The Longest Day Act.2
いよいよ実戦の時だ。
僕は胸元にあるP90と腰元に差しているタクティカルマスターの重さを全身で感じる、正直ホルスターを買っておけばよかったと後悔しているが、ないものねだりをしても仕方ない。
周りには後藤さんが隣りにいて、シイちゃん、ヨウちゃんとジャガーノートさん、店長ちゃんが前、新堂さんとその連れのフリッツヘルムに作業用の防護面を付けてる英さんが後ろにつく。
周りを見るとかなりの人数、下手したら片方100名近くいるみたいだ。
開始の合図がなり皆歩調は違うものの動き出す。傾向としてシイちゃんヨウちゃんみたいなスタンダードなアサルトライフルを持っている人は走りジャガーノートさんや店長ちゃんみたいなLMGやスナイパーライフルを持っている人は歩きで既にポジションを見つけたのかそこに陣取る人もいる。
「行こうか」
後藤さんがそう言い僕は後藤さんと歩調を合わせて動く。
「そういえば前回も同じ状況だったねー」
前回というとデッカーズで2対2で戦った時のことだ。
「あのとき吾妻って冴えてたよね」
「ありがとう」
褒められるのは嬉しい、それが後藤さんだからかなのかあの時頑張ったからなのかはわからない。
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グリコは皆が出陣するのを見守っていた、
ある程度頭数が減った後に残った強者を一気に狩る。それが彼女の戦術だ。
彼女の戦術は限りなく有利に近い1対1の状況に持ち込みそれを素早く処理をしそれを繰り返していく。限りなく有利に近い状況に持ち込むには身軽さと機動力で以て敵地最深部まで潜入し背後から撃破していくことが求められる。元々体操とパルクールをしていて銃の撃ち方等はアイドルになってから習得したようなものだ。
『タカヤ、戦況』
至近距離でありながらもグリコはインカムで高屋と話す。
『丁度各所で交戦始まったトコやね。うーわー信じられんわ』
『どした?』
いつの間にか現れた鉄眼が高屋に聞く。
『赤い服着てるヤツがおる』
鉄眼も自前のライフルスコープで赤い服を探す。
グリコはその赤い服に覚えがあった。
「オッサン、双眼鏡か何かある?」
グリコは鉄眼に聞いた、高屋の装備に双眼鏡を持ち合わせていないのは知っていたしグリコも持っていない。
『しょうがないにゃあ』
鉄眼はどこからから双眼鏡を取り出してグリコに貸す。グリコは双眼鏡を覗いて赤い服を探す、それはすぐに見つかった。
最前線の一歩奥、敵陣のCQBエリアの角でこちらの様子を伺っている。腕にあるポケットをみて間違いないと確信する、それは江崎グリコが最近良く見ていた動画の主役だ、正確には10分弱ある動画内で時間にして5秒に過ぎないがそのわずか5秒のみを暇があれば繰り返し見ていた。
AA-12と正面から撃ち合って勝ったあの男だ。
『タカヤ』
『なんや』
『行ってくる』
彼女は相棒にそう伝え耳にハメてるインカムのスイッチを入れるとCQBへと消えていった。
「な、なんや藪から棒に……」
『そういうお年頃なんじゃないの?』
鉄眼はいつの間にか返してもらった双眼鏡を懐にしまう。
『2人きりになったところでスナイパー同士まったりと行こうぜ』
高屋と鉄眼お互いにサバゲーを仕事としている業界人同士話せる事が多く、新製品の噂話からカスタマイズの流行りまで狙撃をしながら喋っている。
『ところで聞くんだけどさ、最近エアガン犯罪急増してるのって知ってる?』
「ああ、この業界に身を置いてたら嫌という程聞かされるわ」
当然連日のエアガン犯罪も話題の内に入る、旧来の犯罪であった違法所持やエアガンを使った傷害事件ではなくエアガンを用いた犯罪の話だ。ここ数ヶ月でコンビニの強盗から政治家の襲撃まで多くの事件があった。
『俺、社長からそれ調べるように言われてさ、タカヤくんの方で何か知ってることあったら確認のために教えてもらっていいかい?』
「押収されたエアガンがほぼ全てノーマルって話と撃たれた側がなんかようわからん重症負ってるって事ぐらいかなぁ」
『それ誰から聞いた?』
「誰からって、アンタ含め誰も彼も言うてるからなぁ……」
『それらの事件をマスメディアで見た事は?』
「無いな……」
『それの理由は知ってんだよ。オタクんトコの社長がマスコミ全体に手練手管使って差し止めしてんのよ』
「まー社長もサバゲー関係にめっちゃ投資してるしなぁ」
『そゆこと』
鉄眼が狙撃で1ヒットを取る。
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グリコはCQBエリアの中を駆っていた、銃は手に持たず早くそして低く走り手を地面につく事も転がる事も厭わず腰ぐらいの高さの頑丈な障害物であれば両手両足を使ったジャンプで乗り越える、敵味方の不意の接敵があっても相手と違いグリコは全く動じず冷静にヒットを取っていった。
グリコが行っているのは独自に編み出したドッジという戦術でCQBやCQCが部屋や敵の制圧を目的とするのならドッジは障害物をものともしない高速侵攻と1つ1つを確実に撃破していく純粋なサバゲーの為の戦術といえる。
彼女の戦術は序盤は待機して前線が膠着した後に敵地に侵攻し相手の死角や思いも寄らない場所から接近し撃たせる前に撃ちそれを繰り返していく。そのためにアイドル業の傍らでも肉体的、戦術的鍛錬を怠らなかった。スマホで動画を見ているのもその一環であった。
彼女には高精度で集弾率の高いスナイパーライフルも、電動マグと高回転モーターを兼ね備えたLMGも、高価な装備品で彩ったアサルトライフルも必要ない、故にエアガンに連射力も射程も不要である。ただ動いて欲しいときに確実に動いてくれる武器、東京マルイのH&KP7と特製のコッキングホルスターがあればいい。
ただ今回は逸ってしまったため、頭数が減っていない状態で侵攻してしまいCQBエリアを出た時点で7人にヒットを取り、右4発左3発を使っていた。それでもまだ残弾数は使った倍以上は残っているし予備もある。
COBの出口で伏せている奴を飛び越え、赤ジャケの後ろに陣取っていたスナイパーからヒットを取る。
これだけの相手に殲滅戦を仕掛けるのは無理筋なのでスナイパーに当て混乱が続いているうちに2人目、3人目に当て、伏せている奴は死角になっているので無視してメインディッシュに向かう、残り1人。
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まずは様子見という事でこのフィールドに詳しいヨウちゃん達を援護することにした。
「なんで一同に固まってるのよ」
固まって同じ障害物に隠れる一団に対し新堂さんがツッコミを入れる。僕を手前にして、後藤さん、進藤さん、シイちゃん、店長ちゃん、最後尾に英さんがいる。ヨウちゃん達は既に最前線に行ってしまった。
「だったら新堂サン行って欲しいっスよ」
「やぁよ、そんな貧乏クジ引くの、アンタ行きなさいよ」
「っていうかシイちゃん達さっきから釘付けで動けないの」
障害物の横や上を弾が掠める、前線からの流れ弾や前線の一歩奥からの狙撃が飛び交い、障害物の上や横から各自応戦している。どうやらCQBの方から敵が上がっているみたいで丁度最後尾の僕らが最前線になっている形だ。
「位置取り失敗しちゃったねー」
店長ちゃんがのんきに答えながら応戦をする。英さんは伏射体制でCQBの出口を狙っている。
僕は期を見計らって、別な障害物へと移動する。丁度最前線同士が消耗し合った頃なのですんなりと移動できる。
「後藤さん、来て!」
その勢いでシイちゃんと新堂さんも連れてきたところで「新堂ちゃん! CQBからすげい早いのが来てるのだ!」と英さんが警告を発した。後方を確認すると今まさに誰かが飛び出してきた。手にはハンドガンを2丁持って、店長ちゃんにヒットを当てて障害物の表側から回ってきて、新堂さんとシイちゃんに当ててまた表側へと消えていく。
「後ろ任せた!」
僕はP90を構えて表側へ回る、すると既に相手は裏側へ回っていて後藤さんをヒットしていた。そのまま障害物を1周して裏へ戻る。
彼は両足と左手を地面についた低い姿勢を取っている。僕はそのままP90を撃つが、既にその場にはいない、なんと障害物を蹴り空中に飛翔する。そのまま上空を狙うが既にその場にはいない。
「早いっ」
最初に感じたのは圧倒的な早さだ、P90であるからまだ追えるもののM4クラスとかであれば追えない動きだ。全身がバネのようにしなる動きで助走や予備動作を付けずとも身体のバネだけで飛翔をし、柔軟に動く四肢を使って素早く起き上がり次の行動に移るため狙いを定めさせない。
回避のみで圧倒し、腰に差したP7を抜き狙いを付けず腰だめ撃ちで僕を撃つ。
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昼までに10回ゲーム近く行ったがその大半が彼にヒットを取られていた。
以降毎回弄ばれ、やられる。だから未だに1ヒットも取れていない、どこにいても、逃げても隠れても彼に見つかり遊ばれる。
「……粘着質だな」
ジャガーノートさんは自分の銃の整備をしながら答える。逃げたり隠れたりはジャガーノートさんに教えてもらった。
「なんで吾妻くんだけやたらと狙うんだろうね?」
店長ちゃんが最もらしい疑問を問う。確かに謎だ、彼とは今日が初対面であるし何より恨みを買ったりライバルと言われたりするほどサバゲーをしていない。
「アンタ恨み買ってんじゃないの?」
「エリじゃあるまいし、吾妻くんはいい子なので他人の恨みを買ったりしませんー」
ヨウちゃんと新堂さんはいがみ合っている、仲が悪そうに見えて見ている限り巧く連携もしているので実は仲がいいのか? と思ってる。
「とはいえ、午後もこの調子じゃ入場料の払い損じゃないっスか?」
後藤さんが僕の懐事情を心配する、まだ余裕はあるが確かに今日のためにそこそこのお金を費やしてきた。
「新堂ちゃん、新堂ちゃん」
「後でね」
「あんな動きをするサバゲーマーは地元では見たこと無いわね」
新堂さんが断言をする。新堂さんクラスにもなると毎週でも行ってるのだろうかと思う。
「そこなの、ネットで探してるけど全く情報を見つけられないの」
シイちゃんがスマホ3台持ちで検索をしてくれている。シイちゃんはこういうネット関係に強い。
みんな僕のために動いてくれてる、それが嬉しく思うが同時に解決策を見つけられないもどかしさも感じる。
「ゴン太くん、ゴン太くん」
肩を叩かれた、英さんがスマホを持っている、そのスマホを見るとサーモグラフ処理された動画が映っていて中央の人物に「TAG:A」端っこの方に「TAG:B」と書かれている。
「タグBが僕かな?」
「流石なのだな、それで巻き戻しするのだよ」
そこから巻き戻して映像を再生する。
「ここまで行くと怪獣王なのだな、怪獣王はフザケてる様に見えて実はトンデモなく強いのだ」
怪獣王は二人のサバゲーマーを翻弄し抜き撃ちの2丁拳銃でヒットを取る。
そこから何人ものサバゲーマーを撃破していって攻めに来る、驚くべきはその動きでまるで映画のアクションシーンみたいな軽やかな動きで各個撃破していく、これだけ動けたら楽しいだろうなぁと思った。
「もう一度最初から再生して」
英さんに頼み頭から見る。
いや、違う……真の驚異は動きではなく状況判断の早さだ、動きはあくまで状況判断の早さを助ける為の道具に過ぎない。
動きの特徴は相手が思いも寄らぬ場所からの奇襲、体捌きによって銃口の正面ではなく上下に身体を置くことによって相手の判断を鈍らせて超至近距離での攻撃を行う。左右の動きに対応できても立体的な動きには対応できず銃口の内側からの攻撃に多くのサバゲーマーが敗れた。
僕は今までこんな至近距離で戦ったことは……一度だけあった。
新堂さんとの角での銃撃戦の時だ、あの時はどうしたんだっけと考える。たしか周りの速度が遅くなって自分の思考が早くなった、まるで映画のスローモー再生みたいな感じ。
それは頭の片隅に置いておいて奇襲と体捌き最悪どちらかに対応しなければならない。
「英……貸してもらっていいか」
「どうぞなのだ」
ジャガーノートさんがスマホを借りてじっくりと見る。
「例えばだ、君が奇襲した場合はどうなる?」
「僕が奇襲ですか?」
それは考えたことがなかった、たしかに先手を取れれば多少の有利は付けられる。
「そうだ、君を目標としている以上こちらから仕掛けるのが上策と思える。理由としては奇襲を防ぐ、それと彼は奇襲なれしてない」
「奇襲なれ?」
「そうだ、あれを見るに一朝一夕で出来るものではない相当な修練を積んで洗練された動きをしている、裏を返せばそれ以外に重きを置いておらずあのスタイル以外の戦闘を知らない可能性もある、自分が奇襲されるという経験も少ないだろう。故に相手の動きを崩すことでこっちのペースに持ち込ませる」
「つまり、今まで防戦一方だったけどこれからはこっちから仕掛けると?」
「ヤシオリ作戦なのだな」
「そういう事だ」
奇襲に関してはクリアだ。
そこから皆に説明し、アイデアや意見を募り作戦を詰めていく。
「多分銃はエアーコッキングガンなのだな」
「あのコのホルスター見つけたの、コッキングホルスターって奴なの」
「へーこんな装備あるんだ」
「こっちから攻めるのはいいとしてCQBで迎撃するか屋外で迎撃するか決めた方がいいんじゃないスか?」
「甘いわね、後藤。奇襲ってのは臨機応変な攻撃にこそ真価があるのよ」
「えっとね、連れっぽいスナイパーが2人いたよ!」
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グリコは自分の見る目の無さに後悔していた。動画で見た時には結構いい動きをしていたと思ったのだが実際に顔を合わせると初心者に毛が生えた程度の動きしか出来ていない。
だがこのフィールドには遊び甲斐のありそうな奴は彼以外いないのも事実だ、鉄眼ならそこそこ遊べるかもしれないが残念な事に同陣営だ。
三馬鹿マシンガンにちょっかいを出そうか考えているうちに、開始の合図が鳴り何も考えずにCQBへと向かう、失敗したと思う間もなく狩りにはいる。
しかし、思うように動けなかった、最初の3人までは撃破したもののそれ以降は襲撃に適さない相手、複数行動で誰かが死角や奇襲ポイントをフォローしているという相手ばかりに遭遇している。まるで誘導されているかのような気味の悪さだ。
CQBの外に出ようとすると狙いすまされたかのように狙撃される。
「タカヤー、助けて。CQBから出られない」
『すまん、やられちまった。鉄眼がナカからそっちいっとるハズや』
インカムの向こうの頼りになる相方も使えないときた。
狙撃してるのは最奥で立射しているチビらしい、ここからじゃ一方的に射撃を食らうし午前と違い戦線が膠着しグリコは突出し孤立無援の形になっている。
グリコは全く考えもしないでCQBを突っ切っていく、グリコの機動力があれば捕捉出来ても識別や対応はできないし撃破よりも逃走を重点に置き動く……の、だが何故かやたら目をつけられて追いかけ回される。途中でAA-12を持った奴を撃破した以外には戦果はなくCQBから出ようとする、すると狙いすましたように狙撃される、そうしている内に一帯が封鎖されどこから顔を出しても狙撃されるような状況に陥っていた。
グリコは殺気を察知し避ける、赤いジャケットがMP5とP90の2丁持ちでグリコの攻撃範囲の半歩外から弾幕を張りながら動き回る。
直感的にグリコは奴の動きじゃないと思った、奴より動きがいいし2丁持ちするような人種じゃない、何より遠距離射撃で牽制するよりもっと攻撃的な行動を取る、わずか数秒の動画でありながらもそれらは確信している。
グリコの予想通り奴がベレッタを持って現れる、グリコはバックステップで回避しその勢いで三段跳びをして間合いを詰めるが奴は動じることもなく飛ぶグリコを真正面にベレッタを構えている。
いや、おかしいだろ。
グリコがそれを口に出す、間合いはこんなに近くないし下を向いているはずなのに何故正面に銃口があるのか。
グリコは慌てて銃を抜こうとしたがそれを考える前に奴はグリコに2発当てる、そして受け身を取れなかったグリコは重力に従い頭から落ちていく。
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今回の作戦はこうだ、英さんのXレーダーを新堂さんが借りて索敵をしその情報をスマホのグループチャットで随時教えてもらう。彼は単独で突出して突撃するのでそれを中心に包囲網を狭めていく。
包囲網には自分たちだけでなく他のサバゲーマーも利用させてもらう、具体的には他のサバゲーマーの援護をして攻撃をさせずどんどん奥にまで来てもらう。彼は奇襲をする際に3人以上いたり互いに死角を補完しあっている場合等は絶対に手を出さない、つまりリスクヘッジをして自分がやられないと感じたら奇襲をかけ、そうじゃない場合は手を出さない。あとこれにはジャガーノートさんの意見で彼のペースを乱すという理由もあった。
そうしてから外からは店長ちゃん、ジャガーノートさんは外からCQB内へ押し込める役目を、内側からはシイちゃん、ヨウちゃん、英さんそれと僕で即席援護と追い込みをかける。
後藤さんには僕のジャケットとP90を貸して中距離から牽制と陽動をしてもらう、これは僕が潜り込む隙きを作ってもらうのと彼を動揺させて揺さぶるという理由もある。
P90かタクティカルマスターのどっちを持っていくか結構悩んだがここはあえてタクティカルマスターで行くことにした。
そうしてお膳立てをしてもらっても勝負の行方はわからない、多分僕の勝率は2割もいかないであろう、ただ彼に勝ちたいが為にみんなに協力をしてもらい戦場に出る。
「CQBの中に戻ったわ、後藤、吾妻くん、GOよ」
後藤さんとげんこつを交わして後藤さんを先行させ息を潜めながら近づく。後藤さんの牽制が終わり次第僕が奇襲をかける、勝利は確信できないが負けない自信だけはある。
彼は驚きもせずバックステップで回避し、次の瞬間背後の壁と障害物を使った三段跳びで僕と間合いを詰める。やはり動きが異次元だ、三段跳びするにしても普通バックステップでやろうとは思わない、動きのよさと状況判断の早さの互いが互いを高めあっている。
やはり動く時に銃を握っていない。そうなると次抜くのは着地後だ。
で、あれば飛翔するまでと着地後は常に相手の手番だが飛翔から着地までの僅かな時間は僕の手番だ、宙を飛ぶということは身体を地につけるまで方向転換や急な着地は不可能、つまり身動きがとれない。
僕は即座に腰を屈め全身でスライディングをする。ジャケットは自分で洗えばいい、ジーパンが擦り切れたなら新しいのを買えばいい、誰かにに見咎められたら謝ればいい、それよりも今は彼に勝ちたいのだ。
途端に周りの動きが徐々にだが急にゆっくりになる向かい合っているものの進行方向が違う。
まだ、まだだ……
彼の頭が見えゴーグル越しに驚いた表情を伺える、その表情は男というにはあどけなく鋭さはあるもののまるで女の子みたいな顔であった、可愛い顔つきでアイドルでもやっていてもおかしくない端正な容姿だ。
ここだ!
タクティカルマスターを正面に向け彼に向けて2発撃つ、1メートルもない間隔をBB弾が飛び彼の腹部に当たる。
彼はそのまま肩から地面に落ちた、「バキッ」という痛そうな音が響く。そしてようやく時間が加速を取り戻し息を吸っていないことに気づき慌てて呼吸をする。
「ぐああああ、あ゛てぇ」
女の子の叫び声が響き渡る。そこで僕は彼が女の子である事を知った。
――――――――――――――――――――――――-
『これでヨシと』
鉄眼が添え木とダクトテープ、それとフィールド運営から貰った包帯でグリコの腕の応急処置を施す。
『とりあえず開放骨折じゃなくてよかったな』
グリコは借りてきた猫の様に大人しくなっている、腕の痛みもあるのだがこの後こってり絞られる事を思うと気が滅入っている、アイドルの怪我は一般人のそれよりも多くの人に迷惑がかかるのだ。高屋は迷惑をかけたフィールドに謝りに行っている。
「あの……」
鉄眼がが振り返るとそこには吾妻がいた。
「怪我の方大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ、痛いのとこの後こってり絞られるのが怖いけどね」
グリコはVサインをしてニッコリと笑ってみせた。
『あまり気にするなよ、怪我自体はこいつの責任だからな』
鉄眼が吾妻を励ます。サバゲーフィールド内での怪我は不法行為以外は負った当人の責任なのだ。
「それと、キミ強いね。今は負け越すかもだけど絶対ハネるよ、それとスマホ貸して」
吾妻が言われるがままスマホを差し出す、グリコはSNSを起動して空でアドレスを打ち込み登録を済ませる。
「わたしは阿賀野、阿賀野美雪。キミの名前は?」
「吾妻円です」
「よろしく」
グリコは手を差し伸べて吾妻と握手する。
「撤収や、運営に頭下げる程度で許してもらえてよかったわ」
フィールド運営と話していたらしい高屋が戻ってくる、吾妻に気づき。高屋は自分の相方がいじめてたのに気づかなかったという罪悪感と、相方が怪我をしたのを助けてもらった謝意から吾妻を見て「えらい申し訳ない」と頭を下げる。
「僕、こういったモンでして。後ほどこの埋め合わせさせていただきます」
高屋は吾妻に名刺をわたした。
「このアドレスならすぐに電話出ますんで、今日のトコはこれで堪忍してください」
「一応、お名前お伺いしても?」
「吾妻円です」
「では今日のトコはこれで」
『俺向こうでいい医者知ってるからクルマ乗せてってよ』
片付けた荷物を2人で運び、その後をグリコがこれから絞られるというのに気持ちいい笑顔で手を振りながら去っていく。
今週のエアガン
H&K P7M13
東京マルイのエアーコッキングガン。
東京マルイ特有の工作精度の高さ以外ではスクイズコッカーと呼ばれるP7独自の機構が目立つ。
スクイズコッカーとはグリップセフティの一種で東京マルイのエアガンにおいてはコルトガバメントのグリップの後部についている押し込み式セフティがグリップの前部についたのがスクイズコッカーである。
実銃では撃針が不用意に弾を弾かない為のセーフティーの他にスライドストップ解除機能もついているがグリップが太くなり操作性も独特なのでP7以外の銃には見られない機能である。
コッキングホルスター
いわゆるクイックホルスターの一種で完全サバイバルゲーム用である
P7専用のクイックホルスター自体先ず無く、更にグリコのハードな酷使にも耐える様に剛性も非常に高めていて、グリコの体付きや腕の引きに合わせて制作された特注品である。