく返事をした。リスベットは微笑んだ。
その日は予知夢なのかただの夢なのか探る方法をいくつか教えて、シャーロットにも実践させてみた。
夢の内容を書いた短冊を、銀の大皿に水を貼って浮かべて呪文を唱える。すると、今後起こりそうな言葉が浮かび、起こらない言葉は沈んで溶ける。
シャーロットはその夢占いを一度で成功させた。中々筋がいい。シャーロットは水との相性がよさそうだ。
リスベットは今度は持ってきた様々な小さい晶石をテーブルに出すと、円形になるようにそれらを置いた。
「これは何ですの?」
「シャーロット殿下と晶石の相性を見てみます。殿下は現在金の指輪の魔道具をお付けになっていますね?」
「ええ。これは王族に代々伝わる物で、魔除けや呪文を撥ね返す効果があるのです」
「そうですか。ですが私の見たところそれは殿下にあまり合っていないように思います。晶石を使った魔道具に変えたほうがよろしいかと思います。そのために今から相性を見ますからね」
リスベットはシャーロットの背後に立つと、シャーロットの手首を優しく握って円形に置いた晶石の上に手をかざしていく。
一つ一つ時間をかけて、反時計回りに手をかざし終えると、今度は逆回転。それが終わると晶石の中心の何も置いてない所へと手をかざした。
すると、晶石が動き出した。中央に移動してきた晶石は二つ。海泡石と藍晶石だ。
「この二つが殿下に合った晶石ですね」
「ヨーク殿。代々王族は金を使った魔道具が合うとされてきたはずですが」
横で見ていたジャンが不思議そうに言う。
「金は高価で見栄えもするし、身につけていれば一目見て最高権力者だと分かる。至高の象徴なんです。だから王族が身につける」
「……それだけなんですか?」
「もちろん魔を払うのに金はいいとされていますよ。浄化作用があるので。けど、身につける人が弱ければ欲も寄って来る。シャーロット殿下にはまだ少し早いですね。自分と合った晶石の方が効果を発揮するでしょう」
「それで、その晶石をどうするの?」
「加工して魔道具を作ってもらいましょうか。占術用と護身用に。その後で私と殿下の魔術を込めます。護身用には、魔除け厄除け呪避けの力を付加します」
「先生だけじゃなくて私も魔術を込めるの?」
「ご自分の身はご自分で守らなければ」
シャーロットはしっかりと頷いた。
今日の授業はここまでだった。
「それから殿下は水との相性が良さそうなので、次回はそっちの方向の魔術を引き出せるように考えてきましょう」
お願いしますわと言ってシャーロットはクスリと笑った。
「先生はやっぱり頼りになりますわね。私先生のことを見ると決まって昔読んだ絵本を思い出すんです。黒髪の魔女のお話です」
リスベットは首を傾げた。
「どんなお話ですか?」
「昔人々を困らせる邪竜がいて、それを魔女が倒すお話です。魔女は竜に煎じた爪を飲ませ、艷やかな髪で縛り上げ、自らの鮮血で呪をかけ、最期に零した清らかな涙で竜の邪を払った。後に魔女は人々から感謝され大魔法使いと崇められた」
「それは魔女と邪竜という有名な童話ですよね。でも、そんな話でしたか?私の知る童話は、邪竜は神龍へと生まれ変わって終わっていたような……」
エマが問うと、シャーロットが首を傾げる。
「そうだったかしら?もしかしたら地方によって伝わり方が違うのかもしれないわね」
「童話ですから色々な説があってもおかしくありませんものね」
「そうよね。そして、その絵本の挿絵に登場する魔女が、まるでリスベット先生みたいだったのよ。黒い髪に黒い瞳。杖も持たずに邪竜に立ち向かうのよ」
素敵でしょと言うシャーロットに、リスベットはうまく返事が出来なかった。
リスベットの頭には、あの猿の魔物の姿が浮かんでいた。今の話で、あの魔物をどこで見たのか思い出したのだ。
絵本の挿絵だ。
今言った魔女と邪竜の童話に、あの魔物が出て来たのだ。それはリスベットが幼少期に、ラザフォード家の図書室で読んだものに違いなかった。しかし、確かにエマの言う通り、リスベットの知る童話とは少し違う気がする。
「殿下にお願いがあります。私に王宮の図書館に出入りする許可を下さい。調べ物があるのです」
リスベットがあまりに真剣な顔で言うものだから、シャーロットは少し驚きながらも了承した。




