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掌にかかる虹  作者: 繭美
第一章 嘘の話と雲の扉
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会いたい

 亜季は幼少期の自分と、人間に化けた竜の『サキ』と共に、森を歩いた。

 やがて、霧の中に入り込んだ。霧は雪のように輝いている。白銀色の霧中を歩いている内に、どこを歩いてきたかわからなくなった。

 そして霧が濃く、雲のようになっている箇所で、足を止めた。霧のような雲は、鈍く虹色に輝いている。

(覚えている)

 先ほど見た夢により、亜季は忘れていた過去を思い出した。

(この虹色の雲は、あたしの世界とこの世界を繋ぐ、扉だ)


「なんでもう家に帰らないといけないのさ」

 小さな亜季が口を尖らせた。竜の少女サキが、残念そうに言った。

「うー。この扉も移動しちゃうし、そろそろ帰った方がいいよ。サキみたいに長く帰れなくなったら、大変だよ?」

「もう帰らないと、家の人が心配するでしょう」

 亜季がなだめると、小さな亜季もしぶしぶ帰ることに決めた。


 二人の亜季を連れて行った『サキ』は、火を操る朱い竜だった。

 竜は雌雄同体の生き物だが、サキは人間に化けた時、少女の姿になる。人間に変化する力は、ある魔術師から授かったものだと、サキは亜季に話していた。

 亜季が六歳の頃、サキは別世界から扉を通り、彼女の側に来た。

 竜のサキはその時、慣れない土地で具合を悪くしていた。そこを亜季が通りがかり、サキを数日間、廃校舎にかくまった。

『サキ』という名前も、この時、亜季が付けたものだった。

 亜季は名無しだった竜の名付け親であり、友達だった。

 サキは恩返しに、亜季を自分の世界へ連れて行こうとした。ところがサキはその時、すぐには自分の世界に帰れなかった。

 サキは六歳の亜季を乗せたまま、十四歳の亜季がいる世界に訪れた。


(あの時の、あの人が未来のあたしだったなんて。捜しても会えなかった訳だ)

 亜季は過去の自分とサキの会話を、懐かしい気持ちで聞いていた。

「亜季。サキって名前、くれてありがとう。大切にするよ。また会おうね!」

 サキが笑顔で幼子を抱きしめた。小さな亜季の顔が歪んだ。

「さっちゃん……あたし絶対絶対、またここに来るからっ!」

 小さな亜季は泣きそうだった。自分が作った花冠を、サキへと被せる。

 それから雲の中へ飛び込んだ。六歳の亜季は虹色の雲に吸い込まれ、消えた。


 亜季は、過去の自分がこれからどういう目に合うか、知っていた。

 出来れば自分が泣かないようにしたかったが……サキがいる手前、あまり詳しい助言は出来なかった。

 サキは嬉しそうに花冠に触れている。花の黄色と赤色が、サキの赤い髪に、とてもよく映えていた。

 白い花が毒を持つと亜季に教えたのは、この竜だった。

「……さっちゃん」亜季は、懐かしい友達に呼びかけた。

「一つ質問していいかな」

「なぁに」

「どうして、あたしも連れて行こうって思ったの」

「だって」サキが笑った。

「亜季はサキに色々してくれたもん。かばってくれたし怪我も看てくれた。名前が無かったサキに『サキ』って名前もくれた。帰る時にまた、亜季を見つけたから、連れて行っただけだよ。大きくなった亜季も、サキの世界に遊びに来たいんじゃないかと思って……亜季?」

 サキが顔を曇らせる。

「ひょっとして、迷惑だった? 楽しくなかった? ……あっちの亜季が、起きるまで待てないっていうから、側を離れちゃったんだけど。怒ってる?」

 亜季は満面の笑みを見せた。

「すごく楽しかった。ちっとも怒ってない。……何より、さっちゃんにまた会えて、嬉しかった」

 サキが笑顔に戻って、亜季に抱きついた。

「サキも嬉しいっ。本当はもっと一緒にいたいんだよ」

「……あたしも」

 亜季はそっと、サキを抱きしめ返した。サキの頭部の花の香りを嗅ぐ。

 帰ることへの抵抗を、かすかに感じた。


「もう行くね」と、亜季。

「うん」サキがいっそう強く、亜季を抱きしめた。「……また会いたいね」

(そうだね)

(あたしもまた、さっちゃんやエルヴァ君達に会いたいけど。……無理かもね)

 辛い気持ちを堪えて、亜季はサキの頭を撫でた。

「また会えたら良いね、さっちゃん。その日まで、元気でいてね」


 亜季は、元の世界に戻ってきた。

 虹色の雲に飛び込んだあと、気づけば亜季は、竜を見つけた中庭にいた。噴水の淵に座り、淡い虹を眺めていた。

 亜季は別世界に一日近くいたが、なぜか元の世界では、一分も過ぎていなかった。

 朱い竜を目撃した人間も、亜季以外にいなかった。

 亜季はとても安心したが、同時に寂しくもあった。会えなくなった友達がいるし、また自分の話は夢のようで、信じてもらえそうにない。


 六歳の頃も帰った時に時間が経っていなかった。別世界の扉もなくなっていた。

 亜季は六歳の頃に『竜に会って不思議な国に行った』と周囲に話したが、誰にも信じてもらえず、嘘つき呼ばわりをされた。蔑まれ、サキの存在も否定された。

 嘘だと言われる内に、亜季自身も『あれは夢だった』と、記憶を変えていった。

 嘘つき呼ばわりより友達の存在を否定されるのが、亜季には耐えがたかった。

 サキが別世界の者であること、竜であることを忘れることで、亜季は自分を守った。


 今回また別世界に行ったことは、もう誰にも話さないでおこう。

 亜季はそう心に決めた。

 今度は夢だと思い込まないように。友達をしっかりと覚えておく為に。

 帰った時、手には抱きしめた温もりが残っていた。冬に咲かない花の香りも覚えていた。

 それだけで充分なのだから。秘密は一人で、楽しむと決めた。


 秘密を持ち歩きながら、亜季はふと、空に呟いていた。

「本当に、また会いたいね」


   ◇◇◇

『本当に、また会いたいね』


 ――外に出たい。

 それはずっと想っていた。

 広いのか狭いのかわからない場所で、いつの間にか願いが生まれていた。


 ――外に出たい。会いたい。

 そう願ってはいけないのだと、本能のようなもので気づく。

 自分はここにいなければならない。今までも、これからも。


 だけれど、ほんのわずかなら。

 少しくらいは、外に出てもいいのではないだろうか?

 本当は、誰も、自分を閉じ込めていないのかもしれないし。

第一章(終)

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