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掌にかかる虹  作者: 繭美
番外編
42/47

敵わない

 刃を潰した剣を持った少年は、草原に来ると、ひとり寝転んだ。

「ああもう、畜生!」と低く変わりはじめた声で、悪態をついた。


「悔しい?」

 若い女がやってきて、少年の顔を覗いた。

「また負けた」

「でしょうね」

「剣を当てることも、できなかった!」

「……そんなに悔しい?」

 女は目を疑った。少年は悔し涙を堪えている。

「手加減されてるってのに」

「ロヅ」女は呆れ顔で言った。

「あの稽古相手に……本気を出されたら、命が危ないのよ」

「わかってる。だけど剣がかすりもしないのは、俺が未熟だからだ」

「………」

「次は当てるって、伝えてくれ」

 少年は目元をこすって起き上がり、足早に去っていった。


 女は従者である竜のもとに行き、少年の言葉を伝えた。

「友達ができて良かったわね」

 竜は満足げに首を振った。


   ◇◇◇

 そうして竜と少年は交流を深め、月日は過ぎていった。

 少年は青年へと成長し、ある日、彼の住む国は一晩で消えた。


 それは風もない、穏やかな晩だった。

 竜は主人の女と共に、山にいた。獣の血や崖の上に生える香草。そういう魔術に使うものを、主人と探しに、山へおもむいていた。

 夜になって主人と休んでいる時に――空が一瞬、白く輝いた。

 何事かと思い、竜は白い空に飛びあがった。竜が上空に辿り着いた頃には、空は深い群青色に戻っていた。

 地上は何かがおかしかった。明暗に違和感があった。

 竜は地上に目を凝らし……山間にあった、小さな王国が。

 嘘のように無くなり、そこにただ平地が続いていると、気がついた。

 

 王国が消えて三日後に、国の外にいた国民達が集まった。

 そこで竜は友に再会した。

 彼は、生まれ育った故郷が消えたことで、言葉と表情を無くしていた。

 元々寡黙なところはあるが、それでも竜の記憶の彼と、比べ物にならなかった。

 竜は一言二言、声をかけてみたが、彼からの返事はなかった。やがて主人に話しかけるのを止められて、竜は友と別れた。


 それから数か月後。

 竜は主人の言いつけで、友の青年のもとに、ひとりで向かうことになった。

 竜は人間に変身して、待ち合わせた町へと向かった。


   ◇◇◇

「久しぶり」

 赤髪の少女は笑顔で、黒髪の青年を見上げた。

 青年は少女を迎えに、町の入り口まで来ていた。視線は少女に向いていない。

「ロヅ、元気にしてた?」

「生きてはいる。いや、そんなことはいい」

 青年は用心深く辺りをうかがっていた。

 賑わう昼間の町には、こちらを見ている者はいない。少女はひとりでここまで来た――青年はそれを確認すると、少女の手を引いた。

「ふたりで話したいことがある。サキ、来てくれ」

「うん、いいよっ」

 竜の少女は、にこやかに青年についていった。


 青年は路地裏に入ると、そこで足を止めた。泥やカビなど、影に溜まる匂いが、辺りに漂っている。

 青年は黙って、少女の笑顔を見つめた。

「話って、何?」

「お前は主人の命令で、ここに来たよな」

「そうだよ」

「……見張りか?」

 ひとことで笑顔が曇る。

「そうだよ」

 少女の瞳に、獲物を捕らえる獣の鋭さが宿った。

「ロヅ達をよく見ておけ。守れ。そうメジストに言われている」

「それだけじゃないだろう。俺に打ち明けられない命令も、受けた筈だ」

 竜の少女が黙り込んだ。瞳はまだ鋭いまま、青年を見据えている。

 青年も少女の瞳の奥を見つめた。探るように。

「剣が当てられるようになっても、俺はお前に勝ったことがない。まだ敵わないんだ」

 青年が悔しそうに言った。少女はじっと言葉を待った。

「だから……頼む。どう思っても、あいつの命だけは」

「心配しないで」

 少女は青年の手を引いて、彼の懐に飛び込んだ。青年の背に、腕を回した。

「サキを信じてよ。稽古の時もいつだって、ちゃんと手加減してたでしょ? 怪我させないように」

「………」

「サキは、ロヅにひどいことしないよ。もちろんメジストの言うことも聞くけど……」

「……サキ」

 青年が声を和らげた。

 だが同時に、少女の襟首を掴んだ。少女を強引に、己の体からはがした。

「痛い」少女が言った。

「いや。お前は、手加減を誤ったことがある」

 青年はまだ少女の襟首を掴んでいる。

「そうだっけ?」

「俺が優勢だった時、いきなり火を使った」

「あー、あれね。だって痛かったんだもん」

「あの時は怪我したぞ……」

 青年は昔話のあと、深く息を吐いた。少女から手を離した。

 少女はまた明るく笑った。

「まぁ相手がお前だから、ここまで話せたんだけどな」

「ほらね?」少女が両手を広げる。

「もう抱きつくな。腕までならいい」

「うん!」

 少女の形をした竜は無邪気に、青年の腕にしがみついた。

「ねえ、そろそろファウラに会わせてよ」

「そうだな。行くか」


 竜は主人の命令で動いていたが、この町に来るのが楽しみでもあった。

 国が消滅した直後よりは、前の青年に戻ったと聞いていたからだ。……そのとおりで、竜は青年と話ができて嬉しかった。

 竜の楽しみは、もうひとつあった。青年が保護している娘に会うことだ。彼女は自分の、新しい友になるかもしれない。

 竜は青年が案内した部屋に着くと、まず。

 そこで待っていた髪の長い娘に、勢いよく抱きついた。

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