Intrigue Act.2
サバゲー部の上下階のフィールドを征く一団。フィールドの外は梅雨直前の最後の快晴であった。
加藤と滑川は手元に資料を置きながらそれを観戦席のモニターで見る。
「滑川さん、新堂の動きはどう見ます?」
「基本自体は出来てんだよ、実際にはな。ただ決定的に足りないんだよ。今年の3年それに2年、ニューフェイス連中の事も考えるとな、サバゲー部の部員としてみたら今一番辛い立場だな」
「俺としての提案だが狙撃にでも転科させた方がいいんじゃねぇか?」
「新堂の性格上出来ると思います?」
「……無理だな」
加藤達の眼前で行われているのはサバイバルゲームだ、ただのサバイバルゲームである。
ただそれは同時に審査も兼ねていた。
サバゲー部が急速に勢力を伸ばしていった足跡というのは少数の戦闘員と多数のそれ以外によって残されていた。
数年前まではそういう事を考える必要もなかった、本当に穏やかな時代だった。
サバイバルゲームはただの戦争ごっこだった。
勝敗こそはあれど誰もそれを気にする事は無かった。
強きも弱きも共存していた時代。
今はどうか?
今となってはサバイバルゲームは一種の闘争となってしまった。
勝者には未来が保証され、敗者は誰も見向きもされない。
ただその恩恵にあやかっているのは加藤自身である。だが加藤は大人になれなかった。
少しばかり昔の話をしよう。
サバイバルゲームはほんの少し前までは単なる遊びであった。
そしてその遊びに目をつけた者がいる。
グループ6という新興のマスメディアだ、グループ6はいわゆる専門性に重きを置いたテレビ放送で数年前に鳴り物入りで上場し、翌年には既に日本を代表する一流のマスメディアになっていた。
そしてグループ6が最初にマスメディアとしてエアガン市場を開拓した。毎週1時間枠を1本、月一の特番として4時間枠1本をサバイバルゲームの情報番組に充てている。
愉しむというだけであれば大した問題はない、むしろ趣味としてのサバイバルゲームは今こそが全盛期なのかもしれない。
問題はサバイバルゲームという舞台は弱肉強食でありながら非実力主義の世界という歪な構造体になってしまっていてそれでいて拝金主義の蔓延の兆しも現れているところだ。
今の加藤ももしかしたらそういった弱肉強食の拝金主義者になってしまったのかもしれない。なにせグループ6の番組にギャラを貰って出演していたからだ。
加藤のさじ加減で売れないものは売れたし、売れるものも売れなくすることもできるであろう。
「タク」
長いモノローグに耽っていた加藤を滑川が呼び戻す。
「なんスか、滑川さん?」
「共有銃の整備記録なんだが、最近のは全部ハナブサってのがやってのんか?」
「ああ、それっすか? そうなんですよ今年の1年にすげぇデキる奴がいましてね、メカボの分解組み立て程度なら飯食いながらでもやってのける様なヤツなんですよ」
「こういう完全裏方って今までいなかったタイプだな」
「まぁ期待の新人ってトコっすね、今来てますけど呼びます?」
「いや、今は審査に集中したほうがいい」
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新堂は朝からずっとサバゲーを続けていた。自分にはこれが最後のチャンスであるとはっきりわかっていたが思うような結果は出せなかった。
新堂以外の審査の受講者は大半が2年と1年だ。
次のゲームで審査が終了という時に味方の一部が騒ぎ出した何事かと思ってみると味方の1人の銃が煙を吹き出していた。新堂は慌てて味方から銃を分捕りバッテリーケースを開ける。中には膨れ上がったバッテリーが煙を吐いていた、新堂はそれを右手で摘まみ丁寧に床に置く。
「皆、慌てず急いで退出!」
新堂は皆を誘導してフィールドから外に出して非常ベルを押す、皆が外に出ていくのを確認している途中でエプロンと口元にバンダナと両手に青い耐熱ミトンをつけた人物に出くわした、頭はオレンジがかった金髪に染めていた。その人物は麦茶のパックを片手に皆とは逆にフィールドに向かっている。
「何してるの、早く出なさい!」
「大丈夫なのだ、ハジメちゃんに任せるのだよ」
ハジメちゃんと名乗ったその人物はミトンでサムズアップをして煙を吐き膨れたバッテリーをつまみ上げると緑茶パックの中に突っ込んでしまった、そうしてからゆっくりとだが素早くフィールドを出て外のシンクの蛇口下に紙パックを置き、パックを抑えて上から水道で水を流し込む。
新堂は消火器を抱えて慌てて追いかけるが発火も発煙もしてない様子を見て安心してへたり込む。
「おう、大丈夫か!」
異変を察した加藤と滑川が傘をさしてその場に現れる。
「このまま放熱して端子に絶縁体貼って耐熱パックに突っ込むのだよ」
「そうか。英、お手柄だったな。新堂もご苦労だったな、的確な判断だった」
加藤が英と新堂を褒める。
「ベル鳴らした以上大学や消防に報告の義務はあるから今日はもう店じまいだな。新堂、全員に今日は解散の旨を伝えてくれ」
「それから2人共風邪引く前にシャワー入っておけ、いいな!」
新堂はそこではじめて雨が降っている事に気付いた。
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新堂は英というこの珍妙な1年と共にシャワーを浴びていた、英は隣のブースで「キャッキャ」とはしゃいで楽しそうにしている。
新堂は英がはしゃぐ傍らで自分の左掌を眺める、乱視の目だと大分ぼやけて見えるがその傷跡はたしかにそこにあったし大分治ってきたものの未だ皮のつっぱりや違和感は拭えない。手の半分が焼けたとはいえよくここまで治ったものだと新堂は感心する。
新堂がバッテリーの発火に対して意外と冷静でいられたのは自分の掌でエアガンが焼けた経験とその後にバッテリー火災に対する知識を深めていたからである。ただ英がいなければもっと火事は広まっていたであろう。
「ねぇ、英さん?」
「何なのだ」
英はシャワールームに響くような大声で返事をする。
「ありがとう。英さんのおかげで火災が本当に最小限に食い止められたわ」
「もっとハジメちゃんの事を褒め称えるのだよ、だけどバッテリー外れてたおかげで冷却できたのだからハジメちゃんよりもバッテリー外した人に感謝するのだよ。ハジメちゃんは自分で出来る事しかやらねーのだ」
新堂は少しこっ恥ずかしくなって話題を変えた。
「そういえば下着の替えや着替えはあるの? 貴方全部洗濯機につっこんてたけど」
「そんなもんねーのだ」
「それでどうやって過ごすつもりだったの?」
「裸のまま?」
新堂は呆れた、年頃の娘が裸のまま出歩いていい道理はどこにもない。
「特別にわたしのロッカーから新品の下着一つとシャツと短パン持っていっていいわよ。下着はあげるけどその代わり着替えのシャツや短パンは返してね」
「やったのだ!」
新堂は泊まり込みや下着が必要になった時のストックとして常日頃から下着のストックや着替えをサバゲー部の私物ロッカーに入れている。
幸い新堂はサバゲー用のウェアで雨に濡れたので自分の着替え自体はあった。英みたいに全部ないのははじめてだがうっかり下着を忘れたり着替えを無くしたりした人物は何度か見ていたためこういう用意をしていた。
新堂は私服で、英はブカブカのTシャツに短パンの姿でシャワールームから出る。
「そういえば自己紹介がまだたったわね、わたし3年の新堂エリ」
「ハジメちゃんはハジメちゃんなのだよ。よろしくなのだな、新堂ちゃん」
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居酒屋の席には久間田、その向かいに、皆元、机に突っ伏して寝ている女、コートの襟を立てて帽子を目深く被ってる男がいる。久間田の隣に加藤と滑川が入る。
「遅れてすまんな」
加藤が詫びを入れて席に座る、実際に1時間位の遅刻であった。
「大丈夫だった?」
皆本が心配そうに加藤と滑川に聞く。昼間にサバゲー部がボヤ騒ぎを起こしたことは既にこの場の全員が知っていた。
「ファインプレーで火災被害はエアガンのコネクタとハンドガードが焦げたのと俺達が消防とガッコにこってり絞られたぐらいだな」
「ただ審査が先延ばしになったのは痛いがな」
「背に腹は代えられまい」
コートの男、榊が重い口を開く。
「おい、眠子起こせ」
皆元が「眠子」と呼ばれた女を揺する。暫くしてから眠子と呼ばれた彼女は頬に跡をつけたままゆっくりと起きた。
「あー、みなさんおはようございますー」
「おう、よく寝たか」
「そこそこ?」
眠子が起きたのを確認して加藤は本題に入る。
「じゃあ時間を捲くるべ、今回の議題について早速度説明する。俺や滑川サンはともかくとして何だかんだで幹部連中も年寄りばかりだ。そこでだ黄金期メンバーが残ってるうちに次世代の育成やら組織の再編やらをやらねばならんのだ」
「議題の1つ目は新しい幹部候補の選定だ。条件としては2年、1年、或いは今年高3や留年確実のヤツでもいい、ようは2年以上仕事できるヤツだ。言い出しっぺが俺だから実は4人ぐらいは目星は付けてる」
「まぁそれは置いておいて皆コイツは出来るって思う奴を上げてってくれ、じゃあ滑川サンから」
「俺としては例の海兵隊のジョニー、わからん奴には痩せランボーと言えばわかるか? アイツは中々向きだと思うぞ。理由としては俺らも含めて間違いなく最年長である事だ、同好会とはいえ曲がりなりにも跳ねっ返りってのは入るもんだ、ヒーローズとかな。今までは加藤や久間田みたいなカリスマで抑えてたがジョニーは強い上に最年長でしかもマジモンの戦場帰りだし何より1年だから今日からでも任命すれば4年はつかえる計算だ、まぁ部長の器じゃないだろうが幹部には向きだと思うぞ」
そこから各自最適と思う人材の紹介をしていった。久間田、皆元、榊がそれぞれ適任を挙げていく中で眠子の番になった。
「えーとさ、ほら……海兵隊と新堂ちゃんと他所のチームが戦ってた奴あるじゃん」
皆が「?」となる中で加藤は「アレだろ? 田所のトコとの小競り合いだろ」と眠子の意図を理解した。
「そうそう、それで新堂ちゃんと撃ち合った子いたじゃん、あのコ」
「残念ながらアイツはウチの部じゃないんだ」
「えー、カトちゃんお得意の裏工作とかで拉致ってきてよ」
「それ以外は?」
「えー、じゃあ、あー……今年の1年のゴキブリマークのMP5使ってる子! あの子いい感じじゃない? ビデオみた限りだと一年の中じゃ7:1位でキルレシオ最高よ」
「俺と同じぐらいだな」
「久間田くんは3年なんだからキルレぐらいもっと稼ぎなさい! あの子のすごい所ってキル数は全然多くないけどヒット数が異様に少ない。ビデオ見た限り1発も当たってない、動きが洗練されてる。しかも当てたのはほとんど他所のネームドだったり久間田くんかカトちゃんなのよね、1年でバトルロワイヤルやらせたら絶対優勝する」
普段おっとりしている眠子からは想像できない言語量に皆驚いた。
眠子は当然ながら本名ではない、眠子と呼ばれている理由は僅かな時間があればどこでも寝ようとする事から眠子と呼ばれている。それが大学で講義中でもサバゲーフィールド内で戦闘中でもだ。
「まぁトリだから言うが4名の内2名は言われた上に3人目ってのはぶっちゃけ言えば例の英だ」
「今までにないエアガンのメンテ全般を任せられる人材ってのが大きいのと今日のボヤ騒ぎに対処したのがヤツなんだ」
「俺も話をしたんだが技術力に関しては確かなものはあるな」
滑川が加藤に追随する。
「あの子、運営よりも本当に純粋な裏方タイプよね。幹部向きじゃないわね」
「なに、今年の1年そんな面白いコいるの?」
皆本と眠子が英に対しての意見を言う。
「それに最後の1人もみんな知ってると思うけど新堂な」
「まぁこれに関しては主観やえこひいきがガンガンに入っているが、同時に俺のえこひいきが入る程にはよく入れ込んでやってくれてる証拠だわな。それに今日のボヤも英がファインプレーやっただけで新堂の対応も悪いというわけじゃねぇ、まぁそこは経験者という事だな」
「まぁ以上の連中が次期幹部候補って事だ、次の議題行こうか?」
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居酒屋での会議の後に加藤は何人かをクルマで送った後に24時間営業のファストフード店の駐車場に愛車のオレンジ色のFJクルーザーを停めた。時刻にして深夜を少し回った頃。
店に入り自分の夜食のテリヤキバーガーサンドセットとBLTセットを買ってからクルマに戻る。
クルマに戻ると助手席に既に男が座っていた。
「どうやって入ったんだ」
『不法侵入、何も壊しちゃいないさ。でもエアコンとオーディオは弄らせてもらったぞ』
ボイスチェンジャー越しの不気味ながらも明るい声が聞こえる。
「BLTとテリヤキどっち食う?」
『テリヤキ貰うぜ』
加藤は男にテリヤキを渡しそして「向こうの進捗状況は?」と聞く。
『くだらん利権配分で揉めてるだけだな、いざとなれば何人かはご退場願うがまだその時じゃない』
加藤はBLTに口をつけながら「出来そうか?」と聞いた。
『やる為に俺とオマエはここにいるんだ、そっちの方はどうだ?』
「ミスは幾つかあったが順調といえば順調だ」
『ショウビジネスに関しては任せるよ』
『ただ別件で問題と頼みごとそれと例のアレ解決しそうだわ』
「マジかよ」
『大マジ、明日にでも紹介するから今日中に履歴書書いておけよ、写真とか撮ってやろうか? 最近のスマホって凄ェんだぞ』
男は加藤に対しおどけながら指を鳴らして説明した。
「んで頼み事と問題は?」
『先ずこの女知らない?』
男は加藤にスマホから写真を見せた。そこにはエアガンを持って迷彩服に身を包んだ少女がニッコリとVサインをしていた。解像度の粗さと少女の持つ銃や装備の古さから携帯電話の時代に撮られた写真である事がわかる。
「誰?」
『別件で用事がある人』
「これ相当昔の写真だろ、見つからんべ」
『依頼主曰く、絶対サバゲしてるからとの事で。界隈の女片っ端から調べたけど条件に合うのが見つからなくてね、そういうのは餅は餅屋って事でお願いしますよ』
「まぁ探してみるがな。それ後で送れよ」
『まぁ一番厄介なのが問題って奴でさ、最近さエアガン犯罪急増してるの知ってる?』
「具体的な内容知らないけどな、たしかに最近多いわな」
『なーんかヤバめなのよね』
「ヤクザか何かが改造銃バラまいてるとか?」
『いや全部改造銃じゃないんだよ、ほとんど箱出しの新品でさ。そっちも問題だけど被害者の方も問題で、絶対エアガンで撃たれたような怪我じゃないんだよ』
「……そうなるとベアリングでも撃ってるんじゃねえの? 出来るかどうかわからんがな」
『実は現場漁ってそれっぽの何発か拾ってきたのよね』
男は外灯の内ポケットから透明な小袋を加藤に渡した。そこには変形しているであろう6ミリ弾が入っていた。触ってみると妙な弾力性があった。
「こりゃ、違うんじゃねぇの。まぁ撃てるかもしれんがこんな材質じゃ怪我は無理だべ」
「それにあくまで一連の事件自体はエアガンを使った犯罪に過ぎないだろ?」
『いや本質はそこじゃない。仮にこれが偽物だったとしていちばん重要なのは、装填ないし装備してしまえばどのエアガンも凶器になってしまう何かがある事だ、例えばこれが本物としてマルイ辺りの純正のBB弾の袋に誰かが1発こっそり放ったとしよう、そうなれば誰の持つどの銃も凶器になりえてしまう』
「……なるほど」
『ま、それは俺が考える最悪のシナリオの一環だな』
『とりあえず十分に警戒しておけよ……って言っても俺たちの方も判断を決めかねてる部分はあるがな』
『じゃあテリヤキ貰ってくぞ、ごっそさん』
男は車をゆっくりと降りて闇へと消えた。
加藤はこれから起こるであろう波乱に対して先ず頭を抱えてから次に行動に移した。
今週のエアガン
リチウムポリマー電池発火の対処法
リチウムポリマー電池の特性は「Welcome to The Jungle Act.1」のあとがきで説明したとおりであるが発火した際の対処法を記しておく。
発火した際に最重要視すべきは消火よりもバッテリーの冷却であり、大量の水を浴びせたりバケツ等で水に漬けてバッテリーを冷却してバッテリーの熱を下げる事が重要である、窒息消火や消火器による消火はあくまで一時的なものと思った方がいい。
ちなみに作中で英がやったように飲み物のパックに入れて運ぶのは危険なので絶対やらないでください。あれは英の経験則と恐怖遺伝子が欠如しているから出来た荒業です。