Bad Motherfucker Act.1
日曜の午後、安っぽい内装にヤニの匂いや薄汚れた壁のシミ等を鑑みるに大衆向けのカラオケ屋の個室。10名以上は入る大部屋には6人だけがいた。机の上には頑丈さで有名なカラオケのコントローラーに各自の飲み物と備え付けの2つの灰皿には複数のタバコの吸い殻が棄てられている、手前の方にはカラオケマシーンのモニターにHDMHケーブルをつけたタブレットPCが置かれている。
一番奥のソファーにふんぞり返ってメンソールを吸っている美形の茶髪は陸奥遥斗。
テーブルを挟んで左にシガリロを吸いながら比較的真面目に話を聞いている、ロン毛とデザインヒゲの男は里見ユキヲ。
その隣の靴を脱ぎ椅子に体育座りをしてB系ファッションとマスクで身を包み大判の眼鏡をかけ髪の色が左右で白黒に分かれている色白の美少年は若宮ツバサ。
ツバサの向かいにはタイガーストライプのミリタリージャケットとジャングルハットを被り、シャッターグラスを付けている男はK2ことキンバリー・キム。
その隣には黒い半袖ポロシャツにスラックスの座っていても威圧感のあるスキンヘッドでサングラスの大男、スタンリー・エイブリー=サムソンがいる。
この場にいるのは最近頭角を表したサバゲー系動画配信者のHERO'Sの幹部と呼ばれる面子だ。
そしてもう1人その幹部に対して説明を行っているのは真壁まりやという女だ。そう、デッカーズのハンドガンコンペとプライマリの定例会に出場していた彼女だ。
彼女の背中にある選曲画面や歌詞とセットで流れる映像が写っているであろうプロジェクターには流行りのアイドルも聞き飽きたミューザックもなく、その代わりにとある資料が映されている。そこには十余名のサバゲーマー達が映されていた。
「最後に今年の1月から調査した結果として、特に有力な候補として以上の10名を挙げます」
「あい」
ツバサが挙手をしてから「僕、その赤いの嫌いだから外しておいて」と真壁にいった。
真壁は困ったように里見に目配せして里見は「ツバサがそう言うなら外しておこう」と真壁に指示を出した。
10名のサバゲーマーから早速1名が脱落した。
「まぁどっちでもいいけどヨ、一存で外すなら理由ぐらい聞かせろヨ」
「YES.」
K2がツバサに聞き、サムソンがK2に同意をする。その決定に不満を持ったからでなく新参メンバーの一存で物事が決定するのがつまらないからだ。
遥斗が場をしきり「キムくんの言うことも確かだ」とことわりを入れた上で「理由ぐらいあるんだろ?」とツバサに聞いた。
「ユキさんは知ってるだろうけどそいつ新歓で泣き出して逃げたクソ雑魚だからだよ、ったく僕の手間を取らせるなよな」
ツバサは妙に早口で説明と悪態をつく。
「まぁいいじゃないかキムくん」
「それよか、この後ユキがオフ会セットしたけどよお前等行くだろ?」
「さっすがぁ、ユキさん。持ち帰りおK?」
ツバサがそれに乗る、顔つきは幼くとも性欲は一人前にあるらしい。
「もち、キムくんやサムも来るだろ?」
「悪いな、俺たちは先約があってナ」
K2はあっけらかんとその申し出を断る。
「ただそろそろ出ないと一次会に間に合わなくなるな」
「じゃあ、そういう事だからまりちゃんあとは適当に選んでおいてよ」
陸奥達とK2達はそれぞれに別れその場を撤収し一人寂しく真壁が残る。
軽んじられさぞ真壁は悔しいだろうと思うが、真壁は無表情で帰り支度を行う。その表情に悔しさはなくどちらかというと部屋の片付けに似た面倒臭さだけがが見受けられる。
途中でパソコンのコードに足を引っ掛けて転ぶ、真壁は先程の情熱の無さから一転し急に慌てて床を這いずり回る、机の脚の近くにコンタクトレンズが落ちていて丁寧にそれをすくい上げる。
真壁はそれを自分の白く濁った左目につけようやく落ち着きを取り戻す。
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α任務部隊の面々はブリーフィングルームの各々の場所に座っている。
ある者は椅子の前後を逆にして座り、またある者は足を組んで座っている、別の者はに深く腰を掛けていて頭の裏で指を組んでいる、席が足りないのか座らずブリーフィングルームの壁に寄りかかっている者もいる。
その中でも特に目立つのは一番前の真ん中に男たちに混じってちょこんと座っている眼鏡をかけたブルネットの女性で、一言で言えば印象の残りにくい美人だ。
そしてスーツを着ていて胸元にIDカードをぶら下げている大柄な女性が現れる。美人であるが目つきは鋭く、動きも機敏で体躯も鍛えてる者特有の肉付きをしている事から軍人、この場の全員が緊張を感じる位の階級の女だ。
「傾注!」
「さて諸君、我々が追っている物について今一度の説明を行う」
「昨年10月、国防総省と契約していたヘクス社が債務整理を行った。同社は国防総省の監督下にて研究開発を行っていた。同年九月の同社の経営状況は証券取引会社の信用格付け情報ではA-であった、ただその3週間後に債務整理の届出を出した。債務整理の内容は財務省の情報によるとシリコンバレーの研究所の閉鎖及び機材の売却と債務整理としては一般的で担保の価値が下がったとの事情もある。ただそこで研究開発を行っていた以下「マテリアルX」のサンプルが債務整理時に紛失していた事が発覚したと通告を受けた事以外はな」
「債務整理から少ししてから日本でマテリアルXによる事件の報告を受けた、何者かが日本に持ち込んだものと思われる。ここまでで質問は?」
誰も質問はなかった。
「ようやく国防総省への情報開示請求が通り情報が我々に降りてきた、諸君らには意味不明であろう命令であったろう。従ってくれた事に関しわたしから感謝の意を示す」
「マテリアルXは樹脂製の新素材で高速で別の物体に当てると衝撃が発生する、いわゆる非殺傷兵器の新素材としての期待が持たれたがそれは失敗に終わった。高速で物体に当てる速度というのが一般的なバトンでも軍人や警官の腕力であれば対象に重篤なダメージを引き起こす結果となり、また一度強い衝撃を受けたそれは二度と同じ特性を発揮しない。非殺傷兵器から非を抜いた場合にも熱に弱いという弱点から火砲には使用でない事もわかった。同時に特性からか民生用としても使えず、研究開発は封印となった」
「それが銃器のない国ならどうであろう、即席の銃器の完成だ」
「諸君らは既に察していると思うがつまりマテリアルXはトイガンとの運用が効果的、という訳だ。日本での事件から回収したサンプルを分析した結果マテリアルXと構造体が似た物体が使われた」
「主任、それが製造されている可能性は?」
「あると見ていい。最も盗難されたサンプルは大量で総量として最低1トン以上、一般的なトイガンの弾を0.2グラムとして500万発、戦場に身を置いていた諸君らにしてみればゾッとする数だろう」
「ここからは各機関の出向員に情報及び対策案の提示を求める、先ずはFBIが出てくれ」
壁に寄りかかっていた黒髪の大男がゆっくりと指揮官の後ろを通り過ぎて端に置いてある端末を弄りながら話を続けた。
「我々として目新しい確定情報はない。ただ要注意人物のリストアップした」
黒髪が端末を弄ると指揮官とその後ろにいくつもの顔写真がプロジェクターで表示される、捜査主任は反対側に避けた。
「日本に入国している逮捕者及び要注意人物だ。使うことは無いだろうが念のためにあとで各チームに詳細情報を送る。ただ…ケンジ・マツオカ、通称「ウォルマート」と呼ばれているこの男だけは要注意だ」
黒髪は顔写真達の中から「ケンジ・マツオカ」をピックアップする。日付をみるに昔の写真で若い痩せた東洋人の青年が写っている。
「サンティエゴで調達屋を営んでいた男だ。米国籍ではなく日本国籍を有しティーンエージャーの頃に留学という名目で入国しロサンゼルスの高校を卒業。ウォルマートと呼ばれる頃にはロサンゼルスからサンティエゴ移住。逮捕歴はこの1回のみ、判決は72時間の社会奉仕と保護観察処分が下された」
「ハリスン捜査官ケンジ・マツオカの専門ってなんですか?」
一番手間の眼鏡のブルネットが黒髪に聞いた。
「具体的には何でもだが得意分野は変造書類だ。その腕前に関しては一流で西海岸一帯をはじめテキサスやメキシコの密輸犯等からも依頼があったからだそうだ」
「一見してみれば無関係であるが、マテリアルXの盗難が発覚した前後に調達屋を畳み日本に帰国していて再入国はしていない。推測の域を出ないがマテリアルXの輸出にも書類関係で一枚噛んでいて主犯ではないが従犯である可能性はある」
「うーん、多分違うと思いますね」
眼鏡のブルネットが挙手をしてから黒髪の意見を否定した。
「マテリアルXの密売に関してですけどドラッグと同じ様に元締めから下にどんどん下がっているはずなんです、最低でも元締め、売人、使用者という感じで……」
ブルネットはジェスチャーを交えながら説明をする。
「理由としては日本での逮捕者の殆どは犯罪者と直接の交流はなく全ての事件に置いて弾は密売人から買ったと言っているんです」
「先ず彼はプロファイル的に見れば商売人ではなく職人タイプ、作ったものが売れてそれがたまたま違法品だったから闇稼業に行ったタイプです。あくまで犯罪で生計を立てるだけの一般市民です」
「その証拠に書類の変造以外ではめぼしい犯罪は犯していないし72時間の社会奉仕及び保護観察官との面談や出頭命令も事前に延期や欠席を申請した2回を除いて全てに出ています」
「次にそこまで慎重であれば店を畳んだり正規ルートでの出国をしたりそもそもマテリアルXの近くにいない筈です。それとマテリアルXはエアガンとの使用が前提条件ですよね? 捜査主任の説明とわたしの認識が違っていますか」
「ああ、そのとおりだ。間違っていない」
捜査主任は端からブルネットに答える。
「ケンジ・マツオカが仮にケチな三下として変造以外の犯歴がないという事は、その実かなり用心深いはずです。そこがその辺りのチンピラとは違います」
「その用心深い犯罪者が仮にマテリアルXの密売に関わっていたとして……わざわざ日本でトイガンショップを開きますか? わたしならそんなリスクは犯しませんね」
眼鏡のブルネットは膝の端末を弄るとスクリーンがインターネットブラウザに代わった。
そこにはとある日本語の資料が写っていた。
「これは?」
「トーキボ、いわゆる日本で言う土地及び建築物の所有権の証明証ですね。ここに注目してください、松岡健二と書いてあるでしょ? これケンジ・マツオカと同名で彼の本名です。そこから紐付けられてる情報を調べれば……一目瞭然です。まぁ本筋じゃないんで調べたい方は是非無駄な労力使ってください」
資料が消え一瞬アニメ風の美男子の壁紙が写ってからインターネットブラウザに代わった、そして次には検索結果が現れ一番上をクリックする。
そこはいわゆるエアガンの店で店名は「デッカーズ」となっていた、店内の様子と商品の写真及び説明、併設されているゲームフィールドの予約の有無などが日本語のみで書かれていた。
「トーキボの住所を検索すると……こうなるんです。中々センスのいいお店ですね、こういうのはワクワクして好きです」
「あ、CIAの私が喋っちゃたんで次はCIAが……これCIAとしての報告なんですけど、マテリアルXの持ち出しは少なくとも国内の犯罪組織や国外の工作機関及びテロ組織ではありません」
眼鏡のブルネットは暫くの間本筋の説明を行った。
男達はブルネットの無機質で抑揚のない声に退屈しはじめた頃にブルネットはまとめに入る。
「わたしのつまらない解説で眠気が襲ってきてるところ申し訳ありませんがここから重要なので皆さんよく聞いてください、重要なのははじめに説明したマテリアルXの持ち出し犯は既存の犯罪組織や国外の工作機関やテロ組織でないという事です、つまりは我々の知り得ない未知の組織がここに暗躍してるという事に他ならないのです」
「さて、彼らの目的はなんでしょう?」
皆、即座に眠気や退屈が飛び息を呑んで話を聞く。
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ジョニー・ハリスン捜査官は愛車のラングラーに乗り込む前にフロントガラスに10ドル札が挟んであるのを見て少し呆れる。
ラングラーのボンネットの前を覗くとブルネットのCIA捜査官が隠れるようにしゃがんでいた。
「誰も見ちゃいないだろうな?」
ジョニー・ハリスンは辺りを見回してからCIA捜査官を助手席に乗せて急いで発進する。ブルネットのCIAことジゼル・ハリスン=オーランドと黒髪のFBI捜査官のジョニー・ハリスンは叔父と姪の関係でありボンネットに10ドル札を挟むのはジゼルが幼少の頃にジョニーに対し頼み事をする時の合図であった。
ジョニーは4年間の海外派遣の後に本国でFBI捜査官として活動し、ジゼル・ハリスン=オーランドは大学在籍中にCIAにスカウトされ中退という形で大学を辞めている。
2人が再開したのは米軍基地のブリーフィングルームでジョニーはFBIからの出向、ジゼルはCIA職員としての立場で再開、全くの偶然とはいえ別な組織同士で少なくともジョニーはそれを問題に思っていた。私用のスマホでメッセージのやり取りをしてジゼルの方から「無関係を貫く」と返信が来たためそれ以降数ヶ月間無関係を貫き通していた。
「要件は?」
「こんな寒いとこで話するのはパトロールだけです。ごはん食べに行きましょ、いいお店知ってるんですよ」
ジゼルはジープの助手席に乗り込む。
ジョニーは呆れてからジープを発進させる。
「貴方の姪として聞きますが、この数年間叔父さんは何やってたんですか?」
「フツーの仕事さ」
「ジゼは?」
「フツーの仕事ですね、上司はめっちゃムカつきますけど」
ジゼルの案内の元に2人は基地から離れた街道沿いのラーメンショップに入る。
2人は入り口から死角になるボックス席に入る。
「まぁ要件なんですけど、わたしもカレッジに潜入する事になりましたのでその挨拶と、個人レベルでの協力関係の提案です」
「それはCIA職員としてか? それともジゼル・ハリスン=オーランド個人としてか?」
「両方と言いたいんですけれども、貴方の姪としてお願いいたします」
ジゼルはジョニーの両手をギュッと握ってジョニーの両目を見ながらお願いする。ジゼルが幼い頃からやる癖だ。
「まぁ、それはそうとしてとりあえずご飯食べましょ。叔父さんも味噌ラーメンでいいですよね?」
ジゼルはメニューを見ずに店員に味噌ラーメン2つを頼んだ。
そうしてからジゼルは今回の事件の事を話し始める。
「まず、先程のケンジ・マツオカはシロと言ったんですけど、アレ半分ぐらいは嘘です」
「嘘ってオマエな……」
「状況証拠で言えばシロなんです。ただ動きがクサいんですよね。叔父さんのいうとおり入国と事件がシンクロしてるし出国にしても自らではなくて日本の外務省で手配されたチケットで出国してますし」
「犯罪者引き渡し協定ってのがあったろ?」
ジョニーは日米間の犯罪者引き渡し協定の話を出す。
「ティーンエイジャーには適応されませんよ」
ジゼルはそのまま説明を続ける。
「以上の事をふまえ可能性としてはケンジ・マツオカも私達と似た仕事をしてるという事も考えられます」
「つまり工作員って事か?」
「それにしてもなんでケンジ・マツオカなのかという疑問が残りますが話が脱線するので話をケンジ・マツオカからマテリアルXに戻しましょう」
味噌ラーメンがちょうど来る。
「とりあえずここからの話は食べながらでも」
ジゼルは割り箸を割りラーメンをすすりながら話を続ける。
「あくまで個人の推測の域を出ない話ですけど、単純な犯罪目的でエアガンを使ってるのではなくてエアガンやサバイバルゲームへの毀損の為に犯罪を起こしている可能性も考えるべきだと思います」
「つまり手段と目的が逆なのか」
「ええ、銃を入手するという意味であらば密輸、銃砲店の襲撃、3Dプリンターでの作成……それらをすっ飛ばしてなぜ失敗作とはいえわざわざ米軍の新兵器を略取するのか。それが逆にエアガンやサバイバルゲームへの毀損という意味ではうってつけとなります」
「そうなってしまうと前提が崩れてしまうので初動捜査からやり直しになってしまいます。クッソ面倒です、泣けてきます。だから面倒なのは捜査機関に任せますのでよろしくです」
「エアーガンへの名誉毀損というお題目ならいつかは犯罪組織からコンタクトが来るはずだ。少なくとも諜報機関ではまだ監視を続けたほうがいい、犯罪組織が動くとなると絶対に金か人が動くはずだ」
二人でラーメンを啜る。
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「ったくヨォ。アイツ等俺たちのありがたさってのをわかっちゃいないよナ」
「Yes.」
K2とサムソンがダイナーで飲み明かしている。K2はプッシーキャットをサムソンはアイスティーにガムシロップを大量に突っ込んだ物をピッチャーでもらっている。
時刻は10時を少し周った辺り、夜間この店はウェイトレス1人コック1人の2人体制で外出中の軍人の一団やらがいる門限内の時間帯だが今日はK2達だけだ。ジュークボックスからはエルビス・プレスリーのバラードとゆっくりとした時間が流れる。
「バカにしくさってサ、アイツ等マトモに銃すら撃てなかったのを俺たちが鍛えてやったのに人気が出たらすぐえばりやがんだもんナ」
「YES.」
テーブルには丸椅子が4つあり、その3つ目に男が座る。
「よお」
「スピードレーサー。半年ぶりぐらいカ?」
スピードレーサーと呼ばれた無精髭の痩せぎすの男はK2とサムソンと拳骨でボディランゲージを交わした。スピードレーサーとK2とサムソンは幼馴染で久しぶりに会える今日という日を待っていたのだ。スピードレーサーはTシャツにジーパン、無造作ヘア無精髭という出で立ちながらも全体的に美男子の風が見て取れる男だ。
「そんなとこだな。サムも元気そうだな」
「Yes.」
「ムショ生活はどうだったカ?」
「やることなさすぎてヒマだった」
「にしても、この店ってこの時間こんな閑古鳥鳴いてたか?」
「基地ジャ戒厳令出てんのヨ」
そこから暫く3人の歓談となる、スピードレーサーは聞き役に徹しK2とサムソンはサバゲーの事やHERO'Sでの地位の低さを嘆いていたりした。
それ以外にもエアガン犯罪が多発している事やこの場にいないJの事も話した。
「オマエ、そういやウチに帰ったのカ?」
「母親直々に絶縁を言い渡された身からするとその話題は辛いな、ぶっちゃけ言うと敷居をまたぐのが怖いんだ」
「あーオマエのオフクロってオマエにだけやたらとアタリ強いもんナ」
「不出来な息子や兄貴を持つ気持ちってのもわからんでもないがな」
「ったくよ、ここはいつからチー牛御用達のシケた店になったんだ」
その歓談に水を差す者が現れる。典型的なHIPHOPファッションに身を包み首元にブリンブリンをかけた男達がぞろぞろと入ってきた。
男のリーダー格がスピードレーサー一行を煽る、スピードレーサーやK2はともかくサムソンに至っては何故か萌えアニメのTシャツを着ている。
「うわぁ、ダッセ。上野でナイジェリア人にでもボッタクられたか?」
が、入ってきた男達も典型的な服に着られている様な面々であった。
「手前らここから出ろ。オレたちの店だぞ」
「ああ、わかったわかった。すぐにもお前たちの店から出ていってやっからせめてこのシケた店の会計だけでもやらせてくれ」
スピードレーサーが男達に対し煽りではなく憐れむように言った。
K2はこの時点で嫌な予感がしていた、スピードレーサーは一言加えるだけで相手を煽り喧嘩を売る天才だ。タチが悪いのはスピードレーサーには悪意や悪気が全く無くその最適解を選んでしまう辺りだ、その才能のおかげでスピードレーサーはチンピラにまで落ちぶれてしまったのだ。
「ああいうののさばらせるのどうかと思うね、僕は」
レジ係の子に苦言を呈する。
「仕方ありませんわわたくしはか弱い女子ですし、コックに至っては怖がって厨房から顔すら出しませんし。お料理さえお出しすれば大人しくはなりますし」
「なんか問題になったら2軒右隣の刺繍屋の親父にちょいといい焼酎辺り土産に相談してみろ、あのハゲああ見えてボクシングの現役アマチュアチャンプでクソ強いからな」
スピードレーサー一行は支払いの他にレジ係の子にチップを多めに渡して「じゃあな」と男達に挨拶をして店を去る。
男達はスピードレーサーに対して劣等感を覚える。
「河岸変えて駅前にでも行こうぜ」
三人は店を出る。一行のローライダーやメッキホイールのSUVを縫うようにしてK2とサムソンはサムソンのシボレーアバランチに乗り込もうとするが2人は店の前の路上に停めてあるジェットブラックのクライスラー300Cに目が行く、理由はカッコいいからではなくスピードレーサーがさも自分のクルマのように向かっていたからだ。
「出所したてでよくこんなん買えたナ、ムショでケツでも売ったカ?」
「手前は絶対乗せてやらねー」
スピードレーサーはK2に中指を立てながらクライスラーに乗り込み、K2とサムソンはシボレー・アバランチに乗りスピードレーサーの後ろについて走り出した。
しばらく走ってからスピードレーサーのスマホに着信がはいる。
『さっきの田舎モン追ってくるゾ』
ハンズフリーで応答したスピードレーサーはバックミラー越しに後ろを見る、サムソンのアバランチの後ろから複数のライトが追っているのが見える。
「俺が停まったら無視して先に行け。今日は解散だ」
『大丈夫なのかヨ? 俺たちもいたほうがいいんじゃねぇノ』
「アイツ等が用のあるのって俺だろ? 大丈夫だっての。いざとなればケツでも売るさ」
スピードレーサーは頃合いをみてゆっくりとブレーキを踏む、それと同時にハザードを付けてトランクのロックを解除する、視界の横をサムのアバランチが通り過ぎる。チャージャーは警告音を鳴らしながら完全に停止する。
スピードレーサーは急いでトランクに向かい、トランクルームの隠しスペースからM93Rの電動ガンと細いマガジン2本を出しマガジン中身を確認しマガジンを装填する。
そうしてからゆっくりと道路の真ん中に立つ。
複数のライトの正体がローライダーであるとわかり、その中から男が何人も出てくる。手には警棒やバット等が握られている。どうやらよほど彼等のコンプレックスを刺激したらしい。
男達がバット片手に何かを言おうとする前にスピードレーサーがフルオートで発砲する、手前の大男が後ろ向きに吹っ飛ぶ、針のように細いが深いパンチを何十発も食らったような痛さを男は感じた、肋が折れてるかも知れないし鼻や口からも熱いものが滴り落ちてる。
スピードレーサーは皆に見えるようにマガジンを再装填する。
「これ以上やるなら皆殺しにしたっていいんだぜ」
リーダー格は「顔覚えたからな」と言うがスピードレーサーは上に威嚇射撃の一連射を放ち相手の撤退を促す。相手側は撃たれた大男が主戦力だったらしくこの時点で戦意喪失し倒れた男を3人で抱えてクルマに運ぶと撤収した。
スピードレーサーは男達が見えなくなると肩で息をして少し歩き路肩の縁石の上に腰を下ろした、怖かったというのが第一の感想で楽しかったというのが第二の感想、そしてしばらくして楽しかったという感情に対して嫌悪感を覚えた。感情の整理がついてようやく銃を握りっぱなしな事に気付き慌ててマガジンを抜いて銃を隠す。そうしてから運転席で一服をする。
「あー俺、悪党になっちまったよー」
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ヒーローズはクラブのプライベートルームで二次会をやっていた、男3人に対して女の子は6名でウーハーから規則正しく流れる重低音かまたはアルコールや何やらの影響下で皆興奮状態になっている。乱痴気騒ぎ最中にツバサがスマホを見て女の子達と離れてトイレに向かう。
トイレの中でスタジャンを羽織ったちょび髭の中年男にポケットの中から出した1万円札の札巻きを渡す。
スタジャンの男は掌で札巻きを受け取り反対の手でツバサに何かが詰まったポリ袋を渡す。
「使い方はわかってんな?」
「もち」
スタジャンの男は金を数え5万ある事を確認して、そのまま便所から抜けた。
ツバサは個室便器に腰をかけてポリ袋をまじまじと眺めその不思議な柔らかさを指先で確認するる。
ツバサの手中にある物は、「バレット」と呼ばれる銃弾だ。直径6ミリの円形をしたこれはエアガンに装填して発射するとどういうわけか車の外装がへこむ位の衝撃を与えられる、当然人に当てれば良くても痛い思いをするし最悪死ぬ……らしい。
ツバサはそれをポケットに大事にしまい宴へと戻る。顔には邪悪な笑みがこぼれていた。
今週のエアガン
マテリアルX
メーカー:ヘクス社
マテリアルXとはヘクス社が生産する衝撃を加えると分子の反動作用によりより強い衝撃を与える樹脂素材である。正確に言い表すなら当たった直後に100倍以上の威力で二度目の衝撃が来る。
当初は劣化ウランに代わる米軍の戦車砲弾頭用素材として開発されていたが装甲貫通力が皆無、軽くなったことによる遠距離の命中精度低下、熱反応に弱い等が発覚し中断。次には暴徒鎮圧用のグレネードランチャー弾薬にしたところ殺傷能力が高すぎるためにこれも失敗、またバトン等の素材としても殺傷能力が高く一度衝撃を受けた物は同じ特性を発揮しない事からこれも失敗。
つまりヘクス社の負債そのものであった。