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掌にかかる虹  作者: 繭美
第二章 見えない家
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手紙と青年

 手紙が届いた。鱗で覆われた鳥が、虚空から手紙を落としてきた。

『月が満ちた晩に、この手紙を持ってイメライトの森に来い。人数は少ない方が良い』

 荒野近くでの会合中に、空から届いた手紙。差出人は、死者だった。


 もう十何年も前に亡くなった賢者からの手紙など、誰も本気に扱わなかった。

 だけれど一人の魔術師の女は、そうは考えなかった。

 女は自分より長身の青年に歩み寄り、彼に命じた。

「一応、行ってきて」

 青年は女に、表情が無い顔を向けた。

 青年の年齢はまだ若く、表情に少年らしさが戻る時もある。

「俺だけか」青年が短く返す。

「手紙は少ないのを希望」

「……行かないか、もう少し大勢の方が」

 青年は、何者かの罠かと危ぶんでいた。

 女は青年の腕を引っ張り、彼の掌に、指で文字を書いた。

『一人で行け』

『機密指令』


 仕方なく彼は一人、手紙が指定してきた森へと向かった。


   ◇◇◇

 ある日、突然一つの王国が消えた。

 何者かに滅ぼされたという訳でなく。

 そこにまるで何も無かったように、人々も、城も、町も、全てが消え去った。

 空が一瞬、白く輝いた晩。国があった土地は突然、平坦な荒野になった。

 残されたのは消滅の日に、国の外にいた国民――青年はその中の一人だった。

 残された者達は原因を求め、月に一度、国があった荒野の近くで会合を開いていた。

 ある者は『これは呪いだ』と主張した。またある者は『あの国の仕業だ』と復讐に業を燃やした。気が弱い者達は身を寄せ合い、ただ互いを励まし合った。

 三度目の会合を行っている時に、空から手紙が届いたのだった。


 青年は約束の晩より二日も早く森に着いたが、先行きが見えなかった。手紙には明確な待ち合わせ場所も時間も、書かれていなかったからだ。


(さてどうしたもんか)青年は頭部に巻いた布ごと、己の黒髪を押さえた。

 暮れてきたので、ひとまず休める場所を作ろうと、青年は焚火の薪を探し始めた。

(……何だ?)ふと、彼は動きを止めた。

 明らかに気温が変わる所があった。今は暖かい季節だが、背筋が冷たくなるような空気が、そこには漂っている。

 青年はその場所から一旦離れ、また足を置いてみた。やはりそこだけ異様な寒さだ。彼はその場所に石を置き、他にも同じ地場がないか、探って回った。

 冷気が漂う所はいくつかあり、それらを石で繋げると、大きな魔法陣となった。

 青年は剣士だったが、父親が神官だったこともあり、魔術の知識にも長けていた。その魔法陣が高度で、類を見ないものだと、すぐに気がついた。

(まさか)

 青年は魔法陣の中央に立ち、懐から例の手紙を出した。冷ややかな空気の中、手紙は不自然な熱を帯びている。

 改めて差出人の名前を見た。国一番の賢者であった、女の名前。

 彼は意を決して、その名前を呼んだ。


「テムサ・デクタブル様。魔術師メジストの命により参上いたしました。どうかご案内願います」

 青年がそう言葉にした途端、手紙は燃えて灰となった。

 一瞬、辺りが白く輝いた。青年は眩しさに目を閉じた。

 青年が瞼をあげると、景色が変わっていた。壁に蔦が這う小さな家が、いつの間にか現れていた。

 蔦の家に入る前に、青年は、腰に携えた片刃の剣を抜いた。

 刃に清めた水を振りかけ、短い呪文を唱える。そうして青年は剣を構えたまま、家の扉を開けた。


 静かな家だった。呼びかけても、誰の返事もない。

 一歩一歩用心して歩く。剣から聖水がぽたりと、床に落ちる。

 青年が奥の部屋に入ろうと、扉の取手に手をかけた時。

 彼の頭部めがけて、何かが落下してきた。気配をすばやく察し、青年は後ろに飛んだ。何かは音を立て、床に突き刺さった。

 それは氷柱(つらら)だった。


 天井は木板で、氷柱など落ちてくる気配は無い。

 しかしどこからともなく、すぐに次の氷柱が落ちてきた。今度は剣で()ねて、氷柱をかわす。二回目の氷柱も砕けず、床に刺さる。刃物の鋭利さだった。

 身軽さを優先する為に、青年は鎧を着ていない。盾も持たない。氷柱に当たれば深い傷を負う。青年は三回目の氷柱に用心しながら、剣の刃面を見た。

 聖水をかけた刃面が、肉眼で見えない物を映している。二歩下がった所で、氷柱を落とそうと構える手が、剣に映った。

 青年は短剣を抜き、剣に映る白い手を斬りつけた。

 奥の部屋から高い悲鳴が聞こえた。

「……もういいよ。どちらも構えを解きなさい」

 ややあって、悲鳴とは別の、重い女の声が響く。

「客人は、こちらに」

 青年は重い声に従い、一旦、剣を降ろした。


 扉が開いた。まず青年を迎えたのは、若い娘だった。

 小柄な少女。成長期を終えた体つきだが、青年の肩までも背丈がない。

 金褐色の長い髪を耳にかけ、金色の瞳で、青年を見つめている。冷ややかな雰囲気と、白肌の手が赤く腫れていることから、氷柱を落とした者であると窺えた。

 青年は少女の顔立ちを見て、自国の王妃を思い出した。

 少女は青年を見据えた後、無表情で一礼した。

「どうぞ中へ。説明はお婆様から受けて下さい」

 少女が青年を、部屋へと招き入れた。


 通された部屋には寝台があり、そこに厳しい表情の老婆がいた。

 初老の顔立ちだが、彼女の髪はもう、ほぼ白髪だ。老婆は寝台の上で半身を起こし、水晶玉を手に、青年を見つめている。

 青年は、剣を鞘に収めた。

「初めまして。ロヅ・レグランと申します」青年がひざまずき、名乗った。

「……テムサ様ですね」

「ええ。遠い所をご苦労様でした、客人。あなたの他は外に誰かいますか?」

「少ない方が良いと手紙にあったので、私一人です」

「……まあどの道、手紙を持った一人しか、家に入れない仕掛けだけどね」

 今は亡き者である筈の老婆が、口の端を上げた。

「ファウラ、お茶を頼みます」

 老婆は少女に命じた。無表情を構えていた少女は、戸惑いの色を見せた。

「お茶、ですか?」

「一番良いお茶を一番良い器で、この方に用意しなさい。出来なくなるような怪我は、負っていないでしょう」

「どうして今、そんなことを」

「客人への礼儀です。……時間はかかって良いから」

 少女――ファウラが、はい、と返事をして、二人から離れた。

「まともなお茶は、期待しないように」

 老婆は少女に聞こえないよう、青年に呟いた。

「さて。あの娘が帰ってくる前に、話をします」


 老婆は青年に、近くの椅子に座るように命じた。

「まずは、貴方の命は私達の掌中にあると覚悟して下さい」

 老婆は枕の下から大きな杖を取り出し、剣を収めた青年に向けた。

「私は病の身ですが、近くにあの娘がいる。貴方一人くらいは造作ない」

「……それは承知しています」青年は動揺の様を見せなかった。課せられた義務を果たそうと、落ち着いた口調で話しかけた。

「そして貴女が患っている病が、どこまで進行しているかもわかります」

「そう。どういう段階? ……なぜ、わかるの?」

「どちらも答えたくありません」青年がやや強く言った。

「病人に剣を向けるのは気が進まないと、伝えておきたかっただけです」

 青年は老婆の手に出ている、白い斑点を見ていた。

「話があるから呼んだのでしょう。どうぞ続きを」

 老婆は杖をかざしたまま、話を続けた。

「私はもうすぐ本当に死にます。その後、貴方には先ほどの娘を、守ってもらいたい」


「……私とあの娘に、血縁関係はありません」

 老婆の声は、より重くなっていた。

「あれは貴方が仕えている――ルカナーディの現王と、現王妃の間の、忌み子です」

「王の……」

「ええ。あれは第二王女として、国に迎えられる予定でした。けれど生まれてすぐに忌み嫌われ、殺されることになった。王は『民には死産と伝えればいい』と。私に赤子の始末を命じました」

「………」

「私はあの娘を生かしたく、偽物で重くした棺を差し出しました。……棺の蓋は開けられず、王家の墓に埋められました」

「……姫君の死を偽った数日後に、今度はご自分の死も、偽ったのですね」

 杖をかざした老婆はただ笑い、肯定の意を示した。

 青年は幼い頃に『賢者は旅先の海で死んだ』と聞いていた。

「なぜそのような嘘を。……彼女は一体、何を忌み嫌われたのですか」

「それは」

 言いかけ、老婆が大きく咳込んだ。途端に部屋の外から足音が近づいてくる。

「朝になれば、わかります」

 老婆が咳の合間に言った。

 扉が開き、先ほどの少女――王家の忌み子である娘が、戻ってきた。血相を変えて老婆に駆け寄り、その背中をさする。

 老婆は少女の青白い顔をよそに、こう言った。

「お茶の準備をお願いしたでしょう」

「私は、お婆様が心配で」

「……邪魔です。出ていきなさい。今は客人と話しているのだから」

 少女は気迫に押され、老婆から離れた。無言で部屋の外に向かう。

 少女はすれ違いざま、憎しげに、金の瞳で青年を睨んだ。


(……顔は血筋通り、王妃に似ているが)

 少女の瞳と人を寄せつけない雰囲気は、まるで獣だと、青年は思った。

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