雪山の少女
寒い……寒い……寒……い……。
吹雪が吹き荒れる雪山の、小さな洞穴の中に、病的に細い身を竦めて寒さに耐える少女がいた。
その身に纏うものは何もなく、白く長いボサボサの髪が、芯まで冷えていた。
「寒い……」
そうして、一刻ほど凍えていた。
そのとき。
「お! いたいた、お前がクアゼロ・リューナだな!」
洞穴の出口から、男の声がした。
「だ、だれ!?」
初めて聞く声に、少女は驚きを隠せないといった表情をした。そんな少女に構うことなく、男はズカズカと洞穴に侵入し、話を続ける。
「俺はクロース・シュベルティー。ある目的があって、仲間集めをしてんだ」
会話をすることさえ久しかった少女は、鼓動が加速するのを感じた。
目の前まで迫った男に、恐怖心もあったが、逃げようとは思わず、目を逸らすことも出来なかった。
「この辺りでお前の噂を聞いてな、スカウトに来た」
「……?」
少女は思考が追いつかないといった様子で呆然としている。小さい口が開いていた。
「よしお前、あっためてやるから俺と一緒に来い!」
クロースがいきなり右手を伸ばし、リューナの額に触れる。
「ひゃっ!」
その瞬間、リューナは気を失い、倒れかけ、その体をクロースが受け止めた。
そして、吹き荒れていた猛吹雪が、ピタリと止んだ。
「うっ、触れただけでこれとは……ふっ、来た甲斐があったな」
クロースの右手は凍りつき、ひび割れ血が出ている。
だが、そんなことは気にもせず、気を失なったリューナの体を背負い上げる。
クロースはそのまま、どこかへ去っていった。
雪山に積もった雪は、すでに溶けようとしていた。
「んぅ……」
少女は、全身に温もりを感じていた。正確には温もりなど感じたことはないため、それが温もりと断ずることは出来ないが、どこか懐かしさを感じるそれに、身を任せていた。
だがそれは、突如として終わりを告げた。
「おい、いつまで寝てんだ?起きろ!」
クロースは、ベットで寝ていたリューナの毛布を剥がす。
「……うぅ」
リューナは目ゆっくりと目を開けると
「きゃっ!……あっ! あなたは……と、いうか此処は……?」
飛ぶように身を起こし、キョロキョロと周りに見渡す。見覚えのある男がいた。
「よし、質問に答えてやる。まず俺はクロース・シュベルティー。お前をスカウトした冒険者だ。覚えてるか」
リューナはゆっくりと頷く。
「で、此処は俺が借りてる家だ。あの後勝手に運んで来たのさ」
「……」
リューナは寝起きの頭をフルに使い、なんとか状況を理解しようとしているようだ。
だが、はっとしてリューナは口を開く。
「あのっ! ……私の近くにいるのは危険です! 逃げてください!!」
「何で?」
「私には呪いがかかっているんです! このままではあなたも巻き込まれてしまいます! 早く逃げてください!」
リューナはベットに座ったままそう訴えると、クロースを見つめた。
「いや知ってるわ」
「…………えっ?」
クロースのぶっきらぼうな答えに、リューナは今度こそ思考が停止した。
「その身に常に冷気を纏い、歩く場所には吹雪が吹き荒れる歩く天災、ついでにいつも凍えてるって言う。リアゼロ・リューナ。お前のことだよな?」
「……はい」
リューナは頷く。それと同時に、自分が今、冷気を纏っていないことに気づいた。
「あとな、お前が呪いだと嘆いてるそれな、そいつは祝福だよ。世にも珍しい神に愛された存在なんだよ、お前は」
「……えっ?」
リューナが目を見開く。生まれてから、自分の特性をことを呪い続けていた彼女にとってその言葉はあまりに衝撃的だった。
「お前はコントロールが下手なんだよ。俺が扱い方を教えてやる」
「……」
「お前は優しいな。勝手に連れてきた俺を警戒もせずに、いの一番に心配とは」
「…………」
「俺といれば、もう凍えることもないぞ」
「………………」
「よし、もう一回言うぞ」
「……………………」
「俺と一緒に来い!」
リューナの心にある、あらゆる感情、考えを無視して、その小さな口は言葉を紡いだ。
「はい!」
「よし! これからよろしく頼む!」
リューナの目から、初めて感じる熱い涙がこぼれた。