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ノエルの懐古 1



 ノエルは西部の子爵家の次男坊だった。父親は海沿いの小さな漁港のある領地を運営していて、長男が後を継ぐことになっていた。

 ノエルは幼少の頃から魔術の才能があるのが分かっていたので、いずれは宮廷魔導士になって生計を立てていこうと考えていた。


 そして、ノエルはその通りに魔術学園に首席で入学を決めた。十三歳。一人王都にやって来たノエルは、地方から来た生徒が集まる寮に入り、そこから学園へと通うこととなった。


 ノエルは入学当初から注目されていた。爵位は子爵家の息子だが、綺麗に整ったルックスや魔術の才能があって成績がいいことから、注目されないはずがなかった。


 入学してしばらくすると、友人が出来た。同じ寮で隣の部屋のエドガー・クラークだ。


 南部の教会の牧師を父に持つエドガーもまた次男坊で、幼少の頃に治癒の力を持っていることが分かり、将来はそれを活かした仕事に就けるように魔術学園へと入学を決めた。


 エドガーは端正な顔立ちをした、金髪に近い茶髪に緑の瞳をした少年だった。性格は明るく社交的で、女の子が大好きな人気者だった。

 どちらかというと人見知りなノエルとは対極的で、だからこそ二人は気が合って友人になった。

 エドガーとの付き合いは、十三歳からこの先もずっと続いていくこととなる。


 そして学園にすっかり慣れた頃、専攻科目で二年生と合同授業を受けることになった。ノエルは、何をやらせても大抵のことはこなしていたのだが、占術だけは苦手な分野だったので、克服するためにも占術を専攻することにした。


 そこで、ノエルはリスベットと出会った。


 占術が苦手なら得意な者に教えてもらえと先生に言われて、ノエルはリスベットと組むことになったのだ。


「リスベット・ラザフォードです。よろしくお願いしますね」


「ノエル・キーティングです。よろしくお願いします」


 リスベットはにこりと微笑んだ。ノエルはその笑顔にドキリとした。やけに大人びていると、ノエルは思った。


 それから、ノエルは占術の授業や課外授業で、リスベットとよく組まされるようになった。


 リスベットは落ち着いた雰囲気をまとった少女だった。普段は、友達と話をしてはよく冗談を言って笑っているところを見かけるが、しかし、時折大人びた表情を覗かせることもあった。


 ノエルはリスベットと授業を共にする内に、彼女がとても教え上手だと知った。どんな質問にも答え、分かりやすく説明してくれる。

 占術の腕は間違いなく、右に出る者はいなかった。それどころか、教えている先生に並ぶくらいの実力があるのではないかとノエルは思った。


 聞けば、リスベットは他の授業でもこんな調子らしく、苦手なことといえば治癒術くらいであった。

 治癒術に関しては、擦り傷を治すことも出来ないと本人は言っていた。落第すれすれだと項垂れているのを何度か見たこともあった。


「先輩はなぜそんなにも魔術に秀でているんですか?」


「私は幼少から魔法使いの家庭教師をつけてもらえたのよ。皆より予習するのが早かっただけね」


 一緒にいる時間が長くなってくると、二人の口調は砕けたものになっていった。ノエルはそれが嬉しかった。

 

 リスベットは南部のラザフォード伯爵家の令嬢だった。南部のラザフォード家といえば、伯爵位の中では上位に位置する、古くから続く由緒正しき家で知られている。

 領地は大きいとはいえないが、ガラスの製造や加工をする工場をいくつか持っていて、そこには腕のいい職人が集まっていた。

 王宮のステンドグラスで出来た窓ガラス等は、全てラザフォード領で作られたものだった。


 リスベットはそのラザフォード家の長女であった。七歳下の弟がおり、家は弟が継ぐことが決まっている。ということは、リスベットは家を出ることになるのだが、卒業後リスベットはどうするつもりだろう。


 ある日、噂話が好きな同級生が、リスベットの話を持ってきた。

 それは、リスベットが北部の辺境伯の長男の、婚約者候補だという話だ。

 北部の辺境伯には二人男児がいる。長男はリスベットの一つ年上で、現在同じ魔術学園に通っていた。


「婚約者候補っていうのは?」


「北の辺境は、北国ルベライトに隣接する要所だろ?北の氷鬼山脈(ひょうきさんみゃく)や国境沿いには魔物も出るし、冬は凍える程寒い厳しい所だから、例え女性といえどもある程度腕の立つ、根性のある者でないと嫁には出来ないってんで、何人か婚約者候補を募るらしい。それで学園の卒業と共に婚約者を決めて、成人したら結婚するというのが慣例らしい」


「ラザフォード先輩なら家格も釣り合うし、魔術の腕も確かだろう?それにああ見えて幼少から剣や武術などの英才教育も受けていたみたいだし。婚約者候補に上がったのも幼少の頃のようだから、きっと辺境伯夫人になるための教育だったんじゃないかな」


「そう、なのか……」


 ノエルは急にリスベットが遠く感じられて、それ以上何も言えなくなった。伯爵令嬢と子爵子息の次男坊では、立場が全然違うのだと思い知った。


「先輩には婚約者がいらっしゃるのですね」


「え?ああ……婚約者候補、ね」


 ある日の授業終わりに聞いてみると、リスベットはあっけらかんとした口調で答えた。

 リスベットは度々、本当に伯爵令嬢なのかと思う程口調が荒くなることがあったが、ノエルはそれを特に気にしたことはない。むしろ、気を許してくれているのだと思うと、嬉しかった。


「辺境伯夫人になるために英才教育を受けてきたと聞きましたが……」


「え?何それ。噂話で?」


 リスベットは吹き出すと、くつくつと笑った。おおよそ淑女らしからぬ笑い方であったが、リスベットは気にした素振りもなく言った。


「私は選ばれないわよ」


 リスベットはきっぱりと答えた。


「なぜ断言出来るのですか?」


「うーん……だって他に相応しい方が二人もいらっしゃるもの。それに、私が英才教育を受けたのは辺境伯に嫁ぐためではないと思うわよ」


「それじゃあ、なぜ?」


「……父は私に強くなって欲しいのよ。だから、ね」


 リスベットはにこりと微笑む。ノエルはなんだか誤魔化されたような気がした。


「それじゃあ、先輩は学園を卒業したらどうされるんですか?」


「魔法使いになるわ」


 ノエルは驚いた。伯爵令嬢が魔法使い?


「辺境伯に嫁がなくても、他の貴族から縁談が来るのではありませんか?」


 その問いに、そうねとだけ言って、リスベットはあの微笑みを浮かべた。


「さあ。次の授業が始まるわよ。もう行きましょ」


 結局リスベットの真意は掴めないままだった。


 それからノエルは二年生に進級した。


 リスベットとは課外授業でも一緒になり、魔物討伐も難なくこなしているリスベットを見て、いつの間にかリスベットに憧れの気持ちを抱いていた。あんな風に何でも出来る魔導士になれたらと、ノエルはリスベットを目標に定めていた。


 そして、二年生になって半年経過したある日、リスベットは突然姿を消した。


 ノエルはそれを聞いた時、何かの冗談だと思った。リスベットは魔法使いになると言っていたのだから、学園を辞めるわけがないと思っていた。


 しかし、詳しい事情が分かってくると、ノエルはリスベットにはもう二度と会えない気がした。


 リスベットは、ラザフォード卿の実の娘ではなかったのだ。


 ラザフォード夫人は、元は没落した子爵家の長女だった。平民になって王宮の洗たく係をしているところをラザフォード卿に見初められて、周囲の反対を押し切って結婚したのだ。

 そして結婚して一年後に子供が産まれた。それが、リスベットであった。


 しかし、ここで一つ問題が発生する。

 産まれてきた女の子は、黒い髪に黒い瞳だったのだ。ラザフォード卿も夫人も、金髪に緑や茶色の瞳だった。親戚縁者に黒髪黒目の者は一人もいなかった。


 当然夫人の不貞が疑われたが、ラザフォード卿は周囲の反対を黙殺し、リスベットを育てることにした。

 とはいっても、ラザフォード家の誰もがリスベットに貴族の血が流れていないと確信していたので、最低限の接触しかなかった。ただ、英才教育だけはしっかりと施したという。


 そして、リスベットが十五歳になってすぐに、ラザフォード家に黒髪黒目の男が現れた。


 男はラザフォード夫人の不倫相手で、王宮でコック見習いをしていた頃から夫人が結婚して半年経つ頃まで、付き合いがあったという。

 自分こそがリスベットの父親だと主張した男は、このことを公にしない代わりに金銭を要求した。

 しかし、ラザフォード卿はそれを撥ね退けた。男はそれに激怒して後に新聞社に乗り込み、このことが公となったのだ。


 ラザフォード家では、これが大問題になった。夫人は不貞があったのか追求されると、それを認めた。

 ラザフォード卿の祖父母はこれに激怒して、ラザフォード家の血が流れていない者はこの家に必要ないと言い渡した。


 しかし、ラザフォード家にはまだ幼い長男がいた。この頃リスベットの弟はまだ八歳になったばかりだった。こちらはラザフォード卿そっくりの見た目をしていたので、不貞を疑われることはなかった。


「娘を連れてこのまま一緒に出て行くか、後継の息子のために身を粉にしてこの家に尽くすか、どちらか選べ!」


 夫人は後者を選んだ。娘を捨てたのだ。

 そもそも、夫人はリスベットを産んだ頃から子育てらしいものはほとんど使用人に任せていた。

 それだけでなく、リスベットと屋敷内で会えば目を逸らす程避けてきたという。それだけで、自らの不貞行為を認めていたようなものだった。


「お前には一ヶ月猶予をやる。しばらく生活出来るように金はやる。準備が出来次第出て行け」


 祖父に言い渡された翌日。お金も持たず荷物もそのままに誰にも告げずに、リスベットは忽然と姿を消したのだった。


 ノエルは何も知らなかった。

 ただ前日に、ではまた明日と挨拶を交わしただけであった。


 もうリスベットには会えない。

 ノエルがそのことを受け止めるのにしばらく時間がかかった。そして受け止めた後も、喪失感に襲われ続けた。



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